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▼ 打てば響くし




「火神くんって確か大人しくてお淑やかな女の子がタイプって言ってましたよね」
「は?…あぁ、言った、かもしんねぇけど…。それが何だよ?」

唐突な質問を受け、曖昧な記憶を探りながら肯定する。
いつどこでのことだったかは覚えていないが、好みのタイプを聞かれた時、これといって具体的な対象のいないオレは無難と思われる回答をした。
「好きになった奴がタイプだ」という選択肢に逃げる手もあったが、それはあまりにも適当過ぎる。多少は具体性を込めたほうがいいくらいのつもりでこっちを選んだ。

それを引っ張り出されたのは、不意打ちだ。しかも黒子からこんな確認をされるとなると、何となく嫌な予感がした。

「いえ、記憶違いのことを伝えちゃってたら悪いなと思いまして。…軽く落ち込んでましたし」
「落ち込んで…?って、…オイ、それ、誰に言ったんだ?」
嫌な予感が強まる。黒子とオレの共通の知り合いが脳裏に浮かぶ。一人だけ、と言うわけではないが、なぜかそいつの顔以外オレの頭の中には出て来ない。
「おい、黒子…」
「いえ、でもすぐに立ち直った様子でしたよ。彼、自分に自信があるようでしたし」
「だから、誰だよそれ。まさか…」
「そういうのがいいならそう振舞うのもおちゃのこさいさいだそうです。ポジティブで柔軟な人ですよね、黄瀬くんって」
「ってオイ、マジかよ…」

予感が的中し、オレは頭を抱えた。
よりによって、何であいつにそんなことを言うんだ。有り得ねぇ。そりゃ落ち込むだろ。あいつは。

「…つーか、あれ、…本気だったのかよ」

一週間ほど前、オレに向かって正々堂々と「好きだ」と告白してきた奴であり。
過去にオレが無難に回答したそれとは、まるで正反対の性質の持ち主でもあるのだから。




先週の金曜日、事前連絡もなしにオレの家に図々しく上がりこんだ黄瀬は、腹が減ったから飯を作れだとか駅から走ってきて汗かいたからシャワー借りるねだとか、えらくふてぶてしい態度で居座り。
風呂上りに濡れた髪をタオルで拭いながら、突然オレに大事な話があると真剣な顔をして言ってきた。

(オレ、火神っちのこと好きなんスよ。だからさ、オレと付き合ってくんない?)

表情こそマジなものではあったが、口調はどうにも軽い。
冗談で言ってんのかと思い込むのも無理はない。オレはため息混じりに「ヤダよ」と断り。適当に追い返そうと、したのだが。
(逃げんなよ)
近づいてきた黄瀬がオレの腕を掴み、真正面から見据えてぴしゃりと言う。そして。
(無理なら無理でいいっスよ?火神っちにだって好みってモンがあるし。…ただ、オレって、火神っちも知っての通りかなり諦め悪いんで)
突きつけられる強気な眼差しに、一瞬だけ悲愴な色が灯る。だがすぐにそれを払拭した黄瀬は、あくまで退く気のない意思を口にした。
(好きな人オトすためなら、どんなことでもしちゃうかも)
余裕すら感じ取れる笑みを浮かべた黄瀬が、どこまで本気でこんなことを言ってきたのか、オレには判別がつかずにいた。

だが今日、黒子から齎された情報によりオレは黄瀬の覚悟を知る。
そして同時に後悔もしている。自分の過去の発言に対してだ。
黄瀬が本気でオレを好きだと言うのなら、この回答は黄瀬を傷つける要素を限りなく含んでいる。どう足掻いても黄瀬はお淑やかとはほど遠いタイプだし、直接言ったわけではないがオレが黄瀬を好きになる可能性はゼロだと突きつけられたようなものだろう。
それが真剣に考えた末の結論ならばともかく、あんな適当に答えた回答が黄瀬を落ち込ませることになるのは、どうにも、不平等な気がしてしまう。

逃げるな、と黄瀬はオレに言った。
逃げているつもりなどはない。殊に、黄瀬相手と言うのなら。
せめて、オレが黄瀬の告白を受けなかった理由が、黄瀬がオレのタイプとは正反対だからというわけではないと釈明しておきたいと思い、黄瀬宛のメールを作成した。




「…ども」
「…よぉ。…上がれよ」
「お邪魔します…」

文章による説明に難攻したオレは、結局途中まで作成した文面を全削除して黄瀬を家へ呼び出す旨のメッセージを送信した。
大事な話だと言ったのは黄瀬だ。それに対して拙い文章で応えるのはやはりフェアじゃない。そう考えての選択だったが、いざ黄瀬と対面を果たすと妙に腹の底がざわついた。

