krk-text | ナノ


▼ 火黄




「オレ、アンタのこと大嫌いっス。暑苦しいし、眉毛ヘンだし、黒子っちいないとなーんも出来ないヘタレ野郎なんスもん」
「…あ?オイ、今なんつった」
「何度でも言ってやるっス。オレはアンタみたいな口だけ野郎は大っ嫌いっス。悔しかったらオレに1on1で勝ってみろ、バァーカ」
「あぁ?!上等だコラ!こっち来い!相手してやらぁっ!」


…という、夢を見た。



朝から最悪な気分で体育館に入ると、早速の指摘が黒子から飛んでくる。
「また寝不足ですか?いつまで試合の余韻を引きずってるんですか…」
「うっせーな…。べつに、そんなんじゃねーよ」
「…あまり飛ばさないように気をつけてください。朝から倒れられてしまっても、困りますから」

先日、全国強豪校である海常高校との練習試合を終えてから、オレは悪夢に魘されるようになった。
試合には辛くも勝利したのだが、どうしても払拭出来ない悪い印象がある。黄瀬涼太という男の、第一印象だ。

練習試合の日程が決定し、うちの体育館に現れた黄瀬の印象が良好だった奴なんてうちの部には一人もいない。1on1で圧倒的なレベル差を突きつけられたオレなんてのはその代表格だ。
カントクが怪物と称したその男は、試合中にも異才を発揮した。
試合に勝利した今でも、オレ自身はあいつに勝てたとは思っていない。むしろ、今1on1でやり合ったとしても最初と同じ結果に終わるかもしれないという焦りはある。どれほど勝ちを望んでも。実力差は、まだまだデカい。

引きずっている。
未だにあいつの夢を見てしまうのは、黒子の言うとおりなのだろう。
そしてこんな夢を見れば見るほど。

オレは黄瀬に対し、ムカつきを高めていく。



「言ってもいいですか?黄瀬くんは確かに強気で挑発的なところがありますけど、火神くんの夢の中の黄瀬くんはかなり脚色されていると思います」
「…いや、んなことねぇだろ。あいつヤな奴じゃん」
「いい奴とはボクも言えませんけど、…ボクが見ていた限り、黄瀬くんはもう少し火神くんに対して友好的だったと思いますよ?」
「…そーかぁ?」

毎日飽きずに黄瀬のどんな夢を見ているのかと黒子に問われ、ありのままを話す。すると黒子はオレの夢の中の黄瀬をきっぱりと否定した。

「あまり長くは話していないので、悪い印象が極端に肥大化してしまったのかもしれません。もう一度黄瀬くんに会えば、それも払拭出来るんじゃないですか?」
「は?…いや、べつに払拭出来なくても、あいつがオレの夢に出て来なくなればオレはそれで…」
「夢の内容なんて誰にも操作できませんよ。だったら、印象を変えて悪夢を軽減させた方が手っ取り早いと思います」
「…ふーん。だったら、」

と言うわけでオレは再び黄瀬とコンタクトを取ることになった。
我ながら単純なことだと思う。後から思えばの話だが。



かくして、黒子が呼び出した黄瀬はオレの夢に登場する時と同じ姿形を成していた。

「黒子っちからお呼び出しなんて人生初っスね!何スか?デートのお誘いっスか?最近オレ忙しいんで、ちょっと待たせちゃうかもしんないっスけどそれでもいいなら…」
「だそうですよ、火神くん」
「え?火神…、っち?おぉ!火神っちも一緒だったんスね!」

駅前のマジバで待ち合わせをし、先に黒子に席確保をさせた上で黒子と自分のオーダー分を受け取りに行って戻れば、やたらと目立つその男が友好的に黒子に話し掛けていた。
トレイをテーブルに乗せ、椅子を引く。テーブルの上がバーガーの山になっているのを見た黄瀬は、目を見開いて、おー…と感心していた。

「話には聞いてたっスけど、マジよく食うんスね…。あれっスか?育ち盛りってやつっスか?」
「あーそーだよ」
「オレも一個貰おー。あ、で?オレ、なんで呼び出されたんスか?」
「火神くんがどうしても君にもう一度会いたいと」
「言ってねぇ!!黒子、お前が勧めたんだろうが!」
「そうです、火神くんには黄瀬くんがお勧めかなって思いまして」
「おい待て!その言い方やめろ!オレが黄瀬と付き合いてぇみてぇな言い方すんな!」
「いえ、ボクそこまでは…」
「なんか息ぴったりっスね、二人。コントみたいっスー」

淡々とした黒子の説明にツッコミを入れまくっていると、勝手にオレのバーガーにかぶりついた黄瀬が能天気なことを言っている。なんだこいつ、意外と冷静じゃねーか。
こんな話をしていれば、嫌そうに顔を顰めるかと思っていた。夢のように。
呆気に取られて黄瀬の顔を凝視していると、視線に気付いた黄瀬がオレを見て首を傾げる。
「何スか?オレの顔に見惚れてる?」
「見惚れてねぇ。…あのさ、お前」
「ん?」
「…オレのこと、嫌いだよな?」

悪い印象が極端に肥大化している。黒子の考察は正しいのかもしれない。
オレの質問に、黄瀬はあっさりと。首を横に振って、答えた。

「全然嫌いじゃないっスよ。まぁ、ライバルとして認めてるんでそういう意味だとあんま友好的なのはどーかと思うっスけど、火神っちのキャラは割と気に入ってるし、むしろ、好き、」

すらすらと述べていた。黄瀬の言葉が急に停止した。
なんだ、と思い目を凝らす。あー、と続きを濁した黄瀬は、それから。

「っていうのは、べつに、変な意味じゃなくて!」

妙に焦った様子で、聞いてもいない言い訳を付け足した。





「良かったですね、両想いじゃないですか」
「…変な意味じゃねぇっつってただろ。つーか、オレは黄瀬に片想いなんかしてねーぞ」
「黄瀬くんはストレートな人なので、ああいう風にわざわざ言い訳したってことは、逆に変な意味だと捉えて問題ないと思います。好意を伝えるうえであんなに焦ってる黄瀬くん、ボクも初めて見ました。あれは当確です。いけますよ」
「…どこに行けるっつーんだよ」

バーガー一個を食いきった黄瀬は、話はそれだけかと黒子に問い、それだけですと言う素っ気無い回答を受けてさっさと店を出て行った。
なぜあいつがあんなに焦っていたのか。黒子の見解が正しくないことをオレは祈る。

「でも、印象はだいぶ変わったんじゃないですか?」
「…あぁ。そんなにヤな感じじゃなかったしな」
「いい夢が見れるといいですね」
「…あいつの夢を見なくなるのが目的だったんだけどな」

夢の内容は誰にも操作出来ない。
ただし、深層心理に刻まれた他人の印象は、操れることもある。

その効果を知るのは、早くも翌朝。
オレはまた、黄瀬の夢を見た。




「火神っちは、黒子っちと付き合ってるってわけじゃないんスよね?」
そいつは真面目な顔をしてアホな質問をオレにする。呆れながら、んなわけねぇだろと答えると。
「…良かった。…何かさ、二人見てたら試合以外でも割と息合ってるし、…オレ、不安になっちゃってたっス」
「は?それどういう…」
「言えねっスよ。…火神っちは、オレのライバルっスもん」
「黄瀬…」
「……オレに、好きだなんて言われたって…、困るっしょ?」

視線を斜め下に落とし、いじらしげにそう訊ねる黄瀬を見て。
ドクンと、強く鼓動が跳ねる音に突き動かされるようにオレは黄瀬の体を強く、




…という、最悪な夢だ。





さらに悪いことが数日続いた。
この悪夢は、進化する。日を追うごとにエスカレートしていく夢の内容は、もはや黒子に打ち明けるわけにはいかなくなり。
一週間も経てば、起き抜けからパンツを濡らす事態にまで陥っていた。


(オレ、火神っちのこと全然嫌いじゃないっスよ)
(むしろ、好きっス)
(当然、そういう意味で)
(だからさ、火神っち…)

(オレのこと、抱いてくんないっスかね?)


「うわぁあああああああっ!!!」
「どうした!火神?!」
「へ?あ…、いや、なんでもないっス、スイマセン…」

壮絶な色気をはらんだ表情で迫ってくる黄瀬の夢は、明け方だけに留まらず。
午後イチの授業で転寝をしている最中も唐突に出現するので、オレはおちおち眠れなくなっていた。





「めちゃくちゃ悪化してますよね。そんなに黄瀬くんのことが気になるんですか?」
「…いや、つーか…、…黒子!お前があんなこと言うからなぁっ」
「あんなこと?」
黄瀬がオレに片想いをしている。そう言ったのは黒子だ。黒子のせいで、オレはこんなにも深刻な寝不足状態に陥っている。
…というのはただの八つ当たりだと分かっている。黒子を責めるのはお門違いだ。
「…毎晩どころか、昼間の夢にまで出てくんだよ、あいつ。出しゃばり過ぎじゃねぇ?」
というわけで八つ当たりの矛先はここにいない相手に向ける。
黒子は渋い表情でうーんと唸った。

「やっぱりここは、はっきりさせた方がいいんじゃないですか?」
「は?はっきりって、何を…」
「黄瀬くんに、伝えてしまうべきだと思います。四六時中君の夢を見ていると」
「ば…っ、言えるわけねぇだろ?!それじゃ、オレがまるであいつのこと…」
「嫌いなんですか?」
「き、…らいじゃねぇけど。…つーか、あいつが嫌がるに決まってんだろ。普通に女にモテる奴だし、男に好かれたってあいつは…」
「嫌なら嫌とはっきり言いますよ、黄瀬くんは。…火神くんだって、そうならそうと答えて貰えればラクになれるんじゃないですか?」
「……」

黒子の言い分は一理ある。
確かに、ここ最近のオレの夢は、黄瀬がオレを好きかも知れない、という仮定から生じたものだ。
あいつが。はっきりとオレをフってくれれば。こんな期待に満ちた夢は見なくなるかも知れない。

オレが黄瀬をどう思っているかなんざ、この際二の次だ。
まずは。あいつがオレをそういう風に思っていないということをはっきりとさせる。そうすれば、少なくともこの悪夢の無限ループは途絶えるかもしれないとオレは思った。





…わけなのだが。





「あれ?火神っち?黒子っちは一緒じゃないんスか?」
「…あぁ。急に用事が出来たんだと。…まぁ、座れよ」
「そんじゃ遠慮なく…、って、また凄い量のバーガーっスね。貰っていい?」
「いーよ、食えよ」

何度目かの黒子の呼び出しにあっさりと応じた黄瀬と、例のマジバで再会する。
黒子の姿がないことを怪訝に思ったようだが、黄瀬はオレの求めに応じ、すんなりと向かいの椅子に腰を落ち着かせた。

「何気に火神っちと二人きりで会うのって初っスね。何話そう?」
「二人…きり…?」
「え?あ、違った?…いやいや、違くないっしょ?……誰もいないっスよねぇ?」

黄瀬の発言で意識をしてしまったオレの態度を、黄瀬は勘違いしたらしい。べつにホラーな話はしなくていい。

「あ、あのな、黄瀬。…今回は、オレがお前に聞きてぇことがあって呼び出して貰ったんだ」
「火神っちが?何スか?なんか気になることあった?」
「あぁ、めちゃくちゃ気になってる。…しょっちゅう夢に見るほどに」
「えー、マジっスか。そりゃさっさと解決したいっスね。いいっスよ、何でも聞いて」
「お前、オレのこと」

テーブルの下で握り締めた拳の中がやたらとぬめっている。物凄い汗だ。べつに、告白をするわけでもないのに。
ただオレは確認したいだけだ。そして安眠を手に入れたいだけだ。緊張なんて、しなくていい。

オレをラクにしてくれ、黄瀬。

「…好きになったりしねぇよな?」



やった。言った。
これでオレの悪夢ライフは終了する。
妙な期待は砕け散る。黄瀬がオレを好きなんて、そんなはずがあるわけない。
黄瀬はオレに迫らない。黒子とオレの仲を疑って不安そうにすることもない。今夜から、オレは。


「…わっるい男っスねー、火神っち。…そういう聞き方、フツーする?」
「……へ?」

だが黄瀬は。ぶふっと吹き出して、けろりとんなことあるはずねーっス!と言うはずだった黄瀬は。
実に険しい表情で、鋭くオレを睨みつけていた。

「き、黄瀬…」
「大っ嫌いっスよ。そんな、逃げ腰な質問でオレの気持ち確かめようとしてる火神っちなんか」
「は…?いや、オレは…」
「オレが好きな火神っちは、堂々としてて、誰を相手にしても物怖じしなくて、真正面からぶつかってくる生意気で無鉄砲で根性と底力のある男っス」
「……え」
「…ガッカリっスよ。…絶望的にイメージダウンっス。…オレの、理想の火神っちは…」
「ま、待て!黄瀬!お前今…っ」
「え?……っっ!!」

聞き捨てならない発言が、あった。
そこを聞きなおすために唇を尖らせてオレをこき下ろす黄瀬を遮ると、途端に黄瀬ははっとした表情で口元を押さえた。

「あ、いや…、今のは…っ」
「…お前、オレのこと好きだったのか?」
「す、きじゃないっスよ!全然!これっぽっちも!勘違いっス!オレは…」
「待てよ、もっかい聞くぞ」
「いや、いいっス!オレこれ以上アンタの印象落としたくな、」
「お前、オレのこと好きだろ?」

しっかりと黄瀬の見据え、逸らすことを許さない。
すると黄瀬はその目から戸惑いの色をなくし。
諦めの境地に達した。そんな表情で、呟いた。

「…ぶっちゃけ、自分でもよく分かんないんスよ。アンタのこと、どー思ってんのか。…ただ、…気になってることは確かっス。…もしアンタに好きだって言われたら、…まぁ、いいかなって思っちゃうくらいには」


悪い男。それはどっちだと、黄瀬の胸倉を掴んで問い質したい。
オレは黄瀬にフラれたかった。悪夢の連鎖を断ち切って欲しかった。それなのに。

こんなどっちつかずのことを言われては、今まで以上の期待を持つより他はない。


「…この話はもうやめよ。なんか、…変な気分になりそ」
「黄瀬」
「…何スか」

これは、圧倒的に黄瀬が悪い。
変な気分になりたくないなら、はっきりと拒絶するべきなのに。そうしない、黄瀬が。

「かが…、」
「オレは、お前が好きだ」


夢よりも。
真っ赤になって返答に詰まるその表情を可愛い、とオレに思わせる。
お前がすべて、悪いんだ。










「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -