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目覚めたらいるはずの奴が消えていた。


昨晩、連絡もなしにオレの前に現れた黄瀬は、つまらない話を勝手に始めて勝手に続けて勝手に終わらせた。あいつはよく喋る奴だ。こっちが聞いてないと分かってても尚続くマシンガントークにはうんざりして、行動で遮って止めることなんてザラにあった。
昨晩も、黄瀬はひたすら無駄話をしまくって、オレはそれに適当な相槌を打ち続け。「今日はしないの?」とあいつから遮る余地を与えてきたので、終わらすためにベッドに引きずり込んだ。

よく喋り、よく笑い、そして自分の気が済めばさっさと消える。オレにとって黄瀬ってのはそんな自己中でワガママな存在だ。本当によくあいつは消える。今だって、身を起こして周囲を見渡せば、昨晩黄瀬がこの部屋にいた形跡なんて微塵も残さず見事な消えっぷりをして行った。
消える、って行為に定評があるのは、中学時代にオレとコンビを組んでた日常的に地味で影の薄い相方だが、黄瀬の場合はそれと違って普段の騒ぎっぷりが嫌ってくらいに目に付く。その反動は、半端なく。
発生、最中、消滅のすべてに強烈な印象を伴うのはタチが悪いと思う。

お陰でオレはあいつを抱いた翌朝はいつもこうして自己嫌悪に陥る。
なんでまたあいつに触ってしまったのか。毎回毎回、後悔している。



「あ、きーちゃんだ」
「は?…あー、あいつまだこんなことやってんのか」
「表紙だよ?何回目だろ、凄いね。…何だか変な気分。中学の頃はそんなに思わなかったけど、離れてからきーちゃんの雑誌見ると、急に遠い人みたいに思えちゃう」

あれから数日経って、学校帰りにさつきと寄ったコンビニでさつきは黄瀬が表紙のファンション誌を見つけてオレに知らせてきた。渡されたそれをパラパラと眺めていると、確かにこれが最近オレの部屋でひたすら無駄話をしていた男と同一人物なのだとは直ぐには納得できない。

「でもたまに会ったり電話したりすると、やっぱきーちゃんてきーちゃんなんだなーって思うよ。こんなに雑誌の表紙とか飾って騒がれてても、中身は変わらないよね、あの子。ずっとあのままでいて欲しいなぁ」
「そう簡単には変わらねーよ。さつき、それ買って来い」
「え?買うけど…、青峰くんも欲しいの?」
「べつにいらねーよ。さっさとレジ行け」
さつきの頭を軽く叩いて促し、文句を言いながら遠ざかる後姿を見送る。
あいつは変わらない。変わることはない。
この先も、オレはあいつと現状の関係を維持していくと思っていた。



「桃っちに聞いちゃったー。青峰っち、オレの写真に見惚れてたんだって?ヤだなー、青峰っち。そんな写真とかに頼らなくても、嫌ってくらい実物見てていいんスよ?」
後日、黄瀬からそんな電話を受けた時は軽く舌打ちをするしかなかった。
「…お前ら、つまんねーことで連絡取り合ってんなよ。別に見惚れてねーし。あと写真と普段のお前のアホ面って違くね?写真の方が全然いーよ。うるさくねーし」
「そんなん言われたの人生初っス…。ナマの方がカッコイイって言われたことはあるけど、青峰っちって…。あーもーいーや。週末遊びに行くね」
「どっち?」
「空いてる日。青峰っち、夜ならいるっしょ?」
「まぁ。…つーか、何なら昼間来いよ。1on1付き合ってやるから」
「嬉しいお誘いっスけど、日中はオレも忙しいんで。…昔はよかったね、毎日時間も気にせず遊んでられて。オレさ、中二の夏までが人生で一番楽しかったな」
「今は?」
「ぼちぼち。楽しいには楽しいけど、若干刺激不足なところはあるっス」
「ふーん。そんじゃ、転校でもすれば?」
「どこに?黒子っちんとこ?」
「うち」
「まさか。絶対イヤっスよ。オレもう二度とアンタと同じチームになりたくないっス」
「…なんとなく分かるけど、なんで?」
「アンタと敵対したときの刺激が忘れられないから」
予想通りの答えを得て、相手に見えないのをいいことに口端を上げる。
そうだな、オレもだ。お前がうちに転校してきた日には、蹴り飛ばして追い出してやるよ。どこでもいいから別の学校に行けと言って。
「こっちだってお前みてぇなうるせー奴は願い下げだ」
「たまに会ってじゃれるくらいが丁度いっスよねー。青峰っち、9時には家にいてよ。そしたらちょっとくらい遊べるっしょ?」
「あー、考えとく。じゃあな」
「おやすみ、青峰っち」

約束をしたものの、黄瀬が現れたのは土曜の終電ギリギリの時刻だった。
バイトが長引いたとかなんとか。この時間じゃ、屋外の照明だって落とされている。
「お前なー。こんな時間まで何やってんだよ」
「いまの、門限厳しいお父さんっぽーい。普通に撮影が長引いただけっスよ。べつにその後に飲み行って年上のお姉さんに口説かれてたわけじゃないんで許してよ」
「…上がれよ」
玄関口、既に寝静まってる家族に遠慮する事のないボリュームで会話をして、黄瀬を部屋に上げる。バスケが出来なくなったのは不本意ではあるが、無理強いをするつもりはない。約束はなかったことにして、さっさとシャワーを浴びに行かせた。

「明日の朝」
「え?」
「起こせよ。そんでバスケしよーぜ」
「朝っぱらからー?ヤだよ、青峰っち寝起き悪ぃし。オレんとこ明日9時集合だから、お断りするっス」
「…サボっちまえよ」
「青峰っちと違ってオレはチームに信頼されてるんでー。その選択肢は使えねっス」
「へー。オレよりも部活の野郎共を選ぶわけか」
「そーっスよ。当たり前じゃん」

半笑いを浮かべながらタオルで髪の水分を取ってる黄瀬の横顔を眺めながら、なんとなく苛立つ。先日電話で、中学の頃が楽しかったと言っていたのは何だったんだ。結局、戻るつもりもないくせに、と。
「次はちゃんと早めに来るからさ、その時、遊んでよ」
「…ヤだよ。もうお前と遊ばねぇ」
「えー、意地悪っスね」
「お前が悪ぃんだろ。チームメイトには信頼されてても、オレはお前を信用しねぇ」
「たった一回遅刻しただけでえらい疑われようっスね。…ま、いーっスよ、そんじゃ」
頭にかぶってたタオルを取り払い、黄瀬がこっちに滲み寄って来る。ぺろりとくちびるを舌で舐め、挑発的な目つきをして。ベッドに乗り上げ、いつものように。
「ここで遊ぼう。そんならいいっしょ?」
「……」
「あれ?あんま乗り気じゃない?」
「…前から思ってたんだけど」

いつもなら、ここで手が出る。これ以上こいつを喋らせないために口を塞いで、体に触れる。だけど、今日は。少し、話してみたいことがあった。

「お前、なんでわざわざオレんとこ来んの?」
「え…?」
「…最初の頃言ってたろ。誰でもいい、とか」
「…何スか?そんな昔話…」
「今は違ぇの?」

切り出した話題に対し、黄瀬は目に見えて動揺した表情を見せる。オレがこんなことを言い出すなどと露ほどにも思ってなかったっていうツラだ。
今のような関係が始まったのは、中学時代に遡る。
あの頃は同じ学校に通ってたこともあって、四六時中こいつのツラを見ていた気がする。物心ついた頃からさつきと一緒にいたのと同じような感覚で、視線をめぐらせば大体こいつが近くにいた。
じゃれ合いの延長で肌に触れ、好奇心とか探究心とかに後押しされて黄瀬の誘いに乗っかった。
オレからしたら黄瀬の出した提案は実に都合がいいものだった。
(青峰っちはなんもしなくていいからさー、ちょっと、オレにやらしてよ)
都合のいい遊び相手が見つかった。何しろ黄瀬は女じゃない。精神的にも身体的にも面倒なことは大分省けて、そして本人が言う通り馴れた手つきで黄瀬は自らの身体を開いてった。
あれで黄瀬が受け入れる側でなく突っ込む側を望んでいたのならばそこでオレたちの関係は終了していただろう。だが黄瀬は、逆の立場を選んだ。自らの意思で。

「…言ったっけ、そんなこと」
「忘れたのかよ」
「…言ったような気もするけど、…そっスね、今も変わんないっスよ。べつにオレ、アンタだから好きにさせてるわけじゃない。…気持ち良くしてもらえんなら、誰が相手でも同じっス」
「…へぇ。誰でもいーのに、こんな時間になってもオレんとこ来んだな、お前」
「…約束しちゃってたし?」
「ドタキャンすりゃいいじゃん」
「……」
「お前さ、なんで、…言わねーんだよ」

手を伸ばし、黄瀬の頬に触れる。
親指と人差し指で頬の皮を摘み、横に引っ張る。頬が伸びて口の形が歪むのを見て、言ってやる。
「このデカい口は飾りかよ?」
「……」
「誰でもいいって、嘘だろ。お前、本当は、オレを」

いびつな形に口元を歪められたまま。黄瀬はじっとオレの目を見据える。
それが不意に細まって。長い睫が揺れた、あと。黄瀬はオレの手の甲に自分の手を添えて、首を振りながら歪みを直した。
「…それ、本当に聞きたいんスか?」
「…は?」
「言わせて、どーすんの?何か、変わる?…ああ、変わるか。オレのこと、気持ち悪くなるかもね」
「黄瀬…」
「だってそーだろ?アンタがオレに触るのは。触るのを許すのは。オレがアンタを何とも思ってないからだ。…ここに、」
言いながら俯いた黄瀬の手が拳を作り、コツンとオレの胸に当てられる。
「…ここに、恋愛感情みたいなのが挟まったら、アンタはきっと、面倒くさくなってやめたくなるよ」
「…何言ってんだ…」
「だから、オレはアンタに言いたくなかった。…青峰っちが特別だなんて、絶対に、…言いたくないっス」


言葉にすれば、壊れる関係だと黄瀬は言う。
しかもそれはオレのせいだと。黄瀬の重たい感情を、オレが受け止めるはずはないと。断言して、黄瀬は。
「そんなこと言ったらオレは二度とアンタと顔合わせらんなくなるからさ。何も、聞かないでくれよ。…ねえ、青峰っち。そんなつまんない話はいいから、さっさと塞いで」

強烈な存在感を持つ黄瀬は、それ以上の会話を拒むように目を閉じた。


請われた通り、オレは指を進めた。
黄瀬の口の中に差し込んで、舌を引っ張り出し。空気に触れたそれが乾く前に、ゆるやかに噛み付く。
普段はうるさいくらいに喋る黄瀬が。よく笑い、よく喚く黄瀬が大人しくなり、体をオレに預けてくる。

言葉を、聞かずに閉じ込めたのは。
関係を繋ぎ留めるためだった。
余計なことを言わせれば、はじけて消えてしまうと言うのなら。
言葉なんてなくてもいい。この関係に名前などつけなくともいい。
口を塞いで。形を、指で、なぞっていたい。


朝目覚めれば、隣にいるはずの奴はシーツに僅かな温度を残して消えていた。
鮮烈な印象をオレに飢えつけ。大事な話に蓋をして、肉感接触ばかりを求めた奴は。

また数日後、何事もなかったかのような顔をしてオレの前に現れるのだろう。










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