krk-text | ナノ


▼ 灰赤




非常に腹立たしいことだが、この黄瀬の発言はオレにとってめちゃくちゃ衝撃的だった。

「ショーゴ君て、赤司っちといい感じだったってマジ?嘘っスよね?あの赤司っちが、アンタみたいな奴に靡くなんて有り得ねーっスよね?」
「…お前、それ誰に聞いたんだよ」

問い掛けに対する否定や肯定がとっさに出来なくなるほど、オレは動揺していた。



バスケ部を辞めてから数ヶ月たったある日のこと。食堂でメシ食ってたら、向かいの席に生理的に受け付けない顔が現れた。
退部してからはバスケ部の連中とつるむことはなくなったし、校舎内で顔を見ても挨拶すらしたことはない。べつに避けているわけではないが、話すこともなけりゃ元々それほど仲良しこよしをしていたわけでもないから不自然とも思わなかった。
逆にこうして、馴れ馴れしく話し掛けられたことのほうが異様な気分だ。断りもなく向かいの席に腰を落ち着け、メシを食い始めた黄瀬を無言で睨む。すると、黄瀬は真顔でこんな質問をしてきた。

「アンタが部活辞めてから、色々な筋から聞かされんスよ。若干この話題、タブー扱いっぽいフンイキもあるから、詳しくは聞き出せてないんスけど。まぁ、詳しいも何もただの噂っしょ?」
「…赤司本人から聞いたわけじゃねーんだな?」
「赤司っちがそんな冗談言うわけねーじゃん」
「あっそ。…デマだと思ってんならそれでいんじゃねーの」

この情報の出所が赤司本人ではないと分かれば、冷静さは戻ってくる。
あいつは何を考えているか分からない。オレが部活を辞めてからは特にその傾向は強まっている。普段のあいつを見る機会が減ったからってのもあるかもしれないが。

「全然答えになってないんスけど。こんな噂が残ってるって、赤司っちにとって迷惑極まりないと思うんではっきりしてくんないっスか?」
「…は?お前何怒ってんの?」
「…アンタと付き合ってたっていう馬鹿みたいな噂で、赤司っちが周りから変な目で見られんのがムカつくんスよ、オレ」

その時の黄瀬の表情があまりにもマジだったので。
オレはつい、鼻で笑って馬鹿じゃねぇの、と否定的な言葉を口にした。




「確かに、そういった噂は根強く残っている。去年、オレがお前の熱烈な口説きに折れて交際を受け入れていたと」
「…んだよそれ、聞いたこともねぇぞ、そんな噂になってるとか…」

その日の夜、真相確認のために赤司に電話をした。
答えは案の定。さらに赤司は噂が流れていることを知っていて黙認していたという事実まで判明した。

「なんでお前、言わせたままにしてんだよ…。そこはガツンと言ってやれよ。ろくでもねぇ噂広めんなって」
「これといって部活動に影響はない。…黄瀬は、良く思っていないようだけどね」
「…そこだよ。…なぁ赤司、リョータってお前のこと…」
「好意は感じているよ。彼は素直な男だ。自分が認めた相手には、惜しみなく慕い寄る。…だからこそ気に障るのかもしれないな。オレが、お前のような男に心を拐かされたという噂を耳にすることが」
「……」
「どうした?何か、お前の気に障ることを言ったか?」

電話越しに聞こえる含み笑いにイラっとする。分かっていて言ってんだ、こいつは。
その証拠に、こっちが何か言うでもなくフォローを入れてきた。
「黒子や青峰に対する敬意と同じだよ。黄瀬の気持ちは。お前が嫉妬をするような種類の好意ではない」
「誰があんなチャラ野郎に嫉妬するかよ。…お前も、調子乗ってんじゃねーぞ」
「噂を否定した方が良かったか?」
「…あー。根も葉もない噂だって言ってやれよ。オレも、部活辞めたってのにリョータのツラ見せられんのきちぃし」
「……そうか」
「何だよ?」
「いや。…少しだけ、期待をしただけだ」
「期待?」
赤司らしくない歯切れの悪さが引っ掛かって訊ねれば、赤司は少しの沈黙を挟んで、割ととんでもないことを言った。

「お前が噂の否定を求める理由が、真実を公開して欲しいという願いからきているのかもしれない、と思っただけだよ」
「……それこそ、馬鹿だろ」


オレと赤司が昔付き合ってたって噂は、確かに嘘だ。
だが、何もなかったってのは断言できない。嘘なのは、過去形であることであり。

退部した今も、オレは赤司と関係を持っていたりする。





「やーっぱウソだったんスね!あの噂!」
「…わざわざ報告しに来なくていいっての。…赤司に聞いたのかよ?」
「ばっちり聞いたっス!あーでもスッキリしたー。ウソだって分かってたけど、赤司っち本人がはっきり言ってくれっと違うもんっスね!やっぱ赤司っちがアンタなんか相手にするはずねぇっス!」
「…あーそーかよ。良かったな」

翌々日の昼休み、食堂で顔を合わせた黄瀬はこないだの態度はなんだったってくらいに喜色満面の笑みを浮かべて真相解決を語り出した。
昨日の部活後、部員の一部の前で赤司は堂々とこの噂の否定を行ったそうだ。そんなもん、気にしてんのは黄瀬くらいなもんだろうし、黄瀬一人に打ち明ければいいものを。あいつは頭はいい癖に時々奇行を働く。

「にしても、あんな噂が発生したってだけで異常現象っスよ。赤司っちがショーゴ君と付き合うなんて、天地がひっくり返って爆発したって有り得ない話っスもん」
「…オレだってお断りだ、あんな冷てぇ野郎は」
「へー?ショーゴ君は赤司っちに気があんのかと思ってたっス」
「……は?」
本音を言えば、さっさとこいつを追い払ってこの話題は消滅させたかった。だが、黄瀬は聞き捨てならないことを口走る。
「センパイにも反抗的な口聞いてたショーゴクンが、赤司っちの言うことだけは素直に聞いてたじゃん?部活サボったり、体育館に女呼んだりしてたのも、赤司っちの気を惹くためみたいに見えたし」
「…んなわけねぇだろ。オレはあんな奴」
「まぁ、揺らぐ気持ちは分かるっスよ。赤司っちって話すとき相手の目がっつり見るし、あの目で見詰められると気があんのかな?とか思っちゃう。ショーゴ君バカっぽいし、そういう勘違いしてそっスもん。オレだって、あの目で見上げられると時々…」


べらべらと口さがない黄瀬を黙らせる方法は、いくらでもあったはずだ。
だがオレはおそらく、冷静さを欠いていた。
こないだの赤司との電話内容を思いだす。黄瀬の好意を感じていると断言した、赤司の言葉が。オレから選択肢を奪い去り。

「…勘違いしてんのはどっちだよ。赤司が、お前みてぇなのに靡くわけねぇだろ。寝言は寝て言え」
「は?何スかそれ…」
「いくらテメーが赤司に尻尾振ったって、あいつはお前なんか相手にしねぇよ。あいつがホレてんのは…」
「珍しいな、お前たちが二人でいるなんて」

このオレだ。と。
堂々宣言は、静かな声によって遮られる。
向かいにある黄瀬の表情が、ぱっと輝く。それこそ、飼い主の帰りを確認した犬みたいな顔をして。
その目が見ているのは、オレの背後に立つ男。

「赤司っち!」
「何の話をしていたんだ?オレにも聞かせてくれないか?」

ぬけぬけと言いながら、オレの隣の席に腰を落ち着ける赤司を横目で見遣る。口元に笑みを浮かべた赤司が一瞬だけオレに目線を寄越し、何か企むようなその眼差しを黄瀬へ戻す。
「何てことないっスよー。昨日言ってた噂の件でちょっと話してただけっス」
「…あぁ、あのことか。噂と言うのは面白いな。灰崎、お前もそう思わないか?」
「……全然思わねぇよ」
「そうか。ところで灰崎、お前は先ほど何を言おうとしていたんだ?」
「は?!」
「そーっスよ。いま何言うつもりだったんスか?赤司っちが誰にホレてるって?」
「そ、そりゃ…、…いや、本人いんだから直接聞けよ!」
「赤司っち?」
「言ってもいいのか?」

素直に赤司に質問の矛先を変えた黄瀬の要望を受け、赤司はオレに許可を求めてくる。やたらニヤついた表情をして。
無性にアウェイ感を感じた。なんでだ。赤司はオレの味方…ってわけでもねーが、本当のことを言ったら黄瀬がショックを受けるのは目に見えているってのに。
オレと現在進行形で付き合ってるって事実が白日の下に晒されて、赤司が周囲から変な目で見られてもオレには関係ない。黄瀬がヘコむってのはもっとどうでもいい。
それでも、ここで赤司に暴露されたら、オレの負けのような気がして。

「灰崎?」
赤司の急かしを受け、息を吸う。そして答える。これが赤司の望みどおりの回答かどうかは知らないが。
「…テメーは恋愛ごっこより、チームの利益を優先するような冷てぇ野郎だろ。好きな奴がいたとしても、…チームにも相手にも迷惑だから、隠してろ」




幸いなことに、これ以上オレに赤司がホレてる奴を教えろと黄瀬が寄ってくることはなかった。
本当に黄瀬の好意ってやつは憧憬的なものらしい。オレ以外の人間であれば、赤司が誰にホレていようが興味はないようだ。
そして赤司本人はと言えば。
「悪くはないな」
「…何がだよ」
「秘密の恋というものも。灰崎、お前は本当にオレを楽しませてくれる」
「…なぁ、赤司。お前、マジでオレのこと好きなのかよ?」

チームのために退部を勧めてきたり、それでも付き合いをやめなかったり。
試すようなことはしてくるし、他の男に色目を使う。どんだけの人間が気付いているか分からないが、赤司って奴はかなりの性悪だ。
それでもこいつを手放せないのはなぜなのか。

「好きだよ。本当は、声を大にして言ってしまいたい。…だけど、そんなことをすればチームの間に亀裂が入るのは目に見えているからな。お前の言うとおり、隠すことにするよ」

付き合いを隠せと言ったのは正解だったのか。赤司は上機嫌でそう言い。
「灰崎、お前は本当にオレのことをよく理解してくれている。だからオレは、お前が好きだ」


理解している?そんなわけねぇだろ。オレはお前のことなんざ全然分かんねーよ。
それなのに、どうやらオレは悉く赤司好みの選択を選び抜いてしまっているらしく。結果的にオレは赤司の数少ない理解者ってことにされている。
テメーの勘違いだと訂正することは容易い。だが今のところ赤司はそれを望んでいない。
そういうことは、割と分かるのにな。

「…だったら、よその男を勘違いさせるような真似は二度とすんなよ」

こうしていちいち赤司の喜びそうなことをしてしまう、オレ自身の言動が一番理解不能だ。











人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -