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▼ Pureness3





3週連続で火神からの着信を無視したら、忘れられそうな気がしてきた。
嫌なことを吹っ切るのは割と簡単だ。逃避先はいくらでもある。
通ってる学校が違うのって、デカいなって思う。もし火神と同じ学校にいたら、こう上手くはいかなかったかもしれない。

だけど火神は4週目に卑怯な技を使ってきた。


「…避けられてんのが分かんないんスか?その携帯、持ち主に返せよ、バカガミ」
「うっせぇな。テメーが女々しいことやってオレから逃げるからだろ」
「……」

オレの携帯のディスプレイに黒子っちからの着信が表示された。
騙されて応答したオレの耳に届けられたのは、黒子っちとは似ても似つかぬ男の声。うんざりしながら言ってやる。
「女々しいのはどっちっスか。分かんねぇならハッキリ言ってやるっス。オレ、二度とアンタとはしないから」
「…前もそんなこと言ってたじゃねーか」
「過去の話っスよ」
「…ハァ。そーかよ。…そんならそれでいいから、とにかくいっぺんウチに来い」
「行く理由が、」
「お前、ウチに忘れ物してったろ」
「え…?」
「服。それとパンツ」
「…んなもん、捨てりゃいいじゃん」
「オレのも返せよ」

ついにセコイことを言い出した火神に、ため息をつくしかない。
確かにあの日、オレは自分の服を火神ん家の洗濯機に放置して、代わりに火神の服を拝借して帰宅した。べつにブランド物でもなんでもない、安っぽげなシャツとジーパンとパンツだ。まぁ、オレも捨ててはいないけど。

「…分かったっスよ。行きゃいーんだろ」

本当は一時たりとも対面したくはない。こないだみたいに、その気になっちゃったらオレは引けない。
それに、オレがガマンしても火神がやる気になったら。拒絶出来るかどうかは分からない。
何しろオレは、火神とするまでセックスの誘いを一度も断ったことのない男だ。

だから本当は嫌だった。
嫌だけど、変に根に持たれても困るから。
わだかまりを失くすためいやいや応じると、火神は週末の帰宅時間を示してきた。




大人しく時間どおりに行くのが癪だったから、その日はわざと自主練の時間を伸ばしまくって、笠松センパイにいい加減に帰れって蹴られるまで体育館に残ってた。
のろのろと着替えて、学校を後にする。それから数メートルほど先で、停車していたミニバンの中から掛けられた声は、聞き覚えのあるものだった。

「涼太くん!」
「え?…あ、あぁ、…ども」

開いた窓の中にいたのは、3週間前にも会った美容師だ。
なんでこんなとこにいんのかって、理由は明白だ。オレに会いに来ただけだろう。
「この間はごめんね?これから時間ある?」
「あー、いや…、ちょっと約束あるんで…」
「そっか。どこ行くの?送ってくよ」
「いや、ちょっとこっからだと遠いんで、電車で」
「都内?」
「…まぁ、そっスけど」
「それなら帰り道だし、いいから乗ってよ」
「……はぁ」

いつになく強引な誘いを受け、しかたなく助手席に回り込む。シートベルトを掛けると、車はすぐに発進した。
行き先を聞かれ、素直に火神の家がある最寄の駅名を答える。すると相手は軽く笑い。
「ひょっとして、今日も例の練習台になりに行くわけ?」
「…え?」
「こないだウチ来た時、携帯で乗り換え時間調べてたじゃん。毎週通ってんの?」
「…そういうわけじゃないっスけど。つーか、人のケータイ覗き見しないで欲しいんスけど」

知らぬ間に盗み見されてたことを知って憤りを感じる。相手はまた笑いながら、感情の篭もらない声でごめんごめんと言ってきた。
「で、どーなの?」
「…何が?」
「練習の成果は。彼氏、ちょっとは上手くなってきた?」
「…だから、彼氏じゃねぇって。…誰が、あんなのと」
オレをイラつかせる目的じゃないのは分かってる。けど、軽薄な男の口調にはだんだんムカついてきた。
自然と口数が減ってって、適当な回答してくと、相手も空気を読んだのか。車内は静かになってった。


途中でコンビニ寄ってコーヒー奢って貰って、それを飲みながら車窓の外を眺めていたらだんだんと眠気が差してきた。
でも寝オチる前に、車は目的地へ到達したらしい。信号のないとこで停車して、声を掛けられる。
「涼太くん、着いたよ」
「ん…、…ここ、駅っスか?」
「栄えてない方だけどね。…大丈夫?」
「…ありがとっス。じゃあ」

確かに窓からは線路が見えるし、ちょっと先には駅前の明かりもあるようだ。降りようとしてシートベルトに手を掛けたとき。携帯が震えて、少し驚いた。火神からだ。

「もしもし?…いや、ちゃんと来てるっス、いま駅についたとこ。栄えてない方だって。…え?あ、うん、知り合いに、車で、送ってもらって、」
居場所を聞かれてぼんやりと答えてると、不意に手の中から携帯が消えた。視線を横に向けると、なぜかオレの携帯が美容師の手の中にある。そして。
「君、涼太くんの彼氏だろ?悪いけど、涼太くんちょっと遅れるから。…大丈夫大丈夫、涼太くん体力あるし、一回オレとヤった後だって、君にもしてくれるよ」

