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▼ お引き立てを賜ります




シュートやドリブルのフォームについて、アドバイスを貰えるのは正直有難かった。
でも時々、ん?って思うことがある。

「4時限目の前の移動教室の際、渡り廊下で欠伸をしていたな」
「へ?いや、そんなん覚えてねっス…。そうだっけ?」
「ああ。欠伸をするのは生理現象だから咎めはしなけれど、口元は隠した方が良い」
「いやぁ…、そんな、女の子じゃないんだから」
「お前の整った顔が崩れているところを見てしまうと、残念な気分になるんだよ」
「褒められてんのか貶されてんのか分かんないっスけど、まぁ、気をつけるっスー…」

ここ最近。日常生活の些細な動きを、赤司にチェックされ駄目出しされることが頻発している。
どうやら悪意があって言ってくるわけじゃないってことは分かるけど、いちいちうるさい。っていうか、何でそんな細かく見ているのか。そして、なんでオレがブサイクな顔をしていると残念がってしまうのか。
赤司の考えていることは、オレにはさっぱり分からなかった。



「ぶっちゃけ、赤司くんは黄瀬くんの外見を高く評価しています」
「は?…あ、あぁ、そう。へー、赤司っちも、見た目で判断するような俗っぽいとこあんスね。お坊ちゃんの癖に」

先ほど部室で赤司に駄目出しを食らったことを黒子っちに話すと、意外な回答を与えられた。
黒子っちは微妙な表情を浮かべて首を振る。
「いえ、割と高尚な話だと思いますよ」
「は?何でっスか?目で見て分かることで人間性評価してんスよね?」
「と言うより、内面をきっちりと切り離して外面限定の評価を下しているんですよ。それって、あまり出来ることじゃないです」
「…どういうことっスか?」
「黄瀬くんはファンの子に容姿を好かれて騒がれますよね。でも、黄瀬くんの性格をよく知る相手…、家族や友達からは、どうですか?」
「そりゃ、良く知ってる間柄なら今更騒ぎ立てることはないっスよ。オレの中身、分かってるわけだし」
「僕も同じです。黄瀬くんがカッコイイのは認めますが、最初のうちは口を開くたびガッカリしてました。今はだいぶ馴れましたけど」
「何かさり気なくヒドイこと言ってるっスね?まぁいいけど」
「性格がどうと分かっていれば、いくら容姿が整っていても中身はこんなだしなぁ、と思うのが普通です。雑誌に載っている黄瀬くんを僕らが目にしても、あー黄瀬くんだ、としか思いません。だけど、赤司くんは違う。とても客観的に、黄瀬くんの写真を評価します。視線の角度から、指先の位置まですべて」
「え…」
「その上で、どこをどう修正すれば黄瀬くんがより目に映えるのか、すらすらと言えます。…超人的な洞察力です。良かったですね、黄瀬くん」
「へ?何が?」
「赤司くんの助言を受け入れれば、モデルとしても大成しますよ?」
「…いや、でも、なんかそれ…ちょっとコワイっス…」

プロのカメラマンとかスタイリストさんが言うのなら分かる。
でも、赤司が言うのは違うだろって、冷静に思える。
確かに赤司の洞察力は優れてる。アドバイスを参考にしてシュートフォームを調整すると驚くほど簡単に決まったりするし、ちょっとした身体の違和感とかもすぐにバレる。昨日も、青峰と1on1してる時にそろそろ切り上げろと言ってきたのは、オレの足が若干悲鳴をあげていたからだそうだし。
だからって、モデル業もとい日常生活の見せ方まで口出ししてくるのは、違うだろ。
赤司はただの中学生だ。ただの、じゃないかもしれないけど、まぁオレにとってはチームメイトであり、同級生であり、所属してる部活の主将だ。バスケ関連のことでアドバイス貰えるのは助かるけど、それ以外はやっぱ、いらない。

そもそも、日常生活の立ち居振る舞いなんか残念だろうが何だろうが構わないだろって思う。
オレに、いつでも撮影中なみに気を張ってろとでも言うのか。そんなん無茶だ。オレだって人間だ。大欠伸もするし、居眠りだってする。痒ければケツだって掻くし、いつでも背筋伸ばして歩けやしない。
プライベートってもんがあるんだ。そこを赤司に干渉されるのは、大いに間違っていると思う。

本当に迷惑な話だ。
真面目な顔して何考えてんだか。さっぱりだ。
でも。

オレの見た目を気に入ってる、とか。
あのいかにもプライド高くて鉄面皮かぶった赤司が、そんなだとか。
そう意識すると、割と面白いかもしれない、なんて。

甘い考えを持ったのは、まだ赤司って人のことをよく理解しきれていなかった証拠だ。



それからもオレは赤司に見張られ続け、部活で顔を合わす度に動作や表情の駄目出しを食らった。
あまりにもよく見ているので、こっちも普段から赤司の視線が気になるようになってきて、そしたら、部活時間外でもよく目が合うようになってきた。
そんな時にへらっと笑って手を振ってみると、赤司は眉間に皺を寄せて酷く不快そうに顔を背ける。
そして放課後、やっぱり言われた。
手を振るなら指を曲げるな。左右に往復する速度は緩やかで良い。それからその際は歯を見せずに唇の角度だけで笑え。いつもよりも指摘の本数が多いあたり、これは赤司のこだわりが最も強い動作だったのかと知る。

「それと、あまり安売りする動作じゃない。笑顔で手を振るのは、ファンに呼び止められても対処の時間がない場合に限定したほうが良い」
「…なるほど。サインや握手に匹敵するファンサービスなんスね。…でも赤司っちは、オレのファンじゃないっスよね」
「そう考えてくれても構わないよ。実際に僕は、お前の容姿を気に入っている」
「いやぁ…。さすがに赤司っちをファンの女の子とは同じに思えないっスよ…」
無理なことは無理だとはっきり言う。でも赤司は、心外だと言うように目を見開いた。いや、そこ、驚くところじゃないです。
「赤司っち…」
「僕はお前の写真が掲載されている雑誌のバックナンバーをすべて入手しているけど」
「え…?」
「それらをよく見極めた上で、お前の顔立ちやスタイルがもっとも良く映える角度やライティングを述べることが出来る」
「ま、マジっスか…?それスゲェ…、けど」
「涼太の見せ方を誰よりも良く把握している自負はあるよ。それは、ファン心理といって差し支えはないだろう」

真顔の赤司は、自分の考えが正しいものとしてまったく疑わない。いやそれ明らかにおかしいだろって思っても、濁りのない眼差しを一直線にぶつけられると、言えない。
赤司の言うそれは、どう転んでもファン心理とは呼べない。どちらかと言えば、プロデューサー視点の話だろう。
よくも堂々とファンだと名乗れる。しかもどことなく偉そうなこの感じ。おまえは、間違っている。すごく、言ってやりたかった。なのに。

「…赤司っちに目を掛けて貰えば、鬼に金棒っスね。分かったっス、オレ、赤司っちをガッカリさせないよう立派なモデルになってやるっス」

一般的には歪んだ解釈なのだけど、赤司が言うとそれが真理のように感じてしまう。それが良い用に作用することもあれば、今回みたいに駄目なケースもある。
駄目なのに。オレは、赤司の堂々宣言を否定し切れない。


そうやって誤った自信に満ちた赤司を野放しにしていたのがまずかったのか。
赤司によるオレの外面への干渉は、日を増すごとにエスカレートしていった。



「もう嫌っス!ガマンの限界っス!」
「どうかしたんですか?」
「…赤司っちっスよ!あいつ、マジ最悪っス!トイレまで追っかけてきてじろじろ覗き込んでくるんスよ?!そんで人のションベンの仕方にケチつけてくるし…っ、何なんスか?!モデルは普通にションベンもしちゃいけないんスか?!つーか、そんな姿かっこよくなくたって別にいいじゃないっスか…!」
「…なるほど。ありとあらゆる生活動作が映えるように助言をしてくれるとは。…さすが赤司くん、徹底してますね」
「感心すんなよ!…もうこれって、ストーカーの領域に達してんじゃないんスか?」

いくら見られることに馴れているオレでも、踏み込んじゃいけない線があるってことは理解して欲しい。そのくらいは、分かっていてくれると思っていた。まさか、ここまでグイグイ来るなんて。

「そうは言っても、べつに赤司くんは黄瀬くんに排泄するなと言ってるわけじゃないですし、助言を聞き入れることを強要しているわけでもないでしょう?」
「見られてるって意識するだけでヤなんスよ!人目につくところでの行動を指摘される分ならまだしも、便所っスよ?!ファンの目も何もあったもんじゃないじゃないっスか!」
「でも赤司くんは黄瀬くんのファンであって、同性の赤司くんであれば黄瀬くんの排泄姿が目に入るのは当然じゃないですか」
「だから、そんなとこまでいちいち気にしてたらオレの神経はズタボロだってことっス!」
「それは大変ですね。もうしばらくすれば、合宿も始まりますし」
「!!!そ、それはマズイっス…。便所どころか、風呂まで赤司っちに覗かれるってことっスよね…?」
「就寝姿も起床時も、おはようからおやすみまでがっつりチェックです。常に涼太なうです。」
「や…っ、い、嫌っスそんな生活…!オレの人権が…!」
「だったらいっそのこと、ファン辞めて貰えばいいじゃないですか」

この先の精神的プレッシャーを考えて頭を抱えたオレに、黒子っちはあっさりとそんなことを言いだす。
ファンを、辞める?いや、あいつ最初からファンっぽくないし、自分で言ってるだけだし。何をどうすれば。

「意識の矛先を変えればいいんです。芸能人とファンっていう関係ではなく、それ以外の何かに」
「…親友とか?」
「いえ、ファンと言うのは特定の対象に対する狂信者ですから。それなりの見返りを与えられる存在にならなければ、満足いかないと思います」
「見返りって…、たとえば?」
「対象が物や現象でなく、人物ですから…。恋愛にでも発展させれば、それまでの応援の報いを受けられたと思うかもしれません」
「……」
「黄瀬くん?」
「それ、…赤司っちと付き合えって意味っスか?」
「彼のファン心理を排除したいと思うのであれば、特定の存在に引き上げるしかないんじゃないですか?」

盲点だった。
たしかにそれってあるかもしれない。いまオレのファンを名乗ってる女の子たちの最終目的は、そこにある。ファンレターに電話番号添えてあるのは当たり前だし、モデル事務所のスタッフさんからもよく言われる。ファンの女の子に手を出したら、一人自分のファンが減ると思え。特定のファンを贔屓すると、痛い目に遭うぞ、と。
赤司みたいな迷惑なファンが減る分には、オレとしては痛くも痒くもない。むしろイタイファンがいなくなるのはハッピーだ。
そうだ。オレ、赤司と付き合っちゃえばいいんじゃん。


たぶんオレは、相当なノイローゼ状態にあったのだと思う。
冷静になれば、その考えは極端過ぎて、正しくないとすぐに分かったのに。




「赤司っち、オレと付き合って下さいっス」
「…本気で言っているのか?」
「本気っス。いいっスよね?赤司っち、オレのこと好きなんだし。目当てはそれなんだろ?ほら、うんって言ってよ」
「…涼太、お前は…」

早速その日の放課後、練習後に赤司を体育館裏に連れだして告白した。
何とも色気のない告白だ。ていうか、オレからしたの人生初だし。いつもされる側だったから勝手が分からないけど、まぁ、こんなもんだろう。結果の見えている告白なんて。

「以前も言ったと思うが、僕がお前に好感をいだいているのはその容姿に対してだ。交際を考えたことはない」
「え?フってるんスか?いや、そんなはずないっしょ。だって赤司っち、オレのファンなんスよね?」
「そうだが」
「だったらいいじゃん。…大好きなオレの容姿が、赤司っちだけのモンになるんスよ?」
「……何?」

それまで険しかった赤司が、ふっと表情を緩ませる。なんだかちょっとおかしな感じはしたけど、些細なことは置いておく。
「赤司っち、オレの顔好きっしょ?目も、鼻も、唇も、髪も、指も、ぜーんぶ赤司っちのものにしていいって言ってるんス。ほら、嬉しいっしょ?」
「…なるほど、…いや、待て」
「ん?」
「……分かった。交際を受け入れよう。涼太、お前のすべては今から僕のものだ」

少し考え込むような素振りを見せた後で、赤司はふっと笑みを浮かべてオレの顔を見上げて言う。
よしきた。これでオレは、迷惑なファン行為に悩まされることはない。勝利を確信した。その瞬間。

「さっそくだけど、見せて貰おうかな」
「へ?見せる、って…何、を?!」
「決まっているだろう。お前の、」

突然腕を掴まれて、強い力で体育館の壁に背中を叩きつけられる。
何事かと目を剥いたオレに、赤司は顔を寄せ。

「すべての動作を見せて貰う。まずは、キスからだ」



先ほど承諾の返事を出す前に、赤司が何を打算していたか。すぐにオレは、分かってしまった。
そうだ。赤司は、徹底している。完璧主義者の赤司が、オレと自分が恋人関係になることで得られるメリット。それは。

「ちょ、ま、赤…っ、ん…?!」

トイレや風呂している姿を見るのは、同性のファンであれば不可能なことじゃない。
だけど、こういうことが出来るのは。オレが赤司に与えた権限が活きるのは。こんな。

「ふぁ…っ、は、赤司…ッ」
「…軽く目を潰れ。目蓋の縁が重なる程度で良い。唇は僅かに、吐息を逃すくらいの隙間を空けて開け。舌は引っ込ませるな。ただしこちらから絡めるまでは動かせてはいけない。そして両手は、僕の首に回せ。指先を後頭部の髪にもぐりこませるようにだ。それから…」
「も、…勘弁して下さいっス…」

次々と押し付けられるアドバイス、もとい要求を、聞いてる余裕はこちらにない。
なのに赤司は、嬉々とした表情で言う。

「出来るよ。おまえは僕が見込んだ男だ。…より一段と映えるよう、僕が引き立ててあげるよ」

特定のファンを贔屓すると、痛い目に遭う。
そのことをオレは身を持って実感した。











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