krk-text | ナノ


▼ 5





いったんは収まった悪態が再びぽつりぽつりと始まったので、ひとまず黄瀬の体をベッドに倒してその上に乗り上げた。
赤く腫らした目を細く釣り上げ、なおも文句を言いたそうな黄瀬の唇を指先でなぞる。
するとまぁ、聞き捨てならない単語がそこから飛び出した。

「自己中、卑怯者、……インポ野郎」
「あ?オイいま何つった?」
「……まだ若いのに大変っスよね、EDなんて?どーすんの火神っち。子供作るどころか、この先一生エッチ出来ないかもよ?」
「……インポじゃねーよ、バカ」
「オレだったらトラウマで二度としたくなくなる大事件っスよ。あーあ、かわいそっ!せっかく立派になれるのに、最大限に発揮してくれない持ち主の股間にぶら下げられてて、火神っちのチンコかわいそ、……うぐ、」
「上機嫌なところ悪ぃな、黄瀬。……これのどこがインポだって?」

元々でかい口が忙しく動くのを暫く眺めてから、親指をそこに突っ込んで黙らす。その上でオレは下半身を黄瀬の足に擦りつけてやった。

「…ぅえ?…うっそ、なに、勃ってんの……?」
「おう、良かったな。これでお前の好きなデカチンポを余すとこなく味わえるぞ。オラ、パンツ脱げ」
「まままま待った!え?何スか?さっき握ったときはあんなにフニャチンだったじゃん!」
「ガタガタ言ってねぇでさっさと脱げ。脱がすぞ?」
「え……、す、するんスか?だって、火神っち、オレまだ、あの人と……」
「明日別れ話しに行くんだからもういいだろ。今度はオレがついてってやる」
「……いや、それ聞いてない。わ、別れるなんて、まだ一言も…」
「お前が嫌だってなら、オレがそいつに話つける。テメーみてぇな年食った不倫野郎に、黄瀬はやれねぇってな。……大体、そいつで満足してるって嘘だろ。お前、こんなじゃん」

この期に及んで抵抗する黄瀬の股間に手を当て、反応しているそこをパンツ越しにしっかりと握り込む。
うっと唸り声を上げた黄瀬がまたオレを睨むが、すぐにハァ、と熱っぽい息を吐いてオレの首に両手を回してきた。

「…オレ、本当は火神っちフった後、そのままフェードアウトしちゃおうと思ってたんスよ。友達のままでいてって言った時、アンタ、スゲー顔してたし。セフレもヤダって言うし、あ、これマジな奴だ、ダメだ切ろうって思った」
「そんで、二ヵ月も音沙汰なしだったわけか」
「そう。…なのにさぁ、火神っち、ズルイ人っスよねぇ。黒子っちに相談するなんて。あの人に、「火神くんのこと嫌いにならないであげてください」なんて言われたら、オレ、二つ返事でオッケーしちゃうに決まってんじゃないっスか」
「……黒子の奴、お前に連絡したのか?」
「一週間後くらいにね。……アンタ、めちゃくちゃヘコんでたそうっスね?黒子っちも呆れてたっスよ。オレの好みの男のタイプなんて、黒子っちに聞いたって答えられるわけないじゃないっスか。黒子っちは、今でもオレがゲイなんて知らないんスから」
「……ああ、どーかしてたよ。でも、お前の性癖は黒子にバラしてねーぞ」
「……うん、それは雰囲気で分かった。不倫のことも黙っててくれたんスね?火神っちがオレに興味もったきっかけとかも、全部」

そりゃ、お前が隠していた相手に易々とバラせる話じゃねーし。
そう思いながら黄瀬のパンツを脱がし、すでに先走りで湿ったそこを右手で包み込む。ここが濡れているのは、さっきあの男に何かされたせいだけではないと思いたい。

