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▼ 2



「白衣は汚れを早期に発見して清潔を保つために着用される。つまり、汚されることを前提として作られたものだ」
「…へー、そうなんだ…」
「すなわち。お前がオレを清い存在と思うならば、その手でオレを」
「その理屈がおかしいってのはオレにも分かるよ。赤ちんてほんっと、誘い下手だよね」

練習が終わってヘトヘトになって部室に引き返して、シャワー室から出てきたところで赤ちんに遭遇した。上半身何も着てないオレを見て、赤ちんは爛々と目を光らせ、オレの筋肉が前と比べてどうなったとか骨がどうとか語った上でわけのわからないことを言い出した。
とどのつまり、赤ちんはオレに抱いてくれって言ってる。ひねくれまくった言い回しがオレのやる気を削ぎまくってるなんて思いつきもせずに。

「しないよ、まだ」
「…分かった。残念だけど、次回にするよ」
まったく残念そうじゃない顔でそう言った赤ちんは、オレに拒絶されればさっと身を翻してどっか行こうとする。なんとも潔い後ろ姿だ。正直、引くよ。
どこまで本気なんだよって聞いたら、きっと赤ちんはどこまでもって答える。本気、なんだ。本気でこの人は、オレとセックスしようと考えてる。
好きな人にそれを望まれて嬉しくないやつなんていない。オレだって本当は、下手くそな誘いに乗っかって赤ちんに乗っかりたい。
両想いだし、同じ望みを抱えてる。なのにオレが赤ちんに手を出さない理由は、ひとつ。

ああやってまじまじと体を観察されて、ガツガツ来られると、こんな風に考えてしまうんだ。


「赤ちん、オレの体目当てでオレと付き合ってんのかも」
「ぶっは!…何言ってんスか紫原っち…!」
「きったねー、吹くなよ、黄瀬ちん」
翌日、部活の時間、休憩中。体育館の隅っこに座って、ミドチンと話し込んでる赤ちんの横顔を眺めながら呟いたら隣にいた黄瀬ちんが反応してきた。
「…何かあったんスか?清純派の赤司っちと」
「黄瀬ちんどこに目ぇ付いてんの?アレのどこが清純?」
「アンタが言ったんだろ?!」
「そうだっけ。…そーだな、昔はそう思ってたけど、あの人全然そんなじゃなかったよ」
「え…?!そ、それって、紫原っちが初めてじゃないってこと…?!」
「馬鹿じゃねーの?んなわけねーし。赤ちんは紛れもなく処女だよ。穢れきった黄瀬ちんとは違って」
「最後の余計な一言は聞かなかったことにするんで、…なに?どういう意味っスか?スゲー興味あるんスけど」
「……」
好奇心でいっぱいですって視線を向けられて、ちょっとうんざりする。だけどオレは抱えていたモノを吐きだしたくなってて、黄瀬ちんならいいやって思って吐いた。
「事あるごとにヤりたがんの。わざとかってくらいに萎える誘い方で」
「さ、誘ったりするんスか?あの赤司っちが…」
「赤ちんは健全で健康で性欲旺盛な中学生男子なんだってさ。知らなかったでしょ。オレもビックリした」
目を見開いて口をパクパクさせる黄瀬ちんの顔が面白い。オレはもっと黄瀬ちんの知らない赤ちんを知ってるけれど、そこんとこは教えない。
「ま、まぁ…そっスよね、赤司っちだって男なんだし。そりゃ、性欲も人並にあるかもしんないっスね」
「うん」
「…で、それの何が問題なんスか?」
「は?」
「紫原っちは赤司っちのこと好きなんスよね?そんで、赤司っちは紫原っちを求めてる。そんなら誘い下手だろうが何だろうがさっさと頂いちゃうのが正しいことなんじゃないんスか?」
「……」
やっぱりこいつに話したのは間違いだったかもしれない。何も分かってない。そういう一般論が通じない相手だから、オレは嫌になりかけてんだ。
「一般人っスよ、赤司っちは」
悟ったような目をする黄瀬ちんの顔面に一発拳をめり込ませたくなる。だけどそうしなかったのは、次に与えられた発言のせい。
「もたもたしてると、後悔することになるかもしんないっスよ」
「…なに?」
「だから、本当に赤司っちが心身健康で性欲盛んな青少年だってなら。本当にシたい相手に拒まれ続けたら、そのうち、とんでもないことしでかすかもしんないってことっスよ」

もしオレが赤司っちならね、と、想像付かない仮定を話す。
都合のいい相手見つけて、代わりに使っちゃうかも。




「紫原?まだ残っていたのか」
「待ってたの、赤ちんを」
練習終わってさっさと部室に戻って、シャワー浴びて制服に着替えて。待ち望んだ相手は、窓の外が暗くなった頃になって漸く現れた。
「ミドチンは?」
「大分前に戻ったけれど…行き会わなかったか?」
「会ってない。シャワーの時かな」
「そうか。だったら先に帰宅したかもしれないな」
だったらいい。オレは椅子を立って、さっき赤ちんが入って来た部室のドアの鍵を締める。
その音に振り返った赤ちんは、不思議そうに首を傾げる。何をしてるって言われたから答えた。鍵を締めたんだよ。
「邪魔されたくないから」
「そうか」
「何の、って、聞かないの?」
「…ああ、聞かないよ。その方がお前はやりやすいだろう?」
この口が余計なことを言うのは諦める。これが赤ちんって人なんだ。そう自分に言い聞かせて、オレは赤ちんとの距離をじりじりと縮めてった。
「どういう心境の変化かは知らないが、お前がその気になってくれたなら嬉しいよ」
「結構痛いし、苦しいと思うよ?」
「構わない。オレが望んだことだ。ただ、ひとつ、欲を言わせて貰えれば」
オレに横顔を向けたまま。練習着を一枚脱ぎながら、赤ちんはここに来てオレの願望に添った発言をしてくれた。
「…先にシャワーを浴びさせて欲しい」
これにグラっとなった辺り、オレは赤ちんに対して清純的な幻想を持ち続けていたのだと気付く。

たぶん、だから、嫌だった。
赤ちんが俗欲にまみれた煩悩を抱えたただの男だって認めきれずに、オレは赤ちんの誘いを断り続けた。清くて正しくて穢れない、勝手なイメージを持ったまま。そいつを壊しきれなくて、赤ちんを拒んでた。
でも今の。赤ちんは意識してないんだろうけど、だからかな。無意識に見せた恥じらいの態度が良かったから。
頭の中がかっとなって、腕を伸ばした。ちょうどいい位置に、赤ちんの体は仕舞われた。

「紫原…?!」
「…ごめん、無理。このままする」
「ま、待ってくれ、さすがにこのままでは…、…ッ!」
「もー我慢出来ないから」

べつに赤ちんはオレに禁欲を強いていたわけじゃない。嫌がってたのはオレだけど。したかったのは、間違いない。
ぎゅっと抱き締めた体がドキドキしている。背中からタンクトップの中に突っ込んで触れた皮膚が汗ばんでる。オレから逃げようともがく腕がびくっと止まる。それが、無理。
ほんの少し前まではオレの自制を促す要素だった。だけど赤ちんがネチネチと強請り続けてきたから。小動物みたいになる赤ちんの体は、オレの中の別の要素を引き出す現象に変わってしまった。

誰にもやらない。
これは、オレのだ。
清らかだろうと小さかろうと、遠慮なんてもうしない。
徹底的に、やってやる。

だからね、赤ちん、頼むから。
そうやって怯えた目をしてオレを見上げんの、ちょっとでいいから控えてくれない?




「打開策を考えた」
「…ふざけたこと言ったら赤ちんでもぶつからね」
「正面からしなければいい。オレの表情が見えなければ、お前の遠慮も薄れるだろう」
「そっか、それいいかもね。…でも赤ちん、震えるじゃん」
「…すまない」
「いいよ、体は正直なんだから」

結局オレはダメだった。
決断しても、どうしても。ちょっときわどいところを触っただけで泣きそうになってふるふる震える赤ちんが、どうしても可哀想になってしまって。
踏み切れないまま赤ちんの額にキスをして解放すると、これもやっぱり無意識なんだろう。ほっと息をつく赤ちんの憎たらしいことと言ったら。もうすっごい嫌になる。
少し時間を置いて落ち着いた赤ちんが提案した内容は悪くない。今度試してみてもいいかもね。震えるのは、どうしよう。がっちり抱き締めとけば何とかなるかな。

「紫原、オレは…」
「…怒ってるわけじゃないから。そんな顔しないでよ」
「……」
「ゆっくりでいいよ。何回か試してたらさ、そのうち行けると思う。だからね、赤ちん、約束して」
「約束?」
「オレがダメでも、よそには行かないで」

いちばん重要で気になるところだ。いざってときに震えるからって性欲が消えるわけじゃないだろうし。
持て余した欲求を、他で解消するのだけは絶対やめてよ。
それだけ約束してくれたらさ、オレは何ヶ月でも何年でも待てるから。

素直に不安を打ち明けて、失敗したと思う。
だって赤ちんは少しキョトンとして。それから照れて視線を下に落としながら、また、こんな。

「誤解をしないでくれ。オレが性的欲求を抱くのはお前が相手だからだ。他の人間に対してこんな欲望は微塵も生じない。自己処理でさえ、解消しようとは思わないよ」

赤ちん、ちょっと、自重して。










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