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▼ 緑黄



元日からツイてない。
って言うより他にない。

「み、緑間っち…」
「…奇遇だな、黄瀬。…念のため聞いてやる。何をしている?」
「……ダイエット?」
「馬鹿か」

大晦日から実家に戻ってきてたオレは非常に寂しい新年を迎えることになった。
実家に、家族が誰もいないのだ。たぶん、前もって言われてたかもしれないけれど、オレ以外の家族が揃って年末年始は海外旅行に出掛けてる。
一緒に行くか聞かれたかどうかも覚えてない。目の前の目標に夢中だったオレは、新年を何処で過ごすかなんてことも全然頭になくて。
大会が終わって、学生寮に戻ってみれば、そこで生活している生徒の数が普段より極度に少ないことに気づいて、知った。
たいていの生徒は年末年始を実家で過ごすらしい。遠方から海常に進学してきた生徒たちはすでに帰省済みであり、オレも言われた。さっさと身支度して寮から出てけと。

寮にいちゃいけない、なんて決まりはないけど、メシは出ないし人気もまばら。その上足がこんな状態のオレがここにいる理由なんてこれっぽっちもない。
親からの連絡は特にないけど、流れに任せて近い実家へ帰省を果たしたところでオレを迎えてくれたのはしんと静まり返った懐かしの我が家で。
ついでに言えば、中学までオレの部屋だったはずの2階の角部屋は、姉ちゃんのウォーキングクローゼット状態に変貌していた。

そんな感じでだらだらとカップ麺食って紅白見て年を越したオレのストレスは一晩でマックスになって、翌朝の目覚めと共にオレを運動に駆り立てた。
上下スウェットにランニングシューズで実家を飛び出てジョギングを開始して数十分。
近くのコンビニまで来たところで、懐かしの同級生と鉢合わせたオレは、新年早々呆れ顔でバカモノ、と詰られることとなる。



「家に誰もいなかったんスよ!この寂しさ、緑間っちに分かる?絶対分かんないっしょ!」
「ああ、分からん。なぜ自分の足に高い負荷が掛かっていたかを理解せずに完治しないまま走り回ってる馬鹿の気持ちなど、知りたくもない」
「う…。だ、だって…」
「去年の元日は何をしていた。…家族とは共に過ごしていないだろう?」

言われて記憶を掘り返す。
ああ、そうだ。緑間の言うとおり、去年の元日もオレは家族と過ごしていない。家にはいたけど、朝ちょっと挨拶してすぐに出掛けた。そして、一緒に過ごした相手は。

「…そーいや、緑間っちと初詣行ったっスね。このコンビニも寄ったわ」
「…鳥頭め。まったく、お前はどうしようもないのだよ」
「去年はアレじゃん。緑間っちが穴場の神社知ってるって言うからー。…今年も、行ってきたんスか?」
「いや。今から向かうところだった」
「…そっか」

初詣に行きたいけど、人ゴミの中は歩きたくない。
そうぼやいていたオレに、だったら参拝客の少ない神社に詣でればいいだろうと緑間が助言を与えてくれたのは、中二の正月明けのこと。
だったら来年はそこ連れてってってゴネたら、翌年本当にオレの希望を叶えてくれた。
あの時は、なんだか嬉しかったな。部活は引退してたし、学校で会ってもあんま話とかしなかった。でも、大晦日の夜に緑間から連絡くれた。初詣に行きたいのなら、9時までに自分の家へ来いって。

去年はその誘いにほいほい乗って、緑間の言う参拝客の少ない穴場神社で快適な初詣に出掛けることが出来た。
でも今年は。緑間から連絡はなかったし、こっちから連絡するのも何となく気が引けて、寂しい朝を迎えるハメになったんだ。

「…ってゆうか、一人…なんスか?」
「大勢で詣でる必要はないだろう」
「ふぅん。…ねー、緑間っち」
「なんだ?」
「…いや、何でもねっス」

オレも一緒に行っていい?って聞きたかった。
だけど去年までのように簡単に切りだせないのは、今と昔じゃオレたちの立ち位置が大きく異なるから。
別々の高校に進学した今、オレと緑間の関係は同じチームの仲間でもなければ毎日のように一緒に下校する友達とかでもない。ライバル、だ。

「…あんま長居して、風邪ひかないよーに気をつけた方がいっスよ」
「……」
「…そんじゃ、オレはこれで」

仲良しこよしはしてられない。
一人でいんのは寂しいけど、だからって緑間は、ない。
さっさと家帰って着替えてテレビでも見よう。そうだ、せっかくだからコンビニでテレビ情報誌と弁当でも買って、夜まで引き篭もろう。そうするのに誰かと一緒にいる必要はない。たまには一人でまったり過ごすのも悪くないじゃん。オレ今まで頑張り過ぎたんだ。だから急にこんな風に、時間がゆっくりになると。

「待て、黄瀬」

寂しさが際立って、心細くなってくる。
そんなオレのココロのスキマに、緑間の静かな声が染み渡る。

「…付いて来い」
「へ?」
「マヌケなツラを晒すな。…まったく、キサマは相変わらず…」

少しだけ、緑間の口角が上がった。
その柔らかい表情を見せられたせいで、オレの足は家の方角に進んでくれない。そして。

「手の掛かる男なのだよ」

しょうがないやつって、呆れたみたいな言い方なのに。
なんでどこか嬉しそうにしてんのか、分かんなくて。ボロボロに弱りまくってるオレの両足は持ち主の言うことを聞かずに緑間の側へと寄ってった。




再会を果たしたコンビニから歩いて数分。
それなりに参拝客の姿はあるけれど、何年か前に当時付き合ってた彼女と出掛けた有名な神社ほど混み合っていないこの神社は、確かに穴場スポットだって去年も思った。

「緑間っち、何お願いするんスか?」
「…キサマに教える理由はない」
「そーっスよねー。…そんじゃ、オレもヒミツーっと」
境内の前に出来てる短い行列の最後尾に並んで、他愛もない会話をする。去年も同じこと言って同じこと返されたような気がするな。オレ、何をヒミツにしたんだっけ。
「…思いだした。緑間っちに友達が出来るようにお願いしてあげたんスよ!」
「は?……何だ、それは」
「緑間っちがオレを初詣に誘ってくれたのが嬉しかったんスよ、去年は。…自分の幸せよりも緑間っちのことお祈りしちゃったオレって凄くない?出来た中学生だったんスねー」
「…何も考えていなかっただけだろう。…しかも内容が陳腐過ぎる」
「うっさいなー。…でも、お陰でいい仲間出来たっしょ?オレのお陰っスね」
「…いいチームメイトには巡り会えた。だがそれは、キサマのお陰でも何でもない。実力だ」
「いやいや、緑間っちあのまま行ったら仲間に嫌われてどーしよーもなかったと思うっスよ?高尾クンだって最初は引いてたっしょ?緑間っちの性格じゃあ、」
「だとしたら、オレを変えたのは…」

あっと言う間に列が動く。気が付けばもう前にいた人がお賽銭を投げていた。
緑間が口を噤む。続きは、聞かなくても分かってる。たぶん、オレと同じだろう。手痛い敗北の経験が、オレたちを変えた。
緑間を変えたのは、オレの祈りが神様に届いたからじゃない。黒子っちが、火神っちが、誠凛の選手たち、そして高校のチームメイトたちが。緑間に、意識の変化を齎した。

石段を昇る。ポケットからサイフを出して、小銭を賽銭箱へ投じる。隣で緑間も同じ動作をしている。両手を合わせて、目を閉じる。

今年は何を、祈ろうか。
考える間もなくここへ来てしまった。去年と同じだ。オレは全然学習しない。
薄目を開けて、ちらりと横を盗み見する。目を閉じて拝んでいる緑間の横顔を確認する。何、祈ってんだろ。真剣な顔しちゃってさ。

