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30分ほどが経過し、「準備は万端だ」と言いながら灰崎の前に戻った赤司の見た目には、何の変化も見られなかった。
この30分間、姿の見えぬ赤司のあらぬ様子を想像していた灰崎は、平然としている赤司に若干の落胆を覚えつつ。ベッド上で手招きをして赤司を呼び寄せる。

「ひとりでちゃんと解せたかよ?」
「問題ない。…お前はどうだ?準備は整っているだろうな」
「あー、っと。…まぁな」
「確認しようか?」
「いらねぇよ。人の下半身より、テメーの心配してろよ」

ベッドの際まで歩み寄った赤司の腕を掴み、自分のほうへ倒れこむ赤司の体を支えながら。さっそく、灰崎の手が赤司の腰へ回った。
バランスを崩しながらも片膝を灰崎の足の間につくことで灰崎よりも高い目線の位置を保った赤司は、口端に笑みを浮かべながら灰崎の行動を見守る。
「せっかちなことだ。そんなに焦らなくても、時間はたっぷりあるよ」
「べつに焦っちゃいねぇよ。…さっさとやんねーと、ほぐれたモンが元に戻っちまうだろ」
「…そうだな。そうなればせっかくの労力が水の泡だ。灰崎」
ゆっくりと灰崎の首に両腕を回しながら、赤司は灰崎の耳元にそっと囁いた。
「確認してくれ。お前を受け入れるために整えたところを」
「……」

意識をしているのか、はたまた無意識なのか。
妙に男の劣情を煽ることに長けた赤司の声に、灰崎はごくりと息を飲み。左手を赤司の腰に添え、右手を再びスウェットの中へ差し入れる。

ぬるりとぬめる指先の感覚を辿り、人差し指を窄まりへ滑らせる。たしかに、オイルは潤沢に塗りたくられているようだ。
どんな表情でここに自分の指を突き入れていたのか。何を考えながらそうしたのかと、想像する度に灰崎は己の下半身を高ぶらせていた。両腕を灰崎の首に巻きつけ、やや前のめり姿勢になっている赤司の顔は現在も灰崎の視界に映ることはない。

「…赤司、息吐けよ」
「え…?」
「力抜け。こんなもんじゃアレ突っ込むのはムリだぜ?」
「…分かっている。…だけど、」

半ばまで突き入れることは出来た。だが、それ以上進まない事実を赤司に伝えると、赤司はさらにぎゅっと灰崎の首にしがみつきながら頭を振る。
「ちょっと、待ってくれ…、いま、力を…、」
「…キンチョーしてんの?」
「…しているね。…先ほど自分で施したときとは、勝手が違う。できればこのまま、無理にでも…」
「無茶言うなって。ただの棒突っ込むのとはワケが違ぇんだぞ」
無謀な願いを口にする赤司に呆れながらも、灰崎は赤司の腰に添えていた左手を移動させ。しっかりと自分に身を預けていることを確認しながら、その手を前面へ。赤司の性器へ、宛がった。
「ッ!ど、こを触って…っ」
「こんくらいでビックリしてんなよ。お前、オレにケツ穴いじくられてんだぜ?」
「そ、んなところを、触る必要は…、っ」
「…一回ヌいてやるよ。イっちまえば力抜けんだろ」

抵抗を見せる赤司を強引に抑え込み、性器を手のひらで包み込む。赤司の肩が跳ねる。短く吐息が弾む。
セックスの経験はある。その申告を疑うわけではないが、初々しい反応は灰崎の庇護欲を引き出す。何とかしてやりたいと。セックスの相手にそれを望むのは、灰崎にとって初めての経験だった。
そしてまた、同性の性器を扱くという稀有な体験も。それをして、嫌悪感を抱かないということも。まして。

