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▼ 鞘当


付き合ってない中一灰赤で、赤司くんのことが好きな先輩男子が出現してます。



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全体練習の後、赤司に呼び止められて恒例のアレが始まった。

「今日は帰宅出来なくなるかも知れないな。灰崎、念のため家族に連絡しておけ」
「マジかよ…。どんだけヤらせるつもりだよ…」
「自業自得だろう。水分補給が終わり次第、すぐに始める」

真顔で過酷なことを言っているこの副主将が美人で巨乳のねーちゃんだったら恐らくオレは喜んでついて行った。だが現実はそんなに甘くはない。
普段は熱心に個人練をおっ始めるほかの部員たちが赤司の罰トレ開始の声によってはけて行く。体育館の隅でマネージャーが置いて行ったペットボトルを一本手に取り、大量に摂取してから。
だらだらと赤司の待つ側へ歩いてった。


地獄の罰トレが始まってから30分ほど経過した頃。すでにオレと赤司以外誰もいない体育館に、別の人間の声が響き渡る。
「赤司、ちょっと来てくれ!」
一瞬天の助けかと思うくらいに汗だくで疲弊しきったオレだったが、その声の主が誰であるかを識別した時。オレはまた地獄に落とされた。

「主将…。すみません、今は灰崎の…」
「あァ?灰崎だ?んなもんオレが代わってやっから、お前は来い」
「ちょ、ちょっと待てよ!なんでそうなんだよ!」
迷惑そうなツラでオレにとって迷惑極まりない提案をしている主将に、慌てて声をあげると、主将は眉間に皺を寄せながらこっちを見て。
「赤司、何セットやらせてんだ?」
「先月の遅刻回数が6回なので、6セ」
「分かった、あと10セットな」
「オイ!なんで増えてんだよ!!」
やはり迷惑な方向へ話は進むが、赤司は素直に主将の指示を聞きいれ、とっとと出て行ってしまった。
天からの助けどころか、現れた地獄の鬼畜野郎は赤司の背中を見送ると、こっちを向いて簡単に言う。
「つーわけでさっさとやれよ。赤司が戻るまでに終わんなかったら追加な」
こいつは鬼以外の何でもない。



鬼の監視を受けながら罰トレを再開し、しばらく経つと時計に目を向けた主将が「長ぇな」と呟いた。
つられて視線を追いかける。赤司がここを出て行ってからまだ20分も経っていない。
「ちょっと様子見てくっからお前は筋トレ続けてろ」
「は?…つーか、アンタ、20分でコレ10セット終わらせるつもりだったのかよ…」
「逃げたらどうなるか分かってんだろーな?」
「…はいはい、分かってマスヨー」
何を心配しているのかは分からないが、主将が帰ってくれると言うのなら願ったりだ。少なくともこのドS主将よりは、赤司のほうがまだ常識が通じる。主将の姿が見えなくなった途端に床に身を投げ出しながら、赤司の戻りを待ち続け、数分後。
「灰崎!虹村から伝言!罰トレの続きは後でやるから、今日はもう上がっていいってよ!」
「……は?」
体育館に現れたのは赤司でも主将でもなく。同じ部活の2年だった。



あの日から、赤司の様子がどうもおかしい。
元々普通じゃない奴だったが、以前に増してだ。
どうおかしいかっていうと。先日中途半端に投げだした罰トレの続きってやつを忘れたかのように、何も言って来ない。おかしい。何事も完璧に仕上げる赤司が、あんな半端な状態のままオレを帰らせておいて、いつになっても仕切り直しを申し出ないのは異常だ。
だからと言ってこっちから罰トレを願い出るのも妙な話なので放っておこうと思っているが、どうにも引っ掛かって、何があったか聞くだけ聞くかと赤司に声を掛けてみたところ。

「何でもないよ。…先月の罰については、もういい。今後気をつけてくれれば」
「…チャラにしてくれんの?オイ、どうした?」
「何でもないと言ってるだろう、…もう、あの日のことは忘れさせてくれ」
「ハァ?何を忘れさせろっつーんだよ、…ってオイ、赤司!待てよ!」

会話も途中で切り上げようとする赤司にイラっとして、腕を掴んで制止する。そしてまた、オレは赤司の異常を知る。

「ッ!」
「うわ!…っと、ワリィ」

腕を掴んだ瞬間、大袈裟なくらいに肩をビクつかせて硬直した赤司が目を見開きながらオレの腕を振り払う。その反応を受け、反射的に謝ってしまったオレは動揺した。
「あ、赤司…?お前、マジどーした…」
「な、何でもない…。…すまない、灰崎。…放っておいてくれ」
オレから目を逸らし、か細く謝罪を口にする赤司の殊勝な姿が、ますますオレを混乱させた。


それ以外にもおかしいところを挙げると、どうやら赤司は他人と二人きりになることを避けているような素振りを見せている。
オレ以外にもその異変を感じている部員はちらほらいるようで、カンの鋭い奴なんかは赤司がいつからおかしくなったのか、その日の全体練習後に一緒にいた相手が誰なのかってのを覚えているのもいた。

「だから、オレは何もしてねぇっつってんだろ…」
「でも、灰崎くんの罰トレをしていた日からですよね、赤司くんがああなったのは」
「やられたのはオレのほうだっつーの。あいつはすぐに主将に呼び出されていなくなって、それから…」
「主将と何かあったって言うんですか?」
「いや、主将はオレんとこにいたけど…。…そんなに赤司が気になんなら、テメーで聞いてこいよ」
「灰崎くんは気にならないんですか?」
「は?…いや、んなことは、」

ない。
むしろ、むちゃくちゃ気になってる。
と、素直に言ってしまいそうになり、慌てて口を閉じる。黒子の目が妙に光っているような気がしたからだ。
「気になるなら本人に聞いたらいいじゃないですか。ほら早く」
「…ちゃっかりしてやがんな、お前」
「それに、僕が聞くよりも灰崎くんが聞いた方がいいと思いますよ。赤司くんの好感度アップ的な意味で」
「好感度?べつに、あいつの機嫌取ったって…」
「今後、部活における態度がやわらかくなるかもしれないじゃないですか」
「…!」
「誰だって、自分の事を気に掛けてくれる人がいるとなると嬉しいと思いますし、そういう相手に酷い仕打ちはしたくないと思います。たとえ主将の指示があったとしても…」
「…お前、見かけによらず計算高ぇこと考えてんな。それ採用」
「えっ?あ、そ、そうですか…」
「誰もあんな冷てぇ奴のことなんか気に掛けねーよなー、普通。…しょーがねーな、オレが行ってやっか」

と、まあ、黒子の策略に引っ掛かったような素振りを見せてはみるが、結局のところ、オレは赤司の異変が気になってしょうがない。
何しろ、あいつがオレに謝罪したんだ。そんなこと、よっぽどのことがなければ有り得ない。
あの偉そうな赤司がオレに隙を見せる。そのきっかけとなった事件がどんなものであるか、オレはものすごく興味がある。
あわよくば、赤司の弱点的なモノが握れるかもしれない。
黒子以上に計算高いことを考えつつ、オレは早速赤司の姿を視線で探し、側に寄ってみた。




「っつーわけで、主将。あの日、赤司に何したんスか?」
「…本人が言わねぇなら、知られたくねーんだろ。そんくれぇ察しろよ」

ストレートに赤司に訊ねたところ、見事に玉砕した。
あの日のことを口に出すだけで赤司は異様な反応を見せ、言いたくないの一点張り。心配してやってんだというオレの優しさは、かたくなに拒絶された。
なのでオレは、あの日あの場にいたもう一人の当事者へ行ってみた。主将はいつものように不機嫌そうな表情で、さっさと練習に戻れと一蹴する。

「つれねーなァ。人がせっかくチームメイトの心配してるってのに」
「お前が心配しても、赤司にとっちゃいい迷惑だろうが」
「…あいつがあんなだと、こっちまで気が滅入るんスよ」
「…へぇ。マジで赤司のことが心配なのかよ?」
「ああ、マジマジ」
「…分かった。そんなら、あいつに協力してやれよ」
「へ?」

