▼ カラダの中身は同じだし
※高校卒業後の話。
***
キレイなカラダだと思って、言った。
同い年の男のカラダとしては、今まで見てきたなかでナンバーワンだ。
同時にそれは、男として。強い羨望をオレに抱かせた。
(何食ってたらそんな筋肉つくんスかー?)
(はー?普通に生きてりゃこーなんだろ。お前が細過ぎんだ)
当たり前のようにそんなこと言って馬鹿にしてくる、その態度がムカついた。
(まだ成長中なんスよ、オレは。本気でスポーツやんの、人生初っスもん。すぐに青峰っちの体格なんてブチ抜いて、ムキムキのマッチョマンになってやるっス)
それからオレは、宣言どおりの結果を残したはずだった。
よりによって、なんつータイミングで現れるんだって思う。
「…何してんだよ?」
「…うるさい。ノックくらいしたらどーなんスか…」
ベッドの上でパジャマのボタンを全開にして、自分のカラダの変化を手で確認してため息をついていた。
その現場をばっちり目撃した青峰は、呆けた表情で立ち尽くしていた。
ずっと騙し騙しやってたら、ひと月前に膝の爆弾が爆発した。
内緒にしてたのに大学のバスケ部員みんなにバレて、オレは大事な試合を前に病院送りになってしまった。
前から医者には言われてたんだ。早いうちにボルト埋める手術して固定させないと、選手生命がぐっと縮まることになるって。
でもオレは手術のために休むわけにはいかなかったから、もうちょっともうちょっと、と先伸ばしにし続けてた。
でも、もうそれも限界。
自力で歩行するのもやっとな状態になったところで、チームメイトたちは怒り心頭って感じでオレの試合出場権を剥奪した。
「お前どんだけ自己中なんだよ。何もかもテメー中心に回ってるとか思ってんじゃねーよ」
「えっ?それアンタが言う?!…っていうか、オレべつにチームのためにガマンしてたわけじゃねーし。バスケ、休みたくなかっただけっス」
「ふぅん。その代償に、一生バスケの出来ねー体になったとしてもか?」
「…なんでそこまで知ってんスか。あ、…そっか、桃っちか」
たしかに、手術を断るたびに医者から脅されてた。
今のままだとこの足は、もって大学いっぱいだって。プロ入りなんてとんでもない。人生を棒に振る結果になるって、そこまで言われてた。
だけどオレはそれでもいいかなって思ってた。タイムリミットがあったほうが、実力をフルに出しきれるかもしんないって。
この制限があったから、オレは脅威的なスピードで成長して、学生ながらオリンピックの代表候補に選ばれるくらいになったってのに。
「下らねー。だから何だってんだよ」
「…そりゃ、高卒でプロ入りして一年目からレギュラー確保して誰がどう見ても代表確実なアンタには分かんない気持ちっスよね。っていうか、アンタ何しに来たんスか」
「本屋行くついで。見ろよ、マイちゃんのグラビア写真集第二段」
「え…、アンタまだその子のファンやってたんスか?」
「うっせーな、オレは一途なんだよ」
手術日を間近に控えて不安いっぱいなオレの見舞いに来てくれたのは確かなようだけど、まぁ、ついでってのも確かな話だろう。
見舞い客用の椅子を引きだし、どかっと腰を下ろした青峰はうれしそーなツラして買いたてほやほやなアイドル写真集を大事そうに開いてる。バッカじゃねーの?鼻の下伸ばしちゃってさ。
「お前こそ、さっき何してたんだよ」
「え?…あー」
視線を本に落としたまま、さっきの、青峰がいきなり登場した時にオレがしてた行為を蒸し返され、憂鬱な気持ちを思いださせられる。
まだオレのパジャマのボタンは全開のままだった。
「…アンタが来るちょっと前に、チームの仲間が来てくれたんスよ。その時、なんか、スゲー痩せたなって言われて」
「痩せた?」
「…応急処置とか検査とかでトレーニングどころじゃなかったから、ほとんどこーしてベッドに転がってばっかだったんスよ。寝ててもハラは減るからそれなりに食ってはいたんスけど、…何スかね。こんな食っちゃ寝生活送ってたら、普通はぶくぶく太ってくもんだって言われて」
そんなぐうたら主婦みたいなこと言わないでよって、チームメイトには笑って返した。
だけど指摘されたことは事実で。オレの体にくっついてたはずの筋肉は、たしかに急激に減衰している。
「…まぁ、お前、バスケやる前はわりと貧相だったしな」
「え?!それ初耳っス…。…マジで?」
「そういう体質なんじゃねーの?元から」
「…いやいや、オレ、そんなの言われたこと…。…あぁ、まぁ、アンタと比べられちゃったらしょーがないっスか」
