krk-text | ナノ


▼ 3





「と言うわけでこれはただの実験結果だ。誤解は解けたか?紫原」
「…うん、赤ちんの行動理由は分かった。でもね、それとこれとは話が別。許すか許せないかっつったら、今にもヒネリつぶしたい気分」
「そうか、残念だな」
「はっきり言うよ、赤ちん。赤ちんがしたことは、れっきとした浮気だかんね」

見たくないものを、赤ちんの肌に見つけてしまった。
悪気はないんだろうなってのは話を聞く前から分かっていた。赤ちんは悪いことをしない人だ。たぶんこれも何か理由あってのこと。努めて平静を装いながら、赤ちんのうなじに見つかったキスマークの指摘をすると、赤ちんはやっぱり悪びれることなく事情を説明した。

見た感じそんな気配は微塵も滲ませてはいなかったけれど、実は赤ちんは悩んでいたらしい。
オレのことが好きで、オレとエロいこととかしたくて、でも、いざそれをする時になると自分の体が他人の物の様に言うことを聞かなくなってしまうのだと。
それは知ってた。オレも何度か、そうなるところを見てるし触ってる。
赤ちんは赤ちんなりに考えたのだと言う。
最初にオレが指摘した事実は、割と正しかったんじゃないかって。

「心身共に健全な動物と言えど、個体差というものはある。…性欲がないと考えればお前に触れられて性欲求が増すどころか拒絶反応が出ることにも納得がいく。かと言ってお前との接触に嫌悪を感じているわけではないことははっきりさせたかった。だからオレは、お前以外の人間に」
「…どこまでさせたの?」
「背後から密着するよう頼んだだけだ。首筋に吸いつかれたのは想定外だった」
「ふぅん。…そんで?どう思った?」
「どうとも。何人かに同じ行為を依頼してみたが、お前にされた時のような反応は一度も…、紫原?」
「…っ、赤ちんのバカ!!何それ?!一人じゃねぇのッ?!」

キスマークの理由を聞いたのはオレだ。でも、聞けば聞くほど嫌になる事実が赤ちんの口から紡がれて、オレはもうどうにかなりそうだ。
自分から抱き締めてくれって頼んだ?しかも、不特定多数の男たちに?
バカじゃねーの?どこのビッチだよ。
もう、何て言ってお願いしたの?なんて聞けない。たぶんそれは地雷だ。踏んだら大爆発するに違いない。
だから何も聞かずに、オレは赤ちんの体をロッカーにドンと押し付け、ばかってもう一度言ってやった。


赤ちんのこういうところは、本当にダメだと思う。
頭はいいくせに、常識がない。御曹司だか箱入りだか何だか知らないけど、世間知らずにもほどがある。
常識っていうか、赤ちんに欠けてるのは情緒なのかな。普通、ないよ。自分を試すためにどうでもいい相手にキスさせるなんて。

しかもオレはあんだけ、他に行くなって言った。
待てるからって。それに赤ちんは、他じゃ無理って断言したんだ。
なのにこの仕打ちはムカつくし、許せない。裏切りだ。


「紫原…」
「…オレも、するけど。いいよね、赤ちん?」
「え…?」
「赤ちんのここに。キスマークつける。これより濃くてデカいの。ちょっと痛むかもしんないけど、お仕置きだからガマンしてね」
「……」
首の後ろに手を滑らせ、汚いしるしの残るうなじを撫でる。
見下ろした赤ちんの目が少し揺らいでる。
困ってんの?らしくないね。もっと反省したらいいよ。
怯えたっていい。泣いたって、かまわない。
今日は赤ちんがどんな拒絶反応を見せたって、絶対許してあげない。
優しくしない。力づくで抑え込んでキスしてやる。

首の後ろに回した腕をそのまま伸ばし、肩を掴んで赤ちんの体を反転させる。
後頭部を手のひらで押してロッカーに額をゴツンと当てて、そのまま膝を折って赤ちんの首筋に顔を埋めた。
「…ッ!」
たぶん誰かと間接キスにはなるけど、どうだっていい。虫刺されみたいな赤い痕をべろりと舐めて、それからきつく吸う。赤ちんの身体がこれ見よがしに硬直した。
「む、紫原…ッ、ちょっと、待ってくれ…っ」
「待たない。次行くよ」
「ッ!ぅ…」
吸った横の白い部分をまた吸う。こうやって周辺を塗りつぶしてくことで、ただの虫刺されのような痕の範囲を広げてく。誰かに何これって聞かれたら、普通よりデカい虫に刺されたって言い訳すればいいよ。そいつは強力な毒を持っていて、こんな痣みたいになってるって赤ちんが真顔で説明すれば、みんな信じるよ。

