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▼ 黄瀬は、男運がない。

※同性愛者の黄瀬くんと、唯一それを知ってるノンケの火神くんの社会人話。
※黄瀬くんが無節操に他のひとに手出ししてたり、妻子ある男性と付き合ってたり、火黄とモブ絡めた3P未遂とかあります。


***



黄瀬本人が男である以上、それは奴の人生において何の影響もないことなのかもしれない。
だが現実は厳しく。本来必要ないはずの運に、黄瀬はさんざん振り回されていた。

オレはそんな黄瀬の不運ぶりを、高校の頃から見せられ続けている。


「火神っち、オレ、もう絶対恋なんてしない。二度と人を好きにならない。決めた。オレ、生涯独り身を貫くっス」
「……お前、この前の男ん時もそう言ってたぜ?」
「そーなんスよ…っ!でも、でも、今回は前の奴とは違うって思ったんスよ!出会った瞬間、ビビっときたの!…今度こそ、運命感じたんスよぉ……」
「オレ、忠告したよな?お前、騙されてるだけだって。それなのに」
「うぅ…、オレがバカだったっス。火神っちの言うこと、ちゃんと聞いてれば良かったぁ…」

高校を卒業し、大学に進学し、それも卒業し、オレたちは互いに社会人になっていた。
ぶっちゃけ、黄瀬との縁がこの歳まで続くなんて、知り合った当初は考えもしなかった。だが何の因果か、オレと黄瀬の友人関係は続き。こうして、金曜日の夜の仕事帰りに定期的に居酒屋で落ち合う間柄になっていた。
大学や就職先が重なったわけでもないのにこんな割と親しい関係になったのは、高校時代、黄瀬がオレに予想外のカミングアウトをしたせいだ。

それは、要するに。

「火神っちはどーなんスか?この間言ってた、職場の後輩の女の子。うまくいきそう?」
「あ?んな話したっけ?」
「したした。可愛いコが入って来たって鼻の下伸ばしちゃってさ。どう?やった?」
「…やってねーよ。つーか、大学出たばっかの女だぜ?対象にもならねーよ」
「えー、それめっちゃ食い頃じゃん。全然範囲内っしょ。つうか、火神っち年上女も対象外って言ってたよね。何スか、やっぱ男のほうがいいんじゃないんスか?仲間仲間!」
「オレは違ぇよ…。その誤解、いつになったら解けんだよ……」

黄瀬が、中学や高校の仲間にも秘密にしていた自分の性癖をオレにだけ暴露したのは、こんな理由からだ。
高2の頃だった。突然、どこか思い詰めた様子の黄瀬に呼び出されて、真剣な表情でこう聞かれた。

(火神っちって、黒子っちのこと好きっスよね?友達以上の意味で。あ、隠さなくても大丈夫っス!その、……オレも、そっちの人なんで)

あまりにも唐突なカミングアウトに、オレはめちゃくちゃ動揺したし、強い衝撃を受けた。
当然オレが黒子に恋愛感情を抱いているなんてことはなく、そこは強く否定した。だが、黄瀬は自分の性癖については冗談だと撤回せずに。
それどころか、一度バラしたことで吹っ切れたらしい黄瀬は、以後オレに対して自分の恋愛話を平然と打ち明けてくるようになったのだ。


最初の頃はオレもそれなりに戸惑った。
恵まれた容姿と体格を持つ黄瀬が女にモテることは知っていたし、本人もファンの女に囲まれてまんざらでもない様子でいた。女嫌いという風には見えなかったし、黒子いわく中学時代は彼女がいない時期の方が稀だったという話だ。信じられなかった。
それでも、高2の冬に新しい男が出来たと言って二人のツーショット写メを黄瀬から見せられたときにはそのカミングアウトを疑うことなんて出来なくなった。

その時の男は、黄瀬のバイト仲間である年上のモデルであり、黄瀬はその男の顔に惚れたのだととろけそうな笑顔でオレに打ち明けた。
見せられた写メの中の黄瀬も、今まで見たこともないくらい幸せそうな笑顔を浮かべており。
それを見て、オレは黄瀬の恋愛対象が自分たちと同じ性別の男であり。当時の黄瀬がその男に本気で、夢中の恋愛をしているのだと痛感させられたものだ。

せっかく女ウケする容姿と性格を持ってして生まれたのにもったいねぇ、と思うことはあった。
それでもオレは、黄瀬の性嗜好に関して否定的な感情を持つことはなく。世間的にはマイノリティな嗜好であったとしても、黄瀬自身がそれで良いと受け入れ、幸福満面の笑みを浮かべることが出来るのなら。それで、いいんだろうなと納得していた。

例のモデル男と別れたという話を聞いたときも、うまくいかなかったのは男同士だからというわけではなく、ただ単に相手の男に黄瀬を受け止めるだけの甲斐性がなかっただけなのだと思い、失恋による傷心で元気のない黄瀬をせいいっぱい励ました。
涙ながらに男との思い出を語り、引き止められなかったことを後悔する黄瀬に、何度も運がなかっただけだと慰めを言い。お前なら、またすぐにいい相手に出会える。次はきっとうまくいく、などとフォローの言葉を掛け続けた結果、黄瀬はそれからひと月も経たずにオレに「気になる人がいる」と告白してきた。立ち直りは、わりと早い奴だった。

男を好きになって、付き合って、別れる、といった話を。それに付随する愚痴や惚気話を聞かせられる相手が、黄瀬にはオレしかいなかった。
そんなわけでオレは黄瀬の男遍歴を詳細に把握するハメになったのだが、これがまたなかなか、波乱万丈な話だったりする。

黄瀬が特定の相手と交際をする期間は、長くて半年が限度だった。
いつも黄瀬は、相手と別れた際には傷付いた顔をしてオレの前に現れる。キレイな別れ方をして、別れた後も連絡を取り合う仲に収まったというパターンはオレが知る限り一度もない。
そうしてめちゃくちゃ傷付くくせに、性懲りもなく次の男を見つけ出しては「今度の人は前とは違う!絶対良い奴!」と意気込んで新たな恋愛に突入する。黄瀬の恋愛は持続性はないものの、男を切らしている期間があまりないのが特徴でもあった。

ただ、薄々オレは黄瀬の恋愛傾向に不穏なものを感じていた。
毎回毎回、黄瀬は『今までで最高の人』を選び、『最高の恋愛』に身を委ねる。話を聞く限り、本当にヤバそうな男に走った試しはないようなのだが、それでも。毎回毎回、決まって辛い想いをしながら失恋話をしてくる黄瀬を見てると、こんな結論に至るしかなかった。

黄瀬は、男運がない。
元から性根の腐った男を見抜けずに選んでいるのか、黄瀬と付き合うことで駄目な男になり下がって行くのか、その実態は知れないが。
黄瀬が新しい恋に走るたびに、また手酷い失恋をするのかと哀れな気持ちになっていったものだ。



「っつってもね、今回のはアレの相性もあんま良くなかったし、予兆みたいなのはあったかも。…それでも、めちゃくちゃ優しくてマジメな人だったから、大丈夫だと思ってたんスけどねぇ…」
「……お前、また付き合う前にヤらせたのかよ?」
「いや、なんか流れでさ。言ってなかったっけ?」
「聞いてねぇ。…それはやめろっつっただろ。お前、前にも……」
「あー、付き合う前にヤらせたらセフレ扱いされた話?あれは特殊な例っスよぉー。あの頃のオレはまだ、若くてピュアだったし?」
「ピュア……なぁ」
「何スかその目は。……まぁ、今回のでまた学習はしたっスよ。やっぱ、カラダの相性って大事。一回寝てみてダメだと思ったら、その人は諦めたほうがいいんスね」

悟ったような表情でそんなことを言う黄瀬は、たしかに様々な経験をしたことで昔に比べて大人にはなっているとは思う。
失恋直後に目を真っ赤に腫らして相手のことを罵倒していた黄瀬は、こんなにも落ち着いた態度で。何がダメだったかを分析し、次に生かす努力をしている。
それでもオレは、どうせまた次も同じことを繰り返すのだろうと今までを振り返りため息をつく。

「…いっそ、ヤらせねー方がいいんじゃねーの?」
「えー?それ、最後までプラトニックな関係でいろってこと?そんなの無理っスよ」
「何でだよ。お前、ヤリ目的で男と付き合ってるわけじゃねぇじゃん」
「そりゃ、目的はそれだけじゃないけど……、でも、好きな人とはしたいじゃん。ただの友達には出来ないこととか、したり、されたりしたくなる。火神っちはそーゆうのないんスか?」
「は?オレ…?」

