krk-text | ナノ


▼ 2





逃げんなよ、と部屋を出て行く黄瀬に声を掛けてから数分。
黄瀬の姿が見えなくなり、少しずつ頭が冷えてきたオレは、この状況の異常さを改めて痛感している。
逃げんなよ、って何だ?オレ、何言ってんだ?
べつに黄瀬が逃げようが、今までの暴言を撤回して冗談でした、ふざけてサーセンと舌を出して謝ってきても、構わなくないか?
たしかに黄瀬にはやらかされた。ムスコをほぼマックスに近い状態まで育て上げられ、挑発的な発言と表情でのっぴきならない状態にされた。その責任をあいつに取らせるのは自然の流れだ。…いや、待て。自然か?これ。

冗談にしてもいいだろ。このまま黄瀬が逃げ帰っても、中途半端に煽られたコレは自力で処理すればいいってだけの話だ。黄瀬がいなくても、何とかなる。
むしろ、冗談にするべきだ。黄瀬がどういうつもりであんな行動をしてきたかはこの際どうだっていい。いつもの軽口の延長でオレをからかいたかっただけと思えば、一発殴れば許せる。
いくら黄瀬のツラがアレで、咥える表情にムラっとして。キスして生肌を撫でてその気になったとは言え。
黄瀬は男で、他校のエースで、ライバルで、バカで、下ネタ発言に特化したゲス野郎で。

「……」

セックスに、馴れている。
男同士のそれについても。まるで抵抗はない様子だった。
おそらく経験もあるのだろう。それも、一度や二度じゃない。
でなければ同性の性器をあんな余裕ヅラで咥えるマネなんて出来るはずはない。あんなエロいツラ。…今まで、どれだけの男に見せてきたのだろう。

そこまで考えたところで、一度は沈静化したはずのあらゆる衝動が再び活性化し始める。
冗談じゃねぇ。あんな風に弄ばれて、ただで帰してやるか。

決意を固めたそのタイミングで、部屋のドアが開く音を聞く。
視線を投じると、そこには黄瀬が。

「…準備は出来たかよ?」
「…そっちこそ。萎えてないっスよね?」
「あぁ。…来いよ」

のろのろとベッドに乗り上げてきた黄瀬の腕を掴み、一気に沈める。
無抵抗の黄瀬は大人しく、再びパンツをはぎ取っても暴れることはなかった。
足を開き、指で確認すると、たしかなぬめりがオレの指を奥に招きこんだ。
マジで馴らしてきやがったな。人差し指はスムーズに進入していく。

とは言え、中は想像以上にキツかった。
指一本収めるのがやっとの狭い穴に、自分のモノがハマるとは到底思えない。もう少し広げとく必要があるな、といったん指を引き抜き、中指を揃えて差し込む。黄瀬の足が跳ねた。
「ちょ、火神っち…ッ!何いじってんスか!」
「…は?いや、このままじゃ挿れらんねーじゃん」
「そ…そっスか?…なんだ、指一本入ればいけると思ったのに」
「…黄瀬?」
独り言のように呟いた黄瀬の言葉に引っ掛かりを覚えて顔を見ると、はっとした表情で黄瀬は自らの口を手で塞いだ。
「な、何でもねっス!今までは、これだけ馴らせばすぐ突っ込めたってだけで、加減を知らなかったわけじゃ…っ」
「…今まで粗末なモンしか突っ込んだことねぇんだろ、どうせ」
「う、うん…?あ、いや、うん!そ、そういうことっス!火神っちのはデカイから、ぶっちゃけオレも馴らす程度がわかんなくて!」
「ならこっちで調整してやっから、力抜いてろ」
急に慌て出した黄瀬の様子はおかしいと思ったが、そういうことなら納得できる。こいつは個体差があるし、オレのは自分で言うのもなんだが、まぁ、デカい。
百戦錬磨の黄瀬の予想をも覆すサイズを誇りに思いつつ、差し込んだ二本の指を中で動かす。べたべたに塗りこまれた謎の液体のお陰で指はよく滑った。
手っ取り早く解そうと思い、埋め込んだ指を引っ掻き回して引き抜いたところで黄瀬の腰がびくんと跳ねる。その反応にビビって顔を上げると、黄瀬は口どころか顔全体を両手で覆って隠していた。

「な、何だよ…。どっか痛めたか?」
「あ…、う、ううん、い、痛くはないっス…。大丈夫だから、続けて…、いっスよ」
「…痛いんならはっきり言えよ。オレ、分かんねぇからな」
「ん…、あ…ッ!ちょ、ちょっと待ったッ、そ、そこ…っ」
「は?」

続けろという黄瀬の言葉を素直に受け取り、同じ動作を再開させると再び黄瀬の腰がビクついた。今度は制止の声もあったので、大人しくそのまま手を止め黄瀬の顔を仰ぎ見る。
「ここ、触ると痛ぇの?」
「…い、たいんじゃなくて…、なん、か…」
「分かった、なるべく触んねぇように…、…ん?」
声と手を震わせて訴える黄瀬に内心ビビって気を遣おうとして、視線を下に戻して気づく。
穴にばかり意識が行っていて忘れていたが、さっきまでとは形状の異なるそれが視界に入り。「痛いんじゃない」の意味が、分かった気がした。
「…お前、これ、感じてんじゃねーの?」
「…感じてねっス。全然、気持ち良くなんか…」
「いやいや、だって」
勃ってんじゃん。これ、あれだろ。噂に聞く。
「…前立腺って、こんなとこにあんだな?」
「ひぁッ?!ちょ、火神っち…ッ、まじやめ…っ」
「なんでダメなんだよ?…気持ちいいんだろ?」
「…ッッ!や、やだ…ッ、そこ、さわんないで…っ」

顔を覆ったまま腰をくねらせて逃げを打つ黄瀬の反応が面白くて、そこばかりをぐいぐい押してやる。
さっきまで余裕だった黄瀬が、オレの指で乱れてきているこの状況。楽しくないわけがない。
調子に乗ってやり続けたところ。

視界に黄瀬の手が入りこんできた。
その手は躊躇いもなく勃起した自分のブツを掴み、オレの眼前で激しく擦り始める。
「お、おい、黄瀬…、…ッ!」
片手が顔から外れた。それが何を意味するか。視線を上げれば、すぐに分かる。
「あ…ッ、ん、…っ、もぉ、むり…っでる!」
「き、黄瀬…ッ」
「や…っ、火神っちぃ…、み、みないで…ッ」

片手でかろうじて目元を覆ってはいるが、この時の黄瀬の顔は半端なかった。
見るなと言われても、視線を逸らせるわけがない。何だこの壮絶なエロさは。
両目をかっ開いて凝視する。一瞬たりとも見逃したくはない。黄瀬の。その瞬間を。

「あっ、ン…ッ、〜…ッッ!」


頬を紅潮させ、喉を仰け反らせながらイった黄瀬は、しばらく腰を震わせてから脱力した。
これはまずい、と頭の中で警鐘が鳴り続けている。とんでもないところを見てしまった。こいつは。
マジで、ヤバイ。

「すげーイキ方すんな、お前。…いつもこうなのかよ?」
「…ちょっとくらい盛大に喘いでみた方が、喜ばれるんスよ」
「…へぇ。演技ってことか」
「……」
だとしたらすげぇな、お前。天才女優だ。
お前の演技で、こっちはすっかり盛り上がった。

「う…、ッ、ま、待って、火神っち…!や、やっぱ…」
「あ?何だよ」
「…そ、その…、足、離してくれ…」

力の抜けた黄瀬の両足首を掴んで膝を折り曲げ、開いた股の間にポジションを張る。念のため、ザーメンが伝ってる穴に軽く指を潜り込ませ、固くなっていないことを確認し。
こっからが本番だってところで、再び黄瀬の制止が掛かった。

今度は何だよ。穴は馴らしたし、いい感じにお前の体も弛緩している。もう前処理は済んだだろ。
そう言うと、黄瀬は首を振って否定した。

「ご、誤算が…発生したっス」
「…は?誤算だ?」
「…こ、これさ…、思ってた以上に…、その、……は、恥ずかし…」



消え入りそうな声で言う、黄瀬の言葉の意味が分からない。
恥ずかしいと、聞こえた気がする。あ?何だって?聞き間違いか?

「…今更、何言ってんだお前…」
呆気に取られてオレは言う。顔を隠した黄瀬はぐっと歯を食い縛り、それから。
「しょーがねーじゃないっスか…、か、火神っちが…、変なとこ、触ったり、すっから…ッ!」
「……は?」
「初めてなんスよ!!」

そして突然、決壊したように黄瀬の口から悲痛な叫びが飛び出てきた。

「…突っ込んだら終わると、思ってたぁ…っ」

こんな話は、聞いてない。





「なんでフェラさせてくれちゃうんスかぁ…!普通、ぶん殴ってでも拒絶するじゃん!」
「し、知らねぇよ!お前こそ、なんで普通に咥えられんだよ!しかも平然と!そっからおかしいだろ?!」

ぐずぐずと鼻声を詰まらせながら喋る黄瀬の言葉が真実ならば、黄瀬は処女だ。
男に掘られた経験もなければ、掘ったこともない。試しに誘ったことはあるらしいが、落とすことは出来なかったと言う。いったい何の試しだ。

「そんなの、好きだからに決まってんじゃん!」
「は?!す、好きって…」

する前のやり取りを思い出す。
「好き」という言葉を黄瀬の口から聞くのは二回目だ。
告白なのかとオレが勘違いしたその形容動詞にくっついていた主語は、「セックスが」だった。
だが今回は違う。こいつが好きだと言っているのは。

「火神っちのことが好きなんスよ、オレ!だから、こんな一生懸命アンタの気を惹いてんじゃん!分かれよバカ!」
「ぎゃ、逆ギレしてんじゃねーよ…、何だよそれ、意味わかんねぇ…」
「分かるわきゃないっス、オレの気持ちなんて…。…言いたくなかったのに…」
「……」

今までの黄瀬の言動に、演技が混じっていたのは確かだろう。
こっちがやる気を見せるまで、黄瀬の表情には余裕があった。それが消えたのは。オレが、黄瀬を押し倒してからだ。
急に黄瀬が焦り出したのは。演技を続ける理由が、なくなったから。

「…言ったら、引かれるって分かってたし…、でも、火神っちとセックスしたかったんス。…したら、もしかしたらセフレくらいにはして貰えるかも?とか思って…」
「…馴れてるっつーのは?」
「…イメトレは何百回もしてたんで。バッチリって思ってたんスよ」
「なるほどな。道理で。…お前のフェラ顔は完璧だったよ」

お陰でオレはすっかり騙された。
黄瀬は誰とでも寝れる、ただの快楽主義者であり。相手がオレじゃなくても簡単に股を開く色情魔かと思わされた。
だからオレは黄瀬を押し倒し、ない胸を揉みしだいた。誰にでもヤらせるなら、オレもヤってやるという気にさせられた。それから。

「…あーっ、…クソ!」
「火神っち?」
「…冗談じゃねーよ、…最初から言えよ、そういうことは」

黄瀬が、オレ以外の男にエロい姿を見せてきたと考えた時。
あの時、オレの胸中に生まれたのは、黄瀬の過去の男に対する明確な嫉妬心だ。

悔しくなった。意固地になった。
いもしない敵に対して、オレは。

「…言えねぇなら、最後まで黙ってろよ」
「だから、…誤算だったって言ってんじゃん」
「何がだよ?…最後までするとは思わなかったか?」
「んーん。…する気は満々だったっス。…でも、…でもさ、まさか…」

喋りながら黄瀬の頬がじわじわと紅潮していく。それを眺めながらオレは、「恥ずかしい」と消え入りそうな声で呟いた黄瀬を思い出す。
まさか。こいつは。

「…火神っちにされんのが、あんなに……は、恥ずかしいっ、とは…思わなかったんス…」
「は…」
「あ、あれ以上されたら、オレ、…おかしくなるって、思って…っ」


イメトレだけでは計れなかった結果があった。
順応性の高い黄瀬は、他人の技を見ただけで我が物にすることが出来る。
馴れた手つきも、余裕そうな表情も。黄瀬ならば、初めての経験であっても事前知識さえ取りこんでいれば、装うことは可能だった。
だがそれは、あくまで黄瀬が想定していた行為に限りだ。

オレがその気になって黄瀬に触れることを、黄瀬は予測していなかった。
そして、オレにされて得た感覚。そんなものは、他人の行為をどれだけ見ても、予め知ることなどは出来ない。


「…前立腺いじるのが気持ちいいってのは知ってたっス。自分で試したこともあった。でも、…気持ちいいのが恥ずかしいなんて、知らなかったんスよぉ…」



ほとんど涙声に近い状態で訴える黄瀬を前に、オレは固まっていた。
あらゆる自分の行動を後悔している。オレは今夜、黄瀬を家に上げるべきではなかった。黄瀬の話を聞くべきではなかった。黄瀬が最初に動き出した時点で、ぶん殴って行動不能しておくべきだった。

そうすれば、オレは。


「…?!か、火神っち…?!」

両手で顔を覆っていた黄瀬の手首を掴み、強引に開かせる。
潤んだ黄瀬のこの目が演技だと言うのなら、それはそれで構わないと思ってる。
「な、何すんスか…?!み、見んな、よ…」
「うっせぇ、見られたくねぇなら、見られても平気なツラしろ」
「んな無茶な…」
「それから、イメトレした内容は全部忘れろ」

弾かれたような表情で黄瀬がオレを見る。
正直この顔を見ながら説明するのは気が重い。出来れば無言で本懐を遂げてしまいたい。だがそんなわけにはいかない。こいつは、素人だったのだから。

「火神っち…?」
「…自分で試したことも、オレにされてる想像したのも、全部リセットしろ。で、今から感じることだけ覚えてろ」
「え…、…!!ま、待ってよ、火神っち…、それ…」
「オレはお前の初めてのツラが見てぇんだよ」


黄瀬の過去の男に嫉妬した。
だがそんなものは存在しなかった。代わりに目の前で顔を真っ赤にして恥ずかしがり、オレを好きだと言ってる黄瀬がいる。
こんなもん見せられたら、焦るんだよ、オレは。

さっさとモノにしちまいたくなるだろ、バカ。


「や…、い、嫌っスよ!恥ずかしいって…ッ」
「ガマンしろ。男だろっ!」
「お、男だから恥ずかしいんじゃないっスか…!こんな、ケツいじられてイくなんて…っ、火神っちには分かんな、」
「オレだって恥ずかしいんだよっ!」

暴れる黄瀬を力づくで押さえ込み。
黙らせ、言いたくないことを言う。

「…オレがこんなことすんの初めてだって、お前知ってんだろ」



女にもしたことのないことを、お前にしてやんだ。
未経験の領域だ。お前に見せんのが、恥ずかしくないわけがない。
それでも、してぇんだ。やるぞ。お前も覚悟決めろ。

あと認めてやる。オレはお前の顔に割と惹かれている。特に。

「うぅー…、もおぉ…」

羞恥を堪えてオレを受け入れようとするそのツラは。
少なくとも、オレ以外の誰にも見せたくないとは思うし、何なら、好きだ。











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