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▼ 5





顔にかかる前髪を払いのける指の動きさえ、すごく意識してしまう。
クリアな視界に火神の顔が映り込む。眉を潜めて唇を引き結んだ恐い顔は健在だ。なんだってこんな顔をするんだろう。オレのこと、好きなくせに。

「…うるせーな、…緊張してんだよ」
好きな人を前にした顔じゃないって言うと、火神は怒った声でそう返す。
なんだ、また緊張してんのか。…それ、マジかよ?何回目だと思ってんだよ。
「何回やったって馴れるもんじゃねぇんだよ、オレの場合は」
投げやりな口調で言って、それ以上顔を見るなと言わんばかりの距離まで近付いてくる。さっきオレが泣き顔を火神の肩で隠したのと同じやり口だ。
ただしオレはキスまでは持って行かなかった。なんか、こいつズルいなって思う。

そんな火神にひと泡吹かせてやりたい気分になったので、オレは両手を火神の後頭部に持ってって、より深いキスを強要する。ゆっくり口の中に入って来た舌にわざと自分のを絡めて、引きずりこんでやる。
火神が参ったって言うまで解放する気はない。そんな攻撃的なオレの舌に、火神は負けじと応戦してきた。生意気なやつだ。絶対降参させてやる。

だけどこの勝敗はすぐに決した。
キスに夢中になってるオレの服の中に、急に火神の手が潜り込んで来たせいだ。
その指の感触は反則だって。うわってなって思わず舌を引っ込めると、たちまち火神の舌がオレの口の中を占拠して、負けた。

「ん…っ、ふぁっ、ちょ、っとタンマ、火神っち…っ」
酸素を求めて火神の後頭部をばしばし叩く。唇が解放されると、火神は険しい表情でオレを見下ろしてきた。
これも緊張の顔なのか?こんな激しいキス仕掛けてきたくせに。って思ったけど、この恐い顔はどうやら不機嫌の一種らしい。
「…お前、どうやってこんなキス覚えたんだよ」
「へ?…いや、火神っちこそ…」
「オレはお前に合わせてるだけだ。…お前しか、知らねぇんだからな」
「……あぁ、そう」
不機嫌な表情の理由は、オレにあるようだ。
ちょっとイヤミったらしく、それから開き直った風に言われたことは事実なんだろうけど。オレからすれば、しょーがないじゃんとしか言いようがない。
経験しちゃったことは消去出来ないのだから。怒るなよ。馴れてくれ。
アンタが不機嫌でも、オレのほうは割と。

「…新鮮な気分っスよ」
「は?」
「うわ、なんか、ドキドキしてきた。火神っち、もっとしてみ?」
「な、なんだよ…、お前はこんなの、」
「キスなんて、流れの一環かと思ってたっス」

今までは、そうだった。
これからセックスするっていうウォーミングアップに過ぎない。ただの皮膚の接触が。いま、オレの中でちょっとした変化を見せている。
「ねー、火神っち!」
「…うっせーな、窒息させんぞ」
「望むとこっス!…勝ち逃げは、許さないっスよ」
リベンジマッチは、負けるわけにはいかない。そんな気持ちを込めて火神の後頭部を再び引きつけ、唇を奪う。舌の先っぽで火神の舌をつっつく。ぴくって少しだけ痙攣した火神のが、伸びてくる。こうしてまた、互いに一歩も引けない勝負が始まる。

舌が引き攣りそうな感覚とか、酸素が吸えない息苦しさとか。そういう、ちょっと危険な状況が楽しくて。
アブない趣味に目覚めそうだけど、気持ち良くてたまんない。癖になりそう。これが、火神とのキス。
同じ轍は踏みたくないから、今度は先手必勝でこっちから手を出してみる。後頭部を押さえてた手を外し、火神の背中へつつ、と這わせ。びくってなった火神がオレから離れた。オレの、勝ちだ。

「ビビんなよ、火神っちー!ちょっと撫でただけじゃん」
「っせぇ!いきなり動くな!…もうキスはいいだろ」
「…うん。オレも、そろそろ次したくなってきた」

どっちかが酸素不足になってぶっ倒れるまで戦ってもいいけど、それは今度に回そうか。
火神が可愛い反応を見せてくれたお陰で、オレもさっき腹を撫でてきた指の感触を思いだしちゃった。
「触って、火神っち」
オレの顔の横についてる火神の手を、軽く叩いて訴える。
すると火神は唇を引き結び、眉間の皺をさらに深くした。
「…なに?また不機嫌なっちゃった?」
「…いちいちうるせぇよ。べつに、違ぇよ」
「えー、じゃあ何?」
「……耐えたんだ」

