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▼ 酒席にありがち

※数年後の話。火黄が出来てて同棲してて、キセキが仲良しで、黄瀬くんが酔っぱらってる。


***



「…で?何だよ、このザマは」
「誰が飲ませたんですか?」
「オレじゃねーよ」
「オレも違うよ〜?」
「オレでもないのだよ」
「勧めたのは僕だ。だが涼太は自分の意思で飲み干した」
「お前かよっ!」

黄瀬が大変なことになってるから取りに来いと黒子から連絡を受け、素直に赴いたオレが馬鹿を見た。
事前に聞いた話では、今夜は昔のダチと飲んでくるとか何とか言ってた。そのメンツが、こいつらだとは。最悪にもほどがある。

「黄瀬くん、火神くんが来てくれましたよ」
「はぁー?…あ、火神っちぃ〜、オレに会いに来てくれたんスね〜」
黒子がテーブルに突っ伏している黄瀬の背中を揺すりながら声を掛けると、黄瀬はのろのろと顔の向きを変えてへらりと笑う。ひと目見ただけで泥酔してるのが分かる。

「…で、どんだけ飲ましたんだよ」
「ささやかなものだよ。2合でああなった」
「黄瀬に日本酒飲ませたのかよ?こいつ、女みてぇな酒飲んでるとこしか見たことねーぞ?」
「あ、でも一杯目ナマいってたよね〜。すぐ真っ赤になるくせに、馬鹿みたい」
「身の程を知らん奴なのだよ。…赤司、お前もそろそろ控えろ」

赤司に黄瀬が煽った酒量を聞いた。それだけで余計な回答が次々と出てくる。
その間も水のように酒を煽り続ける赤司がとんでもないザル野郎だってことは良く分かった。
そしてこうなったいきさつも、なんとなく。

「…とにかく、それ連れて帰るぜ。…金は?」
「後払いで構わないよ。…涼太とは、また酒席を共にしたいからね」
「…そん時はテメーらできっちり介抱してくれよ」

機嫌良さそうに笑いながら厄介な希望を口にする赤司を軽く睨み、座敷に上がりこんで黄瀬の側へ向かう。腕を掴んで名前を呼ぶと、だらりとした頭がぱっと持ち上がり、真っ赤な顔で黄瀬はオレに笑いかけて来た。
「あー、マジで火神っちだ〜!会いたかったっス〜!」
「…毎日会ってんだろ。行くぞ」
「えー?どこ行くんスかー?火神っちの家?それともホテル?オレね、今日パンツ履いてないかもー…?」
「うるせぇよ!お前とオレんちに帰るから、シャキっとしろ!」
不穏なことを言い出す黄瀬のデコを軽く叩き、目を醒まさせようとする。だが黄瀬はまたへにゃりと笑い。つい毒気を抜かれかけるオレは、周囲の視線に気付いて慌てて黄瀬の腕を引っ張って強引に立ち上がらせた。

「すいません、火神くん。後はお願いします」
「…オォ。…ったく、世話掛けやがって」
「なぁ火神ー」
「なんだよっ」
「お前、突っ込んだら2秒で終わるってマジ?」
「…はっ?!」
「あと黄瀬ちん不満がってたよ〜?火神のケツの穴小さ過ぎるって〜」
「言ってた言ってた!たまには黄瀬にもヤらせてやれよなー」
「…余計なお世話だッ!!…つーか、そんなもん、真に受けてんじゃねーぞテメーら!」

酔っ払った黄瀬がこいつらにどんな話をしたか、知りたくもないのに聞かされて。
散々な目に遭い、ほとんど力の抜けた黄瀬を引きずりながらオレは地獄の宴席を後にした。





黄瀬とオレがいわゆる恋人関係になったのは高校の頃だが、黄瀬がオレの家に棲み付き始めたのは今年に入ってからのことだ。
高校を卒業し、互いに別の大学へ進学した。スケジュールの都合が合わない日が頻発した頃に、家の合鍵を黄瀬にくれてやった。その時点ですでに、半同棲生活は始まっている。
徐々に黄瀬の荷物がオレの家に増え始め、黄瀬が自宅に帰らなくなっていって、気がつけばずるずると。毎朝毎晩顔を合わせ、可能な限り一緒にメシを食って、ベッドも。ほぼ毎日、共同で使う間柄のオレたちが、同棲をしていないなどとは最早誰も信じない。
一年近くこんな生活を送ってきて。高校の頃は知り得なかった黄瀬の私生活を、ほとんど把握したつもりになっていても。