「あ…、灰崎…ッ、ん、ぁ…」
「…随分エロい声出るようになったじゃん」
「う、るさい…ッ、はぁ、…っ、も、嫌だ…っ」
灰崎にしがみついていた手を片方外し、灰崎の動きを制する様に袖を掴む。実に貧弱な制止法だ。嫌だと言いながら。逆に相手の動きを促進する行動を取ってみせたのは、誤りではなく。正しい。
「灰崎…ッ!」
「…イっちまっていいぜ?ガマンすんなよ」
「う…っ、駄目、だ…っ、まだ…!」
「イけっつってんだろ」

射精に至る手段は熟知されている。
形容に多少の差があっても、性器の内部構造は同性であれば変わりない。
指先で巧みに刺激を送り、限界突破を促す。声にならない悲鳴をあげ、赤司は灰崎の手中に解放した。

乱れた呼吸を繰り返しながら、か細い声で赤司は恨み言を募った。
「嫌だと…言ったはずだ…」
「気持ち良かっただろ?何怒ってんだよ」
「……」
「先にイっちまったのが恥ずかしいのかよ?男だねぇ、セイジューロークンは」
嘲笑を浮かべながら赤司の睨みを受け止め、軽口を叩く。
過去にこの鋭い目つきに気圧されたことはあったが、現在同じ手を使われても灰崎には通用しない。立場はすでに変わっている。
そのまま赤司が吐き出した精液を後孔へ塗りつけようと手を伸ばしたとき。内容が聞き取れないほど低く微かな声を発しながら、赤司がその手を掴んできた。
「何だよ?」
「…やらせろ」
「は?やるって、何を…」
「僕だけでは不公平だろう。出させてやる。足を開け」
「……オマエなぁ」

負けん気が強いのは、古くから変わりがない。
挿入前に赤司の射精を促した理由は、緊張を解くためだ。灰崎が手淫を受ける理由は特にはない。
普段の赤司であれば容易く納得しそうな話だが、どうやら今は相当な羞恥に見舞われているようだ。冷静を欠いた赤司の手を振り解き、またも強引に灰崎は赤司の体に触れた。
「灰崎…ッ」
「そういうのはまた今度させてやっから。今日は、大人しくオレに任せとけよ」
「何…?」
「まだ一時間も経ってねーぞ?忘れてんじゃねぇよ、今日が何の日か」

すべての準備を開始する前に灰崎は赤い帽子を頭に乗せ、赤司に告げた。
未だ、サンタクロースからクリスマスプレゼントを配布されたことのない赤司へ。

「…本当に、お前と言う男は…」
するりと赤司の手から抵抗の意思が消える。
その身を投げだすように。目を閉じ、息を吐き。
「…『酷い男』だ」
不名誉な過去の称号を持ち出した赤司に、灰崎は満足げに笑った。



挿入は先ほどよりもスムーズに行われた。
時折苦しげな吐息を漏らすが、赤司が苦痛を訴えることはない。不安定な体勢を慮り、断りなくその身をベッドに横たえ、赤司を見下ろす位置に定着しても、文句は出てこなかった。
無言で行われる前戯の終了を願ったのは、赤司だ。
「…もういい。充分だろう」
「充分かどーかはオレが決めんだよ。コッチは命の次に大事なモンを使うんだぜ?」
「………そうか」
「…何そこで笑ってんだよ。…オイ、妙なこと考えてんじゃねーぞ?」
「お前の大切な物をこの身に受け入れることが出来ると思うと、…ふふ、…どうしようかな」
物騒な考えをこぼす赤司に表情を引き攣らせながら、灰崎は埋めた指を引き抜く。あまり焦らすのは得策ではないかもしれない。下手な思いつきを阻止するために、灰崎は赤司の腰に両手を添えた。
「大切な物を預ける気になったか?」
「あぁ、なったよ。…可愛がってくれよな」

先端の位置を定め、ぴたりと宛がい。赤司が息を吐いたタイミングを狙って腰を進める。
指での抜き差しを繰り返したそこは、容積を増した塊をずず、と受け入れる。
直前の会話が功を奏したのか。後孔の反発は、さほどなかった。
それでも灰崎には見えている。赤司の細い眉が、歪んでいることを。

「…痛ぇなら言えよ?」
「…痛くは、ない…、けど。…圧迫感は、やはり、違うな…」
「それってどんな感じ?」
「悪くは、ない…。満たされるような感覚だ。……気持ちいいよ」

目蓋を伏せ、ゆっくりと息を吐きながら。口端を緩ませてそう言う赤司に、灰崎の意識が傾く。
左手で腰を押さえたまま、右手を離し。汗ばんだ赤司の額についた前髪を掻き上げ唇を落とす。赤司の目蓋がゆるやかに上がった。
「灰崎…?」
「…こんなことされて、気持ち良くなってんじゃねーよ。…ほんと、調子狂うわ」
「正直な感想を…伝えたまでだ」
「…何がイイんだよ。野郎に突っ込まれて」
目線を交差させ、視点の中心を確りと捕らえ。与えられた質問に、赤司は微笑む。
「お前が、好きだからだよ」


こんな時に、と。灰崎は焦燥する。
明瞭な好意の言葉が引き出されたのは、共同生活が開始してから初めてのことだった。
頬を紅潮させ、視線を逸らす灰崎に、赤司の笑みがますます深まる。
「何を照れている?僕は、お前の質問に答えただけだろう?」
「う、うるせぇな…っ!笑うなっ!」
「お前好みの表情だと記憶しているけど」
「さっさと引っ込めろ!…じゃねぇと、」
「…ッ、ふぁ…ッ?!」

気恥ずかしさを誤魔化すように、半ばで止まっていた腰を強引に奥まで進める。
その途端、赤司の唇から驚きの混じった悲鳴が溢れ、びくっと全身が震えたことに、灰崎は目を剥いた。
「な、なんだよ…?!」
「あ…、っ、ま、ってくれ、いま…、」
「…お前、…もしかして…」
半信半疑ながらも灰崎はひとつの予想を胸に抱く。
赤司の体内を指で広げていたときはそれだけに集中していたため、思い出す事はなかった。
また、同性間のセックスは灰崎にとっても初めての試みだ。体内にある性感帯の存在を意識したのは、偶然の発見だった。
「…あんだな?イイトコ」
「…違う、僕は…」
「隠すなよ。…ここだろ?」

首を振り、先ほどの反応を掻き消そうとする赤司の望みを叶える気は灰崎にない。
にやりと唇を歪ませ、腰を引き。その箇所目掛けて先端を押しやれば。
「ひァ…ッ!」
「…っ、アタリ、だろ?」
先ほどと同様に腰を跳ねさせる赤司に、確信を持つ。
主導権を奪うポイントが、ここにあると。
「や…っ、い、いやだ、灰崎…、そこは…ッ、あぁっ?!」
「…おう。緩くなったじゃん」
再度同じ動作を行った後、ずるりと奥まで性器を突き入れる。こうなれば、赤司にはなすすべもない。
どくどくと。波打つ鼓動を体内に感じる。目を見開き、その感覚を刻み込む。
繋がりを。否が応でも感じさせられ。
「…ッ、はい、ざき…、ぁ…、っ、う、ぁあ…ッ」
「…赤司?」

感情の糸がふつりと切れたように、赤司はぽろぽろと涙を落としながら灰崎の名前を呼んだ。
何が赤司を泣かせているのか。灰崎には分からなかった。
彼はただ、現在自身を支配する欲求に身を委ねる。
「…ッ、動くぞ、セイジューロー」
突き上がる衝動を制御できる余裕がない。
赤司の拒絶は、強い腕力によって掻き消される。

それで、良かった。
多くを手にした赤司が望み、震える指先が掴んだ物は。

「…祥吾」

優れた才能でも、恵まれた体躯でもなく。
己の意思を跳ね退け、自分勝手な欲望を昇華する。

目の前の、二本の腕だった。











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