「…オレが火神っちを恋愛対象として見れる日がこの先永遠に来なくても、火神っちだけはオレの味方でいてくれるから、女の子みたいに付き合うのはないにしてもそこそこ大事にした方がいいよって、アドバイス貰ったんスよ」
「……そんで、他の男とヤらせよーとしてたわけか?」
「そう。…オレがダメなら、せめてオレと同じ性別で、オレ並にアナル開発進んでて、後腐れなくエッチ出来る子を火神っちに宛がえば、それでオレは許されるって思ってさ」
「…普通に、女友達でも良かったんじゃねぇの?」
「……あー、考えもしなかった。……たぶんね、オレ、火神っちをこっち側に引き止めておきたかったんだ」

オレに対する罪悪感はたしかにあった。
それと同時に、オレを、繋ぎ止める手段を考え。黄瀬の軽い頭で思いついた最善の計画を、今日、実行したのだと言う。

「でも……、んっ、ご、さん、だったな……、まさか、火神っちが、あそこで使い物にならなくなるなん、て……」
「……あったりめーだろ。オレは、お前の仲間じゃねぇんだよ」
「うっそ…、ノンケの人は、こんな、ふーに、…自分以外の男のチンコ、上手に擦れない、よ…?」

大分息が上がりながらも、可愛げのない口は皮肉をこぼす。
うるせーな。オレだって、二ヵ月前まではこんなこと絶対に出来ねぇって思ってたよ。
お前みたいに、誰彼構わずナマで握れるわけでもねぇ。他のは全部汚ねぇって思うよ。
でもお前のは、別物だ。

「あ、ん…、火神っち、も、いいっス…、……穴濡らすから、ちょっと、どいてて」
「…ああ、ローション塗りたくるんだよな」
黄瀬の制止を受け、身を起こしてそれの在り処を探す。ホテルの備品であるそいつを手に取り黄瀬の前に戻れば、黄瀬は無言でオレに手を伸ばしてきた。
「何だよ?」
「いや、何って…、ちょーだいよ。アンタが持ってても仕方がないっしょ」
「……いーから、黙って寝てろ。オラ、足開け」
「へ?……え、ちょ、火神っち?!まてまてまて、アンタがやるの?!」
「……濡らさなきゃ、入らねぇだろ」
「そ、そーだけど…、無理でしょ、出来ないっしょ?ケツの穴の中っスよ?本来何が出てくる場所か分かってる?!」
「……ちょっと黙ってろ。また萎える」

色気のない発言をずけずけと行う黄瀬に内心げんなりしながら、ボトルのキャップを外して手のひらに盛大に絞り出す。その手を、躊躇なく黄瀬の股の間に宛がい、そして。

「うぁ…っ、ちょ、やだ、火神っち…ッ!」
「……痛かったか?」
「ち、ちが…、痛かないけど、…やだぁ、ちょ、恥ずかし…っ」
「……」

人差し指一本突きいれた程度で、真っ赤になって顔を覆う黄瀬にオレはやや混乱する。
なんだこいつ。前回は、こんなじゃなかったぞ?
準備万端でオレにケツを突きだしてきて、指を入れればそんなもんはいらねーからさっさとチンポぶち込めと冷静に促してきた。
それが今日はどうした。なんだ、そのザマは?

「…何が恥ずかしいんだよ。いつもやられてんだろ?」
「……って、ねぇよ!」
「あ?」
「…前準備はいつもセルフだよっ!だから…、やだ…、まだきついのに、入れられんの…ホント、やだ…っ」
「……」

そうか、そういうことか。
他の男がどうかは知らないが、少なくとも黄瀬にとっては。バスルームで行っていた準備作業ってのは、心の準備も含まれていたということなのか。

そりゃ、残念だったな。
こんなド素人に、大事なその作業が奪われちまってよ。

「あ、ん、やだ、も、抜けよぉ…っ」
「うるせー、安心しろよ、…充分抜き差ししてやっから」
「やだって、……は、ァあっ?!」
「?!ど、どうした?!」

ローションを追加するために埋めた指を広げながら抜こうとしたその時、突然、黄瀬の腰がビクビクと震えてデカイ声がオレをビビらせた。
まずいとこを触ってしまったのかと黄瀬の表情を窺い見る。腕を震わせながら、黄瀬は声が漏れた口を両手でがっちり塞いでいた。

「黄瀬……?」
「…ち、違う…、いまの、が、オレの……」
「え…?」
指の隙間から聞こえた声は、拒絶的ではなかった。
どちらかと言えば、こう。
「……お前の、…いいとこ?」
「…っ!も、ほんと、…だめ、だから、オレ、こんなんなる、から…っ、ゆ、ゆるし……」
「へー、……そうかよ」
「んぁっ?!あっ、あっ、やっ、んん…ッ」

ハズレ、ではなく、大当たり、だったらしい。
それを感じ取ったオレは容赦なく先ほどの部分を指で突き、すると黄瀬は面白いように感じまくった。
なるほどな、こうすりゃよかったのか。
いいとこがあんなら、最初から言えよ。だがまぁ、自分で発見した事実は、嬉しくなくもない。
そうして調子に乗ってると、黄瀬は懸命に口を塞ぎながら背中を逸らし。
「んんー…ッ!!!…はっ、あ…、ぁ……?」
「……すっげ、」

チンコには触っていない。
それなのに、中の刺激だけで腹に大量のザーメンをぶちまけた黄瀬に、素直な感想が漏れた。

「あ、も…、っ、だから、やだって……」
半泣きで荒い呼吸を繰り返す黄瀬の腹を撫でるついでにザーメンを掬い取り、その濃さを確認する。なるほどな。お前、こんだけ溜め込んでて、オッサン相手でも満足してたとか言う気だったのか。
などとは、口には出さずにオレは次の行動を開始する。悪いな、黄瀬。オレも、お前と同じようなもんなんだ。
「んっ、ちょ、ちょっと…、まって、火神っち、…休憩、」
「待てねぇよ。そのまま力抜いてろ」
「あ、や…っ、まってまってまって!さっきのとこは、マジでやめてっ!!」

絡め取ったザーメンをせっかくだからと潤滑剤に追加しようと指を挿入したところ、本気で慌てた様子の黄瀬が上体を浮かせてストップかけてきた。
なんだ?と顔を上げれば、真っ赤な顔をしたままの黄瀬は。

「そこ、されたら、また、ひとりで、すぐ…イっちゃう、から……」
「…いいじゃねーか、何度でもイけよ」
「……バカっ、ざけんな!……やだよ、オレだけでイくの……」

妙にひくついている穴に指を差し込む。黄瀬の願いを聞き入れ、そこには当たらないようにして濡れ具合を確認した。
「…ね、も、大丈夫…っしょ?火神っち、は、はやく……」
イったばかりだと言うのに、黄瀬のチンコは回復している。ハァハァと熱い呼吸と上擦る声が、オレの興奮をひどく煽る。
「はやく…何だよ?」
もはやオレの下半身も限界だ。それなのに、オレは辛抱強く黄瀬の言葉を待つ。
聞きたい。オラ、言えよ。早く、どうして欲しいって?

「い、いれ、て…っ、火神っちのチンコ、ハメて、いっぱいに、して…っ!はやく、オレの、…ひぁッ!!」


必死な懇願を最後まで言わせることが出来なかったのは、オレの落ち度だ。
限界は突破した。迷うことなく、ひくひくとうねるその穴をオレのチンコで一気に埋める。
ぐちゅりと音を立てて突き刺したその中は相変わらず絶妙な収縮でオレの理性を掻っ攫う。だが、まだだ。こんなに早くぶちまけたら、後でこいつにバカにされるに決まってる。
必死で持ち堪え、すべて収まりひと呼吸おいた後に上体を前のめりに倒す。そして黄瀬の腕を掴み、全力で引き寄せた。
「ひんッ?!ァ、な、なに…っ?!」
「…めちゃくちゃ揺さぶる、から、…しっかり、しがみついてろよ」
「え?あっ、んはっ、まっ、て、まだ、動いちゃ、ゃ…ッ」

腰を引いて一気に貫く。するとその反動で軽く恐怖を覚えたのか、黄瀬の両腕はオレの首に回り、振り落とされないようにしっかりと密着してきた。
当然、黄瀬の反り返ったチンコはオレの腹に当たってる。前回はなかった感触に、オレの興奮はまた高まる。

「あっ、あっ、か、かがみっち、かがみっちぃ!!や、んん…ッ、やら、また、イく…っ」
次第にピストンを小刻みにしていくと、呂律の回らない喘ぎ声をオレの耳元でめいっぱいあげながら黄瀬は早々の白旗を上げる。だが、止められない。
「…ッ、は、黄瀬…っ、黄瀬ッ!」
「んァ…っ、かが、ぁ、あっ、あァぁ…っ!!」
「……っ!!」

先ほど指でイかせた時と同じくらい、いやそれ以上にデカイ悲鳴をあげながら喉を逸らした黄瀬が、強烈に内部を締め付けてきた。
それにはさすがにたまらず、腰の動きを止める。イったのか?と思いながら黄瀬の様子を見遣るが、黄瀬は放心した様子でオレの肩にしなだれかかってきた。
「き、黄瀬……?」
「っ、…だ、め……い、イって、る……っから、ぁ……」
「い、イってねぇぞ?お前……」

ぶるぶると震えながら射精報告をする黄瀬のチンコからは、先走り程度の液体がだらだらと垂れているだけだ。イってない。明らかにバレる嘘を、なぜこいつは。
しばらく痙攣を起こしたような状態を保ったあと、一気に弛緩した内部ではオレのチンコが暴発した。
それにまたビクビクっと感じ入った黄瀬は、苦しそうな呼吸を繰り返し。そして。

「い、いまの……人生初……なんス、けど……」
「……は?な、何だよ、中出しくらい……」
「違う!お、オレ……、し、しらなかった…、……メスイキって、こ、こんなの……だったんだ……」

先ほどまでとは違う様子で震えながら呟く黄瀬が、何を言っているのか今のオレには理解が追いつかなかった。
それでも、分かることがあるとすれば。

オレは、何やら黄瀬の体を。
まだ未開発だった部分を、強引に開発してしまったらしい。


「す、スゲェよ、火神っち…、アンタ、このオレに、こんなことして……っ」
「何だよ…、良かったじゃん、新しいステージに踏み込めて」
「良くねぇよ…っ!こんなの、されたら、オレ、もう……っ」

徐々にいつもの調子を取り戻して来た黄瀬が、小さな声で「最悪」と呟く。

「どうすんだよ、オレが……、アンタ以外と、エッチ出来なくなったら…っ」
「…んだよ、そんなの分かりきってんだろ?」

カラダの相性は大事だとか言ってたな、お前。
良かったな、オレら、最高っぽいじゃん。

それなら答えは分かりきっている。
視線を上げた黄瀬の唇に吸いつき、軽い音を立てて離れ。触れるギリギリの距離で、言ってやる。

「しなきゃいいだろ、オレ以外と。いいだろ?お前の最後の男は、このオレだ」

何か言いたそうに顔を歪めた黄瀬の言い訳は聞いてやれない。
だからオレは繋がったままの腰を動かし、めちゃくちゃ感度良好な黄瀬の体を自由にする。


黄瀬の男運は最低値まで落下した。
オレにつかまっちまったのが、お前の運のツキだった。
だが安心しろ。これ以上に最低な男に振り回されることは、お前の未来にはない。





朝までホテルで過ごし、ほぼ寝ないままそこを出て、オレたちが目指したのは黄瀬の現在の住居だった。
マンションのエントランスまで黄瀬はついてくるなと粘ったが、そういうわけにはいかない。
また丸め込まれて延長戦にされたら、オレの神経がどうにかなる。

「そんなのオレの知ったこっちゃないし…。はぁ、別れたくない……」
「安心しろよ。別れたくさせてやっから。……ここ?」

エレベーターを降りて少し歩いて、とある部屋の前で黄瀬は足を止めた。
ロックを解除し、ドアを開ける。玄関には、男物の靴が一足だけ出ていた。

「いる?」
「…ん、いる。……ただいまぁ」

のんびりしたその挨拶に若干気が怯んだが、大丈夫だ。ここで黄瀬がこの挨拶を口にするのは、これで最後だ。
そう意気込んで、靴を脱ぐ。黄瀬の後を追い、足を進める。

ドアを開けたその先は広いリビングで、でかいソファーに一人で腰を下ろし優雅にコーヒーを啜る中年の男が、黄瀬に気付く。
「おかえり、涼太」
「……ただいま。…あのさ、お客さん、連れて来たんだけど」
「お客さん?」
「……前に話したことあったよね。こいつが、例の、…オレの、高校からの友達。火神っち、見ての通りこの人がオレの……」

黄瀬の紹介を待たずに、オレは先手を打つ。
その場に膝をつき、土下座をして。相手の出方を窺うこともせずに、自分の願望をぶちまけた。

「頼む、黄瀬をオレにくれ!アンタには奥さんも子供さんもいるかもしれねぇけど、オレには、こいつしかいねぇんだ!!」
「か、火神っち…?!ちょ、何、急に…っ」

突然のオレの行動に戸惑った様子で黄瀬が膝をついてオレの顔を上げさせようとしてきた。
その手を振り払い、尚も言い募る。

「アンタの覚悟はこいつから聞いた。このマンションを黄瀬のために買って、奥さんにも紹介したって話も全部だ。……正直、スゲェと思うよ。変な男に引っ掛かってばっかでヘロヘロのこいつを無闇に束縛するでもなく、ただ、居付く場所を提供してくれるなんて、……誰よりもこいつのことを考えてくれた決断だと思う。やられた、って思ったよ。オレには太刀打ち出来ねぇ余裕っぷりだ。アンタはこいつを誰よりも幸せにしてやれる男だと思う。でもな、…それでも、オレは、こいつを譲りたくねぇ」

男として勝ち目がゼロなことは、分かっていた。
ド素人のオレが、同性愛においては百戦錬磨の黄瀬をこの男のようにうまく抱き込めるはずはない。
オレに出来るのは、こんな風にプライドを捨てて必死に頼み込むくらいなもんだ。
だから、オレは。

「……顔を上げてくれないか?火神くん」

落ち着いた低い声で男が言う。
それに従い顔を上げると、深みのある笑みを浮かべた男はオレと黄瀬の顔を交互に見比べ。そして呟く。「あぁ、君が火神くんか」と。

「な、何…だよ?」
「いや。…涼太の話通り、精悍な顔付きをしている。…涼太が夢中になるだけのことはあるよ」
「は……?」
「ちょ、何言ってんスか!オレがいつこいつなんかに…っ」

思わぬ感嘆を耳にしたオレは、横から口を挟む黄瀬の顔をチラ見して。相手の話に聞き入った。
「僕が涼太に出会った夜、彼はひどく泥酔していてね。彼氏にフラれたばかりでむしゃくしゃしていたらしい。僕はその弱味につけこんで、涼太を口説き倒し、その日のうちにホテルに行った。……火神くんの名前を耳にしたのは、その時だよ」
「ち、違うんスよ!オレ、あの日ほんと酔っ払ってて…っ!だから、全然、思ってもないことを…っ」
「黄瀬、お前はちょっと黙ってろ。……どんな話をしていたんですか?」
慌てた様子の黄瀬の腕を掴んで制止し、話の続きを促す。
余裕の笑みを浮かべたまま、男は話す。
「話の中で出てきたわけじゃない。……最中に、僕にしがみつきながら君の名前を一生懸命に呼んでいたんだよ」
「……は、ぁ?」
「てっきり、「火神っち」とは涼太の前の彼氏の名前かと思ったよ。その名前を呼びながら僕に顔をすり寄せる涼太は本当に幸福そうな笑みを浮かべていたし、…こんなことも口にしていた」