時々、こうしてオレの知らない黄瀬を見せつけられることがある。


「ねー火神っちー、オレ、酔っ払っちゃったぁー」
「…あー。見りゃ分かるよ」
「見ただけじゃ分かるわけないっしょー。ねー、触ってよー」
「…運転中だ。帰ったらにしろ」

居酒屋を出て寒風に当たったときは少し酔いが醒めたようなツラをしたが、車の助手席に乗せてしばらくするとこの調子に逆戻りだ。
いっそ寝てしまえばいいと思いながらアクセルを踏む。隣で黄瀬が喋り出す。
「車、いいっスね。オレも、免許取りたいなー」
「…こいつは貸してやんねーぞ」
「えー、いじわるっスねー。なんでー?オレ、こー見えてアンザン運転っスよー?」
「安産じゃねーよ、安全運転だろうが!…くそ、この酔っ払いが」
「酔ってないっスー」
「…ベタな嘘ついてんじゃねーよ」

運転中のため顔を確認することは出来ないが、へらへらしてんのは見なくても分かる。
ハンドルを握る手に、自ずと力が入る。苛立っている。それは決して、隣の酔っ払いがウザいからってだけじゃない。

ここまで酔っている黄瀬を、オレは見たことがなかった。
オレもそこまで飲酒するタイプではないし、黄瀬も同じだ。家で酒を飲む機会はほとんどない。
時々仕事仲間と飲みに行き、多少酒臭い帰宅を果たす夜はあった。だが黄瀬がここまで前後不覚に陥る飲み方をしたことは、オレの知る限り一度もない。
一緒にいたのが、あいつらだったから。こうなった理由はそれに尽きるだろう。
それも、あいつらの言い方から察するに、これは初めてってわけじゃない。
真っ赤な顔でテーブルに突っ伏す黄瀬を見ても、あいつらは平然としていた。

そして何より腹立たしいのは、いま、隣で機嫌よく鼻歌を出している黄瀬が、オレと同棲していることを。そうなってから変わったあれこれを、忘れたような態度でいることだ。

この車を購入したのは黄瀬の発案だ。
自分はそれなりに世間に顔が知られていて、電車移動が煩わしい。だから、高校卒業時に免許を取得したオレが車を買って、その助手席を自分の指定席にすると。
わがままな話だが、提案してきたのが黄瀬の誕生日だったせいで渋々承諾することになったんだ。

居酒屋での第一声も気に食わない。
会いに来た、じゃねぇ。オレは、迎えに行ったんだ。
黄瀬の居場所は、中学時代からのダチの側じゃない。オレん家だ。それなのに。

まるで、何もかも忘れて高校時代に戻ったような黄瀬の態度が、気に入らない。



「…ねー火神っちー、…なんかぁー、…怒ってる?」
「……怒ってねーよ」
「ホントっスかぁー?なんか、口数少なくない?火神っちって、そんなキャラだったっけ?」
「うるせーな、運転してんだよ」
「…運転、しなくていーから、構ってよ」
「ふざけんな!…あーもー、マジめんどくせーな、お前」
「でも、そーゆーオレのこと、好きっしょ?」
「……」

前方を見据えながらも、横から黄瀬の視線が痛いくらいに突き刺さってくるのが分かる。
相手は酔っ払いだ。どうせ、この会話も一晩寝て目覚めたときには忘れてる。
適当に答えちまえばいい。分かっていても、なかなか言葉が出て来ない。

「ねー火神っちー、聞いてるー?」
「…聞いてるよ。…好きだよ」
「…うれしー。オレも、火神っちのことがだぁーいすきっス!」
「……そーかよ」
「火神っちは?オレのこと、どれくらい好きー?」
「……そこそこ」
「えー、うそ。じゃあじゃあ、オレと青峰っちどっちが好きー?」
「……」

ウザいを通り越して殺意すら芽生えそうな悪乗りに、適当な返事をする気力すらも持ってかれる。
ねぇねぇ、としつこく回答を求める黄瀬に、オレはため息をつきながら。
「青峰よりも、黄瀬のほうが好きだ」
「…黒子っちより?」
「あー。黒子より」
「そんだけ?」
「…何だよ」
「家族とか、友達とか、火神っちの周りの人の誰よりもオレが好き?」
「……あぁ」
「マジっスか!」
「…だから、何なんだよっ」
「オレも!オレもそーなんス!オレ、めちゃくちゃ火神っちのことが好き!オレよりも、火神っちが好き!高校ん時からずっとっス!…火神っちも?」
「……」

タイミング悪く信号に引っ掛かり、ブレーキを踏む。
やけにテンション高く宣言する隣を、横目で見てしまえば。期待にキラキラしている眼差しを、がっつりと受け止めてしまえば。

「…好きだよ」

どうしても、応えてしまう。
明日には忘れると、分かっていても。

「どんなお前も、好きだ」


言葉にすると、気持ちはすっ、と身に馴染んで行く。
好きだ。自分の知らない黄瀬を、なくしたいと願うほど。
それを知り尽くしている古くからのダチに腹を立てるくらい。
身も、心も。過去も、未来も。僅かな断片すら共有していたいというのが、オレの本音だ。


「…素直でよろしっス。…うん、自信なった!」
「…は?何だよ」
「全部見せちゃって、四六時中べったりだと、飽きられるって。嫌いにならなくても、最初ほど好きじゃなくなることってあんじゃん?」
自分のシートベルトを引っ張っては戻して、を繰り返しながら。機嫌良く黄瀬は言う。
「オレだってそうっス。それなりに付き合って、相手に馴れたら、だんだん興味は薄れてく。…でもさぁ、火神っちは、ずぅーっと、…あの頃のまんまっスね。いつもいつも、オレに反応してくれて…、ありがとね」
「……」
「それ聞いた、って、言わないで。…何度でも、言わせてよ。…オレ、火神っちのことが、好きっス」

眠気がようやく出てきたのか。だんだん黄瀬の声から覇気が失われてって、どこかのんびしした口調になっていく。
穏やかなその声に。どうせ明日には忘れると、分かっていても。

「そーかよ、オレもだ」

高校時代に経験済みの、告白の再現に応えておく。





自宅に黄瀬を連れ帰り、ベッドに転がして服を緩めてから携帯を確認すると、黒子から安否確認のメールが届いていた。
ここまで黄瀬を半ば引きずってきたオレに返信メールを打つ余力はない。着信履歴から黒子の名前を選択し、コールする。待機は短く、黒子が応答した。

「お疲れ様です。大丈夫でしたか?」
「あー、今帰ったよ。…もう寝てんぜ」
「…さんざん騒いでたと思ったら、糸が切れたみたいに眠ってしまうんですよね、黄瀬くんは。…相変わらずです」
「……」

黒子の発言に他意はないと分かっている。
昔話を当然のようにするのは、黄瀬にとってオレが重要人物に値すると認識してのことだ。
それでも、オレは。みっともなく醜い嫉妬を、黄瀬の過去を知る男に対して抱く。

「あの、火神くん。…黄瀬くんのこと、怒らないであげてください」
「…は?怒る?」
「その…、ボクらに、火神くんの秘密を暴露したこととか」
「…あー。…忘れてたよ」

続いて黒子は言い辛そうに、宴席での仲間の失言を詫びてきた。
忘れてたってのは、マジだ。考えてみれば聞き捨てならない発言だったが、オレは酔っ払いの介抱で疲れた。

「…べつに。黄瀬も相当酔っ払ってっし、怒りゃしねーよ」
「そうですね。どっちかっていうと、…喜ぶことかもしれません」
「は?」
「お酒が入った黄瀬くんは、ずっと君の話ばかりしてました。それで、青峰くんたちが面白がって性生活のことを探り出したみたいですけど…。…驚きましたよ。普段から黄瀬くんは陽気で饒舌で、お酒の席でも変わらないと思っていたけれど、…あんなに幸せそうに付き合っている人のことを好きだ、愛してる、って言う黄瀬くんは、ボクらも初めて見ました」



オレの知らない黄瀬に、馴れているはずの黒子たちでさえ知らなかった顔があったと、黒子が言う。
自惚れかもしれない。だが、通話終了後に黄瀬の寝顔へ視線を向け、自ずと緩む頬を押さえながら、オレは思った。
たぶん、その幸せな黄瀬の表情は、隠れていたわけではない。
オレが作ったものだろう、と。

「…変わんねぇ、はずだよな」

毎晩見ているはずの寝顔さえ、こうして見れば未だに心臓が高鳴る。
この先どれだけ時間を共有していっても。オレがこいつに馴れることは、ないような気がする。
目が醒めて、今夜の失態と告白を黄瀬が忘れていたとしても。

「…んん、…火神っち…」
「あ?何だよ?」
「……」
「…寝言かよ」

むにゃむにゃと口を動かした黄瀬の目は閉じたままだし、覚醒していないのは一目瞭然。それでもこいつがオレの名を呼び掛けると、無条件でいちいち反応してしまう。
長い年数を経て、体の隅々を見せ合い、四六時中言葉を交わして生活を共にしていても。

黄瀬の発言や仕草のひとつひとつを見過ごせないオレは、常にそれに応え続け。
新鮮な反応をありがとうと。飽きずに黄瀬は、オレに構い続けるのだろう。










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