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▼ 4





なんで急にダメになっちゃったんだろう。
途中までは平気だった。感じるものは少なくても、やることは変わらないって、自分を説得することが出来たのに。

触り方があいつと違った。
手の大きさが。温度が。指の圧力が。あれじゃ、なかった。

気持ちの上では納得しても、体が、違いを拒絶する。
冗談じゃない。こんなの、認めたくない。

セックスの相手なんて、誰が相手でも同じじゃなかった?


「…涼太、」
「ッ!!」

力の入らない全身に、悪寒が走る。ろくにほぐれることもないまま引き抜かれた指の後に、穴に宛がわれたモノの太さが、強い恐怖心を煽ってくる。
「あ…、や、め…」
初めて男のコレを受け入れた時だって、こんなに恐くなったりしなかった。
奥歯ががちがちと震えて、拒絶の言葉もうまく発声できない。暗い車内で、オレに覆いかぶさった男は口端を上げた。

その衝撃を覚悟して、ぎゅっと目を閉じ祈ったとき。
耳の側で、ドン、と窓を叩く音が、鳴った。


窓越しに視線が交わる。
見開いた視界いっぱいに。映ったのは、オレのカラダをおかしくした、諸悪の根源の恐い顔だった。




ドアを開けた火神が何か怒鳴って、オレは車の外に強い力で引きずり出された。
この道が人気の少ない場所で良かったかもしれない。ぼんやりしているうちに火神はオレのズボンを正しい位置まで引き上げて、自分のジャケットを脱いでオレの肩に羽織らせた。
そのうちに車は急発進して遠くなっていく。なんだ、あいつ。火神の剣幕にビビったのか?無理もない。こいついま制服じゃないし、なんかむちゃくちゃ怒ってるし。オレだって、逃げたいくらいだ。
でもまだ薬が抜けきれてない体じゃそれもままならなくて、本当に泣きたい気分で火神に支えられている。

火神はオレに声を掛けることなく、携帯でタクシーを呼んだ。
いつもは歩いて通う短い距離を、タクシー使って、行って。
電気がついたままの火神の家の前で気づいた。火神は裸足にサンダルで、服装も慌てて家から飛び出ましたみたいな寒そうな格好で。

絶体絶命状態だったオレを救って、ここまで連れて来てくれたのだと言うことに。



玄関には紙袋が置いてあった。
火神は何も言わないけど、これはたぶんオレの服だ。本当に、これを渡して玄関先で別れるつもりだったのかもしれない。そう考えたところで胸の奥がズキンと痛む。

「あ、あの、…火神っち」
漸く絞りだした声は、みっともなく掠れていた。
さっきより薬の効力は抜けていて、体の自由は効くようになった。だけど、呼び掛けに応じて振り向いた火神に、続きの言葉がうまく渡せない。
「オレ…」
「…ちょっと休んでけ。…落ち着いたら、いつでも帰っていいから」
舌を縺れさせるオレを見兼ねた火神は険しい顔でそう言った。何も聞かずに帰そうとするんだ。最初からの予定通りに。
でもオレはそうしたくなかった。訊いて欲しかった。と言うことは、伝えたかったってことだ。
「…聞いてよ、火神っち」
自分の身に起きた事件を。
自分自身にしか分かり得ない変化を。

「オレ、…すっげ、…怖かった…っ!」

震えながら涙目で訴えるオレの姿を目の当たりにした火神は、目を見開いて硬直してた。




この家の玄関に姿見用のでかい鏡がなくて良かった。
惨めに震えて縮こまる自分を見なくて済む。自分がこんな風になるなんて、想像したこともない。まして、火神の家で。火神の前で。一番見せちゃいけない醜態を晒している。
それこそ、数週間前にこの家の寝室で両足を開いてケツの奥まで穿られたあの時以上に。
恥ずかしいし、悔しい状況だ。

「黄瀬…」
「…なんつって、…じょ、冗談…っスよ」

すぐに立て直さなければいけない。そう思ってオレは俯いたまま必死に声を絞りだす。
「クスリ、使われたのとか初めてだったんで、ちょっとビビっただけっス。…やることはいつもと同じなのに、オレ、いまさら何動揺してんスかね?」
「……」
「つーかさ、火神っちも空気読めよ。あそこでいきなり乱入する?しかもあんな切迫したツラしちゃってさ。せっかくいい感じに車内エッチ出来そーだったのに、台無しっスよ」
「…黄瀬」
「あの人、いいセフレだったんスよ。金も車も持ってるし、経験豊富なだけあってテクもあるし?テキトーに出したい時に出せるいい関係築いてたのにさー…、…アンタのお陰で、メチャクチャっスよ」

剥がれかけた惨めな本性を繕い隠し、優位を保ちたい一心で、攻撃的な発言ばかりがぽんぽん出てくる。
激昂することもなく聞いてた火神が、こちらへ一歩足を踏み出す気配を感じた。
後ずさりしたい気持ちに駆られながらも踏ん張って耐えて、声を張る。

「この先バイトで顔合わせることもあるかもしんないのに、ほんと、やってくれたっスね。アンタと違ってオレは大人の付き合い的なネットワークもあるんスよ?世間知らずのボンボンには分かんねぇかもしんねっスけど」
「……あぁ、わかんねーよ、そんなもん」
「…っ、…ひ、開き直ってんじゃね、」
「オレは、お前が他の男に襲われてんの見てムカついたからやめさせただけだ」


すらりと流れてきた音声が、オレの思考を停めた。
ただでさえぐちゃぐちゃだったアタマの中に。いまこの男は、どんな起爆剤を仕掛けた?