舐めて吸うを繰り返す。赤ちんは身を強張らせたまま、うなじをオレに差しだすみたいに頭を前方に下げてる。気付けばロッカーに両手をついて、その手をぎゅっと握り締め、耐えるみたいなポーズになってた。
「…ねー、赤ちん」
強気な赤ちんがそういう仕草をしているのを見たら、何だか妙な気持ちになってきた。
苦行を耐え忍んでいる赤ちん。苦行ってのはもちろん、オレにキスされてることだ。
接触が嫌でこうなってるわけじゃないってのは知ってる。知ってても、この身体の反応を見てると少し傷付く。

頭部を押さえつけてた手を外し、赤ちんの腹に回す。もう片方の手もそうしてから、赤ちんと同じ様に額をロッカーにくっつけて話し掛ける。
「…このくらいで勘弁してあげるから、そろそろ力抜いてよ」
「…おわ、ったのか…?」
「うん、おしまい。いーよもう。こっち向いて、…キスさせて」

赤ちんの常識外れな行動には、怒っていたのだけど。
お仕置きを果たした今は少し落ち着いて、そしたら今度は空しさが沸いてきた。

赤ちんのこの反応は拒絶じゃない。赤ちんが自分でそう言うからにはそうなんだと思う。それでも、一般的にみれば触ることでこんなに硬直されてしまったら嫌がられてるように感じてしまう。
それを払拭したくて、お願いする。
キスするときは、赤ちんも割と普通だ。と言うよりは、今のこの反応は何だってくらいに平然と受け入れる。それはそれで情緒に欠ける気はするけれど、触って固まられるよりは無反応なほうが気持ちは楽だ。

だからのお願い、だったんだけど。

「…少し待ってくれ。今は、振り向けない」
「え?…えー、うそ、なんで?痛い?」
「そうじゃ、ないのだけど…。…そこを退いてくれないか、紫原…」
「な、なんで?!ごめん、オレやり過ぎ…」

いつもと違うおかしな反応にオレは激しく動揺する。いつもと違う、ことはしてる。それが、赤ちんの身にドデカい負担を与えてしまったのだろうか。
いや待て。オレが何したって、首筋にキスマークを大量生産しただけじゃん。切りつけたわけでもブッ刺したわけでもないんだ。そりゃ痛みはあったかもしれないけど、そもそも赤ちんが肉体的な痛みで弱音を吐くことなんて、今までになかった。この程度で、なんで。
冷静になれ、と意識を奮い立たせるオレの腕に、赤ちんがもぞもぞと動く感覚が伝わってきた。

「あ、赤ちん…?」
「…っ!」
「ど、どうし…、え?!」
退け、と言われたことを思い出して両手を赤ちんから離す。すると、驚くことに赤ちんはそのまま、空気の抜けた風船みたいにへろへろと床へへたり込んでしまった。
「あ、赤ちん…?」
「…頼みがある、紫原」
「え、なに?」
「…何も聞かずにこのまま退室してくれないか。…説明のつかない事態が、発生している」

アヒル座りで両手を床につけ、ごめんなさいするように頭を垂れさせた赤ちんの背中ははっきりと拒絶を表している。
血の気が引いた。やばい、これは本気でまずいかもしれない。オレはやってしまったのだろうか。
「あ、赤ちん、オレ…」
言うことをきかなければ。これ以上赤ちんを怒らせるのは得策じゃない。そう思っても、オレはまだ赤ちんにキスしたい欲求を捨て切れない。

いま言うことを聞いて出て行ったら、よくない気がする。オレはもちろん、赤ちんのためにも。
だって、赤ちんは。

「…浮気のときは、そういうの、なかったの?」
「……」
「ねー赤ちん、聞いてんだけど。答えてよ。…じゃないと、触って確かめるよ?」

無言の返事って、赤ちんらしくない。説明出来ないからだと赤ちんは言うけど。だったら、口で言わなくていい。
赤ちんの後ろに膝ついてしゃがんで、覆い被さるみたいにしてくっつく。ビクっと赤ちんの肩が揺れる。
右手を。赤ちんの胸元に持ってった。ドキドキしてる。超早い。
「う…、」
「…あのさ、赤ちん」
「い、わなくていい。…分かっている」
「オレ分かんないんだけど。これって、緊張?恐怖?怒り?それとも、」
「……」
「性的な興奮ってやつ?」

胸を片手で押さえたまま前のめりになって覗き込めば、見える。赤ちんの足の間の、反応。
赤ちんが女の子だったら絶対にバレなかった、形の変化。赤ちんが男だから見れた、興奮の度合い。

「…浮気は実験だって言ってたよね、赤ちん。だったら、オレにも実験させてくんない?」
「え…?…っ、ま、待て、やめろ、紫原…」
「じっとしてて」

慌てる赤ちんを封じ込めるのは簡単だ。腕力の差は歴然なんだ。オレがその気になれば、赤ちんなんて耳を掴まれたウサギも同然だ。
右手を、下へずらす。赤ちんの身体がふるふる震える。その気になってるオレは無視する。触る。
「ひァ…ッ!」
「うわっ、あ、赤ちん?!」
一際ビクンと跳ね上がった赤ちんが、妙に高い悲鳴を上げる。それにビビったオレは思わず手を離してしまうのだけど。

「う…、ぅ、…っ」
「…あのさ、赤ちん、…クスリやってる?」
「…ッ!そ、んなわけが、あるか…っ」
「だって、これ…」

ちょっと掠めた程度なんですけど。赤ちんの変化は、やけに著しい。
遅効性の性欲増進剤でも飲んできたんじゃないかって疑ってしまうのは無理もない。そうじゃなきゃ、この状況は?

そこでオレは、気づいた。
クスリをやってるわけじゃないなら、赤ちんがおかしくなったのはオレのせい。
オレが、こうして、ハーフパンツ越しに触ったせいで。

「…っ、赤ちん!」
「な、んだ…?」
「オレ、いけるかも。赤ちん抱ける。むちゃくちゃに出来る。だってさ、赤ちんて」
「っ、」

今まで試してきたことを思い返せば、この結論に異議を唱えることはできない。
オレがその気になって手を出せば必ず、それまでの強気な態度を覆して小動物みたいに怯える赤ちん。あれ、怯えてたんじゃないんだ。赤ちんがオレにビビるはずはない。全然、可哀想に思う必要なんてなかった。

「む、紫原…?」
赤ちんがビビってるとしたら、それは、自分の内側で発生した未知の感覚に対する恐怖。
だって、こんなこと今までなかったんでしょ。
誰に触られても。抱き締められても。
オレだけなんだろ、こうなるのは。

「…やめて欲しい?」
「え?あ…」
「これ、最後だよ。もう待ったなし。赤ちんぜんぶ暴くよ。この化けの皮、ぜーんぶ引っぺがして」

ゆっくりとハーフパンツのゴムを引っ張って、腹のとこから指を突っ込む。異常なくらい熱くなってる皮膚がオレに訴えてくる。この皮の内側はもっとスゴイことになってますよ、って。
「ぁ、あ…」
赤ちんの中に詰まってるのが何なのか、今はよく分かる。
性欲と、興奮と、好奇心と、それから。

「赤ちんの本性、引きずり出したげる」

今にも爆発しそうなくらいに膨らんでる、オレへの気持ち。



手加減は、たぶん出来ない。
そういう器用な真似が出来る相手じゃないって、告白したときに知ってたし。
そしてもうひとつ、オレは知った。
赤ちんの肌が、オレ限定で敏感になるって知っちゃった今は。

淡白なんて、思わない。
濃厚な、接触を。
赤ちんが、普段の赤司征十郎を保てなくなるくらいに、してあげるから。
「オレにゆだねて」
見せてね、全部。




「黄瀬、そんなところで何をしている。邪魔なのだよ」
「うわっ!み、緑間っち!!ダメっスよ、今超いいとこなんだから…ッ」
「…何を言っている?いいから退け」
「嫌っス!オレが何のために赤司っちのうなじに本気でキスマークつけたと思ってんスか!すべてはこの…、……あ」

部室のドアがちょっとだけ開いてるのには、気付いてた。
たぶん誰か盗み聞きしてんだろうなってことも。知ってて放置してたんだけど。

「…ねえ、赤ちん。…オレ、急に用事が出来ちゃった。ちょっとひとヒネリしてくるから、このまま待っててくれる?」

捨て置けない事実を知った今は、込み上げてくるこのモヤモヤをある程度発散させてから。
そしたらちょっとは加減出来るかな。そう思いながら立ち上がろうとした次の瞬間。

「後にしろ。…突破するなら、今だ」

見上げる赤ちんの潤んだ眼差しっていう究極のゴーサインが、オレの理性を崩壊させた。










第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -