krk-text | ナノ


▼ 3




肉体的には、最早女としてんのと変わりないくらいに黄瀬の中はやわらかく溶けまくった。
奥を突くたび、ぎゅうと絞り取られるような動きをするそこのお陰で、射精感は高波のように押し寄せる。その勢いに飲まれて発射しても、またすぐに高められ。オレは、自分の性欲がここまで底なしになることがあるのだと、初めて思い知らされた。
それは黄瀬側にも言えることで、出す間隔はオレ以上に早く、イってもイってもまだイケる。それどころか、イってる最中に「またイく…っ!」と喚き出す始末。最後のほうに出したザーメンはほとんど透明になるほどで、黄瀬の感度の良さは筋金入りだと感心させられた。

初心者のオレがここまで黄瀬に夢中になったのは、アナルの具合にやられたからというだけじゃない。
最初は控え目だった黄瀬の喘ぎ声が、徐々に理性を失って行き、甲高く甘ったれたようなものに変化したとき。その声質でオレの名前を呼びながら果てる姿を見せられたとき。白い背中がほのかに色付き、じっとりと汗ばんだ皮膚の熱さに触れたとき。そして、普段はあまり意識していなかった黄瀬の香水と汗の入り混じった匂いが漂ったとき。その時々にオレは、黄瀬という男を抱いているのだと鮮明に認識し、いつにない興奮の渦に飲み込まれた。

男同士のアナルセックスが意外と良かったから、ではなく。
抱いた相手が黄瀬だったから、オレは我を忘れて貪り尽くした。

黄瀬の気絶によってこの夜のセックスがすべて終わり、シャワーを浴びて冷静さを取り戻した時に出した結論は、もう、後には引けない事実を示していた。




「……おはよ」
「お、おう…」

バスルームから戻ると、ぐったりと意識を失っていたはずの黄瀬はその両目をぱちりと開いてオレを迎え、掠れた声で挨拶を口にする。薄暗いホテルの室内でも、黄瀬は現在の時刻をきちんと把握している様子だった。

「…大丈夫、か?」
「……何?時間?……もぉ6時になるけど、火神っち今日なんか予定あった?」
「そうじゃねぇよ。その、体……」
「……それは大丈夫。……って言いたいとこっスけど、残念ながらかなり、大丈夫じゃないっス…。火神っち、悪いけど水取ってくんない?」

だよな、と胸中で相槌を打ちながら、望みどおり備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取りだし黄瀬に差しだす。
肘を使って上体を逸らした黄瀬は、やや苦戦しながらもそれを口にし。
「……なんか、最近はずっと年上の人とばっかり付き合ってたから、あんま意識したことなかったけど……、オレ、もう若くねぇわ」
再び頭をシーツに押し付け、ため息混じりにそんな弱音を零した。

その様子を窺い見ながら、オレがやり過ぎたのか?と少し不安になったが、すぐに黄瀬はそれを打ち消しに来る。

「火神っち、ホント才能あるよ。オレをここまでヘロヘロにした男は、アンタが初めてっス。オレ、正直アンタのこと甘くみてたわ」
「そりゃこっちの台詞だよ…。学生時代だって、こんな続けざまにヤったことはねぇし。あの頃のほうが体力はあり余ってたはずなのにな」
「…その頃の火神っちとやっちゃってたら、オレ、こんなもんじゃ済まされなかったかもね。今で、良かったのかも」
「……なぁ、黄瀬」

昨晩の話を、こいつは覚えているのだろうか。
オレも黄瀬も酔っ払っていた。だが、黄瀬よりも悪酔いしていたオレがきっちりと覚えてんだ。黄瀬の記憶が飛んでるってことも考えにくい。

体力と性欲を持て余した学生時代にすらならなかった関係に踏み込んだ、理由を。
オレが、黄瀬に突き付けた要求を。

黄瀬が重要視すると言っていたセックスの相性は、この通り問題なくクリアしている。
妻子持ちでなければ、彼女もいない。社長ってわけではないが、そこそこの給料を貰える定職には就いている。容姿や性格の好みに合ってるかどうかは分からないが、過去に黄瀬が付き合ってきた男たちのそれには一貫性がなかった。その辺のこだわりは特にないだろうし、体格的にはかなりアドバンテージあるだろうとは思う。そして、何よりも。

「順序おかしくなったけど、オレ、マジでお前と付き合うつもりだからな」

オレは誰よりも黄瀬のことを理解している自信がある。
どんな男を好きになって、どんな別れ方をしてきたのか。その経歴を一番把握しているのは、このオレだ。
こうなった今ではむしろ、オレ以外に黄瀬を幸せに出来る男は世界中の何処を探してもいないと断言できるような気がした。いや、する。

黄瀬、お前はさんざん手痛い失恋を繰り返してきたんだ。
本来であれば女たちがほっとかない容姿と性格の持ち主のお前が。持て囃されて、選び放題だったはずのお前が、これ以上傷付いて不幸な人生を送る必要はない。
もう、ラクになっちまえよ。
オレを選んで、当たり前の幸せを手に入れろよ。


「……それ、ちょっと保留にさせて貰えないっスかね?」
「……あぁ?何でだよ、悩む必要はねぇだろ?」
「なくねーよ。だって、オレ、……火神っちのこと、そういう風に考えたことなかったんスよ?それが、一晩寝ただけでころっと彼氏に収まっちゃうとか……、なんか、現実味ないし」
「現実味だ…?おい、お前、オレがノリでこんなこと言ってるとか思ってんじゃ……」
「いや、ノリはあったっしょ。……火神っちの好意を疑ってるってわけじゃないんスけど。オレ、抱いてくれる男なら誰でもいいってわけじゃないんスよ?そこまで頭軽いつもりはないし、……ちゃんと、火神っちを好きになれるのか、ちょっと考えたい」

真顔でそう言う黄瀬の言い分は、たしかに一理ある。
惚れっぽい男だとは思うが、こいつが付き合う前に常に片想いの期間を設けている、というのは嫌というほど知っていた。その期間中にセックスの相性を確かめる、というのはどうかと思うが、まぁ、それなりに考えて行動するのは悪いことではない。
昨日今日の付き合いではない。明日明後日、オレか黄瀬が死ぬわけでもない。
時間はたっぷりあるのだ。結論を急がせる必要は、ないかもしれない。

「それと、……社長さんにもちゃんと話しなきゃだし」
「……まだ会うつもりかよ?」
「しょうがないっしょ。オレ、今はあの人と付き合ってるってことになってんだから。きちんと別れてからじゃないと、どっちにしろ火神っちとは付き合えないっスよ。……オレ、二股って絶対に許せないタイプなんで」

不倫関係持ち出された奴が何言ってんだ、と言いそうになるが、それは黄瀬側の問題ではない。
それに、相手の夫婦仲が冷え切っているという言葉も真に受けているのだろう。そんな黄瀬を責めるわけにもいかず、オレは黄瀬の答えを受け入れた。

「分かったよ。そんなら、ぱぱっと別れてオレんとこ来い。待っててやるから」
「……うん。なるべく早く結論出せるようには頑張るっス。……火神っちも、もっかいよく考えて」
「あ?オレは……」
「オレと付き会いたいかどうかじゃなくて、……オレのことを好きかどうかってこと」
「……そりゃ、」
「今のとこ、オレの目にはこう見えるんスよ」

同性愛不倫に走ったバカな腐れ縁の男に同情して、その目を醒まさせるために体を張った正義感溢れる立派なヒーロー。

そんなクソ寒い表現をしてくる黄瀬に、バカかと言い返したくなった。
だが、「好きかどうかをきちんと考えろ」と言うのは、真摯に聞き入れるべきだと思う。
同情なんてつもりはない。普通の男がそんなもので男を抱けるはずはないが、黄瀬にはその常識が通用しない。
男同士だとか、付き合う前のセックスだとか。普通の男が、いや、オレが気にする問題は黄瀬にとっては些細なことだ。
その黄瀬が問題視しているのは、オレが黄瀬の恋愛対象に成り得るかどうかということであり。それは、オレにとっても同様だ。

この場でぱっと出せるような軽い結論ではないからこそ、失恋をする度に黄瀬は傷ついていた。
長い付き合いだからと言って、特別な位置につけるわけではない。今のオレは、過去に黄瀬が付き合おうかやめようか考えた男たちと、同じ立場だ。
絶対に幸せにする、などという口約束を素直に受け止めて貰えるほど、オレは黄瀬の信用を得ていない。ならば。

「分かった。お前がその気になるまで、口説き続けてやる」
「……覚悟しとくわ。つってもオレ、そこまで気長な人じゃないから、来週また会おう?」
「来週?いいけど…。そんな短期間に心の整理つくのかよ?」
「オレはどーだか分かんないっスけど、火神っちは平気っしょ。本当にただのノリだけなら、一晩寝たら目が醒めるだろうし。それで冷めてなければ、火神っちの言葉は本物って信じられるっスよ。そーしたら、……また、オレに告白してみてよ」

オレ側に出された課題は、実に容易いものだった。
一過性の衝動ではなく、持続性が認められれば黄瀬の信用は得られる。そこで初めて、黄瀬と同じフィールドに立つ許可が与えられるらしい。

黄瀬の視界に入るためには、まず、実力を認めて貰わなければならない。
それは、高校の頃。黄瀬と出会ったばかりのときに通った過程と、何ら変わりのないものだった。





一週間は、あっと言う間に経過した。
その間、黄瀬からの連絡は一切なく、こちらからもしていない。黄瀬のことは毎晩考えたし、何度か夢にも出て来られた。そんな一週間の間に、オレの考えが劇的に変化することは、なかった。

金曜日の昼過ぎに、何処で会う?と簡潔なメールを黄瀬に送った。
だがその日、黄瀬からの返信はなかった。
念のためいつ返信が来てもいいよう残業にならないように仕事を片付け、終業時刻になっても。同僚に、今日だけは勘弁なと謝罪しながら会社を後にしても。自宅に到着して、スーツを着替えた後も、黄瀬からの連絡はない。
何だコレ?と思いながらも家事をこなし、メシを食い、シャワーを浴びる。合間合間に電話をかけてみたが、一向に応答する気配はない。

一週間後に会おうと黄瀬は言っていた。
それまでに不倫相手とケリをつけ、オレの心境に変化がないかを確認したうえで改めて告白するチャンスをくれてやると。そんな黄瀬が、連絡もなしにバックレるものだろうか。
だんだんと、黄瀬の身に何か起きたのではないかと不安になっていく。

だがその不安は、意外な形で解消された。


「……こんばんは、火神っち。……遅くなって、ごめんなさい」
「……なんでだよ。電話、出ろよ……」

とうとう黄瀬の自宅まで乗り込む覚悟を固め、玄関先で靴を履いていたそのタイミングで出現した訪問者は、バツの悪そうな表情で謝罪を口にした。



黄瀬を自宅に入れたのは、大学卒業以降初めてのことかもしれない。
社会人になってから黄瀬は都内で一人暮らしを始めた。遅くまで一緒に飲んでても終電を逃す時刻はオレとほぼ同じなので、実家暮らしをしていたときのようにオレの家をホテル代わりに利用する機会はなくなったからだ。

そんな価値の低下した家に黄瀬が来たのは、まぁ、今日話す内容が内容だったからだろう。

「相変わらず殺風景な部屋っスねぇ…。観葉植物でも置けばいいのに」
「誰が世話すんだよ。めんどくせぇし、邪魔なだけだ」
「あんま手間の掛からないやつもあるよ?次の誕生日に買ってあげよっか」
「いらねぇよ。……それより」

無駄に不安を煽られていたせいで、やけに気が急いている。
上着を脱いでソファーに腰を下ろした黄瀬に飲み物すら出さずに、先週の話の続きを促した。

「ちゃんと別れて来たのか?」

すると黄瀬は、視線を床に落として躊躇う素振りを見せる。
その態度に嫌な予感がした。そしてそれは、まんまと的中する。

「結論から言うと、……無理でした。別れられなかったっス…」
「はぁ?!…な、何だよそれ!お前、何のために…っ」
「離婚してもいい、なんて、言うんスよ、あの人…っ」

そのへんは、実はあまり重要視していなかった。
少なくともオレの中では。自分が二股をかけることは絶対に無理と言う黄瀬が、不倫などというもっともタチの悪い二股に甘んじていられるとは思えなかったからだ。
オレがどうこう言う前に、自ら決別していてもおかしくはない。あとは黄瀬がオレを受け入れられるかどうかって話かとばかり考えていたオレに、この結論は衝撃的だった。

「離婚…だ?バカ、そんなもん口だけに決まってんだろ?!あっさり騙されてんじゃねぇよ……っ」
「……記入済みの離婚届見せられてさぁ。あとは、奥さんのサイン貰って提出するだけって状態の。……オレと付き合うことになった時点で、ずっと持ち歩いてたんだって。オレが、もう無理って言ったらすぐにでも離婚するつもりで、って……」
「だから、そりゃお前の気を引くためのハッタリだろ?!本気で離婚するってなら、お前の意見なんざ聞く間もなく勝手に手続き終わらせてるだろ…。なのに、」
「……うん。オレの気を引くために、出す予定もない離婚届にサインしてんスよ、あの人。ずるいんスよね…、オレのこと、奥サンに話しちゃってたりして」
「……は、」

思わずオレは言葉を失った。
いま、何て言った?不倫野郎が、自分の嫁に黄瀬のことを話した、だと?

「な、何だよそれ…、それじゃ、お前……」
「初めて奥サンと話しちゃった。電話で、っスけど。…それで、言われた。『その人をよろしくね』って」
「ま、待てよ、それじゃあマジで離婚……」
「んーん。離婚届はオレが破り捨てた。最初からそんなことして欲しかったわけじゃないし、オレのせいで二人の人生を狂わせたくなかったし…。離婚してくれたからって、あの人がオレと結婚出来るわけでもないじゃん?だから、それは無意味だっつって。そしたら、別の契約書見せられて」
「契約書……?」
「……新築マンション、買っちゃったんだって。奥サンとお子さんとは別居して、オレと、そこで暮らしたいんだって。笑っちゃうっしょ?そんなことしても何もメリットないじゃん?オレ、家事もろくにしないし、収入もあの人ほどないし、会社経営のこととかもいまいち分かんないから相談にも乗れないし、……子供も出来ないし?」
「……」
「そんなんでオレにどうしろって言うんだ!って言ってやったらさ、……帰って来てくれれば、それでいいって、そんなこと言うんスよ」

こいつは、本物だと思う。
少し泣きそうな顔をして、相手と話した内容を語る黄瀬を見て。
これは、本当に、真正の。

男運の悪い男だ。

「何処に行っても、何日留守にしても、誰と何をしても構わないから、最後は自分のところに戻って来てくれって……」
「おい黄瀬…、お前、目ぇ醒ませよ」
「え?」

もはやこれ以上聞くに耐えなくなり、オレは黄瀬の肩を掴んではっきりと告げる。

「さっきから黙って聞いてりゃ…、お前、バカだろ?そいつ、マジで最悪じゃねぇか!クソ野郎にもほどがあるぜ?!」
「な、何スかそれ…っ、あの人のどこが、」
「離婚もしねぇくせにマンション買って、嫁さんにお前のこと話すなんて、そんなん完全にお前の逃げ場を奪って包囲する気満々だろ?!自分だけまともに世間体取り繕って、嫁も子供も自分の戸籍に置いといて……お前の将来なんざ、まるっきり考えてねぇじゃねーか!」
「将来って…、何スか?オレが、後々まともな性癖になって女のひとと結婚して子供作る、とか?」
「その可能性だってなくはねぇだろ?それなのに、」
「……あのさ、火神っち。…オレ、ちょっと、疲れちゃったんスわ」

勢い込んで説得を試みるオレに反して、黄瀬は落ち着いた様子でため息をついた。
疲れた?そりゃ、疲れるだろ。そんなクソみたいな男に付き合っていたら。
だが黄瀬が言いたいのは、そんなことではなく。

「中学の頃から薄々ゲイなのかもって思い悩んで、高校ではっきり自覚して、それから色んなひとと付き合ってきた。…周りには隠してたから、合コンとか行ったり紹介受けたりして、女の子と寝たり付き合ったりもした。カモフラでそうしたこともあったし、正しい性癖に戻れたらいいなって思って試してみたこともあった。でも、結局ダメで、オレは男しかいけなくて。……世間体を気にするのはとっくに諦めたんスよ」
「そ、そんなのはまだ……」
「だからって男同士なら万事うまく行くってわけでもなくて、好きになって一緒になってもすぐに別れるし、もういいって思ってもまた別の人好きになっちゃうし、…いつまでたっても、終わらない。死ぬまでずっとこんなん続けてかなきゃなんないのかなって思ってたら、……あの人が、ベースになるって言ってくれたんスよ?」
「ベース……?」
「そう、ベース。…オレ、他の人を好きになってもいいんだって。誰と寝ても、何処で朝を迎えても…、終わったときに、「ただいま」って戻って来ていいんだって。そうしたらあの人は、…あの人の奥サンみたいに、何も聞かずに「おかえり」って迎えてくれるんだってさ」


喉の奥が、乾いて仕方がなかった。
いい加減にしろと怒鳴りたい。だが、その言葉を音に出すことがどうしても出来ない。
目の前に、とても幸福そうに微笑む黄瀬がいるからだ。

「オレ、やっと根を張ることが出来たみたいなんスよ。…だからさ、火神っち」

どうして黄瀬はそんな最悪な男に引っ掛かってしまったのだろう。
どうしてオレは、黄瀬の望みに気づくことが出来なかったのだろう。
あんなに、側にいたのに。誰よりも長く、誰よりも近くで。
誰よりも、黄瀬のことを知っていたつもりだったのに。

「オレ、火神っちと付き合うことは出来ないっスけど…、エッチすんのは全然オッケーだからさ、これからも、友達としてよろしくね?」


黄瀬が最後と決めた男は、史上最悪のクソ野郎だ。
だがそれは、黄瀬にとって、ではなく。

今になって黄瀬を好きだと気付いてしまったオレにとっての、タチの悪い仇敵だった。











人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -