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▼ 灰赤1




「クリスマスは何か予定あんの?」
「…クリスマス?」

灰崎の質問を受け、赤司は小説のページを捲る手を停止した。
ゆっくりと顔を上げ、灰崎の眼元を確認し。当然の様に答える。

「就職活動、かな?」
「…休めよ。つーか、お前働く気ねぇだろ。もう何ヶ月ここに居座ってんだ」
「働く気はあるよ。調理技術も上達しただろう?」
「…まァ、たしかにうめぇけど。…いや、こんな修行積んでどーすんだよ。花嫁にでもなるつもりか?」
「灰崎」
「な、何だよ…」
「…お前は本当に、…いや、面白い冗談を言う男だ」

微量の笑みさえ浮かべることなく赤司は灰崎をそう評価する。
先に撤回した言葉の続きが気になりはしたが、灰崎は食事の手を進めながら再度同じ質問を繰り返した。
「で?就活以外の予定は入ってねぇんだな?」
「ないよ。それがどうした」
「そんじゃ、オレに貸せよ」
「…どういうことだ?」
「そのまんまだ。お前の一日、オレに寄越せ」

高圧的な灰崎の言葉に、赤司は不思議そうに首を傾げる。
クリスマスの予定を尋ねられ、その予定を外せと言われ。一日を他人に捧げろということは、デートの誘いと受け取ってもおかしくはない。まして、赤司は過去に灰崎への好意をはっきりと告白している。想いを寄せる相手から誘いを受けたと喜んで然るべきシチュエーションだが、赤司は通常の常識を持ち合わせてはいなかった。

「構わないけど。一日と言うのは、25日の午前0時から午後23時59分までか?それならば前日の睡眠時間を調整しなければならないな」
「…違ぇよ。クリスマス前日の話だ。…オレが悪かった。借りるのは、24日の昼頃から9時くれぇの間だ。寝んのはいつも通りでいいし、パーティードレスも必要ねぇから」
「パーティー?…ああ、クリスマスパーティーを開催するのか」
「そーだよ。うちの施設でな」

赤司の誤認識を正すのは面倒だが、やり方は熟知している。呆れながらも訂正を入れ、灰崎は自身が勤務する児童福祉施設の事情を赤司に打ち明けた。
「調理のババアやら、若い職員がこぞって希望休出しやがって全然人手が足りねぇんだよ。お前、昼頃からうちの施設でメシ作ってついでに本番にも参加しろ」
「…調理師免許はないけれど、いいのか?」
「補助って形で入れば問題ねぇよ。…つーか、問題そこなの?」
「他にどんな問題がある」
「いや、…ガキのクリスマスパーティーだぜ?お前、何やらされるか気になんねぇのかよ?」
「…クリスマスパーティーは会食の場だろう。給仕を行えばいいのか?」
「給仕?…あー、いや、たぶん、お前が経験したことのあるパーティーとは違ぇわ。メシだけ並べとけばあいつらは勝手に貪り食うからウェイターは必要ねぇし、スーツもいらねーから」
「…だったら、僕は何を」
「なぁ、赤司」
灰崎の言うクリスマスパーティーと赤司の知るクリスマスパーティーで共通しているのは冠名だけで、内容はまったく異なるものだろう。それを察した灰崎は、もっとも分かり易い単語を使用して赤司に説明した。
「…お前、サンタクロースの存在って何歳まで信じてた?」



赤司が灰崎のアパートへ転がりこんでから数ヶ月。この間に赤司の調理技術は確実にレベルアップしていた。
それは赤司が調味料の比率をマスターする以前から毎晩試食に付き合わされていた灰崎がもっとも良く知る成長だ。そんな赤司の腕を見込み、クリスマスイブに不足している調理員数の埋め合わせに借り出そうと考えていたところ。

(灰崎さーん、サンタ役ってどーします?顔見知りの職員がやると、子供たちの夢が壊れますよねー)
(…っつっても、外部から呼ぶわけにもいかねーだろ。予算カツカツなんだし)
(灰崎さんの友達誰かいないんすか?)
(あぁ?んなこと言われても…)
(灰崎さん、黄瀬涼太と知り合いでしたよね!黄瀬涼太呼びましょうよ!)
(冗談じゃねぇよ…。つーかあいつ、テレビ出まくってっし、ツラ知ってるガキもいんだろーが)
(いやいや、だからこそ人気タレント呼んで子供たちも大喜び!って…)
以前、灰崎の中学時代の同級生であるくだんの人気タレントが施設を訪問してからと言うもの、ことあるごとに黄瀬を呼べと言う女性職員はこの時もここぞとばかりに黄瀬の名を口にする。
そのしつこさにうんざりとしながら、灰崎は首を横に振った。
(嫌だっつーの。あんな奴呼ぶくれぇなら、…もっと大物呼ぶよ)

灰崎の知人で、黄瀬涼太以外の大物と言えば、彼女たちは一人の青年を思い浮かべる。
元国会議員である赤司は、議員時代に何度かこの施設を訪問し、灰崎とも親しげな姿を見せていた。
生まれも育ちも良く、頭脳明晰で容姿も一流な青年議員は若い女性たちの間で人気タレントばりに騒がれていたが、突然国会を去った経緯を彼女たちは知らない。
当然、灰崎のアパートにかの御曹司が居付いていることも。

(ひょっとして、灰崎さん…、赤司征十郎とまだ付き合いあるんですか?)
(まぁ、連絡先は知ってっし…。あいつも今はヒマだろうから、呼べば来るんじゃねーの?)
(うそ!会いたい会いたい!呼んでください灰崎さん!)

普段は黄瀬涼太黄瀬涼太と騒いでいる女の突然の手のひら返しにうんざりしながらも、引くに引けない状況を自ら作り上げてしまったことを知る。
出来れば赤司を表舞台に引き戻すような真似はしたくなかった。それでも、黄瀬に声を掛けるよりは家にいる居候に頭を下げたほうがマシだと判断し。


「…この服を着て、子供たちにプレゼントを配布するのか」
「あぁ。…いや、無理ならいーぜ?うちの職員も、お前にこんなこと頼むのは気が引けるっつってたし…」

赤司が再び施設に来るというだけで舞い上がる職員は続出した。来てくれるだけで構わない。元国会議員様に、コスプレを強要するなどおこがましい。そんな意見も灰崎は聞いている。
「いや、着るよ。そういう趣旨のパーティーなのだろう?」
「え?いいの?…マジで?」
だが赤司は意外にも、あっさりと灰崎の依頼を受け入れる。
ベロア素材の安っぽい衣装をしげしげと眺めながら、微笑を浮かべ。
「サンタクロースの存在を、僕は小学校に上がるまで知らなかったよ」
「へ?知らなかった…?」
「小学校のクリスマス会で説明を受け、理解した。他人の家には、毎年決まってサンタクロースが訪れることを。…赤司家は、彼の巡回ルートから外れていたようだけどね」

サンタクロースの存在を何歳まで信じていたか。
一般家庭では、物心つく以前からその慣習は息づいている。サンタクロースが架空の存在であることを受け入れる年齢は人によってまちまちではあるが、赤司の場合は。一般とは言えない家庭で育った赤司は、無邪気な幻想を信じ込むことすら経験していないのだと灰崎は理解する。

「あ、赤司、やっぱ…」
「夢を持ったことのない僕が、服装を変えるだけで他人に夢を与える存在になれるなんて考えたこともなかったよ」
「……」
「悪くはないね」

暖かい家庭とは対極の家に育った赤司は、手にした衣服を両肩に掛けるとその笑みを灰崎へと向けて見せた。
鮮やかな赤色は、彼によく似合う。こんなコミカルな衣装でも、赤司が纏うと高級なマントのようにも見えてしまう。
見た目的にも内容的にも、明らかに人選ミスではないかと灰崎は思った。だが、灰崎の予想に反して赤司の機嫌はすこぶる良い。
いまさら、やっぱなし、などとは言えない空気に、灰崎は複雑な表情で息を吐いた。




かくして、クリスマス前日。
灰崎が施設へ連れて来た大物助っ人は、子供たちの目に触れる前に職員たちの注目の的となっていた。
中には、どうして議員を辞めたのか理由を聞きたいと遠巻きに話している職員たちもいたが、誰一人赤司に直接声を掛けることは出来ず。職員たちの好奇心はすべて、灰崎に注がれることとなる。
とは言え、灰崎も赤司が議員をやめた理由などを軽々しく言える立場ではない。義員バッジを返上するきっかけを作ったのは、他でもない灰崎自身だ。自分のためにそうさせたなど言ってしまえば、赤司との仲を疑われる以上にとんでもない騒ぎになりそうだと判断した灰崎は、オレが知るかよ、と逃げを打った。

「話してしまっても構わないよ。僕が、議員を続けるよりも好意を寄せる相手を振り向かせることを選んだことを」
「…言えるわきゃねーだろ。あいつら、お前のファンなんだぜ?」
「それは光栄だな。だとしたら尚更公言したいよ。僕は国民の幸福を考える人生よりも、一人の男にこの身を捧げる決断を果たしたと」
「真顔で馬鹿なこと言ってんじゃねーよ。さっさとメシ作れ!」

エプロンの紐を締め、調理台の前に立つ赤司は自身に向けられる好奇の眼差しを物ともせずに、さらりと灰崎の動揺を誘発させる発言を行う。
家の中であれば軽くかわせるようにはなったが、外でこういったアプローチをされることに灰崎は馴れていない。声を荒らげ赤司に仕事を強要し、ふぅ、と息をつきながら近くのイスへ腰を下ろした。

「何を調理すればいいんだ?」
「…チキンとケーキは外注したから、それ以外のモン。いつも作ってるよーなんでいーよ」
「わかった。お前は?」
「もーちょいたったらツリーの飾りつけ。…それまではここにいてやるよ」
「外してても構わないよ。児童や職員への対応くらい出来る」
「は?いや、そりゃそーだろうけど。…なに、出てって欲しいのかよ?」
「そうだな。お前に見られていると、少し緊張する」

冷蔵庫を開き、食材を選びながら赤司は淡々と言う。灰崎にとっては舌打ちしたくなるほど白々しい科白だ。
「お前がキンチョーするってガラかよ。議員選挙のときは何十人の前で演説してたよ」
「数の問題じゃないかもしれないね」
「…オレは毎晩、お前の手料理食ってんだぜ?」
「完成品を披露するのと、調理している段階の手際を見せるのとでは異なる。…実を言うと、まだ包丁捌きには自信がない。指を切るかもしれない」
「そりゃ危ねぇな。慌てんなよ」
「…だから、外してくれと言ってるだろう」
選んだ食材を取りだし、調理台へ戻る。まな板と包丁はすでに用意されていた。
「そーいや、見たことねーな、お前が料理してる姿」
「お前の帰宅時間に合わせて調理をしていたんだ。当然だろう」
「出来たてのあったかいメシ食わせるため?なに、お前そーゆう気遣い出来る奴だった?」
「お前に覚えこまされたんだよ。煮物のやわらかさも、具材の大きさも。すべて、お前の食好みに沿う料理を提供してきたつもりだ」
「…ふーん。そんじゃ、お前って」
イスから立ち上がり、赤司の背後へ移動しながら灰崎は言う。
「オレ好みのメシしか作れねぇんだな」
聞こえる声の距離が先ほどより近付いたことを察し、赤司の肩が僅かに強張る。
「あぁ、そうだ。…お前以外のための調理は、生まれて初めての経験だ」
「…へぇ、そりゃもったいねーな。うめーのに」
「……灰崎」
「ん?」
「…その手は何だ」

近付いたのは声だけではない。自身の腰に触れた他人の感触に、赤司はいっそう身を強張らせて問う。
新鮮な反応だと、灰崎は思った。好意を持っているとか、身を捧げる決断をしたとか、気取った発言は平然と行う赤司が。普段見せない行為を見せたり、接触されたりするだけで、緊張をあらわにしている。

「いや、なんか、…お前でも、不完全ってあんだなーって思って」
「不完全?僕のどこが…」
「完成したとこしか見てなかったけど、たまにゃ過程見んのも新鮮だよな。オラ、赤司。見せてみろよお前の包丁捌き」
「背後に立つな。横で見ればいいだろう」
「何処で見たって同じだろ。お前チビなんだし。で?何作んの?」
「…調子に乗るな。離れろと言っているだろう」
「いーじゃん、さっさとやれって」

ぴったりと寄り添いながら二人が行っている会話は、調理室前を通りがかった職員には届かない。
後にこの二人の姿を目撃した職員から、どこの新婚さんが手伝いに来てくれたのかと思った!と言われるとは、彼らはまだ知らない。










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