バスケを始めた13才の頃。同い年の青峰の体を初めて見た時にぎょっとしたことを思いだす。
割れた腹筋も、筋張った二の腕も。しなやかな背中のラインも、実に見事に出来ていて。
健康的な肌の色効果もあって、青峰の体は男としてめちゃくちゃ憧れたし、こんな体になってみたいってずっと思ってた。
「上背だけあって、線の細ぇ奴だって赤司も言ってたぜ」
「マジっスか…。オレ陰口叩かれてたんスね…」
「テツは褒めてたけど。顔だけかと思ってたら案外良い体してるって」
「…それあんま褒められてる気がしないんスけど、何スかね?代弁者がアンタだから?」
自分よりも明らかに小柄な二人にまでそう思われていた事実を知らされて、ちょっと項垂れる。
まぁそんなの、本当に最初のうちだけだったんだろうけど。
成長期だったし、部活始めてからかなり体型は変化した。
中学卒業までには、つーか、中二の後半にもなればオレの体は青峰のに大分近付いてたと思う。必死に、追いかけたんだ、身近にあった目標を。
それからちょっと練習の手を抜くことはあったけれど、全然何もしないなんて日はオレにはなかった。発達した筋肉はずっと安定してキープしてられた。外見のことで他人に貶されることなんて、今までなかった。
だけど、いまは。
「…やっぱ、手術なんてやめときゃ良かったっス」
「何言ってんだ。練習中にぶっ倒れたんじゃねーの?」
「そんでも、痛み止めだけ打っときゃ良かったんスよ。そしたらオレ、こんな体には…」
「どんだけだよ?見せてみ?」
「……え」
横に座ってる青峰には見えないようにパジャマを引っ張って眺めてたら、その手を青峰に掴まれてビックリした。
瞬く間に、ばっとパジャマを引っ張られ、裸の上半身が青峰の視界に触れる。ヤバって思って、慌てて手に力を込めた。
「な…っ、見んなバカ!」
ぱっと青峰の手が外れた。焦りながら前を締め、青峰に背中を向けるように体を捻る。
でもたぶん、手遅れだ。青峰が言葉を失っている。それは、このオレのみっともなく退化した体を目にした証拠。
「…っ」
他人に裸を見られんのが恥ずかしいなんて、どこの清純な女の子だって思う。
オレが。ちょっと前まで青峰に負けず劣らずな体格をしていたオレがこんな風にもじもじして、気持ち悪いって思われてんだろう。分かってるよ。でも、ヤなもんは嫌だ。
もう、黙ってんじゃねーよ。
からかうならからかえ。大爆笑して何だそのカラダ!って詰ってみろよ。
じゃないと、なんか、本当みたいじゃん?本当に、情けないって思われてるみたいで。
泣きそうだよ。だから、ほんと。…何も言わないならどっか消えて。
その願いもむなしく、オレの背後に居座ったまま動く気配もない青峰は声を出す。
「…んだよ、大して変わってねーじゃん」
アタマだけじゃなく、目も悪い奴だった。
そんな真事実が発覚しそうな、感想を。
「もっとアバラとか浮いてんのかと思った。…べつに、普通じゃん?」
「…っ、これのどこが?!アンタ、ちゃんとオレのカラダ見てたんスか?!」
「…まぁ、そりゃマジマジとは見てねぇけど…。でもお前はそんなもんだろ」
「ざけんなっ!オレはこんなんじゃ…っ」
オレだけが声を荒らげ、ムキになってる。
さっきまで恥ずかしくて小さくなってた気持ちが、みるみるうちに強くなる。
振り向いて青峰を睨んで、がばっとパジャマの左右を割り開く。
見せつける。これが、今のオレなんだよって。
「このカラダのどこがオレだってんスか?!オレの腹筋はこんなもんじゃねぇって、アンタ、何度も見て知ってんだろ?!」
必死こいて隠していたものを自ら暴いて、胸をドンって叩いて主張する。
青峰はオレの勢いに気圧されたかのように、ちょっとだけ目を見開いた。
だけど直ぐにその目を細めて。笑う。
だから何だよ?って、そんな顔。
小馬鹿にしてる、嫌な目で。
「知らねぇよ、そんなもん。どーせ直ぐに変わんだろ?」
言われたことで、思いだす。
昔、青峰に体つきを馬鹿にされて言い返した自分の発言を。
怯んだ瞬間に、青峰の手がオレの胸へと伸びてきた。
ぺたりと、大きな掌が薄くなったオレの胸板にくっついた。ドキンって、心臓の音が跳ね上がって青峰の手の表面に振動が伝わる。
「な…っ」
「オレが知ってんのは、お前がそーなることだけだ」
言いながら青峰の手が下へ移動する。
線の薄くなった腹筋を辿り、ちょっとぞくってする感触を与えながら。そこを通過し、太ももへ。
「あ、青峰っち…っ」
誰が、触っていいなんて言った?