話を振られてギクリとなって、思わず返答に詰まる。
どうしてここでオレに振る。オレはお前と同類じゃねーぞ、と言い掛けたが、その前に黄瀬は「彼女とさ」と付け加えた。

「お、男と女は違うだろ…。オレは、もしも自分がお前と同類で、男しか好きになれないとしたら……、しなくても平気だぜ?」
「……男経験ない人のもしも話は説得力ないっスー。それに、全然違くないっスよ。男同士でもセックスって究極の愛情表現なんスから」
「……そう、かよ」
「清い交際なんて無意味っスよ。それじゃあ付き合う必要なんてないし。心と体がひとつになってこそ、恋愛って成立するもんだと思うっス。……子供っていう結果が残せないなら、なおさら」

チューハイのジョッキを煽り、目を細めてため息をこぼした黄瀬はそれからぽつりとこんなことを口にした。

「…オレも、子供作れればよかったな。そしたら…、繋ぎ止めれるものも、あったのかもしれないし」


社会人になった今でも、黄瀬に残る美貌は衰えを知らない。
その端正な顔を切なげに歪めた黄瀬に、オレは。

「…そのうち、ちゃんとしたのに出会えるだろ」

気休めにしかならない言葉を絞り出し、無責任な気分で酔っ払いの黄瀬を見送った。





黄瀬の、「二度と人を好きにならない」は、絶対に信用のならない言葉だ。
何度もオレはそれを経験している。そして、前回の失恋話を聞かされた夜から二週間が経った今日、またそれを実感する。

「聞いて、火神っち!!オレ、今回はちゃんとした人と付き合うから!!」

なんでこいつはこんなにも懲りない男なのだろうと頭を抱えながら。



ハッピーな報告があるといつもの居酒屋に呼び出されたオレは、上機嫌な黄瀬を前に頭痛を覚えた。
「お前なぁ…、毎度のことだけど、立ち直り早過ぎんだろ……」
「いつまでも終わった恋を引きずってたってしょーがないじゃん。ねー火神っち、聞いて聞いて!今度の人さぁ、ひと回り年上の会社役員なんスよ!つうか、取締役だって、取締役!」
「……社長じゃん」
「そう!マジモンの社長さん!!凄いんスよ?最初のデートで、高級ホテルのスイートルーム用意してくれて…っ」

いきなり嫌な予感がしたものの、火の付いた黄瀬の勢いは急には止まらない。
赤裸々に語られる初セックスの内容に、オレは不穏な気持ちを抱えながらひたすら酒を煽り続けた。

「やっぱ、余裕ある大人って違ぇわ。めちゃくちゃ気持ち良かったし、オレ何回もイかされちゃった…。そんでも足りなくて、あっちが帰ってからも一人で、」
「……帰った?先に帰ったのかよ?」
「え?ああ、うん。次の日も朝早いし、それに、…一応、待ってる人がいるって言うから」
「……はァ?!」

すこしテンションを押さえながら告げられたその言葉に、オレはセックス内容を聞かされる時以上の衝撃を受け、黄瀬の顔を凝視した。

「な、なんだよそれ…、もしかして、」
「あー、うん…。まぁ、奥さんと、お子さんが……」
「?!?!ば、バカじゃねぇの?!なんでそんな相手に手ぇ出してんだよっ!!そんなもん、最初からダメに決まってんだろっ?!」
「だ、大丈夫っスよ!そこはちゃんとうまくやってくれる人なんで!それに、奥さんとももう何年もしてないって言うし、形だけの夫婦ってやつっスから……」
「つっても、不倫だろ?!バカ…っ、それだけはやめろよ…っ」

つくづく、馬鹿な奴だと呆れる。
よりによって、なんでそこに行くんだ。お前、今までさんざん泣いてきたじゃねぇか。
二股かけられたこともあったし、結局他の女と結婚するからと別れを突き付けられたこともあった。それなのに。もう忘れたのかよ?

