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▼ 3





タオルで髪の水滴を拭いながら冷蔵庫前に直行する灰崎は、上半身に何も纏っていなかった。
そのしなやかな背中を眺めながら、赤司は遡る。今から10年以上前の記憶を。

当時から赤司と灰崎の体格差は大きく、対峙して会話する際は常に赤司が灰崎を見上げていた。
だが、あの頃。灰崎は決して赤司を小柄な男だと認識したことはなかったと言う。
主将やカントクに信頼され、チームメイトに適確な指示を送る赤司は、身の丈にそぐわぬ圧迫感を周囲に与えていたと。10年以上の月日が経過した今も、彼は同じ印象を赤司に対して持っているのだろうか。

「…なぁ、赤司」
「…何だ?」
背を見せたまま冷蔵庫から取りだしたミネラルウォーターのキャップを開封し、灰崎は赤司へ問う。
「…お前が泣き喚くとことか想像もつかねぇけど、…たぶん、痛ぇと思うぜ?」
「え?…あぁ、…そうだな、痛みは伴うだろう」
唐突な質問の意図に遅れて気付き、だが赤司は冷静に分析する。
これから行われる行為について。最初からスムーズにとはいかないだろうと。
「大丈夫かよ?お前、他人に殴られたことも、部活で大怪我したこともねぇだろ。そんなんで耐えられんの?」
「…どうだろう。泣き喚くかもしれないね」
「涼しいカオして言ってんじゃねーよ。…やめんなら、今のうちだぜ」
「……何を遠慮している」

水を一口飲み、ペットボトルを冷蔵庫にしまった灰崎はゆっくりと首の向きを変え、目線を赤司に合わせる。すぐにそれを逸らし、頭を掻きながら。
「正直、…いまのお前、昔よか頼りねぇっつーか、…お前、そんなチビだったっけ?」
「高校卒業の時点より筋力は落ちているかもしれないけれど、身長も体重も大幅には変わっていない。変化があるとすれば、お前の心象にだろうね」
「…オレは何も変わっちゃいねぇよ」
「今も、僕に嫌悪感を?」
「んなもんはハナっから持ってねぇっつっただろ」
「少しくらいはあっただろう。僕は、お前からバスケを奪った張本人だ」
「……あー。…思い出したわ」
身体の向きを変え、赤司が座るベッドの前まで足を進めた灰崎は、立位のまま赤司の顔を見下ろし言う。
「お前さ、あの時オレに期待してたんだって?」
「…何のことだ?」
「シラを切るなよ。リョータから聞いたぜ?あの時、オレがお前の提言をシカトしてバスケ部に居座ってたら、っていうふざけた仮定」
「…ああ。そのことか。たしかに言った覚えはある。それが…」
「それ聞いて、お前の安定した未来ぶっ壊してやろうと決めたんだよ」

随分と古い話を持ちだす灰崎に対し、赤司は素直に過去の発言を認める。そして知らされる。自分の生活が、どのように急変したかを。

「オレが無茶言えば、お前の未来予測はぐっちゃぐちゃになるっつーから。だからオレは、お前の見合い潰しに行ったんだぜ」
「……」
「オレが行かなきゃ、お前は確実にあのキレーな姉ちゃんと結婚して、…こんな風に」
膝を曲げ、その場に屈んだ灰崎は赤司の右手を取る。過去にはバスケットボールを自在に操り、試合状況を左右していた赤司の指先は、ここ数ヶ月で多大な変貌を遂げていた。
「毎日メシ作って、水仕事して、荒れまくることなんてなかったんだぜ?」
「…そうだな。…気にしたこともなかったけれど、以前よりも乾燥気味だな」
「このツラだって」
赤司の右手を掴んだまま、逆の手を赤司の頬に当てる。僅かに睫毛を揺らし、赤司の焦点が灰崎の瞳の中心に据えられた。
「…ガキ共や施設職員に愛想笑いする必要もなかった」
「愛想笑い?…お前は何を見ている。僕は…」
「うるせぇな、黙って聞け。…愛想笑いだろうがそうじゃなかろうが、少なくとも、…お前はあんな笑い方するような奴じゃなかっただろ」
視線をやや下にずらしながら呟く灰崎の発言の真意が分かり、赤司は僅かに口元を綻ばせる。
灰崎と施設訪問時に再会したあの日も、赤司が子供たちに見せる表情について指摘をされた。「いつもあんな表情をしていれば良い」と。今の様に、少し不機嫌そうな口調で。
当時はその指南と灰崎の機嫌を損ねた理由について深く考えることはしなかった。だが今は、分かる。
「無意識に笑みがこぼれるのは、穏やかな気分にさせられたからだ」
「…キレイにまとめてんじゃねーよ。ああゆうのは、ゆるんだツラっつーんだ」
「灰崎」
「…んだよ」
「僕の眼を見ろ」

口で説明するよりも簡潔な手段を灰崎に示し、頬に宛がわれた灰崎の手の甲へ自分の左手を添わせる。わずかに灰崎の指先が振動するが、離れることはなく。
ゆっくりと、再び。視線が交わった。

「…っ」
「…鏡がないから分からないけれど、お前の言う「あんな笑い方」とは、この表情だろう?」
「……今作ってんじゃねーよ」
「作り物に見えるのか?だとしたら、これは僕の意思によって創造されたものではないな。…どちらかと言えば、僕は今、泣いてしまいたい気分だ」
「は…?!」
「自らの表情を、自らの意思でコントロール出来ないなんて、…赤司征十郎の名が廃るよ。…分かるだろう?灰崎、いま僕が満たされた気分で笑えるのは、お前が僕の頬に触れているからだと」

目蓋を伏せ、灰崎の手のひらに頬を押し付けながら赤司はゆっくりと顔の向きを変える。手のひらに唇が当たると、そのまま目を開き、視線を灰崎の目元へ落ち着かせ。先ほどよりも声のボリュームを落とし、ひそやかに質問を与える。

「僕の指先を変貌させ、僕の表情を新たに作り出し、…後は、何を成し遂げた?」

今度は目線を外すことはせずに、灰崎はそっと赤司から両手を離す。
質問の答えを示すために。湯上りに赤司が身につけた白いTシャツへ触れ。
まっすぐに、赤司を見詰めたまま。

「こんなやっすい服、着たこともなかっただろ」
「そうだな。このシャツは、僕がここへ来た当日、お前に衣類量販店へ連れられ購入したものだ。あまりにも低価格なもので、驚いたよ。これだけじゃない。今現在僕の手元にある衣類はすべて、すでに度重なる洗濯でよれている。それが、何だ?」
「…似合ってねぇんだよ、お前には」
「そうか。だったらどうする」

灰崎の右手がゆっくりと降る。赤司のシャツの裾を掴み、そして。
「…引っぺがしてやっから、大人しくしてろ」
赤司の願望を着実に叶えて行く。



赤司が中学時代の記憶を蘇らせたと同様に、灰崎もまた、十数年ぶりに目にする赤司の体に過去を重ねた。
「…やっぱお前、筋肉落ちてんな」
「数値的な変化はないと言っただろう」
「いや、もーちょいゴツかったろ。…ダイキやアツシ相手にも当たり負けなかったし」
「今も、本気でやれば負ける気はしないよ」
「強気じゃん。…こんなウッスい胸板で」
シャツを剥ぎ、素肌を晒した胸元に灰崎の右手が触れ、僅かに赤司の体が強張る。それを感じ取った灰崎はにやりとし、赤司の顔を見上げながら訊ねた。
「なに?ビビってんのかよ?」
「…手が冷たい」
「お前はやたらあったけーな。シャワー浴びて随分経ってんのに」
「……灰崎」
体が熱を持つ理由を、灰崎は知っている。それなのに分からぬフリをしている灰崎の態度に、赤司は少しの不快感と。
「…厄介な性質だけは、昔から変わっていないな」
「あぁ?どういう意味だよ」
「お前が僕を以前よりも小さく感じるのと同様に、僕もお前が以前よりも強靭になったように思えた。だけど、…変わっていない部分もあるのだと、安堵したよ」
「は?……うわッ!」

無抵抗で灰崎の接触を受け入れていた赤司が唐突に両腕を持ち上げ、それを灰崎の首に回し。勢い良く体重を傾けると、灰崎は赤司に圧し掛かられる体勢で床に尻餅をつく。
そのまま後ろに倒れてしまわないために、灰崎は慌てて赤司の背中に両手を回す。だがすでに、二人の体勢は赤司の望むものとなっていた。
「…急に積極的になったじゃねーか」
「いまひとつ、軽んじられることに馴れなくてね。それに」
灰崎の足の間に膝をつき、完全に見下ろす体勢を作り上げ。灰崎の顔を両手で包み込みながら赤司は笑う。
「頭が高いぞ、灰崎。僕を誰だと思っている」
「…あー。オレも安心したわ。相変わらずテメーは赤司様だよ」
安い服を脱がさなければ良かったと悪態をつく灰崎に対し、赤司はさらに笑いながら顔を寄せ。二度目のキスを、彼の唇に与えた。



躊躇いは次第に掻き消されて行く。
夢中でキスを繰り返していた赤司がぴくりと肩を揺らしたのは、灰崎の手がスウェットの内部に潜り込んで来た時だった。
「は、灰崎…」
「…いーから。キスしてくれよ、赤司」
「ん…、っ、は、…ちょ、ちょっと待ってくれ、…ッ!」
「んだよ、ちゃんと反応してんじゃん?」
「……」
指摘に反論をすることが出来ずに俯く赤司の様子を見て、灰崎は笑みを深めて手を動かす。
積極的ではあるが、こういった状況に馴れているわけではないらしい。優勢を確信したところで、下半身の状態を教えてやろうと唇を開く。
「お前の…」
「興奮状態にあるのは、お互い様だろう?」
「へ?…うおッ?!」
低い声が聞こえた。その直後、灰崎の下腹部に刺激が走る。赤司の右手が加えた圧迫感に、動揺と驚愕の入り混じった声を上げると、再び赤司の視線が持ち上がった。
視線が合い、灰崎は上擦った声で問う。
「…で、でっけぇだろ?ビビったか?」
「そうだな。平常時に近い状態でこのサイズは、立派だと思うよ」
「…普通に感心してんじゃねーよ。ちっとはビビれよ…」
「恐れる要素がどこにある」
けろりとした様子で断言する赤司に、灰崎は軽く息を吐き。服の中に差し込んだ手を、そのまま後ろへ回す。
指先が臀部の中心に触れても、赤司の顔色が変わることはなかった。
「…お前、マジ分かってんだろーな?今からオレに何されっか」
「今更、無知を装う必要はないだろう。安心しろ、セックスの経験くらい僕にもある」
「へぇ。…そんじゃ、確認するぜ?」
「確認…?…ッ!」

いくら純粋培養育ちの箱入り御曹司とは言え、とうに成人した男だ。灰崎も、よもや赤司が未経験だとは思っていない。
だがそれは、赤司がノーマルな性嗜好の持ち主だという前提が元となる予測だ。

「い…っ」
「お前、自分が男だって忘れてねぇよな?…セックスで使う穴がどれか、分かってんのか?」
「…っ、それ、は…」
「ここの穴に」

反発の強い箇所へ、強引に指先を押し入れ。赤司の右手に自身の下半身を意識させるために、腰を浮かしながら灰崎は赤司の耳元で呟く。

「この、デケーの、挿れんだ」
「…わ、かった…、分かったから、灰崎、指を…」
「全然挿いんねぇなァ?」
「あ、たりまえ、だ…ッ!少しは、頭を使え…ッ」
灰崎の指から逃げるように腰を上げ、呼吸を乱した赤司に先ほどまでの余裕はない。やや困惑気味に灰崎を見下ろし、目蓋を伏せる。
「…潤滑剤を使用したい。何かあるか?」
「舐めてやろっか?」
「…オリーブオイルを使う。…準備が済むまで、ここで待っていろ」
「へ?」
視線を合わせぬままそう言った赤司は、灰崎の肩を支えに立ち上がる。予想外の行動に、灰崎は狼狽した。
「じゅ、準備って…、テメーでやんのかよ?」
「…こんなことを他人に頼むわけがないだろう」
「いや、そりゃ…、」
「…本来ならば、お前にすべてを委ねたいところだが。…頼む、灰崎。時間をくれ」

赤司が視線を合わせずに会話を進めるということは、非常に稀な状況だ。
片手で顔を覆いながら向けられた赤司の後姿を目にしたとき、灰崎はその珍事に気付く。耳が、赤く染まっていた。

両足を開いたまま、唖然とした表情でドアが閉まる音を聞き。
「…だから、恥ずかしいなら最初から恥じらえよ…」
赤司の羞恥ポイントが他人とは微妙に異なる事実を思いだした。









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