krk-text | ナノ


▼ 喉から来たる




玄関のドアを開けると、そこにはマスクとサングラスで覆面した不審人物が立っていた。

「……」
「待って火神っち!オレっスよ!なんで閉めんの?!」
「…何つーツラしてんだよ、お前」

閉まるドアに手を入れ、オレの行動を制御してきた男が情けない声を発し、ツッコミ待ちと知りつつ相手の顔について指摘する。
すると男は一度咳払いをして。
「たぶん風邪っスね。でも気遣いは無用っス!変なのは喉だけなんで」
「……」
もともと気遣うつもりはない。それでも、妙に堂々と風邪ひき宣言をした黄瀬の声はいつもとは違って舌足らずの鼻声で。顔をしかめ、帰って休んでろと言いそうになったオレを見越したかのように黄瀬は先手を打ってきた。
「言っとくけど帰らないっスよ。金曜夜の満員電車に乗んの、絶対イヤなんで」
「…ああ、そう」
わがままな主張を聞き、うんざりしながらも体を端に寄せて黄瀬を室内に招き入れる。
こいつが図々しいのは今に始まったことじゃない。それを思い出せば、体調を心配してやるのも馬鹿馬鹿しいことだと思えた。


熱もなければ体がだるいと言うこともない。今日も至って普通に登校し、授業に出て、部活もマジメにやってきたらしい。本当にまずいのは喉だけだと重ねて申告し、黄瀬はマスクとサングラスを外した。
「マスクはともかく、グラサンはなんだよ」
「…変装?ファンの子に声掛けられないようにっスかね。サイン断るのにもこの声じゃガッカリさせちゃうじゃないっスか」
「…余計に目立ったんじゃねーの?」
「分かる?顔隠してても世間にはオレがカッコイイってバレちゃうもんなんスかねー。なんかオーラでも出てんのかな?」
「怪しいから見られてたんだよ、バカ」
相変わらず調子こいてる黄瀬は声こそおかしいがいつも通りで。こっちも安心して悪態をつけば、その直後にコホコホと咳込まれてやや焦る。
「本当に大丈夫なのかよ?」
「大丈夫だって。ねー火神っち、メシ食った?」
「食ったよ。お前は?」
「オレも食ってきた。シャワーは?」
「浴びた」
「じゃ、準備オッケーっスね」
「……」

なんの準備が整ったか。聞かずとも、答えは把握している。
ちらりと黄瀬の顔を見遣り、少し逡巡して。ため息をこぼしながら首を振った。
「…今日はやめとく」
「は?…なんで?!」
「だってお前、風邪」
「こんなの風邪のうちに入るわけないじゃないっスか!火神っち、オレが何しにわざわざここに来たと思ってんスか?」

憤慨した黄瀬は手にしたマスクとサングラスを床に叩きつけて立ち上がる。その動作に気圧されつつも、オレは黄瀬の目を見て言ってやった。
「オレのせいで風邪が悪化したとか言われても迷惑なんだよ」
「…ふーん。そういうこと言うんスか。…1ヵ月ぶりなのに」
「……」
「忙しいオレがせっかく時間作って会いに来てやったのに。火神っちは我慢出来るんだ?次はいつ会えるか分かんないってのに」
「黄瀬…」
「オレは無理っスよ。もう無理。我慢できなぁいー」

正直なのはいいことだ。だがまあ、もう少しこういうことには恥じらって欲しいと思うのはオレのわがままなのだろうか。
「火神っちがエッチしてくんなきゃ、オレ帰らないから」
「…お前なぁ…」

どすんとベッドに腰を下ろし、呆れるオレを見上げながら。くちびるを尖らせた黄瀬は決意を口にした。
頭をかいて、息を吐く。どんな言葉で相手を説得しようか考え始めたところ、黄瀬はオレを睨んで言った。
「それとも何スか?火神っち、オレ以外にもエッチする相手いんの?そんな浮気野郎だったんスか?」
「ば…っ、んなわけ、」
「そんなら別にいいっスよ、オレもよそで、」
「黄瀬!」
我ながら単純だと思う。こんな安い挑発に引っ掛かって、慌てて黄瀬の顎を掴んで上向かせて。
「なに?火神っち」
「…してやるから、もう喋んな」
耳障りなしゃがれ声をくちびるで塞げば、重なった部分の形が弓なりに変形した気がした。