協力。思わぬ単語が出てきてオレはぽかんとする。
主将は顎に手を当て、まじまじとオレの顔を眺めた後、ぽん、とオレの肩を軽く叩き。

「大事なチームメイトだろ?安心させてやれよ」
「……ハァ」

と、言いながら。何の説明もなく、主将はオレの前から去って行った。




結局赤司の身に何が起きたか、一切知らされないまま。
真相は、思わぬ形でオレの眼前に露呈することとなる。




「灰崎ー、センパイが呼んでんだけど」
「は?センパイ?誰だよ」
「あのヒト」
「……?」

三日後の昼休み。教室にいたオレを呼び出した人物は、部活でも見た事のない2年だった。
誰だよ、と思いつつ廊下に出て、そいつの前に立った途端オレは愕然とする。
「お前が灰崎祥吾か?」
「へ?あ、あぁ…、そっスけど」
「話がある。ついて来い」
「え?話?いや、オレは」
「いいから来い!」
威圧感ばりばりのその態度にムカつきを覚える以前に、オレは萎縮した。
なぜならこの2年。制服を着ていても中坊には見えないほどのゴッツい巨漢だったからだ。

デカい奴はバスケ部にはわんさかいる。
オレだってかなりのタッパはあるし、同じ1年のアツシなんかはどこの電柱だってくらいにデカい。
だが、いまオレの前を歩いているこの男はオレらの言うデカさとは種類が違う。縦にもデカい。アツシほどではないかもしれないが、少なくともオレと同じくらいには。
そして注目すべきはこの男、やたらと幅がある。
そうだ、こいつは球技やってる奴らの体格の良さで計るよりは、どう見ても。

「柔道部…主将…」
「ああ。二年の鬼瓦だ」
予想は的中し、相手は格闘技専門の巨漢だった。
いかつい外見にぴったりのいかつい名乗りを終え、男はオレをギッと睨んできた。
「な、何の用っスか…」
「灰崎、お前…、あの子の何なんだ?」
「へ?!あ、あの子…?!」

切りだされた質問に、オレは慌ててあの子の正体を探り出す。
誰だよ、あの子って。どの子だよ。こないだゲーセンでナンパした彼氏持ちのギャルか?それとも先月コクってきたから軽く付き合ったあの女?全然わかんねーよ、情報くれよ。
下手なことは言えない空気に黙っていると、相手はまじまじとオレの顔を眺め、そしてため息をついた。

「…信じられんな。彼が、お前のような男に…」
「彼?!」
「はっきり言って、騙されているとしか思えん。あの子だけじゃない、虹村も」
「にじ…むら…?!」
次々と暴かれる情報に、やっぱ聞かなければ良かったと思いつつ。あの子の正体を探るべく、こっちから質問をした。
「…それって、バスケ部関係の話…っスか?」

だとしたらあの子ってのは。うちの部の女子マネのことか?
こいつの態度からして、どうやらその子はオレにホレてるとかそういう感じなのだろう。誰だよ。こんなクマみてぇな男に気にされる女って。…桃井のことか?いや、桃井狙いならオレを疑う前にもっと疑わしい奴がいるだろ。あのガングロの。

「なんだ。シラを切るつもりか?…女々しい奴だな」
「あ、いや、つーか…、オレ、バスケ部の奴には手ぇ出したことねーし…」
「なに?」
「いや、マジっス!桃井はいい女だけど、あいつ趣味ワリィし、料理もヘタクソだし、あと青峰いるし!あんなのに手出ししたら…」
「桃井?誰だそれは」
「へ…、…あ!」

バスケ部関係の奴。そう聞いて思わず女子マネの顔を次々と思い浮かべていたが、こいつは最初に「彼」と言ってる。ならば、あの子ってのは、…男だ。

男…だと?

「…いや、それ、ないっス」
「何?」
「…たぶん、虹村主将に騙されてんのはセンパイの方っスよ。だってオレ、男とか…、ねーし」
「虹村がオレを騙す理由などない。…それに、オレは本人から聞いたんだ」
「だから、それ…」
「あの清廉な赤司くんが、嘘をつくはずがないだろう」




「あの子」の正体は、割とあっさり判明した。
そして同時に。オレは、あれだけ難攻不落だった赤司異変の秘密を、すんなりと理解してしまった。












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