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▼ ちょっと甘くて、ちょっとほろ苦い。





何日か前から言ってた甲斐あって、バレンタイン当日の朝、赤ちんはオレにチョコをくれた。
箱は小さいけど誰もが知ってる高級ブランドの名前が入ってたのでちゃんとバレンタインの意味を分かってくれてんだってほっとした。
なにしろ、最初にバレンタインの話題を出した時は本当に、は?って顔されたから。
説明すんのめんどくさかったな。チョコを食べたいなら今日の帰りにコンビニで買えばいいだろうとか言ってたし。
男心っつーか、人間の心を理解できない赤ちんが、バレンタインデーにオレが好きな人から特別なチョコを貰いたがってるってことを理解できたのは大きな成果だと思う。

でもその努力の成果は、すぐにぼろぼろ崩された。

「真太郎、これを」
「何だ?…!…赤司、キサマ…」
「バレンタインデーだからね。いつも部を支えてくれてありがとう」
「……」

オレの目の前でミドチンを呼び止めた赤ちんが、オレに渡したのと同じ箱をミドチンに手渡している光景はなかなかに泣きたくなった。
この人に人間の心を理解して貰うなんて、最初から馬鹿げた幻想だったのかもしれない。



「オレも貰ったっス、赤司っちから!このチョコ、ウマいんスよねー!」
「…ああ、そう」
「ボクもいただきました。レギュラー全員に配布したみたいですね」
「え…、マジで?」
「赤司っち時々むちゃくちゃ几帳面なことするんスよね。つーかこういうのはマネージャーの役割だと思うんスけど…」

昼休み、知りたくなかった真実を聞いてたら、何気なく黄瀬ちんが一般論的なことを言い出す。すると一緒にいた黒ちんと峰ちんが揃ってぎくりとした。
マネージャーか。去年はさっちんが手作りチョコを配布してたっけ。なんか見た目グロかったからオレは貰わなかったけど。

「…一応、さつきの奴、今年もチョコ作ってたぜ」
「え?そーなんスか?」
「…はい、ボクも今朝いただきました」
「えー、青峰っちと黒子っちだけ特別っスか?いいっスねー!」
「…やろうか?」
「…ボクのも、あげます」
「…いや、遠慮しとくっス。桃っちの気持ちは二人で全力で受け止めてあげるべきっス」

げんなりとした様子の峰ちんと黒ちんに黄瀬ちんはさっちんから手作り菓子を貰うことのキツさに気付いたらしい。引き攣った表情で辞退して、それから。馬鹿みたいに明るい声で締めくくった。

「うちの主将が気のつく人で良かったっスね!」




料理の才能皆無の女子マネージャーの代わりに、既成の高級チョコを部員全員に配布する主将。それはそれで、優秀なことかもしれない。
もしかしたら赤ちんは事前にさっちんに、チョコは自分が用意するから頑張らなくていいとか何とか言ったのかも。そうやって、去年みたいにハラを壊す部員を最小限に抑えた。うん、有り得なくもない。
オレが根気良くバレンタインについて説かなくても、赤ちんは元からチョコの配布を考えていたのかも知れない。って考えると、がっかり度が増してくる。

さらに言えば放課後練習前。部室のドアを開けようとして聞こえてきた、ヒラ部員複数名のこんな会話が。

「主将からチョコ貰った?」
「え?貰ってねぇけど…。何それお前…!」
「朝練の片付けの後、貰っちゃった…」
「マジかっ?!それよく見せろ!」

手を掛けたドアノブをへし折りそうな気が予感がした。
赤ちんが部員にチョコ配りをしてるのは知ってたけど、それって同級生とかレギュラー限定とかじゃなかったの?しかも貰ってる奴とない奴がいるって。何基準だよ。
もしかして赤ちん、ヒラの中に気に入った部員がいて、そいつにチョコ渡すためのカモフラとしてオレらにも配ったとか…。

「これ、すげぇ高い奴じゃん!…ひょっとして、本命なんじゃ…」
「いや、オレだけじゃなかったし。一緒にいた奴も貰ってたからさぁ…」
「なんだよ。そんじゃ今朝たまたま片付け当番だった奴に配布してたの?」
「たぶん…。オレもちょっとドキっとしたけど。赤司主将、真顔で差し出してくるんだもん」
「いーなー、オレも主将からチョコ貰いてぇー…」

配布基準が判明したところで、まぁそんなとこだろうなって思ったけど、その後に続いたもらえなかった部員の言葉はちょっと聞き捨てならない。
赤ちんからチョコ貰いたかった?そんなもん、簡単に貰えるわけないじゃん。オレだって苦労してバレンタインの説明して赤ちんにおねだりしてようやく貰えたってのに。簡単に。

…簡単に、他の奴らに配ってんじゃねーよ。
欲しいって言ったのは、オレなのに。
レギュラーの奴らに渡すのはまだいい。そこそこ赤ちんのことを知ってる奴らだから。
でも、ヒラ部員にまで配ったらああやって一瞬でも本命かって勘違いする単純な奴らがいる。一瞬でも。赤ちんが自分を好きかもって思わせるような時間を他の奴に発生させたのがオレは気に入らない。

ドアを蹴り破ってこの中にある赤ちんのチョコを強奪してやろうか、と考えたところで後ろから声が掛けられた。

「そんなところで何をしているんだ?」

オレをムカムカさせる張本人の、淡々とした冷めた声だ。




部室の中にいた部員を全員追い出して、代わりに赤ちんの腕を掴んで引きずり込んでドアの鍵を閉める。
そんなオレの暴動に驚いている赤ちんに、何から説明しようかな。
いやその前に。なんで今、赤ちんは両手に小さい箱がいっぱい入った紙袋を持っているの?って質問するべきかな。

「それ、何?」
「え?…あぁ、これは先ほど届けて貰った配布分だよ。当初は一部の同学年部員に配布すればいいと考えていたんだけど、偶然居合わせた後輩にも渡してしまったからね。全員に配らなければ不公平だ」
「へぇー。…優しいね、赤司主将は」
「怒りを抑えて言う台詞じゃないな。…何を怒っているんだ、敦。お前にも渡しただろう?以前から欲しがっていた…」
「うんそーだよ、オレは赤ちんからバレンタインチョコが欲しかった。貰えて、すげー嬉しかった。でも、いまは全然嬉しくない」

正直な気持ちを伝えると、赤ちんの目がぱっと見開かれた。
これ、驚くところじゃないから。普通だから。オレじゃなくても普通の人は絶対こう言うから。

「むしろむちゃくちゃ腹立ってる、赤ちんに。なんでか分かる?考えてよ」
「敦…?」
「わかんないならヒントあげるよ。赤ちん、その紙袋床に置いて」

唖然としてオレを見上げてる赤ちんにじりじりと近付いて、言うことを聞かせる。赤ちんは大人しくオレの指示に従い、両手を塞いでた荷物を床におろした。
その事実を証明するために両手を上げた赤ちんは、警察に銃を突きつけられた犯人みたいになっていて。オレが近付けば近付くほど後退してるけど、すぐに背中を壁にくっつけてた。
「なんで逃げんの、赤ち〜ん?」
「…逃げているわけじゃないけど。敦こそ、どうして僕を追い詰めようとしているんだ?」
「ヒントあげるって言ったでしょ。ほら」

追い詰められてる自覚はあったんだ?だったら話は早い。両手を伸ばして赤ちんの手首を掴み、びたんと顔の横で壁に縫いつける。脅迫か、カツアゲでもするみたいに。

「何日も前からオレが根気良く赤ちんに説明した内容、思い出して」
「説明の内容…?…バレンタインについての話…か?」
「そう。バレンタインって何の日だっけ?」
「チョコをプレゼントする日だろう?」
「どんなチョコ?」
「コンビニでは販売されていない、贈答用のチョコだ」
「誰に、何のためにあげるの?」
「日頃世話になっている人間へ感謝の意を伝える機会や、…好意を寄せる人間への愛情表現の機会として」
「オレは、どっち?」
「敦は、」

ヒントの提供というより、もはや尋問状態になっている数々の質問に順調に答えていた赤ちんの口の動きがここで止まる。
言えない、とは言わせない。だってオレ、事前に何度も正解教えてるもん。忘れた、とも言わせない。赤ちんの暗記能力が半端なく優秀なことはバレてんだ。

さあ答えて貰おうか。
今日の赤ちんの行動の、何がいけないことなのか。

「どっち?」

気迫を込めてもっかい訊く。
すると赤ちんは滅多に逸らすことのない視線を斜め下に落として。

「…どうしたらいいのか、分からなかったんだ」

思い詰めた声で、真相を暴露した。



この国のバレンタインデーの風習はよく知ってる。
毎年紙袋一つじゃ納まりきらないくらいのチョコを貰っている赤ちんだ。知らないわけがない。でも赤ちんは生まれてこの方ずっと貰う側の人であり続けた。
男からチョコをくれと迫られたのは人生において初めての経験であり、渡し方に困惑したっていうのは、分からなくもない。

それならそれで、自分は男だからバレンタインチョコを買う気も渡す気もないってきっぱり断ればいいのに、なぜか赤ちんはそうしなかった。
なんで自分が男にチョコを渡すんだ?って疑問を持ったまま、考えに考え抜いて。
そしてこの優秀な脳みそが導き出した答えは、「自分はバスケ部の主将だからだ」っていう。

「え、なにそれ、どーゆー?」
「…主将として部員に日頃の労いの意味を込めてプレゼントを配布する。それなら、違和感なくお前にバレンタインチョコが渡せると思ったんだ」
「……あぁ、なるほど。だから部員全員に公平に配らなきゃならなくなったわけね」
「そういうことだ。分かったらこの手を、」
「全然分かんねぇよ!どこの男子バスケ部主将が部員全員にバレンタインチョコ配んだよ!聞いたこともねーしそんなご褒美!」

黄瀬ちんの言ってた通り、そういうのは女子マネの仕事だ。
いくらうちの部のマネージャーが料理オンチで病院送り一歩手前の菓子を作るような女だからって、赤ちんが代役する必要は全然ない。なんでそんな思考に至った?赤ちんの考えが全然分からない。

…いや、分からなく、ない。

「…あのさ、赤ちん。言って良い?」
「なんだ?」
赤ちんだって、そこまで非常識な人じゃなかったはずだ。
なのにこんなことになってしまったのは。その理由って、やっぱり。
「…そのむちゃくちゃな理屈は置いといてさ、要は赤ちん、オレにバレンタインチョコくれたかったってことでいんだよね?」
もしかしなくても、すぐに答えは現れた。赤ちんの滅多に動じない表情に。どっちかって言うと色白な頬や耳の色に。
「赤ちん?」
「……あげたかった」

でも口で言って欲しかったから敢えて掴んだ手首をぎゅっとする。そして吐かせた。赤ちんの本音。

「限りなく自然な形で、お前にバレンタインチョコを手渡したかった」


人間の心が理解出来ない赤ちんが、それなりに考え抜いた結果だ。
もやもやさせられはしたけど、この言葉が聞けたのは嬉しい。ちょっと脱力して、赤ちんの額に自分の額をこつんと合わせる。
「敦…?」
「わかった。オレの説明不足だった。あのさ、赤ちん。来年からはオレ、チョコいらないから」
「え…」
「代わりに、これして」

最初から、チョコじゃなくてこっちをおねだりすれば良かった。
そうすれば赤ちんは主将の立場をダシにするなんてこと、思いつかなかったかもしれないね。

目を見開いたままの赤ちんにキスをする。
すると赤ちんはキョトンとした顔でオレを見てこう言った。

「…本当にこんなもので、良かったのか?」

来年のバレンタインは、必要以上におねだりしないようにしてみよう。
それで赤ちんが自主的にキスしてくれようものなら、今年のオレの努力はきっと報われる。
その効果を期待して。今のうちに、念を押す。

「いーの。オレが欲しいのは主将からの労いじゃなくて、好きな人からの愛情表現なんだから」

どうかオレの好きな人が人間の心をちゃんと理解してくれる日が来ますように。











「つーことで、あの追加分は全部オレが貰うからね」
「え…、いらないと言ったじゃないか」
「今年分は無効でーす。…これ以上勘違い部員を増やすわけにはいかないっしょ」
「?」
「こっちの話。…そういや赤ちん、貰った分はどーしたの?」
「今年はすべて断ったよ。…お前がいるのに、他人からの好意を受け取るわけにはいかないだろう」
「え?」
「…なんだ?」
「あ、いえ。…うん、…ごめんね?赤ちん」
「?それは何の謝罪だ?」

赤ちんが生まれてこの方ずっとバレンタインチョコを貰う側の人間だったってのは知ってた。
普段の告白はろくに聞きもしないくせに、バレンタインだけは差し入れを受け取る人だってことも。
そんな赤ちんがすべての好意をオレのために自主的に拒絶した今年のバレンタインは。

初めて赤ちんがオレに対する愛情表現を見せた、記念すべき重要な一日となったみたい。





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