「お前が誰とどんな関係を持ってよーが、オレの知ったこっちゃねぇけど。お前を呼んだのはオレだ。あんな風に横取りされて、黙ってられっかよ」
「…横取り?何スかそれ、オレがいつ、アンタのものになったってんスか」

今日、ここに来る約束はしていた。
だけど時間は決まってない。いつもみたく。火神は自分が家にいる時間を示しただけで、何時までに来いなんて言わなかった。ここに来るのは、今日中ならば何時でも良かったはずだ。
それ以外の時間にオレがどこで何してたって。
火神には、関係ない話だ。

関係ない。
火神に、オレの行動を縛る権利はない。
オレのことをどういう風に思っていようと。オレは、火神のモノじゃないのだから。

「…オレだって、お前をモノに出来るとは最初から思ってねーし、する気もねぇよ」

矛盾を口にする火神にかっとなって、腕を伸ばした。
胸倉を取って、引き寄せて。右手を振り上げてこの顔をぶん殴るつもりだったのに。

「ただ、お前を好きだって思っただけだ」




振り上げた拳が空中で急停止する。
飾り立てのないストレートな言葉が。呪文みたいに、オレを金縛りにかけた。
好き、だって?いま、そう言った?
初めて聞かされる言葉じゃない。その意味だって何年も前から知ってる。数え切れない人数から、数え切れないほど言われてきた。そんなものに、いまさら。

このオレが、惑わされている、なんて。


「…オイ、なんだよそのツラは。…なんべんも言ってきたじゃねーか」
「い、われてな…、……あ…」
「お前を抱けば抱くほど、たまんなくなってきた」

金縛りにかけられた腕が、火神に捕らわれる。腕力では負けない自信あったのに。火神はやすやすとオレの腕を引き寄せ、そのまま。自分の体を寄せてきた。
抱き締められている。このオレが。自分と同じ体格の男に。

「は、離せよ…っ、オレは…っ!」
「うるせぇ、大人しくしろ。…あと、脈。落ち着かせろよ」
「は?!な、何スかそれ、無茶なこと…」
「お前がドキドキしてっと、こっちにも移んだよ。…いい加減にしろよ、バカ」

呼吸を圧迫させるくらい強く締め付けておいて、この言い草はなんだって思う。
こんなに嫌な男がこの世界に存在するなんて知らなかった。よりによって、なんでオレはこんな奴と。

誰でも良かった、はずなのに。
こいつでも、こいつじゃなくても。同じだったはずなのに。


腕が、勝手に動くんだ。
まるで、抱き締められて喜んでるみたいに。勝手に、火神の背中を目指してる。
触れる。すると火神がびくって硬直する。バカみたいだ、自分から仕掛けておいて。
「黄瀬…?」
「…オレには、火神っちの気持ちが全然わかんないっス。…セックスなんて、誰が相手でも同じだったし。自分が気持ち良くなれれば、それで良かった」
「……」
「…あのさ、これ提案なんスけど。…火神っちも、オレ以外の人と寝てみれば?アンタがオレを好きだって言うの、たぶん、オレしか知らないからってだけだから。…もっと視野広げてみれば、いまの告白、絶対後悔するって、」
「お前以外とはしてぇとも思わねーよ」

踏み込ませちゃいけない。分かってるのに、オレは聞く。
これ以上、火神にモノを言わせたら。いまは、ヤバイんだって分かってんのに。

火神に抱きついて、顎を少し引いて。左耳に、囁かせる。

「お前の気持ちが分かんねぇのは、こっちも同じだ。…オレは、好きでもねぇ奴にこんだけ密着されたら、気持ちワリィと思うよ」


その瞬間、鮮烈な衝撃が体内を駆け抜けた。
オレは、火神の言うその感覚をすでに経験している。
ここに来る前。馴れ親しんだセフレの指の感触が与えた。あの恐怖と嘔吐感は。

「…っ」

火神にきつく抱き締められている、今はこのカラダのどこにもない。




こいつは本当に、なんてことをしてくれたんだろう。
オレは現状に満足していた。気持ち良くなるのはカラダだけで良かった。誰が相手でも同じように出来た。それなのに。
火神が変えたのは、オレのカラダだけじゃない。
もっと奥の。大事な部分を、力任せに変形させてしまったんだ。

「う…っ、うぅー…」
「…?!お、おい、何泣いてんだよ…っ」
「うっせ…っ、な、いてねぇっス…ッ!もう、離せよ…っ」
「…そんなに嫌かよ」

溢れる嗚咽をどうすることも出来ずにそのまま喋ると、火神が低い声でぽつりと呟く。
そして腕の力が緩まった。その瞬間、オレは急に焦って火神にしがみつく。

「だ…っ、や、やっぱ離すな…ッ!」
「は…?!な、何だよ、どっちだ…」

一刻も早くこの状況から脱したいとは思う。だけどダメな理由もある。それは、オレの顔が。
見なくても分かる。割と酷いことになってる。この顔を火神にだけは、見せたくなくて。
火神の肩に顔面をうずめて、隠すことに専念する。

「…黄瀬ェ」
呆れた声で火神がオレの名前を呼んでくる。
言いたいことは、分かってるよ。オレが何をしたいのか、どうして欲しいのか、分からないんだろ?
そんなのオレだってよく分かんない。だってオレがこんな風になるのは初めてだし。この気持ちをどんな言葉で伝えられるのか、全然わかんない。だから。

「…抱いて、くんないっスか?」

今のオレに差しだせる、唯一の提案をする。

「火神っちのエッチが、…イチバン気持ちいいんスよ」

誰でも良くは、なくなった。
その理由を、オレは知りたい。










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