むちゃくちゃちっさい声で、悔しげに言うのは何だ?耐えたって、何に?って。
聞こうとしたら、火神はオレの顔の横、肩口に額を落としてきた。
「火神っち?」
「…頼むから、あんま煽るな。お前、さっきからヤバイ」
「え?…あ、……そぉ?」
「……無意識、なのか?」
頭を上げた火神が意外そうな視線を向けてくる。うん、まあ、意識した言動は今んとこないけど。

ただ、今の恐い顔の原因がガマンしてるからってなら。
緊張を解してあげたり、不機嫌を解消するよりかは、和らげることは可能かもしれない。

「耐えなくていいっスよ。いつもみたいにしてくれて、全然かまわないっス」
「は…っ?!」
「言ったっしょ。火神っちのエッチがイチバンだって。…今までみたく、容赦なく撫で回していいっスよ。オレは、」
「だから、そーすっとコッチが耐えらんねぇんだっつってんだよ」
「え?」
「…全然分かってねぇな、お前。オレは、お前が好きっつってんだろ」
「…うん、知ってるけど」
何度も聞いたよ。今更何言ってんだ。
疑問を込めて頷く。すると、火神の頬がわずかに赤くなった。

…なんだ、この反応。
あれ、いつもこんなだったっけ?いや違う。何かおかしくない?なんでこいつ、こんな、照れて、


「…っ!」

その時急に、かっと顔が熱くなる感覚がした。
なんだろう。いきなり、現状が恥ずかしくなってきた。
慌てて片手で顔面を覆う。見られたくなくて、横に背ける。やばい、なんか、突然にヤバい。

「…黄瀬?」
「ちょ、ちょっと待って、火神っち、…い、一旦中止!そこどいて!」
「な、なんだよ…、いま耐えなくていいって…」
「やっぱ耐えて!いま、ダメだから!」

急に、意識をしてしまった。
そうだ、こいつ、オレのことが好きなんだ。
今まで恐い顔ばっかり見てきたから、なんとなく実感薄かった。でも今、火神の照れた顔を見たら急に、キた。
だからってなんでオレまで恥ずかしくなってんのかわかんないけど。今はマジでやばい。異常事態だ。

だけど火神はオレの言うことを聞かなかった。
そこを退くどころか。横向きになったことで火神の視線方向的に正面に来たであろうオレの左耳に、すっと触れてきやがった。
「…ッ!!」
途端にオレの体が意思とは無関係にびくんと跳ねる。何これ。耳を、触られただけだぞ?
「や…っ、さ、触んな…っ」
「…さっきは触れっつっただろ」
「み、耳は触るなよっ!うわ、ちょ…っ」
やだって言ってんのに。お構いナシで火神はオレの耳に悪戯をしてくる。耳、それ、うそ、噛むなよ!
「ふ…ッ」
「…すげぇ真っ赤になってんだけど」
「な、ってな…ッ」
「何照れてんだよ」

少し笑いを含んだ声を左耳に囁かれて。ぞくっと背筋に何か走る。
何これ、なんで?オレ、こんなことされて感じたことなんて、今まで。

「黄瀬、好きだ」
「…ッッ!!」


そして卑怯な不意打ちを受けて、知る。
そう。いま火神が自由に支配しているそこは、今まで。火神としたとき、毎回毎回、囁かれていた場所だった。

(好きだ)

オレの嫌いな、火神の性癖だ。
これされると、オレはおかしくなるのに。
なんだってこの段階で。まだ、始めたばっかなのに。いま、されたら。

「あ…、ァ、あ…ッ、やっ、かが、」
「……へぇ」
「ッ!!だ、だめ、ちょ、待っ…!!」

ダメだって、いったのに。
なんで、いじわる、すっかなぁ?
なんで、いま?急に、そっち、触られたら、

「ふ、あァ…ッ!」


下半身から脳天にかけて、悪質な衝動が走って、だめだった。
信じられない。超恥ずかしい。こんなの、初めてだ。
触られただけでイくなんて。オレ、マジ、有り得ない。

「うぅー…っ」
情けなくて泣きそう。顔を覆ったまま唸ってると、背中に火神の手が回ってきてまたびくってなる。
「な…っ、何すん…ッ」
「うっせ、バカ、…抱き締めさせろ」
「え?…うわっ!」
ひょいっと、簡単に抱き起こされて、向かい合わせで座る体勢になったところで火神は本当にオレを抱き締めてきた。なんだ、いったい。なんでそうなった?
「かが…、」
「…何でお前、オレに好きだって言われてイくんだよ…」
「…へ?え?あ、いや、オレ…」

ぎゅうってされて、悔しげに囁かれて。いやそれ違うだろって思う。色々と。
なんでこんな早くイかされたオレよりアンタのが悔しそうなんだよ。そんでもって、オレ、言われてイったわけじゃないし、火神が触ったから、であって、べつにオレは。

「……」
いや、それは違わない、かもしれない。
だって、いつも、触っただけでイくなんてことないし、きっかけは。火神が正解、なのかもしれない。
オレは火神の告白ひとつで。こんなにあっけなく、飛ばしてしまった。

好きだって、言われてどうにかなるのはいつもクライマックスの時だった。
でも今のオレを省みれば、もう。認めるしかない。

そしてそれは火神も同じだ。
自分はイってないのに、例の告白を囁いたこと。それはもはや、単なる性癖とは言えない。

「…アンタ、マジでオレのこと、……好き、なんスね」
「何度も言ってんじゃねーか」
「…知らなかったっス。こんな…」
「知らなかったんじゃなくて、受け入れらんなかっただけだろ。オレがお前にホレてることを」
「…そーかも。…それで全然、…良かったのにな」

両腕を動かして火神の背中に回す。ちょうどよくしがみつくことが出来て、目を瞑った。
合うのはカラダだけで良かった。気持ちまで一致しちゃったら、きっとめんどくさいことになる。
だからオレは目を逸らしてたのかもしれない。火神の好意から。それと。

「…あのさ、火神っち、…このまま聞いてくんないっスか?」
「何だよ?」
「絶対オレの顔見んなよ?そのまま…。……オレ、」

肌と肌が触れている。それだけで凄く充実感がある。
もう隠せない。カラダの奥から底なしで沸いてくるこの感じ。
オレの手には負えない。だから吐き出してラクになりたい。オレは。

「…オレ、のこと、好きなアンタのこと……好き、なのかも」



むちゃくちゃドキドキしてるのは、密着した部分からとっくに伝わってる。
心臓が破裂しそうなこの状態から一刻も早く解き放たれたい。いま、結構危険な状況なんですけど。
そうとも知らずに火神はますますキツくオレを抱き締め、耳元で囁いてきた。

「気づくの遅ぇよ。初恋かよ?」


他の誰かじゃダメになった理由は、こういうこと。
ちゃんと好きな人が出来ちゃうと、誰でも良いなんて言えなくなる。
それ以前に。カラダが、受け付けなくなるだとか。

「…うるせぇ、ばか」

だめだ、なに、これ、まじヤバイ。
恥ずかしくて、…気絶しそう。




割と早い段階で火神はオレの変化に気付いてたらしい。
セックスの最中に好きだと言うとよく締まるとか。そんなの、知りたくもなかったです。
最初は好奇心だったって言う。でもオレが本当に馴れてたから嫉妬したって言う。なのに、好きの一言でとたんに戸惑った様子を見せるオレのことを、火神は。

純粋な奴だと、思ったそうで。

「…そんな風に思われたの、人生初っス」
「だろうな。…だったら、思い知らせてやるよ」
「え?…うわっ!顔、見んなって…ッ!」
「そのツラ、好きだぜ?」

余裕がないのを馬鹿にされた気がして、睨もうとした。
だけど視線の先にあった火神が、びっくりするほど幸福満面って感じで笑ってたので。

きゅうんと胸が締まって何も言えなくなってしまったオレは、火神が思うとおりの純真無垢な存在に生まれ変わって火神に初恋しちゃってるような気がして、そんなのはこっぱずかしくて全然笑えない。から。

「…そういうの、もぉ要らないから、はやく、…気持ちよくしてよ」

オレを変えたのが火神の実力だなんて自惚れられても腹が立つんで。
オレに好かれたいのなら、言葉よりも先に。明確に。

いつもみたいに、その指で伝えて、欲しい。










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