krk-text | ナノ


▼ 灰赤5




虹村さんの人間性は、信頼に値する。
だからオレは灰崎からこの言葉を言われたとき、予め教唆されていた回答を口にした。

「すまないが、そういったことは虹村さんに確認してくれ」

その途端灰崎は瞠目し、オレの胸倉を掴んできた。



先日、虹村さんから灰崎との交際内容を訊ねられた際にオレは包み隠さずに答えた。
部活の後、灰崎がオレの戻りを待っていれば帰路を共にする。
途中で灰崎が空腹を訴えれば夕食を共にする。
休日に灰崎がオレを自宅に招けば応じるし、出掛けるところがあると言えば目的を確認し必要と判断した上で同行する。
どうしてそんなに灰崎を甘やかすのかと聞かれた。それに関しては、こう答えた。「付き合っているからです」と。
正確に言えば、灰崎がオレに「付き合え」としつこく言い募ってきたので、断る理由も特に思いつかずに応じた、と。

すると虹村さんの顔色が急変し、両肩を掴まれ鬼気迫った様子で次の質問をされた。
(それで?お前、どこまであいつに許したんだよ?)
(許した…?)
(まさか、もうヤっちまったわけじゃねーだろーな?)
(…ヤる?何を、ですか?)
(…キスは?)
(請われれば、応じます)
(マジかよ…っ)
(それが、何か…)
(その先はっ?!)
(先…ですか?)
悪いがオレには虹村さんの質問の意図がまったく読めず、首を傾げて何のことか分かりませんと言う。虹村さんは、オレの肩から手を離すと両腕でオレの身を胸に引き寄せてきた。
(こういうことは?)
(…いえ、されたことはありません)
(体触らせたことはねぇのか?)
(…ありません)
(そっか…。そんじゃ、まだなんだな?)
何かを確信した虹村さんは、そうしてオレの体を引き離し。「いいか、赤司」と深刻そうな表情で訴えてきた。
(この先、灰崎からこういうことされたり、…そーだな、あいつのことだからストレートに「ヤらせてくれ」とか言ってくるかもしんねぇ。そうしたらまずオレに報告しろ。でもって、灰崎にはこう言え)

オレはその指示に従っただけだ。



「何だテメーは?!どこの世間知らずな箱入り坊ちゃんだよ?!虹村に仕込まれてんじゃねーよっ!」
「仕込まれた?どういうことだ…」
「完全に言い聞かせられてんじゃねぇか!…つーか、くそ、あの野郎…」

なぜここで虹村さんの名前が出てくるのかと言及してくる灰崎に、経緯を説明してやる。すると灰崎は憤慨しながらオレを詰り。次第にその矛先を虹村さんへ変更した。
「こいつがバカだと思って好き放題しやがって…」
「待て。バカと言うのは誰のことだ?もしオレのことを指しているのだとすれば、聞き捨てならないな」
「…赤司、お前はなァ…」
胸倉を掴んだ手を離し、己の頭をかきながら。灰崎は深くため息をついて言う。
「お前がアタマいーのは認めてっけど、コッチ方面のことはからっきしなんだよ。自覚しろ、バァカ」
「…灰崎、お前…」
「…ホント、お前とんでもねぇ奴だな。…初めてだよ、テメーみてぇなめんどくせぇの。何も分かってねぇくせに、プライドばっか高くて」
「…だから、それは何のことだと何度も、」
「知りたけりゃ、マジでオレのもんになれ」

最初に交際を迫られた時、灰崎はオレにいくつかの質問をしてきた。
(なんで彼女作らねぇの?)
(お前、キスとかしたことねぇの?)
(する理由?…お前、んなこともわかんねぇの?え、マジで?)
(…本当は女より男のほうが好きなんじゃねぇの?)
淀むことなく淡々と回答していたオレに、灰崎はひとつの決断を下した。
(…お前さ、オレと付き合えよ。そしたら何か、色々と大人になれんぜ?)
それに対してオレは、下らないと答えたのだが。

「断る」
「……は?」

下らない、と思っていた。
だが、何度も灰崎からこんなことで軽んじられるうちに、下らないことが捨て置けないことに変わって来た。
「お前の質問の意図、それから行動の理由が理解しかねるのは今も同じだ。だが、「お前のモノになる」ということは許可した覚えはない」
「…付き合うって言ったじゃん」
「ああ。だがそれは対等な関係だろう。一方的に所有権を掲げられるような関係に甘んじるつもりはない」
「……へぇ。…赤司、お前」

オレの発言について何を感じ取ったのか。灰崎の口端が上がる。
独善的な思考を働かせていることは容易に察せられた。ますます憤りを覚えて相手を睨み上げると、どういうことか。灰崎はふっと笑みを浮かべて、顔を寄せてきた。

「何だ?」
「いや。…ちゃんと分かってきてんじゃん、付き合うってことがどーゆーことなのか」
「…何?」
「対等な関係なァ。良い言い方するわ。そんじゃ、お前、オレのこと好きになれよ」
「……何を言っている?」
「オレはお前のことがスキなんだからよ。なぁ、赤司。キスしていい?」
「…好きにしろ」


唇の表面が触れ合ったのは、一瞬だった。
すぐに灰崎の顔と手はオレから離れて行き。そして、言われた。

「虹村に報告すんなら、ありのままを伝えろよ。オレにコクられたことと、お前が今のオレとの関係を納得してること。そんでもって」

関係を、すぐに終わらせるつもりはないと。
そんなことは灰崎に言われなくとも、はっきりと伝えるつもりだった。




すると虹村さんは、底知れぬ絶望感をありありとその顔に滲ませながら言った。
「…騙されてんじゃねぇよ、赤司…。何でお前が灰崎と同等の関係結ぶ必要があんだよ。おかしいだろ?よく考えてみろよ」
「ですが虹村さん、オレは灰崎の所有物になるわけには…」
「いかねぇよ!当たり前だ!でもだからってお前が灰崎と付き合って、好きになる必要もどこにもねぇんだよ!」
「メリットならばあります。恋愛心理を学ぶことにより、他者との対人位置関係を自分にとって有利に築くことが出来るのであれば、知識として取りこんでおいても損はない。灰崎は身を持ってオレにそれを証明してくれるそうですから」
「いや待てよ。お前そんなことに興味持ってたのかよ?!」
「興味はありませんでしたが、灰崎の説いた論には納得がいきました。対峙する相手の好意をコントロールすれば、自分に優位な結果を無益な論争や衝突を避けながら得ることができる。現に灰崎は、恋人のいる女性と関係を持ちながら、その女性や、女性の恋人とさして揉めることなくやり過ごしてきている。それは、灰崎が女性の恋愛心理を上手く、」
「あいつがコントロールしてんのは好意とかじゃなくて、女の罪悪感とかにつけ込んでるだけだって。あとは、あいつガタイいいし、腕っ節もなかなか強ぇからな。脅迫みてぇなもんだろ」
「罪悪感?脅迫…?」
「…とにかく、あいつの手を参考にすんのは間違ってる。…頼むから、灰崎とは別れろ」
「ですが、」
「どうしても恋愛心理を学習してぇってなら、オレが教えてやっから」

自身の考えを口にする。虹村さんはそれを聞いた上で、オレの選択を否定した。そして。

「え…?」
「…お前の望みは、灰崎が相手じゃなくても叶うもんだろ?お前がオレを好きになりゃ、同じことだ」
「オレが、虹村さんを…?いえ、それは…」
「何が違ぇってんだよ」
「違い、は…」

明確なそれが、はっきりと説明できない。
それは自分の知識が不足しているからであり。回答を躊躇うオレを見て、虹村さんは軽く嘆息する。
「なぁ、赤司」
「はい、…っ!」
「…こんなこと、言うつもりはなかったけど。この際だから言っとく。オレだってな、お前を…オレのもんにしてぇんだ」

