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▼ 最後の仕上げは下心





今日の黄瀬は、ぶっちゃけ、めちゃくちゃ綺麗だった。


「終わっちゃったっスねー、花火」
「…おう」
「この後どーする?火神っちんち行ってもいっスか?」
「……おう」

どうする?と聞きながらもすでに行動は確定している。矛盾した言動はいつもの黄瀬だが、返答を詰まらせてしまうのは、つまり。
「なんか今日、火神っち大人しいっスねー?」
「んなことねーよ…」
「うっそー。…ま、分かってんスけど。…照れてる?」
「照れてねぇ!」
「あはは!分かりやすっ!…今日暑いからどーしよーかと思ってたんスけど、やっぱ着てきて正解だったみたいっスね、浴衣」
「……」

笑いながら自分の襟元を摘んで身に付けた非日常的な衣服を示す。
そうだ。今日の花火大会に黄瀬が着てきたのは、ジャージでも制服でもそれ以外の私服でもなく。シンプルながらも上質な柄と素材で作られた、夏の風物詩の一つとされる和服だった。


待ち合わせしてたのは、まだ日の出ている時刻だった。
黄瀬がこんな格好で登場するとは聞いてなかったし想像もしていなかったオレは言葉もなくして驚いて。その時点で黄瀬は勝ち誇った表情で、「大成功!」と笑っていた。

黄瀬の浴衣姿を見たのは初めてではない。
浴衣特集があったと言いながら自らの写真が掲載された雑誌をオレに突き出してきたことがある。その時は、特別何も感じなかった。派手な金髪に不釣合いな和服を身につけたファッションモデルとしての黄瀬には、スタイリストの手が加わっているのがありありと見て取れたからだ。
現代風の柄の浴衣を纏い、襟元や袖口の肌の露出が多く、無造作に帯を巻いていた。その着方も、似合ってなくはなかった。

だが今日オレの前に現れた黄瀬は、その雑誌で着ていたどれとも違う古典的な柄と色合いの浴衣を選んでいた。
そしてその着方も、雑誌とはまるで違い。正当な和装で飾られた黄瀬は、髪の色こそチャラけたものだが、どことなく上品さが漂っていて。
非日常的なのに不自然な感じをさせず、それどころかこの姿であるからこそ完成されたかのような印象を持たされた。

「面白いっスよね、和服って。帯の締め方一つで全然印象違うんスから」
「…何でいちいち似合うんだろーな、お前」
「素材がいいからじゃないっスか?あ、ねぇ火神っち、帰りちょっと寄り道してってもいい?」
「どこ行くんだよ」
「着付けしてくれた人のとこ。お土産渡したいんで!」

そう言いながら屋台で買いつけたわたあめの袋を示した黄瀬に、納得して頷く。
黄瀬が自分でこんなまともな浴衣の着付けが出来るはずもない。この黄瀬が仕上がるには、それなりの腕を持った着付け師の存在が必要不可欠だ。
どんな人間がどんな技を持ってしてここまで黄瀬を完成させたのか興味があった。それに、感謝の念も多少ある。
見知らぬ相手にそう感じる程度には、今日の黄瀬は、何つうか、まぁ、…オレ好みだった。



かくしてタクシーを拾った黄瀬が運転手に告げた住所には、これまた非日常的な洋館が建っていた。

「…おい、黄瀬。お前こんな家の人と知り合いなのか?」
「え?…あー、オレも最初ここ連れて来て貰ったときそんな感じだったっス。凄いっスよねこの豪邸。美術館かよって」
「…住んでんだろ?」
「住んでるんスよ。あ、でも身構えなくて平気っスよ。火神っちも知ってる人なんで」
さらりと意外なことを言った後、黄瀬は携帯を取りだし誰かへ連絡をする。
すると目の前の門が自動的に開かれた。電話の相手は、この豪邸の住人らしい。そして。

この数分後、オレは住人と対面する。
どこか得意気な表情を浮かべ、開口一番にこう言う黄瀬の着付け師、とは。

「どうだ?今日の涼太は可愛く仕上がっていただろう」

まさかの、赤司だった。




「ちょうどお盆で赤司っち帰省中だったんスよ。マジ助かったっスー!」
「早急に誂えたものだから心配していたけれど、さすがは涼太だ。想定していた通りの出来栄えになったね」
「あ、誂え…?!って、これ、黄瀬のために作ったってのか?!」
「そーなんスよー。サイズは自分で測ったんスけど、あとは全部赤司っちの見立てで。しかも花火デート仕様なんスよねー?」
「あまり深い色にしてしまうと宵闇に紛れてしまうし、かといって淡過ぎては涼太の肌や髪色に印象をさらわれてしまう。花火鑑賞をしている涼太は一段と鮮やかに映えていただろう?」
「…お前、マジで何モンだよ」

赤司の言うとおり、連続で花火が打ち上がった際に隣を盗み見て、その横顔に見惚れた。
本人にはバレていないはずだが。と思って視線を向けると、ニヤリと口端を上げた黄瀬がいた。バレてたのかよ。

「さらに言えば、涼太に浴衣を勧めたのは僕だ。火神大我、お前が歓喜するのを見越した上で僕は涼太を仕込んだ」
「か、歓喜…?!」
「さすが赤司っちっスよねー。火神っちはアメリカ育ちだから和風なモノに弱いって。仰る通りっつーか想像以上の浴衣フェチだったっス!」
「ば…っ、違ぇよ!オレべつにそんな、浴衣なんか…」
「和装とは凡そ無縁の涼太が卒なく伝統に則した装いをしていることがこの男の劣情を誘発したのだろう」
「ギャップ萌えって奴っスね!…で、レツジョーって何スか?」
「火神大我に魅入られることで、今夜のお前が完成するということだ。…どうした?火神。目を逸らしていないで、もっとよく涼太を見ろ」