今年こそは大会で優勝出来ますように?
試合で大量得点できますように?
去年は絶対そんなこと、思ってなかっただろ。勝つのが当然だったオレたちは。そんなもの吐いて捨てるほど手に入れてたオレたちは。祈らなくても、勝手に向こうからやってきた。
でも今年はどうだろうな。やっぱ、大変なんだろうな。
誠凛はほぼ同じメンバーで来るだろうし、都予選では青峰っちと当たる可能性だってバリバリある。本戦出場しても、赤司や紫原の高校は手強いだろうし、うちだって。
もう、負けたくない。
今年、優勝するのはオレたちだ。
だから、ごめん、今年は緑間のためのお祈りは、出来ないや。

それなら他に、何を祈ろう。
あー、もう、何も思いつかない。
投げた賽銭がもったいない。何か、お願いしないと。どうしよう。緑間が合わせた両手を直した気配がした。
「黄瀬」
もう行くぞってニュアンスの呼びかけを聞く。
急だった。急に名前を呼ばれた。びっくりした。だから、オレは思わず。




「ねー、緑間っち、何お願いしたんスか?」
「…だから、キサマに明かす理由はないと何度も言っているだろう」

神社を後にして、帰りの道を歩きながら。答えの分かってる質問をするオレに、緑間は面倒くさそうにしている。
なんだろうな、この人は。こんな顔するくせに、オレの隣を歩いちゃったりなんかして。向かう先は、再会のコンビニだ。これからどーすんだろ。帰るのかな。
「部活、いつからなんスか?」
「三が日明けには始まる」
「ふーん、忙しいっスね。…オレはもーちょい実家にいよっかな」
「ああ、そうしろ。今のお前がすべきことは」
「足の療養っス。…ゆっくり休んで、次の大会の予選までには全快しねーと。あーあ、それまでヒマだなー」
「……」
チラチラと緑間の横顔を見ながらわざとらしくため息をついてみる。
「そーいやさ、緑間っちん家ってこっちじゃなくね?コンビニに何か用事あんスか?」
家に帰るなら、わざわざコンビニまで戻るよりももっと近い道があるはずだ。だけどなんで、緑間はオレの隣を歩いているのか。
こんな険しい顔して、オレのことうるさそうにしてんのに。
「聞いてる?緑間っちー」
「…何を願ったか、教えてやろう」
「え?」

もうオレの相手をしたくないみたいな顔をして、緑間は言う。
まったく、この人はどういう生物なんだろう。言ってることと表情がちぐはぐで、どんな反応したらいいかわかんない。

「お前が大人しく足の療養に専念するよう願ったのだよ。…分かったら、四の五の言わずに歩け。いいか、オレがお前の相手をしてやるのは、三日までだ」



たぶん、なんだけど。
この人、オレのこと結構好きだよね。

言い方は素っ気無いし、表情もどこか怒ってるみたいなんだけど、どうやら部活が始まる日までオレの家にいてくれるらしい。

ああ、もう、なんだか厄介な奴だなぁ。

そう思うのに嬉しくなってニヤけるオレの顔も、緑間に影響されてちぐはぐだ。


「しょーがないっスね!だったら面倒見させてやるっス!」
「…何を威張っている。素直に嬉しいと言えばいいのだよ」
「アンタにだけはそれ言われたくねっス!」
「そうか。昼飯は?」
「…スーパー行こ。せっかくだし、餅食いたい。あと緑間っちのお泊りセットも…」
「泊まるなどとは一言も言っていないのだよ」
「え?!いやいや、夜まで見張ってないとオレ寂しくなって筋トレしちゃうかもっスよ?!緑間っちのお願い叶わないっスよ?!」
「……しかたのない奴だ」

そう言って苦笑する。緑間の願い事が叶い次第、オレのお願いも教えてあげよう。
この分なら、難なく叶いそうな気もするし。

両手を合わせて祈ったこと。
緑間の隣で、緑間に名前を呼ばれた、緑間の存在を強く意識した、あの瞬間のオレの願いは。


(来年も緑間と初詣に来れますように)










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