突然腕を引かれ、先日のように強引に抱き寄せられ。
耳元で囁かれたその言葉に、思考の揺らぎを自覚した。

「だから、オレにしろ」

力強い腕による抱擁。そして堂々と言い切る勇ましいその声が。
オレの意識下に、何らかの作用を齎した。





「…お、おい、どうしたんだよ、赤司?」
「うるさい、黙れ。…腕を回せ」
「はァ?…クソ、いきなり何甘えてんだよ、お前は…」

部活を理由に虹村さんの腕から逃れたオレは、部員が練習している最中の体育館に制服のまま入り込み、そして灰崎を呼び出した。
部室へ連れ込み、中から施錠を施し。何も言わずに灰崎の胸に身を寄せ、抱きつく。当然戸惑う灰崎は、それでもオレの指示に従い両腕をオレの背中に回してきた。

それはゆるやかな接触だった。
虹村さんに抱き締められて、気づいたことがある。灰崎は、最初から。
オレが許可を与えない限り、オレに接触してはこなかったことを。

「灰崎」
「なんだよ?」
「…先ほど、虹村さんに言われたよ。お前と別れて、自分と付き合うようにと」
「は…っ?!ま、マジかよ…」
「あぁ。…オレの望みは、灰崎でなくとも叶えられる。恋愛心理を学ぶなら、相手は虹村さんでも同じことだと。…その通りだと、思ったよ」
「…っ!」

頬を密着させている灰崎の胸が激しく上下した。動揺が、ダイレクトに伝わる。
その反応を心地よく思いながらオレは言葉を続けた。

「虹村さんは強引にオレを抱き寄せ、自分の物になれと言った。…お前とは違って、逞しさを感じたよ。彼は頼りがいのある先輩だ」
「お、お前、それで…っ」
「断ったよ」
「へ?!」
「断った、と言ったんだ。オレは、他者の所有物になるつもりはない。たとえどれほど強く求められたとしても。…この身を、他人に委ねるわけには…、いかない」

恋愛心理を知りたかった。
自ら実践し、経験を糧とすることで得られるものは大きい。
だが、手段を問わないという考え方は、オレにはなかった。
与えられたものを享受し、流されるように受け入れれば容易く習得出来るだろう。その答えが、見えていたとしても。

「…それでは、面白くない」

灰崎の背中に回した手に、ぎゅっと力を込める。
自らの意思で、掴む。それに必要なのは、すべてを委ねてしまいたくなるような強靭な存在ではなく。

「オレはお前で恋愛心理を学ぶ。一度決めたことだ。誰に何を言われようとも、目的を変更する気はない」
「お、おぉ…。いんじゃねーの?それで」
「そう思うなら、オレに好意を持て」
「…いや、持ってるっつってんじゃん。スキですよ、セイジューロー様。これでいい?」
「足りないな。態度に示せ」
「…キスしていーの?」
「いい。それから、…その先も、」

欲しいのならばくれてやってもいい。
だが予想に反し、灰崎は「それはまだいい」と呟く。
「なんだ?セックスがしたいと言ってただろう?」
「いや、だってお前、…まだ良く分かってねぇじゃん」
「何?」
「言っただろ、お前みてぇな奴相手にすんの初めてだって。…オレだってなァ、参ってんだよ。…今までの女みてぇに、ほいほいヤれたらいーのに」

奪ってそんで終わりにしたくなくなってる。

灰崎らしからぬ殊勝な声を耳にしたオレは。
「そうか。ならば、好きにしろ。言葉だけでも構わない。ただし」
自分の選択が、正しいことを確信しながら。
灰崎に顔を寄せ、宣言した。

「こちらがしたくなったその時は、抵抗を許しはしない」

主導権を簡単に明け渡すこの男に対して、オレは明確な好意をいだいている。












「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -