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▼ 火黄


黄瀬くん天使を追求したところ非常にバカっぽくなってしまいましたが、黄瀬くんは天使です。



***




ずっと言わなきゃと思ってたけど、この関係を変えたくなくて言えずにいた。

「メシ食った?」
「え?あ、まだっス…」
「なら作ってくるから、ちょっと待ってろ」
「あ、う、うん……、ありがと」

今日こそは、と決意して乗り込んだ火神の家で、オレは今日も持て成されてしまう。
火神が親切なのには理由がある。言葉にこそ出さないけれど、態度で証明してる。あいつ、オレのことが好きだ。それも割と、マジな方面で。
下心込みの優しさは過去にも何度か受けてきた。それを見抜いてするりとかわすスキルも、身に付けてきたはずなのに。火神が相手だと、どうもうまくいかなくて。
逆に火神が親切なのをこれ幸いと利用し、手玉に取ってる自分がいる。それを自覚したときは絶望した。
これは非常にまずいことだ。このままじゃオレは大変なことになる。だって、オレは。

「ま、待って、火神っち!」

このことを言わずに火神と距離が置けるならいいと思っていた。
だけどダメだった。どうしてもオレは火神に誘われると他の予定をキャンセルしてでも会いたくなってしまうし、火神に優しくされるのは嬉しい。要は、オレも火神が好きなのだ。
多少無茶なことを要求しても文句を言いつつ叶えてくれるところも。わがままの度が過ぎると怒ったり困ったり呆れたりする顔とか、だけど本気でオレを帰らせたり無視しないところとかすげぇ好き。っていうかむしろそういうお人好しっぽいとこのが好きで、なおさらオレは調子に乗ってしまう。

もしもオレが普通の人間だったら、このままで良かった。
オレは火神の好意を利用しまくって、わがまま言って、お前なぁ、と呆れつつも言うこと聞いてくれる火神のことがますます好きになってって、それでいい。そんな関係が良かった、けど。

残念ながら、それは不可能な話だった。
オレは、火神との関係を終わりにしなければいけない。

「何だよ?」

足を止め、振り向く火神の顔を泣きたい気分でじっと見詰める。
言いたくない。終わらせたくない。本当は。だけど。

「…ずっと、言えなかったことがあるんス」
火神と出会って、恋に落ちたことが運命なら。
この結末もたぶん、決められたことだったんだろう。
「オレね、実は、…普通じゃないんス」

バイバイ、火神っち。
オレ、本当にアンタのこと好きだったよ。
大好きだから、教えるよ。
傷つけてごめんね。

「普通じゃねーのは知ってっけど、なんだよ、改まって?」
「オレ、いわゆる天使ってやつなんス」
「あぁ、そう。天使な。んなこと前から知って…、……は?」
「だから…、…オレ、火神っちとは…これ以上、一緒にいられないんス…!」

なるべく平静を保って告白しようとしたけれど、やっぱ、無理だった。
声が震えて、目頭が熱くなってって。最後にはぽろりと涙が伝い落ちた。
愕然としている火神は、オレの顔を見て漸く意味を理解したのか。半開きの唇から、静かな感想が漏れ出た。

「…いや、それ、ねぇわ」

現実を受け入れられなくなるくらいに動揺する火神のことが、ますます手放し難くなってしまった。




「…そーいやお前、今日の練習試合中にデカいのに体当たりされたっつってたな。それでか?」
「デカいのに体当たりされたのはマジっスけど、それはこの話とは無関係っス。…何スかその手は。気安く触んなよ」

泣きじゃくるオレの前に近づいてきた火神は、わけのわからないことを言いながらオレの頭に手を伸ばしてくる。その手をぴしゃりと叩くと、火神はめんどくさそうな顔をしてため息をついた。
「頭ぶつけたんじゃねーの?いいから触らせろ。コブになってねーだろーな」
「…ぶつけてねっス。コブとかもべつに…、あれ?」
「やっぱぶつけたんじゃねーか。ちょっと待ってろ、タオル持ってきてやっから」
「ま、待って…!話はまだ…!」
「お前が天使だっつー話は分かったから。後で聞く」
「わ、分かったって…、ちょ、火神っち!」
全然分かってねーじゃねーか。驚いてもいないし。頭ぶつけたって何。ひょっとしてウソだと思ってんのか?
待てって言っても、火神は待たずに部屋から出て行ってしまった。
そして数分後、濡れたタオルを持ってまた現れる。コブの出来たところへそれを乗せ。痛ぇだろ、これって同情的な眼差しをぶつけてくる。
痛いとか痛くないとか、そういう話はどうでもいい。そんなの一時的なものだし、オレが話したいのはもっと先の。アンタとオレの、大事な話なんだ。

「火神っち、マジメに聞けよ」
「…ああ、話せよ」
「生まれつきなんスよ。こんなコブが出来るよりずーっと前から、オレはただの人間じゃなかったんス」
「そりゃ、人間として生まれて成長途中で天使になるなんて話は聞いたこともねーな」
「まぁ、そういうことっス。……で?」
「でって?」
「…何か、聞きたいことないんスか?オレが天使なことについて。それって普通と何が違うんだーとか」
「あぁ。…何が違うんだよ?」
「全然違うっス。まず、…天使は人を傷つけない」

火神の手の甲を睨みながら呟く。
さっきオレがはたいたとき、結構いい音がした。痛かったかもしれない。火神は顔色を変えることなく自分の手を見て、あぁ、と振る。
「傷はねーよ。引っ掛かれたわけでもねーし」
「でも、痛かったんじゃないっスか?」
「お前力あっしな。多少は。でもこんなん日常茶飯事っつーか、急に手ぇ出してお前びっくりさせてオレの責任だろ」
「…そりゃそうっスけど。…あー、そーじゃなくて、こーゆーのもダメなんスよ!」
「は?何が?」
「…アンタがオレを許すのが!…前々から思ってたんスけど、アンタなんでそんな寛容なんスか!アンタがそんなだから、オレは…っ」

火神はオレに優しい。
叩いても、突き離すようなことを言っても、自分が悪かったって言って謝るし、決してオレのせいにしたりしない。
そうやってオレを許すから、オレは調子に乗ってそうなんだって思ってしまう。オレは悪くない。悪いのはオレに甘い火神だって。そうやって、どんどん。

天使のはずのオレが、小悪魔みたいになっちゃうのは、非常にまずいことなんだって。

「簡単に許すなよ…っ、オレのわがままも、ほいほい聞くな!」
「…何怒ってんだよ。だったらお前がわがまま言わなきゃいいだろ」
「それが出来なくなったから困ってんじゃないっスか!オレは悪くないっス!火神っちがちゃんと拒絶したり、窘めてくれたらオレは…」
「…だってお前、出来ねーこと言わねーじゃん。腹減ったからメシ作れとか、眠いからベッド貸せとか、お前といる時は他の奴と電話すんなとか…、わがままっつってもなぁ」
「はぁ?!だったら火神っちはオレ以外の奴に言われてもほいほい言うこと聞くんスか?何人に合鍵渡してんスか?!このベッドに今まで何人連れ込んだってんスか?!」
「いや、そりゃお前だけだけど…。って、連れ込んでねぇだろ別に!お前が勝手に寝てるだけじゃねーか!」
「う…っ」
「?!な、何だよ…、どうした黄瀬!」

急に胸が痛くなって押さえて蹲る。さっきまで怒りかけてた火神の声が心配げなものに変わる。背中を撫でられて、ますます胸が詰まってく。
「だ…、から、…触んなよっ」
「な、何言ってんだ…、…大丈夫かよ?」
「大丈夫っス!!これは、ただの…」

この痛みは天使であるがゆえの弊害だ。
火神がオレの悪行を指摘してきた。天使であるオレは善行しかしちゃいけないのに。だから、神様が罰として痛みを与えたんだ。
こういうのがあるからオレは火神といられない。火神はオレを悪くする。天使としての生き方を否定する。だからオレは、マジで。

「…頼むから、オレに優しくしないで。そうじゃなきゃ、オレ…、オレは…」
「黄瀬…?」

もしかしたら本当に消滅してしまうかもしれない。
オレは天使として生を受けた。それなのにこんな悪いことばかりさせられたら、確実に。

「…悪いことって、誰が決めんだよ」

そっとオレの背中を撫でながら、火神が言う。
はっとして顔を上げる。真剣な顔を歪めた火神は、眉を寄せて少し怒ってるみたい。
「オレはべつに、お前がわがまま言うのは悪いことだって思わねーよ」
「わ、るいことなんスよ…。だって、普通は…」
「むしろ、嬉しいけどな」
「え?」
「さっきみてぇに、お前が…、オレが他の奴に合鍵渡してるかもって思って、嫉妬したりすんの、すげぇいいと思ったし」