そう言って携帯を後部席に投げた男のことを眺めながら、なんとなく。自分の置かれた状況って奴を察した。
たぶん、コーヒーに薬でも入れられてたんだろう。カラダがだるいのは、それを飲んだからだ。
そんでもって、オレを見て笑ってるこの男がオレに何をするのかも。分からないほど、世間知らずじゃない。

「…悪趣味っスね。薬入ってたら、オレ、動けねっスよ?」
「いいよ、今日は。…涼太くん、一方的にイジられるのが気に入ったんだろ?オレもそういうの、キライじゃないからさ」
「……」

そういうの、が好きかどうかは、ハッキリ言ってよく分からない。
だけど多分、平気、だとは思う。
男の手がオレの顎を固定して、キスしてきても。何も思わないから。

火神にされた時みたいな感じが、全然ない。
皮膚と皮膚が接触してる。それだけの状態で、体がどうこうなるわけじゃない。これが、普通の反応だ。火神とした時のアレが異常だっただけだ。
力の入らない体をシートごと倒されて。制服のボタンを外されてっても。何も、おかしいことなんて起きなかった。
「…涼太くん、」
荒い吐息混じりの声で名前を呼ばれても。どこを触られても、舐められても、何も感じない。ただ、デカい男がセックスするにはこの車の中は狭過ぎるんじゃないかなって思うだけで。相手がなんで興奮してんのか、オレには分からない。
というより、むしろ。

「…なんか、気持ちワリィっス」
「え?」
「触り方がマズイんスかね?アンタ、ヘタクソになったんじゃないっスか?」
「……そうかな?これじゃ感じない?」
「全然。…でも、別にいっスよ。オレは…気持ち良くなくたって」

もともとこいつとする気はなかった。エロい気分にもならないし。勝手にどうぞって気で言ってやる。
すると相手はちょっと困ったような顔をして。オレの下半身を撫でてきた。

「…やっぱダメかぁ。だったら、いつもみたく手っ取り早くしちゃった方がいいよね」
「……」
「あ、良かった。こっちは反応してる」

ズボン越しに撫でられて、少しぞわぞわした。そこは男の性感帯なんだから、触られれば反応すんのは当然だ。
なのに得意げな顔をしているのがムカついて、殴ってやろうかと思った。だけど腕が上がらない。薬の効果を思い出して、奥歯を噛む。
「…触んなよ」
腕の代わりに口で抵抗を示すと、男はニヤリと口端をあげた。
「何言ってんの、いまさらじゃん」
「…やっぱやめっス。アンタとは、したくない」
「…どういうこと?」
「しねぇっつってんだろ、離れろよッ!」

気持ち良くないだけなら、耐えられる。でも、気持ち悪いって方向になったら話は別だ。絶対にしたくなくなった。
口調を荒くして怒鳴ると、相手は少しビックリした顔をした。けど、オレから離れる気はないようだ。
「涼太くんさぁ、自分がどういう状況か分かってんの?…オレに命令出来る立場じゃねーよなァ?」
「はぁ?…ッ、う…?!」
「ワガママこいてんじゃねーよ、クソガキが」

口調が豹変したのは、相手も同じだ。どちらかと言えば穏やかなこの男が苛立ちを滲ませた顔で吐き捨てながら、オレのズボンの中に手を突っ込む。握られて、変な汗が出た。
「なっ…、や…」
「一丁前に拒否ってんじゃねーよ。お前、セックス好きなんだろ?」
「ぅあ…、っ、…!やめろ…ッ」

数回擦られた後、男の手が下がり、穴に指を宛がう感覚にオレは拒絶を訴えた。
せいいっぱいの力を振り絞って腕を持ち上げ、男の肩を掴む。
「い、れんな…ッ!離せ、…いッ!」
だけどこんな弱い抵抗が、素面の相手に通じるはずもなく。中に指を突き入れられた途端、背中に冷たいものがぞわりと走った。
「う…、ァ…ッ」
それは、いつもする時とは全然違う感覚だ。中で気持ち良くなる事を知っているはずのオレは、指一本の異物感でどうにかなることはない。
なのに今は、強い嘔吐感が胃の奥から込みあげてきて。咄嗟に相手の肩を掴む手を離し、そのまま口を覆った。
「…っ、ざけんな、…抜け、よ…ッ」
訴えは、聞き入れられない。
右足を持ち上げられ、足を開かされる。オレにとっては広いと言えない空間で窮屈な体勢を取らされ、指は強引に捻じ込まれる。
痛みと吐き気と息苦しさしか与えられない、この行為にオレは、初めて。

「…た、のむよ…、マジ…、やめて、くれ…」

人生で、初めて。
セックスに対する恐怖を、感じた。










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