初っ端からキスの最中に喉を詰まらせ咳き込むという失態を見せつつも黄瀬はめげずにオレに圧し掛かって来た。
「今日はちゅーすんの、よそ。窒息するっス」
「…そーだな。オレも怖ぇ。…どーして欲しい?」
「火神っちのデカイ手でそこら中撫で回して欲しっスー」
「どこを?」
「じゃあ、ここ!」

笑いながら黄瀬は自らのシャツをたくし上げ、片手でオレの手を胸元に誘導する。ぺたりと押し付けられた胸は当然、膨らみもないしやわらかさもない。これが堅い筋肉じゃなくて脂肪とかなら少しは躊躇うかもしれないが、弾力のなさが逆にオレを勇気付ける。望みどおり、乳首を軽く引っ掻いてから摘んでやれば、黄瀬は「ひゃー」とバカっぽい声を上げてまた笑った。

「もっと丁寧に弄ってよ。全然やらしい気分になんないんスけどー?」
「こっちだって同じだよ。やらしい気分になりてぇなら育てて来い」
「オレの胸が育たないって知っててそういう意地悪言うんスよねぇ、火神っちは!…ま、いーや。アホなことしてないで、さっさとやらしい気分にしてやるっス」

ぱっとオレの手を払った黄瀬が、ヨイショと声を上げながら身をずらし。オレのジーンズのジッパーを下ろす馴れた手つきをこれ見よがしに披露された。
「…今度はこっちから聞いてやるっス。火神っちぃ、これ、どーしたい?」
パンツをずらし、取り出したモノの先端を指の腹で撫でつけながら上目遣いで。さらに舌なめずりをしながら問う黄瀬の嬉しそうな顔面に、本当は擦りつけてやりたかった。だがオレはその衝動を抑え込み、目を瞑って、手でいいと答える。
「えー、手だけでイけるんスか?オレが咥えてやってもいいっつってんのに」
「…咥えんなよ。さっきみたいに嘔吐くぞ」
「あ、そっかー。…優しいんスね、火神っち。オレ喉痛いの忘れてた!」
「…もうお前そこ退けよ。自分でするから」
「そんな寂しいことはさせないっスよ!オラ!」
「…ッ!?!?!」

唐突に黄瀬が全力かってくらいの勢いでチンコを握りこんだお陰でオレは息を飲み、慌てて黄瀬の髪に手を伸ばして引っ張って制止する。悲鳴も怒声も出せなかった。
「てめ…ッ、殺す気か?!」
「ヤだなー火神っち、ここ握られたくらいで死ぬワケないじゃないっスかー。死ぬほど痛いってだけっスよ。ま、これに懲りたら二度とオレを哀しませることは言わないで欲しいっスね。ってことで。安心してよ、もうギュってしないから。優しくしたげるっス」
「……」
宣言どおり、黄瀬の指は凶器から姿を変え。実に丁寧に、根元から先端へと指をゆっくりとスライドさせる。馴れた手つきはさすがのもんだ。どこでこんなこと覚えたんだろうな。

そんなことを考える間に、動きは進んで行き。あっと言う間に、雰囲気が作ら替えられる。
指使いの上手い下手よりも感心してしまうのは、このスイッチの切り替えっぷりのほうかもしれない。

チラチラとこちらの顔色を伺いながら押す力加減をたくみに操り、弱い箇所を時々掠めるように触ってく。決定打は与えない。焦らしにかけては、天才的な腕を持っている。
「…ちゃんと触れよ」
「どこをー?」
「…分かってんだろ」
「自分は言わせといて人には空気読めっつーの?それってズルイんじゃないっスかー?」
「……」
オレに触って欲しい部分を口に出すのに、黄瀬が抵抗を感じているとは思えない。ニヤつきながらこんなことを言う辺り、性格の悪さがありありと滲み出ている。
「…もういい、離せよ」
「えー?こんなもんでいんスか?まだまだカタくなるっしょ?」
「いいよ。あとは」
ただしこっちも大人しく言われるがままになるわけじゃない。黄瀬の腕を掴んで強引に外させ。片手を黄瀬の後ろに持ちだし、着てる服越しにケツの割れ目をなぞりながら言ってやる。
「ココにブチ込んでカタくすっから」
「…楽しみぃー」
そう言う黄瀬の目は、言葉通り期待に満ちて細まった。