鼓動がすごい速くなる。
触られてる背中が熱い。やばい。爆発しそう。

「嫉妬…なんて…」
「してんだろ。確実に」
「し、してない!そんな七つの大罪に触れるほどオレは落ちぶれちゃいねぇっス!」
「だから、なんでオレが良いと思ってんのに罪になんだよ。勘違いしてんじゃねーぞ、黄瀬」

火神の言葉を聞いて、一瞬心臓が止まった。
とうとう本格的に死んでしまうのかと思った。天使としての資格を奪われたオレは。このまま。

火神にぎゅっと抱き締められたまま。

「あ…、な、に…?」
「…言っとくけど。たぶん、お前が悪いと思ってることは、オレにとっちゃすべて善行だ」
「は…?」
「だからもう小せぇこと気にすんな。わがまま言いたきゃ好きなだけ言え。それがなくなったほうが、オレは」

嫌だ、と。
バカを言う火神のドキドキが、くっついた部分からオレに嫌ってくらい伝わってくる。
そうか、こいつは、馬鹿だったのか。そうだ、そうに、違いない。そうじゃなきゃ、こいつは。

「…図々しいにもほどがあるんスけど。…アンタ、ひょっとして、神様にでもなるつもりなんスか?」
火神の腕の中で思ったことを呟く。すると火神はくすっと笑い。
「それでもいーよ。お前が、オレのモンになるなら」
たいそれたことを言う。この瞬間、たしかにオレは、大罪を願った。


天使じゃなくなってもいい。
悪魔になってしまってもいい。
この人がオレの神様になるって言うのなら。
オレを天使にしたもともとの神様なんて、いらない。


「…火神っち」

反逆罪は、地獄に落とされるらしいね。
でもそれで、好きな人とずっと一緒にいられんなら。
この際。


「…ッ?!お、おい、黄瀬?!」
「言ったっスね!アンタがそういうつもりならオレ、もう容赦しないっス!」
「は?な、何だ急に…、ッ!!」

火神の体を全力で床に押し倒し、その上に跨って。ずっとガマンしていたことをする。
優しいことばっか言う唇を、オレので塞ぐ。舌で掻き回して黙らせる。右手を火神の服の中に突っ込む。

「ば…っ、おい、黄瀬!お前…ッ」
「…オレは悪くないっス。悪いのは、ぜんぶ火神っちなんスから」
もういい。天使の皮は剥いで捨てる。したいことを、オレはする。
唾液で濡れた唇を舌で舐め。欲情丸出しの熱い視線で火神を見下ろし。
「…責任取れよ、火神っち。なまぬるいセックスじゃオレ、満足しねぇっスから」
ごくりと息を飲む火神が、今のオレの顔を見てどう思ったかは知る由もない。
ただ、次に唇を押し付けた瞬間、火神がオレの腕を掴んでキスの主導権を奪いに来たあたり、火神のほうの欲情に火をつけるくらいのエロさは充分にあったのかもしれない。

もうダメだな。諦めた。
こんなに激しいキスして、服を脱がされて、肌を舐められて感じて喘ぐ天使なんてきっと何処にも存在しない。
だけどすごく気持ちいい。だからオレは火神を求める。
「…もっと、本気でしてみろよ」
優しくない愛撫が、最高に良くてオレの本性は暴かれた。




大切なものを失った翌朝は、さすがに後悔したし憂鬱な気分にもなった。腰もすげぇ痛い。
ベッドに横たわってぐったりしているオレの頭を撫で、火神はぽつりと昨晩の感想を漏らす。
「安心しろよ、お前、まだ天使だって」
「…気休めはよして欲しいっス。こんなことしたオレはもう、天使なんて…」
「すげぇ可愛かったけどな」
「……」

赤くなる顔を枕に埋め、恥ずかしいこと言ってんじゃねーよって呟く。
それでもオレの髪を優しく撫でる手が気持ち良くて、はたくことはもう出来ない。
幸せだ。泣きたくなるくらい満たされる。
だからオレは、今後も火神にわがままを言うことは絶対やめない。覚悟しやがれ。

「望むところだよ」

嬉しそうに、火神は言う。
本当に馬鹿な神様だ。地獄に落ちればいいのに。そうしたら。

一緒についてってあげなくもない。
っていうのは火神とのセックスが気持ち良かったからってだけで、それ以外の理由は特にはない、…し。











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