オレにとっては悪意しか感じられない笑みを浮かべた赤司に促され、同時に隣に座ってる黄瀬からも何やら期待の込められた視線をぶつけられる。
二つの方角から、黄瀬を褒めろという意思が伝わってくる。
たしかに、今日の黄瀬はオレ好みで可愛いし、そう言いたいのはやまやまだ。だが、この場でそう素直に告げてしまえば黄瀬を褒めると言うよりは赤司の手腕を賞賛しているような気がしてしまう。
黄瀬は、いい。
だが、この黄瀬に赤司の趣味が少なからず投影されていると思うと、オレは。

「べ、別に…。浴衣なんざ、誰が着たって同じだろ」

葛藤の末に呟いた途端、黄瀬に足を踏まれた。





「火神っち、クーラー入れて」
「お、おぅ…」
「あと水。オレの分用意してあるんスよね?」
「あるよ。ちょっと待ってろ…」
「小腹も空いて来たっス。なんか作って」
「…お前なぁ」

赤司の家を出て自宅に来てからも黄瀬の不機嫌は続いている。
原因はオレの発言であることは分かっているので機嫌取りに専念しようとしたが、冷蔵庫から黄瀬の水を持ってきた時に視界に捕らえた黄瀬の姿を見て、呆れた。

「何つー格好してんだよ…」
「うっさい。暑いっつったっしょ?窮屈なのもずっとガマンしてたんスよ」

さっきまできっちりと締めていた浴衣の帯をゆるめ、襟元を開いた黄瀬は人の家のソファーに寄りかかって実にだらしない姿勢になっていた。足を開いているせいで、裾も大きく捲れ上がっている。せっかくの清楚な浴衣もこれでは台無しだ。

「ほんとしんどかったー。…なのに、火神っちは喜んでくれないし。チラチラ見てたくせに、誰が着ても同じだって?ガッカリっスよ、そんなん言われたら」
「…いや、オレは…」
「分かってるっスよ。…勝手に期待したオレが馬鹿だったんス。赤司っちの言葉に乗せられて、浮かれて。…でも、たまには見た目も褒めて貰いたかったな、アンタに」

いじけたように唇を尖らせた黄瀬が本音を言う。
見た目を褒めるって、なんだ。お前にとっちゃそんなもん日常茶飯事なくせに。
制服姿でも練習着でも人目を引いて、道を歩いてりゃすぐに捕まってサインやら写真撮影やらをせがまれる日々に疲れた顔してたのはどこのどいつだ。
今日だって日没までは大変だった。ちょっと歩くごとに知らない女に声掛けられて囲まれて、その度にへらへらしてる黄瀬の腕を強引に引っ張ってって、結局花火を見たのは打ち上がる会場から大分離れた人影少ない河原だ。
そこで、お前は。

(今日、本当楽しいっス。…火神っち誘って良かったぁ)

心底嬉しそうに笑っていたくせに。



「…もぉいーや。シャワー浴びてこよ」
暗い声でそう呟いた黄瀬が、よいしょ、とソファーから身を起こす。
室温はかなり下げたが、黄瀬の首筋には汗が伝っていた。それに気付いた瞬間、オレの腕は動いた。
「うわっ!……何スか?」
「…いい加減にしろよ、お前」
「へ?何そ、」

黄瀬の体をソファーに突き倒し、抗議の声を出そうとした唇を強引に塞ぐ。もう限界だ。
完全に受身になっている黄瀬の咥内を荒らしまくり、少しの優越感を満たして。息が上がった頃に解放し、黄瀬を見下ろしながら伝える。

「…ぶっちゃけ、すげぇ興奮したよ。可愛いし、いつもより大人しいし、お前連れて歩くの気分良かった」
「か、火神っち…」
「花火なんかに集中出来ねぇくらいざわついた。惚れ直した。最高に似合ってる。それ全部、オレのためだろ?だったら、…オレに脱がさせろ」

仕込んだのは赤司だ。黄瀬をここまで化けさせた手腕は見事だと認めるより他ない。
オレは黄瀬をあんな風に飾り立てることは出来ない。だが、素材の良さは誰よりもよく知っているつもりだ。
赤く染まった顔を見下ろす。これはオレが引き出した表情だ。
いくらうまく装いを仕立て上げても、こいつの良い表情を引っ張り出すのは赤司にだって出来ないはずだ。オレ以外の、誰にも。

「…何やきもち妬いてんスか。赤司っちは、火神っちみたいなことオレに求めてないっスよ?」
「うっせぇ、…妬いてねぇよ」
「ふぅん。…ま、いっスよ。そんなに言うなら脱がさしてあげるっス。…まぁ、火神っちがそーするのも、」

言いながら動き出した黄瀬の手がオレの手を自分の腰元へ導く。
緩んだ帯に手を掛ける。その瞬間、ニヤリとしながら黄瀬は言った。

「今日のオレが色めく最後の仕上げだって、赤司っち言ってたっスけどね?」

この余計な発言が上等な浴衣を力任せに破かれる引き金になることをも赤司が予測してたってなら、一言言ってやりたい。
どうせやんなら徹底して、この挑発的な性格から矯正してくれ。










(って言いつつオレが大人しいと落ち着きなくなってソワソワしてる火神っちが超可愛くて楽しかったから、今日はやっぱり浴衣着てって良かった。)





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