そんなこと、許してない。やめろ、離せよ、気持ち悪い。
でもオレは止めることができなくて、青峰の手はどんどん下へ進んで、そして。
満足に歩行も出来ないほど痛む膝まで到着した。そのゴールで、青峰は言う。
「さっさとココ治して、オレんとこまで戻って来いよ」
はっきりと。当たり前のことのように、青峰は。
そうならないはずがないって、自信たっぷりな顔してて。
平気だ、って。お前なら大丈夫だって。
オレの中にあった不安を、全部その手で吸い取った。
人の頑張りも知らずに、簡単に物を言う。
誰も彼もがアンタみたいに、多少練習サボっても最高のカラダをキープできる体質の持ち主だと思ってんだ、こいつは。
そうじゃない人だっていっぱいいんのに。オレだって、こんなになってんのに。
自分基準で判断して、思い遣りもなく期待して。
応えなきゃって、気持ちにさせんの。
「…っ、アンタ、…やっぱすげームカつく…っ」
「何だよ。励ましてやってんのに」
「全然励まされてる気がしないっス!もぉ…」
「でも、やる気になっただろ?」
「……」
どこまでオレのこと分かってて言ってんだろうな、こいつは。
何も考えてないのかもしれない。ただ、思ったことをぽんぽん口にしてるだけで。おそらく自分じゃ気付いてない。
なったよ、やる気に。
絶対、アンタと同じになってやるって。
ぶち抜いて、跪かせて、今日オレに散々言ったことぜんぶ謝らせてやる。
見ていやがれって啖呵切ろうと口を開いた。
だけどそれは声にならない。次に青峰が取った行動が、とんでもないものだったせいで。
どんだけオレをビックリさせんの。
あといくつ、そんな仕掛けを持ってんの?
そう思いながらパジャマ越しのオレの膝にキスをした青峰の顔を見下ろした。
「絶対ェ、元に戻せよな」
言われなくてもやるよって、言う代わりにオレはちょっと鼻をぐずらせた。
青峰が触ったところが全部熱くて、変な呪いを掛けられたみたいで調子が悪い。
帰ったのに。まだ、手の感触がカラダに残ってる。
「…ほんと、何しに来たんだか」
むしゃくしゃするから、勢い良く上掛けを引っ張って体に掛けて不貞寝しようとしたところ。
さっきまで青峰が座っていた椅子の下に何か落ちてるのに気付いて、手を伸ばす。
「…あいつ…」
それは、高校生の頃から発売を待ち望んでいた、青峰お気に入りのアイドルのグラビア写真集で。
ぱらりとページをめくってみれば、そこには青峰好みのナイスバディな女の子が惜しげもなく肌理細かな肌を露出させていた。
こんなのが、好きなくせに。
あんな妙な手つきで、オレのカラダに触るんじゃねーよ。
「…ばぁか」
大事な写真集を置き忘れてってまでオレの膝へのおまじないを優先してった青峰の馬鹿さ加減に呆れて、気安くべたべた触ってった罪は許してあげる。
だけどオレはぜんぶ許すほど器の大きい男ではないので。
手術して、リハビリして、チームに合流して元のカラダに戻ったオレを。
堂々と自慢出来るカラダになったオレを、頭のてっぺんからつま先までまんべんなく、見て。
いつまでもオレが中学時代のひょろいカラダだと思ってた過去を謝罪した上で改めて丁重に、触り直せ。
終
みんなより遅くバスケ始めて筋トレに励んだ黄瀬くんは最初はみんなより体の線細かったりしないかなーとか、筋トレ休むと脂肪に変わるんじゃなくて痩せ衰えちゃう体質だったりしないかなーとか、青峰くんは黄瀬くんの体格の変貌過程とかも見てきたのかなーとか、ネクストの青黄見てて思ったのですが、たぶん帝光編から黄瀬くんはいい体してたと思うし青峰くんもそれほど男の裸見てない。