(火神っち、オレね、ずーっとアンタにこーされたいって思ってた。やっとその気になってくれて、すげぇ嬉しい。オレね、たぶんね、アンタに似た人がいないかなって、いろいろ物色してたんだ。だからもう
、それもお終い、っスね。……オレ、もう新しい恋なんて見つけなくていーよね?失敗して、傷付かなくて、いいんだよね?)


後日、黄瀬にその名前の人物について訊ねたところ、そいつは元彼でもなんでもなくただの高校時代からの付き合いがある友人だと言われた。
体格が良くてそこそこイケメンで優しいけどガキっぽくてバカで鈍感なそいつは、黄瀬の性癖を知るただひとりの友人であり。本人の性癖は至ってノーマルな、別世界の人間だと。

それを聞いたことで、この人は黄瀬に最良の道を与えたのだと言う。


「火神くんに叶わぬ想いを抱いていたとしても構わないと思っていた。それでも涼太が僕の元にいてくれるのなら……、僕は、涼太の支えになれればそれで良かったんだ」
「アンタ……」
「だけど、それももう終わりだね。涼太、……今度こそ、本当に幸せになれるね」

どこまでも深い慈しみを込めた眼差しが、黄瀬の顔を捉える。少し黄瀬の瞳が潤んでいた。
黄瀬が泣く前に、立ち上がってその腕をつかむ。弾かれたように黄瀬は震えた声を発した。

「あ、りがとう…ございます。…貴方と出会えて、オレ、ほんとに……良かった」


さようなら、と深く頭を下げた黄瀬に倣い、オレもそうした。




帰り道の黄瀬は、ホテルからマンションへ向かっていた時よりも大分大人しかった。
黄瀬がこうだとオレもどうにも落ち着かない。気を紛らわすために、最近テレビで見たとあるニュースの話題なんかを口にしてみた。

「なぁ、黄瀬。……同性婚って、どーゆー手続きが必要なんだろーな」
「……は?……え?なに?いま何て?」

だがその話題のチョイスは失敗だったのかもしれない。めちゃくちゃ変な顔をされ、怯んだ。
「いや、だからその、…すぐじゃなくても、そのうち、するだろ?」
「……待って、火神っち。それは、その、……オレが結婚なんてするとでも思ってんの?」
「は?!い、嫌なのかよ?!お前、オレにホレてたんだろ?!」
「……あのね、火神っち。これは同性愛に限っての話じゃなくて一般論だと思うんスけど普通付き合うことになった翌日にプロポーズなんてしなくない?あの人の話聞いて調子に乗ってるみたいっスけど、あれ割と話盛ってるから。オレ、そこまでじゃないっスから」

妙に早口で捲くし立てる黄瀬はきっぱりとそう言い、つんと視線を逸らした。
だがその頬が仄かに染まっているので、鈍感だと言われるオレも察してしまう。おいなに照れてんだ。

「……なあ、黄瀬」

だがその新鮮な反応、悪くはないな。
そう思いながら隣り合う黄瀬の手に、自分の手を絡めて呟く。

「いつか、オレにも言えよ。オレに出会えて良かったって」

触れた手のひらは予想以上にあたたかく。
握り返してきたその感触が妙にいとおしい。

「いいけど、それはオレか火神っちが死ぬ時になると思うよ?待てる?」

別れの言葉は、その時だ。
オレのプロポーズに対する黄瀬の返事は、これのようだ。だったら。

「おう。さんざん幸福絶頂味合わせてから言わせてやるよ」



オレは随分とお前を待たせたようだから。
それに見合うくらいの報いとして。この先の人生を捧げるくらいはしてやってもいい。










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