「わ、忘れたわけじゃないっスけど…。で、でもさ、最初から奥さんがいるって分かってたら、他の女の人に取られる心配もないし、それって結構安全なのかなって…」
「全然安全じゃねぇよ!……どーすんだよ、相手の嫁さんにバレたらっ!」
「だ、だから、大丈夫だって!もしバレたとしても、うまく丸め込んでくれるって言うし、オレのことは絶対に傷つけないって……」
「……お前、何回その言葉言われてきたよ?」

耳にタコが出来るほど、聞かされてきた。
次の人は大丈夫。前の男とは違うから。絶対に傷付けない。安心して、好きになることが出来る、とか。
甘いことを囁かれ、夢中になり。騙されて裏切られた経験が、数え切れないほど黄瀬にはある。
それなのに。

「……頼む、黄瀬。……その男とは、付き合うな」

痛切な気持ちを込めて黄瀬に願う。
黄瀬が傷付く姿は見馴れている。それでも。最初から傷付くと分かっていながらそこへ飛びこんで行く黄瀬をこれ以上見続けるのは、限界だ。

「もう、やめてくれ」
「か、火神っち……?」
「分かってんだろ?下手したら、お前は相手の嫁さんを傷つけることになる。そーなったら、お前……、いつも以上に苦しむことになるんだぞ?」
「……」
「お前には無理だ。絶対耐えらんねぇよ。だから、手遅れになる前に……」
「……ハナっから破局するって、決めつけちゃうんスね?オレ、これでも、いっつも火神っちの、「次は大丈夫」って言葉にすっごい救われてたんスけど……、……そっか、やっぱ、ダメだって思うか」

どうしても黄瀬を止めたい一心で言葉を募らせると、黄瀬は苦笑を浮かべながら手にしたビールジョッキを煽った。
威勢よくそいつを流し込み、ぷはっと息を吐き。唇を手の甲で拭いながら、黄瀬は。
「ねぇ、火神っち」
「……んだよ」
「なんかさ、随分長い間オレの恋バナ聞いてくれてありがと。ほんと、他に話せる人いなかったし、火神っちに話聞いて貰えてすごく良かった。オレ一人だったら、途中でダメになってたと思う。……でも、オレ、もう、そこまでガキじゃないからさ」

真剣な表情でそう話し出した黄瀬に、胸騒ぎを覚える。
何を言い出すつもりなのか。極度に乾いた喉をどうにかしたくて、続きを促しながら黄瀬に倣ってビールを煽った。

「オレ、いっぱい前科あるし、火神っちの言うとおり、今回も失敗するかもしんない。でも、……選ぶのは、オレっスよ」
ごくごくと音を立て、胃の中をアルコールで満たす。
そうやって口を塞いでいないと、余計なことを言ってしまいそうだった。
「……好きになっちゃったんだ、あの人のこと。だから、誰に何て言われても…、他人を傷つけることになったって、オレは構わない。オレ、今度こそ、」
「……ッ」

だけど余計な言葉はアルコールに飲み込まれてはくれなかった。
一気に空にしたジョッキをテーブルにバンと置き、黄瀬を黙らせ、僅かに口端から滴る液体を拭いながらオレは。

「ダメだ。オレは許さねぇ」
「……火神っちぃ…、アンタ、いつからオレのお父さんみたいなこと言うようになったんスか…」
「オレはずーっとお前のことを見てきたんだっ!お前がバカみてぇに浮かれてる時も、無駄な期待でソワソワしてる時も、相手のクソ野郎に傷つけられて泣いてる時もッ!!誰より、お前のことを心配してきたッ!!」
「か、火神っちぃ……」
「だからダメだ!不倫なんて、絶対に許さねぇ!!……どーしてもオレの言うことが聞けねぇっつーなら、オレにも考えがある」

一度に大量摂取したアルコールは、悪い酔いをオレの脳みそに齎す。
とんでもねぇこと言ってんな、と、客観的な感想が胸中で生まれる。だが制止する者はいない。

「なぁ、黄瀬」

これが、オレの本心だ。

「そんなクソみてぇな男と付き合うくらいなら、オレと付き合えよ」




長年、オレは黄瀬にとっての自分の立ち位置というものを弁えていたつもりだった。
黄瀬がオレに求めてんのは、黄瀬の性癖を理解した上で絶対に恋愛対象になり得ない異性愛者だ。時々、本当は男もイケる口だろうと言ってくることもあったが、あくまでそれは他愛無い冗談だった。
そしてそれは真実だ。オレは、男を抱きたいと考えたことも抱かれたいと願ったこともない。恋愛対象は、常に華奢で小柄な女でしかなかった。

それでも、いまは。


「え……、火神っち……、ほ、本気……?」


不幸な恋愛にばかり突っ走る黄瀬を、引き止めるために。
身を犠牲にしてでも、やらなければならないことがあると、いま、気がついた。











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