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▼ 人魚姫




目覚めたら好きな人に巡り会った。


すこし驚いた。だけどこれは正しく現実だ。昨日の夜、オレはこの人の部屋に自分の足でやって来た。一応事前連絡はメールで入れておいたけど、返信はなかった。気付いてないかも知れないなって思いつつ到着を果たすと、案の定、青峰はオレの顔を見て怪訝そうな表情を浮かべた。

それから普通に部屋に上げて貰って、普通に話をした。
なんで来たのかは聞かれなかったから教えなかった。
最近どう?別に普通。桃っち困らせたりしてない?してねーよ。
そういう世間話を経て、締めくくりに今日はしないの?とか聞いてみた。
すると青峰は無言でオレの腕を掴んできて、キスもせず、重なり合ってベッドに倒れた。

この家には青峰の家族がいるから、あんまり騒ぐことは出来ない。
だからいつも青峰はこの部屋でセックスする時にオーディオのボリュームを上げて、その上オレの口を大きな手のひらで塞ぐと言う徹底振りを見せてくる。
これが気に入らなくてオレは一度反抗を試みた。青峰の手に噛み付いて怯んだときに、めちゃくちゃデカイ声を上げてみたのだ。意識してあげた声はセックスの真っ只中に関わらず色気もへったくれもなかったかもしれない。それでも青峰の動揺を誘うには効果的だったみたいで、咄嗟に青峰が行ったオレの制御手段は本当にひどいものだった。首を、絞められたのだ。

あれ以来オレはどんなに息苦しくても青峰の手に逆らうことはしなくなった。
青峰をビックリさせると、自分の生命に関わる過ちが発生する恐れがあることを学んだ。
首を絞められるよりは口を塞がれた方がまだマシだ。苦しくて、瞬きするたびに涙が落ちることもあるけれど、呼吸器官を完全に圧迫されるよりは。指の隙間から酸素が吸えるこの防音壁のほうが、いくぶん安全だと思えた。

それでも本当は、口を、塞がないで欲しかった。
両手を青峰の首に回してしがみついても、開いた足の間に青峰の熱を感じていても。こっちから、青峰に何かを発信することが出来ないのはすごくもどかしくて。
もっと気持ちを伝えたかった。息が出来ないのは構わない。ガス交換がままならなくてもいいと思う。だけど、声を。感情を伝えるための唯一の手段を奪うのは、ひどいと思う。

何も吐き出せないまま足の間に熱がハマった。
ぎゅっと目を閉じ、目尻の涙を振り落とす。これからきたる衝撃を覚悟して。やめて、とも、きて、とも言えずに受け入れる。
「…、っ」
多少は馴らしてくれたはずの穴が無理に広げられてじんじん痛む。塞がれてなければ盛大に悲鳴をあげてそうな衝撃を受け止め、青峰の服をぎゅうぎゅう掴んだ。
「…っ、…ッ!!」
「力、抜けよ、…くっ」
ぐいっと勢いづけて押し込まれながら聞こえた青峰の声に、オレの身体は勝手に脱力する。笑っちゃうくらい便利な身体だ。ひどいことされても、この声を聞けば鎮静剤を打たれたみたいに大人しくなってしまうのだから。
「ん、ぅ、…っ」
「…は、…あいかわらず、きちーな」
「……ッ」
きついのは、知ってる。隙間もなく埋め込まれてるっていうのも、感覚で分かる。
悪いね、ゆるくならなくて。受け入れ態勢整わなくて。でもね、元々そこはそうするための器官じゃねーから。根元近くまで進んでおいて、文句言うなよ。嫌なら抜けよ。オレと違ってアンタは自分の意思で動けるんだから。
抜けよ。言いたい。もっと。言えない。
拒絶も懇願も行えない。そんな状態のオレに対して、青峰は性格の悪い技を使った。

「……黄瀬」

口を塞いだまま、顔を寄せてきて。耳のすぐ横で囁く声が。
オレの身体の、至るところを麻痺させ、ゆるめる。
「ぅ、…っ」
青峰から逃れるみたいに首をよじる。それでも声は追ってくる。
「ヘバってんじゃねーよ、しっかり締めろ」
「…ん、ッ、ふぅ…、っ」
「っ、ああ、そーだ、…動くぞ」
こんな高圧的な指示で変幻自在に緩んだり締まったりする穴が、青峰のためにオレの体にくっついているような気がしてならない。最悪だ。こんなの、いらない。こんな、オレよりも青峰に従って懐いてるこんな身体なんて、オレは。
「…っ、ん…ぅ、…ッ!」

ねえ、ちゃんと聞いてよ、青峰っち。
この身体は持ち主の意思に反抗して小刻みに震えてがくがくしちゃってるけど、本当は違うんだ。
言わせてよ、喋らせて。オレの中身を聞いてくれ。
気持ち良くない。イきたくない。だから挿れた側から抜かないで。
頭の中を揺さぶらないで。おかしくさせないで。話をさせて。苦しい。いきが。いやだ。おねがい。まって。まだ。おわらせ、ないで。
「ッ、ん、…ッ!!」
衝撃が、下半身に流れ出す。ドクドクと脈打って、中へ奥へ外へ、広がった。
ずるりと足の間から熱が抜けてく。同時に口元の蓋も剥がされ。不足していた酸素を必死に吸う。
「はっ、はっ、…、ぁ…」
「…黄瀬、お前さ、…だんだん女みてぇになってきたな」
「え?…、ん、」
「ケツ突っ込まれただけでイけるとか、ぶっちゃけ引くわ」
「……」
中で出されたときに頭の中が真っ白になって、あの時出しちゃったってのはすぐに分かった。分かってんのに、青峰は意地悪い笑みを浮かべてオレのハラにブチ撒かれた精液を指で掬って見せつけてくる。
否定を、しなくちゃ。べつに、突っ込まれたからってだけじゃないって。お前が突っ込んだ穴の中には男の性感帯がちゃんと存在して、何度もそこに擦りつけていたのは青峰、お前だ。オレの意思じゃない。オレはそんなんじゃない。オレは。
「……、っ」
言いたいのに、声が出なくて。代わりに喉からあふれてきた嗚咽に、青峰はちょっと驚いてた。
「なんだよ?泣いてんの?」
「…ねぇ、よ…、…オレは、アンタなんか…、」
「なんか?」
「…なに、言われたって、…べつに…、」

ひどいことを言われても、されても。口を塞がれて呼吸を制限されても。キスをされなくてもセックスしても。べつに。オレはかまわない。
何でかって言うと。それは、つまり。

「…なんとも思ってねーから」

解放された口から、ようやく絞りだした声は。
結局身体の一部であり。心とは違う感情を、青峰に伝えていた。



それが昨日の夜のこと。
先にシャワー借りて洗い流して、青峰が戻ってくる前にオレは寝た。ベッドのど真ん中を占領して、高鼾かいて眠ったはずだ。それなのに。いま目を醒ましたら、目の前に青峰の顔があったので夢を見ているのかと思ってしまった。
ドアップで観察する青峰の寝顔は、普段の人相の悪さは何だったんだってくらいに幼く見える。鋭い目も閉じられて、ちょっとだけ開いてるくちびるがマヌケっぽくて。この顔を見てたら、オレが自分の好きな人だと思うのも無理はない。

そっと指先を青峰の乾いたくちびるに伸ばしてみる。青峰が目覚める気配はない。
ずっとこうだったら、いいのにね。喋らないで。動かないで。目を閉じて、眠りっぱなしで。
隙だらけの顔を晒して。こうしてオレに、キスをゆるせば。

「…好き、なんだよ」

言えなかった言葉を解放する。相手の耳に届かないのをいいことに。
本当に伝えたかった感情を。塞がれていたこの口から。

身体のどこもかしこもオレの言うことを聞かなくなるときがある。
だけどこのくちびるだけは、オレの味方だと信じてるから。
このままどうか、目覚めないで。願いをこめて、2回目のキスをした。










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