初めて突っ込んだ時は全身くまなく強張らせ、その上怯えて震えてた。
恐怖と緊張で拒む体を、時間掛けて解してやって。あれから黄瀬は、だいぶ変わった。
「火神っち!早く早く!」
「…ちょっと待てよ、何焦ってんだよ…」
恥じらいを捨てた男は、自ら足を開いて笑顔でオレを急かして来る。足の間はローションとカウパーですでにとんでもない状態になっているのだが、上と下とでかなり雰囲気に差がある。
「だって久しぶりなんスもーん。ほら、早く突っ込んで、こん中掻き回してみろよ」
「…分かった、やってやっから、お前少し黙れ」
「遠慮なしでぐっちゃぐちゃにしていんスよ?」
「黙れっつってんだろ!」

せっかく構築してきた雰囲気が、黄瀬の喋りでがらがら崩れる。それを惜しく思いながらも、黄瀬の強請るモノを穴に押し当て。腰を進めれば、上の口は「ひはっ」と妙な声を発する。
「…んだよ、その声は」
「いやー、…挿いってきたーって思って。あっ…、ちょ、ちょっと待って、火神っち、もちっと、ゆっくり…、ひぁっ!!」
「早くしろっつったのは、どこのどいつ、…だっ」
明らかに調子こいている黄瀬を黙らせるために、希望を却下し一気に突き入れる。そうすると先ほどまで緩かった黄瀬の体が僅かに張り詰め。分かり易い状態変化に、オレの体も順応する。
「あ…っ、やっだ、火神っち、…おっきーい…」
漸くそれっぽい空気になると思ったそばから、そう呟いた黄瀬は自分の発言にくすくす笑い出す。繋がったところが微妙に振動し、コントロール不能な部分が中で膨張する。
「あ!…また育ったー」
「うっせ!実況してんじゃねーよ!」
「て、れてんスかぁ?…ははっ、火神っち、かわいー、…ッん!」

余裕を隠さない黄瀬にムカついて、更に奥へと腰を進める。休む間もなく腰を振り、よく慣れ親しんだ黄瀬の内部を擦りつけると、さすがに黄瀬の表情から笑みが消えた。
「ア、ッ、火神っち、そこ…、ぁあッ」
「…ちょーし、こいてんじゃねーぞ、…黄瀬ェ!」
遠慮なしで掛かって来いっつってたな。やってやる。黄瀬の片足を掴み、自分の肩に乗せて、弱いところを重点的に突いてやる。ひっきりなしに黄瀬は喘いだ。
「ん、ぁあッ?!や、かが、…ァ、あ、イく…ッ!」
「いー、ぜ、…ハッ、…イけよッ!」
夢中で腰を振りまくり、スピードを緩めることなく追い詰めて。
「あっ、かが、…ぁッ、ゥ、あ゛ア゛ァ゛ッ!!」
「?!」
背中と喉を仰け反らせ、絶頂に達した黄瀬は今まで聞いた事もない絶叫をあげながら、へなへなとベッドに沈んだ。
イく時の声がやたらとデカいのは知っていた。それでも今日のコレは、一体なんだ。驚いて動きを止めたオレを、黄瀬はうつろな目で見上げてきた。

「ど…、どど、が…、ぅぇッ、…くるし…ッ」
「…ッ!お、おい、お前…!」
苦しい、と言いながらゲホゲホと咳き込む黄瀬を見て、オレは思い出す。
そう言えば今日の黄瀬は。
「み、水…」
「…ッ!だ、…ぬ、ぐなよ…ッ!」
「は?!な、何言ってんだオイ…」
喉の調子が悪いと言っていた。それなのにあんだけ喘いだんだ。呼吸も苦しくなるってもんだろう。
明らかに喘息状態の黄瀬は、焦るオレの腕を掴んできて、ダミ声で抜くなと再び口にした。
「まだ、…出来、っがらぁ…!」
「で、出来ねーだろ、一旦休憩…」
「これ…!」
オレの腕を掴んでいた手が、すっとオレの顔面に伸びてくる。その手は勢い良くオレの口の中に飛びこんできて。
「水、いらない…、これでぇ、…潤じで、ぇ…」
涙目で見上げてくる。その意図を読み取ったオレは、やや呆れながらも望みを叶えるべく。
「…だから、黙ってろっつっただろ」
唇を重ねて、唾液を送り込む。
ごくりと嚥下する音が、えらく官能的な響きを伴うせいで。
「ん…ッ、…んん…っ?!」
唇を、塞いだまま腰の動きを再開させる。
さすがに黄瀬は驚いているようだが、やめる気はない。
今日はこのまま。黙らせたままで、続けてやる。

上も下も絡まりながら。
純粋に、言葉もなく。肉体だけで行うセックスに。
体調不良の黄瀬には悪いが、いつもより興奮したのは回数が証明だ。





ぐったりとベッドに横たわる黄瀬が、無言でオレを睨んでいる。
これはわざとじゃない。最早、いまの黄瀬は声を発することすら出来ないほどに喉を壊している。

「…お前が、しろっつったんだからな」
罪悪感が、なくはない。誘ってきたのは黄瀬だし、途中で中断させなかったのも黄瀬の意思だ。自業自得だ。ザマァみろ。
…とまで言えないのはやはり、ここまで徹底的にやってしまった己の自制心のなさを自覚しているからだ。
「…なんか食う?それとも、シャワー浴びてくるか?」
「……」
問い掛けに無言で首を振られる。会話がストップする。いつもならば、こっちから提案を投げかけて断る場合、自ら欲求を口にする黄瀬がそうしないのは変な気がした。
「このまま寝る?」
「……」
その問いには頷いた。シャワーを浴びて来た方がいいとは思うが、体は拭いたし着替えもさせた。当然中のモノも掻きだしてはいるから、このまま寝てしまっても問題はないだろう。
「…何だよ?」
寝る、という割に黄瀬は目を閉じることなくじっとオレを見ている。言いたいことがあんなら言えよ、と言いそうになり口を噤む。それが出来ないから、こいつは視線で訴えているのだと気付いて。

やはり妙な気分だ。隙さえあればいらないことばかり喋っている黄瀬が、無言でオレを見詰めているのは。
何をどうして欲しいのか。はっきり言ってくれなければ分からない。唸りながら頭を掻く。ぐぇ、と黄瀬がアヒルの潰れた声みたいなのを出す。慌てて側に寄る。手を、掴まれた。
「な、なんだよ…」
「……」
じっと見詰める視線が、物語る。
もしかしたら、こっちの勝手な思い込みかもしれないが。もしかしたら。黄瀬の望みは。
「…一緒に寝ろ、ってか?」


無言で頷き視線を逸らした黄瀬が、やたらと可愛く思えたから。
こっちもそれなりに照れながら、布団をめくって黄瀬の横に滑り込む。
要望に応えると、黄瀬は少し嬉しそうに笑って見せた。
まずいな、こいつは、黙っていればこんなにも可愛い奴なのに。
このまま喋れなくても、それはそれでいいかと考えた。その時だった。

「    」



声なく唇を動かした黄瀬が、すっとオレの唇に唇を寄せる。
唖然としているオレに構うことなく、そのまま黄瀬はオレに背を向けてしまった。
「…お、おい、黄瀬…?いま、何て…」
口パクで囁かれた言葉は、オレの目の錯覚なのだろうか。
滅多に言わない、可愛い言葉を。告白を。もう一度、あの声で聞きたいと思った時。

「…お前、さっさと風邪治せよな」

大人しいのも悪くはないが。
素直に感情を形にする。そういう黄瀬は、なおさらいい。











「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -