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▼ 緑黄




珍しく緑間のほうからメールが来てびっくりした。
その上内容が、「やはり写真集をよこせ」だったから尚更ビビった。

モデルデビューしてから最近までのオレの写真が一冊の本にまとめられて出版されたのは、つい先日のこと。
中学の頃ほど頻繁にバイトしてるわけじゃないけど、こうして今までの集大成を形にしてもらえたのは結構嬉しくて、中学時代の友達に一斉送信メールで宣伝活動をした。その中に、緑間のアドレスも含まれてた。返事が来た。「しね」って書いてあった。これは酷いと思ったので直後に電話して抗議したら、下らないことでメールを送ってくるなと叱られた。
緑間が冷たいのは今に始まったことじゃないので、めげないオレは販促用に事務所から数冊タダで貰えることを緑間に教えてあげた。緑間っちなら、サイン入れてあげてもいんスよ?って。
その時は「いらん」と即断即決したくせに。



「どーゆう風の吹き回しっスかぁ?」
「急遽必要になったのだよ。さっさと寄越せ」
「まぁ、分かってるっスよ。妹さんにあげるんスよね?」

次の週末、部活の後にご所望のブツを携えて緑間の元を訪れた。
指定された待ち合わせの場所は、中学時代によく利用してたオレと緑間の自宅から近いファミレスだ。家に行ってもいいけどって言ってみたけど、それは却下された。自分の家族とオレを会わせたくない理由があるようだ。緑間には年の近い妹さんがいる。

「妹さん、元気っスか?もーしばらく会ってないなー」
「キサマには関係ない」
「関係ないっスかね?あの子、オレの、」
「あいつはただのミーハーなのだよ。調子に乗るな」

ただでさえ穏やかとは言えない緑間の人相が、明らかに険しくなってくのが見て取れる。普段あんまり家族の話をしない奴だけど、オレは知ってる。こいつ、隠れシスコンなんだよなって。
今でもばっちり覚えてる。中学の頃、お母さんと一緒に試合を見に来た緑間の妹さんのこと。
お兄ちゃんとは違って大人しくて引っ込み思案な妹さんは、控えめに挨拶をしてきて。緑間っちと違って照れ屋さんなんスねってオレが言うと、真っ赤になってお母さんの後ろに隠れてしまった。
悪いことを言ってしまったかなって反省するオレに、緑間のお母さんはくすくす笑いながら暴露したっけ。
この子、黄瀬くんのファンなのよって。

「しっかし緑間っちは本当に妹想いっスよねー。はい、これ。サイン入れといたっスよ」
「…いらんことを」
「いやいや、妹さんは喜んでくれるっスよ。緑間っちには分かんないだろーけど」
「誰が、あいつに渡すと言った?」
「へ?」

カバンから取りだした写真集をテーブルの上に乗せて向かいに座る緑間のほうへずいっとスライドさせると、緑間は不機嫌そうな顔を保ったままぼそりと言う。
「ち、違ったんスか?うっそ、やべ…」
「何がだ」
「いや、サイン入れるついでに妹さんの名前も入れちゃった。まずったっスね、そしたら…」
女の子にサインねだられるとき、誰々ちゃんへって入れてくださいって言われることがよくある。そのノリでサービスしたつもりだったけど、他の子にあげるものだとしたら非常にまずい。ここは出直して、もう一冊…って考えたところで緑間はオレの写真集を持ち上げて、しげしげと表紙を眺め始めた。
「あー、っと…今日は無理だから、また来週にでも持ってくるっスよ」
「いや、これでいい」
「え?でも…」
「来週は用事がある。ちょくちょくキサマに割く時間はない」

本をカバンに仕舞い、オーダーしたコーヒーにはろくに口も付けず、緑間は早々に席から立ち上がる。
驚くオレに、緑間は。
「用は済んだ。さっさと帰るのだよ」
すがすがしいほど見事な使い捨て発言を投げつけてきた。




「お前は用済みだ。さっさと帰れ。キリッ。っスよ?!何スかそれ?!オレってあいつの何なんスか?!」
「知りませんよ…。帰れと言われたのならさっさと帰ればいいじゃないですか」
「黒子っちまで…!なんで?!みんな、オレと会うのそんなにイヤなんスか?!」
「イヤじゃないですけど、ちょっとあの、…めんどくさいです」

テーブルに小銭を置いて本当に帰ってしまった緑間を追いかける気力もなく、支払いを済ませたオレが向かったのは黒子っちの家だった。
緑間の言うことを聞いてこのまま帰るのも癪だったし、誰かに愚痴を聞いて欲しくて選んだ先で。さっそくたまっていた感情を爆発させると、黒子っちは心底迷惑そうな顔でため息をつく。

「不満なら、本人に直接言えばいいじゃないですか」
「黒子っちー…」
「大体、緑間くんが黄瀬くんに対してそういう態度を取るのは昔からだったじゃないですか。それなのに」
「…写真集が欲しいって言われて喜んで持参した理由っスか?…うん、それは、オレもバカだなって思うっスよ。…ふつーに、嬉しかったんス」
「…緑間くんに、会えるのが?」
「そーっス!しかも緑間っちから言ってきてくれたんスよ!そしたら…、たとえ他の人に頼まれてオレの写真集を受け取るためとは言え、なんか…、やったーとか、思っちゃったんスよ」

嫌われてる気はしない。むしろ、どっちかって言うと緑間には気に入られているほうだと思う。
だけど昔からオレに対して特に冷たい緑間の言動は、気にしないようにしてもすごく胸に刺さるときがある。ああいう人だって分かってても。もうちょい優しくしてくれてもいんじゃないかなって思ったりするし、そんなだからたまに構われると、嬉しくなる。
そして浮かれたところで突き落としてくるのが、緑間って男は本当に上手い。

めちゃくちゃ振り回されている。こんな風に緑間の一挙手一投足で喜んだりへこんだりしてるのは、そういうことなのかもしれない。
どうとも思ってない相手にこんなに感情揺さぶられることはない。オレは、緑間が好きなんだ。
だから余計に今回みたいなのは、きっつい。

嫌われてたほうがマシだって極端なことを思っちゃうくらい。
そしたら、どんなに身内にせがまれてもオレに写真集を寄越せなんて言って、会う約束を取りつけるようなこともない。
メールだって律儀に返信しなくていい。無視され続ければオレだって諦めつく。
嫌われたなら、オレはラクになれるのに。

「どーしたらオレのこと嫌いになってくれんスかね?あの人は」
「そうですね…、…あ、もしもし?いま大丈夫ですか?」
「へ?大丈夫って何、…って、黒子っち?誰に電話して」
「すいません、緑間くんにちょっと聞きたいことがあって」
「……はい?」

会話が微妙に成立してないことに違和感を覚えて俯いてた顔をあげると、黒子っちの耳には携帯電話があてがわれていて。それから出てきたその名前に、オレは間抜けな声を上げる。

「え、ちょ、何?!緑間っちと電話してんスか?!」
「はい。黄瀬くん、ボクの家にいます。代わります?あ、そうですか、いらないんですか」
「!?」
「それじゃあ単刀直入に聞きます。緑間くんは黄瀬くんのこと、どう思っているんですか?」
「くくくくく黒子っちぃ!?」

これはまさかの展開だ。思い切りの良過ぎる黒子っちの行動に、オレは涙声になってしまう。
だって、なんか、これまじ、ヒデェ。
「く、黒子っち、やめ…っ」
「…そうですか。分かりました」
「え?分かってくれた…?」
「黄瀬くんにはそのようにお伝えします。え?伝えちゃダメなんですか?それじゃあ、」
「…あのー、黒子っち?」
オレがここにいることを完全に無視した黒子っちの電話は終わってくれなくて、泣きそうになりながらオレは抗議を諦める。そう、完全無視をされたら諦められるんだ。オレは。
ここは、諦めちゃいけない場面なのかもしれなかったけど。

「そうですね、それがベストだと思います。それでは」
「!お、終わったっスか…?!」
黒子っちの声しか聞く事のできないこの状況で、二人の電話の内容はさっぱりだ。もうどうにでもなれ状態で黒子っちの意識がこっちに向くのを待ってたら、ようやく黒子っちが電話を耳から離した。
「黄瀬くん」
黒子っちの目線が電話からこっちに移る。目が合って、思いだす。黒子っちは緑間から何を聞きだしたんだろう。
期待と不安が入り混じった気持ちで黒子っちの唇を見詰める。答えを握っている黒子っちは、表情を変えることはなく告げた。
「今すぐにその場から立ち去れ」
「え…っ?!」

想像以上に冷酷な要求を突きつけられ、いくらなんでも聞き間違いかってすごく焦る。
だけど黒子っちはやっぱり真顔で。
「って言ってました。緑間くん」
「え?緑間っち…?いや、今の、黒子っちの願望じゃ…」
「いくらなんでもボクだってそこまで黄瀬くんを邪険にするわけないじゃないですか。黄瀬くんがここにいたいのなら、いてもいいです。大人しくしててくれればの話ですけど」
「黒子っちぃ…」
「でも、緑間くんは嫌なんじゃないですか?黄瀬くんがボクと一緒にいるって知った時、声の調子変わりましたし」
「へ…」
そこまで言って、黒子っちは眉尻を下げてため息をついた。呆れた、みたいな顔をして。
「ボク個人の意見を言わせて貰うと、君と緑間くんは合わないと思います。…二人が互いに天邪鬼でいれば、周囲が迷惑するだけですから」
そんな御意見を与えてくれた。





「…帰れと言っただろう」
「帰るに帰れない状況作ったのは誰っスか。お邪魔するっスよ」
「…勝手にしろ」

もやもやとしながら黒子っちの家を後にしたオレの足が向かった先は、行く予定のなかった緑間の自宅だ。
玄関のインターフォン鳴らすのも、割と長く躊躇った。そもそもあれから緑間が真っ直ぐ帰宅したかどうかもわからない。留守かもしれない。留守だったらいいな。そう思いながら行動したのだけど、緑間はいた。
さっきと同じような不機嫌な表情でオレを迎えた緑間の背中を追って広い玄関に足を踏み入れる。家族がいる気配は感じない。

「誰もいないんスか?」
「先ほど出掛けたところだ」
「ふぅん。…妹さん、オレの写真集喜んでくれた?」
「…あいつに渡すわけではないと言っただろう」

階段を上がって緑間の部屋に案内され、オレは渡した写真集の行方を知る。
それは緑間の机の上に無造作に置かれてた。

「でも、渡さないわけにはいかないんじゃないんスか?妹さんの名前、入っちゃってんスよ?」
彼女のためにサインを書いた。その本は他の誰かに回すわけにはいかない。他に行く宛てはないのに。
「構わない」
それが本当なら、この本の行き先はひとつしかない。
「ラッキーアイテムとして必要だったのだよ」
なるほど、この人の場合はそういう使用方法もあったっけ。
それなら特定の人の名前が入ってても関係ない。オレのじゃなくても、同じこと。
何でも良かった。誰のでも良かった。

だったら。

「…なんで、オレなんスか」
「何?」
「…一度はいらないっつったじゃん。下らないって言った!なのに…」

何でもいいなら、その辺の本屋でその辺のアイドルの写真集でも買えばいい。運気を高める道具には、細かい指定なんてないはずだ。
それなのにわざわざオレに持ってこさせた緑間の性格の悪さがいまはすごく鼻につく。何様だってすごく思う。タダで入手できるから?同級生の写真集なら持ち歩いててもオタク扱いされないって思ったから?そんなのオレは知らない。オレは、普通に。

「…欲しいって言ってくれて、嬉しかった…のに」
「…黄瀬?」
「緑間っちに会える口実が出来たって、ぬか喜びして…、すげぇバカみてーじゃないっスか」

黒子っちにしか言えなかった不満を、ここで爆発させることになるとは思わなかった。
こんなみっともないこと、この人の前ではぶちまけたくなかった。

「黄瀬…」
「…黒子っちにも、変なこと言うし」
「…何だそれは」
「何だじゃねーよ。…あのね、緑間っち、アンタは無自覚かもしんないっスけど、普通の人は…」

ああ、マジで言いたくない。
でも、爆発が止まらない。
堪えろ、オレ。いや、うそ。すごく言いたい。

「好きな人から、他の男と一緒にいるなって言われたら…、嬉しくなっちゃうもんなんスよぉ…」



本当は、違ったかもしれない。
黒子っちはああ言ってたけど、緑間の本心は別で。ただオレが自分の言うことを聞かずに自宅ではなく友達の家に行ったことが気に入らなかっただけかもしれない。
だとしたら、この後オレは100パー緑間にこう言われる。

「…帰ってくれ」

予想が的中して、オレはマジで愕然とした。
嫌われたらラクになれるなんて、うそだった。全然、苦しい。やっぱヤだ。この人に嫌われるの、オレ。
「み、緑間っち…」
慌てていまのはウソだったって言おうとした。だけど、それは出来なかった。緑間の顔を見て、息が止まった。
「え…?何…」
「すぐに帰れ。今すぐだ」
「ま、待って、緑間っち…、あの、その顔…」
「うるさい!見るな!」

見るなと言われても、素直に聞けない。
だって、なんか緑間っち。顔、むちゃくちゃ赤くなってませんか。
って、それ、いったいどういう了見で?

「緑間っち、オレ、あの…」
「喋るな」
「…いや、そうは…いかねっス!」

黒子っちが言ってた。
二人して天邪鬼でいたら周囲に迷惑が掛かるだけだって。
だからここは、オレが頑張らなければいけない。手を伸ばす。緑間の腕を掴む。顔を、近付ける。
「黄瀬…ッ」
「もぉ止まんないっスよ!ねぇ、オレ、緑間っちが好き。これってオレの片想い?」
「…ッ」
「オレは正直に言ったっス!次は緑間っちの番っスよ!…言ってよ、緑間っち。…オレのこと、本当はどう思ってんスか?」

つかまえた。逃がさない。追い詰めた。外さない。言えよ。さっさと。そしたらオレは。
ラクになれる、一歩手前。なのにアンタは、本当に。

「…好きだ」

オレを奈落の底に突き落とすのがウマ過ぎて、もう、どーにかなりそうだ。



オレを好きならどこが好きかを証明をしろ。
そんな我侭に対して、緑間は即行動をしてくれた。
きちんと本が並んだ棚から一冊の写真集を取りだして。
それを見て、まずオレはすでに緑間がオレの写真集を持っていたことに驚いたのだけど、それ以上に。

「これだ」と開かれたページにはオレの素の笑顔の写真があったので、普段想いを伝えない人の本音を引き出すことがどれほど恥ずかしいかってのをまざまざと思い知らされた。










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