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▼ あけておいたよ





こないだ火神の部屋でいちゃついてた時に、火神の首にぶらさがってる指輪のチェーンをぶっちぎってしまったのは、事故だ。

まぁ、そいつについてはぶっちゃけちょっとだけ憎たらしく思ってたことはある。
常に肌身離さず持ってるのが何らかの当てつけみたいに感じたこともある。
何たって、物は指輪だ。しかもアメリカ時代に仲良かった人とお揃いだって言う。
裸になるたびにそんなものを見せつけられたら、元カノのことが忘れられない未練がましい男みたいだと思うのは普通だ。
ただそれは、身につけている男が火神でさえなければの話、だけど。

火神にそんな意図がないってのは、事前説明なんてされなくてもオレにはきちんと理解出来てる。
今カノに、元カノとの思い出アイテムを見せびらかしてやきもきさせるとか。単純な火神にそんな芸当が出来るはずはない。
隠さないのは、火神にとって氷室サンとオレが同じカテゴリーに収まる存在じゃないっていうことの証明だ。
だから火神はオレといちゃつく時でも指輪を離さない。見せつけてるって認識も持ってない。オレが触っても何も言って来ない。

チェーンを千切ってしまって動揺したのは、持ち主よりもオレのほうだった。
無意識に嫉妬してやっちゃったって思われたらどうしよう、かっこ悪いなって思って、必死にわざとじゃないって弁明した。
分かってるよ、と火神は言った。
アメリカにいた頃からずっと同じチェーン使ってたから、そろそろ替え時だったんだろ、とも言った。

替え時か。
ってことは、また新しいチェーンでも買って何事もなかったかのように指輪は火神の肌にくっつくのだろう。
当たり前のことだけど何だかガッカリして、ってことはやっぱりオレは氷室サンとの思い出で満たされたこの指輪を火神に持ってて欲しくなかったんだろうなって自覚して。でもそんな醜い嫉妬じみた本音はこぼせないまま、今度一緒に新しいチェーン買いに行こうって約束だけした。




日が経つにつれ自覚した嫉妬心が育ってって、デートの当日、アクセサリーショップに足を踏み入れたオレは真っ先に指輪が並べられているケースへ直行した。
「火神っち、オレ適当に見てるから、決まったら教えて」
「あ?おぉ、分かった」
でもこんなオレの行動を不思議に思う火神じゃないってことは分かってる。
何も気付かず、自分の目的を果たすために店内をうろつき始めた火神にやや恨めしい気分になりつつ、飾られたキレイな指輪へ視線を戻した。

べつに、オレにも指輪ちょうだいなんてことは考えてない。
っていうか、貰ったところで身につけることは出来ないし。指にはめるのは勿論のこと、火神みたくチェーン通して首から下げるってのも、二番煎じみたいでなんかヤだ。
指輪なんて要らない。こんなもの、要求する気なんてない。

だったらどうして欲しいんだろう。
火神に、指輪身につけるのやめてって言う?
それも何か違う。嫉妬を剥き出しにしたくないっていうのもあるけど、それ以上に。
火神が大事に思っているものを強引にはぎ取るようなことは、したくない。

大切な、思い出なんだ。
オレの知らない火神の過去が詰まってるあの指輪はサイズ以上に重たいものだ。
やきもちやくから外してって言えば、火神は良いよって言うこと聞いてくれるかもしれない。でもそれじゃ、ダメなんだ。
そんな無理やり、過去をなかったことにして貰うのは、違うって分かってた。



「黄瀬、出るぞ」
「へ?!あ…、もう買い物済んだんスか?」
「おう。お前も何か買うのか?」
「…んーん、見てただけ。いいっス、行こ」

ぼんやりと考え事してるうちに、火神に声を掛けられてその場から離れる。
火神は何だかせかせかした様子で先を行く。その様子がちょっと面白くないなって思うのは、買ったチェーンを早く指輪に通して身に付けたいって火神が思ってるような気がしてしまうからだ。

「そんなに急がなくても、指輪仕舞ったとこはちゃんとオレも見てんだから無くなったりしないっスよ」
「は?…いや、べつに無くしはしねぇけど…」
って言いながら店を出て、ちらちらとカウンターにいる店員さんを振り返る火神の挙動不審な態度は、今のオレには後ろめたい気持ちの言い訳を考えてるようにしか見えなくて。

「帰る」

思わず口から飛び出てきた自分の発言が、自分でもびっくりするくらい冷たくて怒りに満ちてたので、火神が驚いて足を止めたのは無理もないかもしれない。




「用事は済んだんだからもういいじゃん」「いや、何だよ急に?」「べつに、気が乗らないだけ」「何不機嫌になってんだよ…?」っていう問答をしながらちょっと歩いて、そしたら若干キレ気味に、話聞けよって腕を掴まれた。

「痛ぇなぁ、離せよ」
「だから、言えよ!何怒ってんだよ!」
「…怒ってんじゃないっス。…ちょっと疲れてるだけ、なんで」
「は?」
「……」

怒ってるって、分かってる。
嫉妬の自覚はあるし、火神の一言一句、一挙手一投足に余計なこと考えて勝手にイラってしてんの。
でもこんなかっこ悪くて汚い気持ち、火神に正直に打ち明けるわけにはいかない。なんでオレが怒ってんのか分かんないなら、そのままでいい。
「昨日、帰り遅かったんで。寝不足気味だし、早く帰って休みたいんスよ」
「…そうかよ」
「……ごめん、火神っち。あとでメールするわ」

無理して笑ってやんわりと火神の手を振り解く。
これで今日は帰って頭冷やして、そしたら次に会う時はいつもどおりのオレに戻れるはずだから、今回はそれで勘弁してくれよ。
そう思いながら足を動かそうとした。それなのに。

「だったら休ませてやっから、オレんち来いよ」
「へ?!うわ…っ」

振り解いたばかりの腕をもっかい掴まれて、しかも引っ張られたのは不意打ちで。
思わずバランス崩してこけそうになったら、火神はちょっと慌てた声出して「ワリィ!」って謝ってきた。

「な…」
「…話があんだよ。それ終わったらうちで寝てってもいい。終電までに起こしてやるから」
「い、いいって!オレだって、ひとりでゆっくり休みたい時くらいあ、」
「そんじゃ、話が終わったら帰ってもいい。ちょっとだけ付き合ってくれ」

頼むって、やたら殊勝な顔つきで拝まれて、こういうのって珍しいなって思いながら首を傾げる。
なに企んでんだよ。話があるってならここで言えばいいじゃん。いつもはそうするじゃん。
何だよ、面倒くさい。
これでつまんない話したら、オレ、アンタとの関係ここで終わらせても、



いいなんて、死んでも言えないことをされた。





「え…?な、何スか?これ…」
「…やるよ。お前に」
「は?…え?さっき買ったのって…」

火神の家について、すぐに差し出された小さな箱。
開けろって命令口調で言われてまたちょっとムカっとしながらも言うことを聞いてやって、出てきた小物にオレはどんな反応したら良いのかわかんなかった。

「言っとくけど、今日お前連れて出掛けたのはそいつが目的だぞ。チェーンなんざ適当なやつで良かったし」
「……」
「…何だよ。気にいらねぇ?…だったら身につけなくてもいーから、持って帰れよ。返品なんかしねぇかんな」
「…火神っちぃ…」

箱の中から出てきたのは、一対のピアスだった。
シンプルな石のやつ。プラスチックのおもちゃと本物の石の違いくらい、オレにも分かる。

でもなんで、今日、これを?

「…どーせ指輪やったって、お前、迷惑がるだろ?」
「迷惑ってことはないっスけど…」
「なのに、物欲しそうなツラして指輪見てっし」
「べつにオレ、そんな…」
「…これなら、お前でも付けられると思ったし、…付けさせてぇって思った」

ぽつりと付け加えられた発言に、え?ってなって両目をかっ開く。
そうしたら、照れて赤くなった顔を背けた火神が耳の後ろを掻きながらぼそぼそ言った。
「ぶっちゃけお前の趣味とかよく分かんねぇし、くれてやってもいらねぇって突き返されるかもって思ったよ。だから本当は、黙ってお前のカバンに突っ込んどく予定だったのに…、お前、何かムスっとしてっし」
「…趣味とか、それ以前のハナシっスよ」
「は?」
「…オレの耳は、すでに埋まっちゃってるんで。いまさら貰ったって、つけるとこ…」

ないよ、って。
言うのは、もう、照れ隠しだってバレてる。
火神はちょっと睨むような目付きでオレの耳に手を伸ばす。
すでに埋まってる左じゃなくて。反対の。

「こっちはガラ空きだけど?」

未だ空席の右耳へ。


ふに、と耳たぶをいじられて、かっと顔に熱が集まる。
ちょっと待てよ、こいつ、意味分かって言ってんの?
右のピアスって、あれなんですけど。カップルの女の子側があてはまる「守られる人」っていう意味、結構有名じゃない?

そういう疑問が生じて顔を見れば、火神も真っ赤な顔してる。
分かってんの?って目で問う。
頷かれて、あーって思った。

「付けてくれよ。お前左開いてるし、両耳開いてりゃ変な目で見られることもねぇだろ?デザイン気にいらねぇなら、次の誕生日にでも新しいのまた買ってやっから」
「…火神っちはさぁ」
「あ?」
「……っとに、…ずるい男っスよねぇ…」


さすがにうるっときて俯いたオレに、火神はちょっと慌てた素振りを見せる。
その馴れてない態度も、オレの感性に訴えかけるズル要素だ。もぉ、こんなの、卑怯だって。

こんなのは。
指輪以上に、オレの気持ちを掻っ攫う。

極上の愛情表現だ。


指輪ひとつでやきもきしてた自分がばかみたい。
そう思いながら箱を火神に突きつけて、せいいっぱいの虚勢を張る。

「…右はまったくのバージンなんで、火神っちが開けてくれんなら付けてやってもいいっス」
「は?いや、…べつにいいけど、病院行かねぇなら自分で開けたほうが痛くねぇんじゃねーの?」
「言っとくけど、オレ左に開けるのもむちゃくちゃ勇気振り絞ったんスよ」
「じまんげに言ってんじゃねぇよ。…そんじゃ、オレのはお前が開けてくれよ」
「……」

箱の中のピアスは一対。つまり、二つでひとつのしろものだ。
だから火神が右に付けろって言った時点で予感はしてた。
アンタは、同じ色とデザインのこれを左につけてくれんだ?

それじゃ、お揃いってみんなにバレるね。
何せ物はピアスだ。指輪みたくチェーンにつけて服の下に隠すことなんて出来ない。
それでもいい?いいなら、いいよ。

気が済むまで見せびらかしてやればいいじゃん?


「へへっ!」
「…マジで喜ぶんだな、こんなんで」
「…へ?」

一気に上機嫌になって笑うと、火神はまだ照れてる顔をぽりぽり掻きながら、ちょっと、いやかなり聞き捨てならないことを言う。

「いや、…これ、タツヤに言われたんだよ。せっかく黄瀬が右に穴開けてねぇんだから、プレゼントしてやればって。なんで右?って思ったけど、そーゆー意味だったんだな」
「……」
「ついでに余ったピアスは…、…って、オイ!黄瀬!何してんだ!!」

せっかくいい気分になってたのをぶっ壊す火神の発言により、ムカっとなったオレはピアスを床に叩きつける素振りを見せて火神を驚かせる。
クッソ、忘れてたのに、またその名前出しやがって。
結局あの人の入れ知恵かってガッカリはする、けど。

「大事にしろよ!!オレがそれ選ぶのに何週間掛かったと思ってんだ!」

そんな必死な言葉で投げつけるのを思い留まってしまう辺り、オレはかなりコイツに甘い。











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