しかも何だか今日の黄瀬は大人しい。
いつもならばこちらから促す前に、挨拶と共にずかずかと部屋に進入するこいつが、玄関でいちいちしゃがんで靴を揃えている。
それからオレの反応を窺うような目線を寄越して来るし、何かがおかしい。

「…お前、メシは?」
「食ってきたっス。火神っちは?」
「まだだけど…」
「いいっスよ、話、食いながらでも」
「…おぉ。そんじゃ、こっち来いよ」

ダイニングキッチンへ黄瀬を誘導し、すでに作り置いたチャーハンを一皿レンジに入れてあたためる。黄瀬の分も出来てる、なんてことは言い出すタイミングを失した。なんでこいつ今日に限ってメシ食ってきてんだ。いつもは当然の顔で人の皿からつまみ食いするくせに。

無言で皿をテーブルへ運び、黄瀬には飲み物だけ出しておく。それに手を付けることもなく、黄瀬はじっとテーブル上へ視線を落としていた。

「…あのさぁ、先週の話、だけど」
「…うん、分かってる。オレが、火神っちを好きって言ったことっスよね」
「あ、あぁ、まぁ、それ。…お前さ」
「黒子っちから聞いたっス。火神っちの好きなタイプ。…間違ってもオレみたいなのは範囲外っスよね」

そこで視線を上げた黄瀬は、眉尻を下げて笑った。
それがどこか、吹っ切れたような表情に見えてオレは妙な不安感を覚える。

「やっちゃったなーって思ったっス。なんか、…いまさら恥ずかしくなってきて」
「…は?」
「…だってそうじゃん。まるっきり望みなんてないのに、あんな堂々と告白して。…ごめん、火神っち。困ったっしょ?」
「え、あ、いや…」
「…だから、…都合いいこと言うけど、出来れば、こないだのこと…、…なかったことに、してくんないっスかね…?」

しおらしげに上目遣いでオレの顔を窺っている黄瀬のこの発言に、オレは口を開けて固まった。
信じられなかった。目の前に座っている黄瀬が、まるで別人のように思えた。何言ってんだ?なかったことにしろ?おまえ本当に、黄瀬か?

穴が空きそうなほどに黄瀬の顔を凝視していると、頬に影を落としている睫毛が揺れた。今まで気にしたこともなかったが、こいつ、睫毛長いな。
伏目がちになっていても、目蓋に半分隠れた瞳の淡い色が際立つ。鼻は高いし唇も。結んでいても端がやや上向きになっているのが、こいつの人懐こい性格をよく顕していると思う。そしてそれらのパーツが絶妙なサイズで絶妙な位置に配されている。そのベースになる頬は健康的ラインギリギリの白さを保ち、そこらの男共、というか、下手したら化粧した女よりも肌理細やかでなめらかな印象を有している。
端的に言えば、驚くほどキレイなツラがそこにあった。

「……なぁ、黄瀬」

その事実に気付いたとき、オレは疑問を持つ。
黄瀬が華やかな顔立ちの持ち主であることは知っていた。それでも、なぜ。いま、こんな風に黄瀬の顔立ちをしみじみと観察し、キレイだと思っているのか。その答えは。

「…こっち見ろよ」

すでに黄瀬の顔から笑みは消えている。
そしてこいつはいつの間にか、再び視線をテーブルに落としていた。だからだ。
オレと喋ってんのにも関わらず、黄瀬がオレから目線を外している。オレが黄瀬の顔をまじまじと冷静に観察してしまったのは、そのためだ。

「いや、…ちょっと、いま、むり」
「何でだよ。オレと喋ってんだから顔上げろよ」
「内容が内容なんで、…分かるっしょ?キツイんスよ」
「…っ、なんなんだよ、お前…。んなこと言うキャラじゃねぇだろ?」

黄瀬の目線は上がらない。
僅かに肩を震わせ、掠れそうな小声で拒絶を示す黄瀬に、何だか妙な気分が倍増していく。
こんなやつ、黄瀬じゃない。オレの知ってる黄瀬じゃない。
こんな大人しくてたおやかで、人形のようにキレイなツラをした男は、知らない。

そうハッキリ言ってやろうと口を開いたとき。

「だって火神っちはこういうキャラが好きなんでしょ?」

俯いたままの黄瀬が、ぽつりと呟いた。




水を打ったようにしーんとなった室内に、黄瀬の笑い声がよく響いた。

「あははっ!もぉダメっス…!やっべ、超しんどっ!」
「き、黄瀬…」
「もー、やめてよ火神っち!って、ブハっ!かお!何その顔?!」
「……」

テーブルをばしばしと叩きながら漸く顔を上げた黄瀬がオレを見て更に笑う。何これムカつく。
「お、お前…っ」
「いやー、やっぱ無理っスわー。イケると思ったんスけど、…やっぱダメだ、こーゆうの」
「は…?」
「…ごめん、まだまだ努力不足だったっス。でもさぁ、火神っち。アンタの理想って相当ハードル高いっスよ?今時おしとやかな女の子なんてこの世に存在するわけねぇし、さすがのオレも見本なしじゃ完コピ出来ねっスわ。…っつっても、なかなかいい線いってたっしょ?オレ」
「……」

前のめりになってべらべらと喋り倒す黄瀬は、どっからどう見てもいつもの黄瀬だ。
さっきまでのしおらしい態度は演技だったと黄瀬は言う。ふざけんなと、言おうとした。言えなかった。黄瀬に先回りをされたからだ。

「今日はちょっと失敗したけど、次会うときまでにはマスターしとくよ、火神っち好みのおしとやかな態度ってやつ。だからさ、火神っち。オレのこと、予約しといたほうがいいっスよ?」
「予約…?」
「さっきも言ったっしょ、アンタ好みの女なんてこの世に存在しないし、いたとしてもそれ100パー演技。確実にタチ悪ぃ女だから、そういうのに引っ掛かる前に、さ」

自信に満ちた眼差しを真っ直ぐに向け。
人懐こい形をした黄瀬の唇は宣言する。

「オレにしときな?」






「だから言ったじゃないですか、黄瀬くんはポジティブで柔軟で、自分自身に強い自信を持った人だって」
「…あぁ、そういや言ってたな。…自信満々過ぎんだろ、あれは」

翌日の部活練習の前、更衣室で遭遇した黒子に目の下の隈の理由を問われ、昨晩の黄瀬とのやり取りを打ち明けると黒子は呆れたような顔をした。
さすがは同中だ。話の途中で黒子は黄瀬の作戦に気がついたらしい。

「昔から黄瀬くんは、打てば響く人でしたからね。バスケに関してもそうですけど、吸収してから反映のスピードが劇的に早いんです。赤司くんも、アドバイスをすれば即反映する黄瀬くんの柔軟性の高さをよく褒めてましたし。素質の良さもあるとは思いますけど」
「素質…なぁ。バスケならともかく、性格は変えられようもねぇだろ」
「当たり前です。どれほど猫かぶっても黄瀬くんは黄瀬くんです。…でも、火神くんは、それでいいんじゃないんですか?」
「は?」
「さっきの話聞いてて思ったんですけど…、火神くん、黄瀬くんの態度が演技って分かったとき、ほっとしたんじゃないんですか?」

黒子の指摘にギクリとなり、着替えの手を止めて沈黙する。
確かに、黄瀬がオレにフられたせいでらしくない態度をしていると思った時は焦ったし不安定な気分になった。それが演技だと黄瀬自ら暴露した時は、…安心した。
いつも通り、自信に満ちた勝気な視線を真っ直ぐに向け、堂々とオレを口説いてきた黄瀬を見て。
不覚にもグラっときたのが、黒子になぜバレたのか。

「眠れなかった理由も大方それ考えてたからじゃないんですか?騙されたのに、何で怒りよりも先に安堵感が来たのかって。連日睡眠不足で練習に支障をきたされても困るんで教えますけど、それ、黄瀬くんが火神くんのことを諦めてなかったから、ですよ」
「……は?」
「告白を、なかったことにされたくなかったんじゃないですか?」

それは昨晩のうちに自分の中でもまとまりかけた回答だった。
黒子の言うとおり。オレは、自分のタイプがどうの以前に。そもそも、黄瀬の告白が本気だと知らされたときから。

「一応忠告しておきますけど。打てば響くからって面白がって打ち続けると、あの人、確実に物にしちゃいますよ?」
「…冗談じゃねぇよ、常時あんな態度されたら…」
たまったもんじゃない。
あんな黄瀬らしからぬ黄瀬は対処に困るし、それこそ本当にしめやかに、「なかったこと」にされてしまったら。

「…あー、クソ。ほんとヤだ、あいつ」



自分の好みがどんなだか。曖昧なままオレは黄瀬の眼差しからひとつの真実に辿り着く。
「好きになった奴が好みのタイプだ」っていうのは、思ってたより適当な回答ではないらしい。











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