krk-text | ナノ


▼ Sweetlife with cat


※大学生設定で、赤司くんの家庭事情ねつ造入ります。


***




どうやらオレは、猫を飼い始めたらしい。

高校を卒業後、都内の大学に進学し。実家から通うのではなく学校からほど近い立地条件のアパートで悠々自適な生活を送っていた。
半年間は順調だった。門限もなく口うるさい同居人もいない自由な空間は、いつでも出入り自由だ。食事もフロもゲームも睡眠も、好きな時間に好きなだけ行える。
女を連れ込み朝までコースも可能なこの。楽園のような、生活空間に。

ある夜突然、野良猫が転がり込んできた。



「ワリィ、今日は無理だわ」
「えー、何か用事でもあるの?」
「まあ、そんなとこ」
「ふぅん。だったら鍵貸してよ。アタシ部屋で待ってるから」
「あー、それも無理。…うち、同居人がいんだ」
「…はぁ?何それ、聞いてないんですけどー」

平日の昼飯時に学食で顔を合わせたこいつは同学部の女であり。入学して間もなくオレんちに連れ込んで、何度か寝た相手でもある。
見た目も性格も頭の中も派手でチャラいこの女は、オレの顔を見るなり今日部屋に行くと宣言してきた。それを断れば、この不満そうな反応だ。

「それって彼女?ショーゴくん、フリーだって言ってたじゃん」
「…男だよ。中学んときの知り合い。先週から居ついてんの」
「男ぉ?何それ、友達なら一日くらい出てってもらえばいいじゃん」
「…ダチ、ってわけでもねぇんだ」
「はー?じゃあ何なの?」
「だから言ってんじゃん。中学んときの知り合いだって」

あいにくオレは、居候人のことをそれ以外に表しようがない。
同級生ではあるが、友達というわけではない。同じクラスに在籍していた年もなかった。だからだ。

「…嘘吐き。ホントは女住まわしてんでしょ?…やっぱショーゴくんってそういう奴だったんだ。サイテー」

暴言を吐き捨て、去って行った女の背中を眺めながら、オレは重く嘆息する。
あの女と付き合ってたわけでもないのだが。フラれたような状況を作り上げた原因が、大嫌いなあの男だという事実が酷く腹立たしい。



「…っつーわけで、赤司。お前いい加減家帰れよ。スッゲー迷惑してんだ、オレは」
「…別に、僕は構わないよ。この部屋に女性を連れて来ても」
「は?…何言ってんのオマエ。そしたら出てってくれんのかよ」
「行くところはないと言ったはずだけど」

家に帰り、早速居候人に愚痴をこぼす。相手はしれっとした態度でこんな回答を下す。話になりゃしない。
行くところがないってのは、押しかけてきたその夜に聞かされた。と言うよりは、その事実以外のことは何一つ聞かされていない。どうせ面倒な話だろうからこっちから聞き出すこともしてないのだが。
宿泊の準備なんかも一切なかった。サイフとケータイは所持していたものの、残りいくら金を持っているのかも分からなければケータイを操作している場面はこの三日間一度も目撃していない。鳴りもしない辺り、電源を切っているのかもしれない。
察するに、家出をしてきたのだろうとは思う。それも、かなり衝動的な勢いで。


「…なあ、赤司」
三日前の夜は土砂降りだった。
ずぶ濡れでオレの部屋の前に立っていた赤司は、死んでるみたいな顔色でオレの名を呼び、「場所を貸せ」と要求を突きつけてきた。対価として10万円の入った封筒をテーブルに置きながら。
「なんだ?」
そんな赤司をオレは部屋に招き入れ、シャワーと着替えを貸してやり。冷蔵庫にあったテキトーなメシを食わせてから一個だけ質問をした。「オレが誰だか分かってんの?」と。
「…今日は。メシ、食ったのか」
赤司は目を見開き、不思議そうな顔をして。少し苦笑じみた表情を浮かべながら答えた。「お前の家に来たんだ。お前が何者かくらいは知っているよ」と。
「食事は済ませたよ。…おかしなことを聞くな、お前は」
なぜ、とは聞かなかった。理由があるようには思えなかったからだ。赤司が、他の誰でもないオレの家を選択した理由など。
「何がおかしいんだよ」
どこでも、誰でも良かった。ただ単に、何らかの経緯でオレがここに一人で住んでいることを知りふらりと訪れた。赤司がオレの居場所を特定する手段などはいくらでもある。高校でバスケを再開させたことは、知らなかったようだが。
「おかしいよ。今の質問はまるで、僕の身を気遣っているように聞こえる。…お前は、僕に出て行って欲しいんじゃなかったのか?」
赤司が求めていたのは雨に濡れない空間だ。メシも衣服も気遣いも、何も求めてはいなかった。それ以外は拒絶すら、する。
「…言ったって出てくつもりはねぇんだろ?」
一つだけ、強固な要求を突き付けた赤司は。昔から褪せることのない気の強い眼差しをオレに向け、さも当たり前の様に頷く。
「どこにも行かないよ」
まるでこっちが引き止めてるみたいに、きっぱりと。
「もうしばらくはね」
不確定な結論を出す。


媚びる言動もなければ文句も泣き言もこぼしはしない。
どこかに電話している様子もないし、出掛けている気配もない。オレが留守の時はどうだか知らないが、家にいる間赤司が外と繋がりを持っているような素振りは一切ない。
だったら家の中のことをしてくれてもいいんじゃないかと思うが、それこそ無意味とばかりに赤司は何もしない。
いるだけの赤司は、こっちから声を掛けない限りは会話もする気はないようだ。

「そんならそれでいーけど。…ちょっとは居候っぽいこともしろよ」
「それは?」
「…掃除とか洗濯とか。メシ作って出迎えろとまでは言わねぇけど、そんくらい出来んだろ?」
「……」
「んだよ、そのツラ。…お前、もしかして」
「掃除も洗濯も、したことがない。今後、するつもりもないよ」
「…偉そうに断言するなよ。…使えねーなァ、お前」
「お前に使われるためにここへ来たわけじゃないからね」

1ヵ月分の家賃に匹敵する金は受け取っている。シャワーとトイレと電気は使っているものの、テレビや空調設備などを使用している姿は見られない。赤司一人がこの部屋で生活をしても、光熱費が倍になることはないだろう。食事を提供したのは最初の夜だけだ。後はこの通り、自分で適当にやっている。
金を渡した以上、この部屋を快適に保つ義理はない。言葉にせずとも赤司の態度はそう言っていた。

オレとしても、別に赤司に家事をしていて欲しいなんて思っちゃいない。
話相手にならなくても。何ならいることを感じさせないくらいの存在感が、割といいと思えている。
赤司がこの部屋にいてもいなくても、これといって変化はない。


ペットを飼うのと同じだ。
あいつらは飼い主のために室内環境を整えることなどしない。ただそこにいて、メシを食って毛並みを整え排泄をして眠るだけ。いてもいなくても、変わりはない。

「…ペットのほうが、まだマシかもな」
「何の話だ?」

独り言について赤司が反応する。気まぐれな所作だが、ここに引っ掛かってきた辺りちょっとは自分の立場ってものを認識しているのだろうか。
「お前の現在の扱いについて。野良猫でも拾ってきたほうがいーなって思ったんだよ」
「…猫か。僕はあまり好きではないけど」
「へぇ?お前にも、苦手なモンってあんの?」
「苦手というわけじゃないよ。…彼らは気ままな生き物だからね。服従心も薄いと聞く。どちらかと言えば、嫌いだ」
「…そーかよ」
真顔でそんなことを言う赤司の横顔を見れば、赤司の発言がどことなく不自然に思えてくる。意識して見た赤司のツラは、猫っぽい。
「同属嫌悪ってやつ?」
「…似てないよ」
「独り言だよ。口挟んでくんな」
「それはすまなかったね。…灰崎」
「なに」
「洗濯くらいならしてあげてもいい。掃除は、お前の生活スペースに入り込みたくないから断るよ」
「は?」
唐突な申し出に驚く。赤司はこちらを見ることもなく、軽くため息をついて見せ。
「これが最大限の譲歩だ。それ以上を望むならば、相応の見返りを要求する」
「…待てよ、なに?なんで急にそういう気になってんだよ」
「…僕は、飼い猫ではないからね」
「猫?……あー…」

手のひら返しの理由を知る。
どうやら赤司は、本気で猫と言う生物が嫌いらしい。
一緒にされたくはない。だから、この提案か。

「…べつに、無理にしなくてもいーぜ?猫はそんなことしねぇしな」
「だから、僕は猫ではないと言っているだろう」
「似たようなもんだろ。気まぐれにふらっと現れて、意味もなく懐いて居座って。そんで、」
「灰崎」

家出の理由を聞いてやる義理などオレにはない。
自分から言い出すなら聞いてやってもいい。だがそのきっかけを作ってやるほど、オレは優しい男ではない。赤司も、知っていてオレの元へ来たのなら。
「重ねて言うけど、僕は猫が嫌いだ。一緒にするな。お前に懐いた覚えもない」
「掃除も洗濯も料理も、しなくていいよ、別に」
「…何?」
「その代わり、こっちに来い」

顎を軽く上げ、赤司を側へ招く。
警戒した表情を作った赤司は、オレを睨み据えたまま動かない。めんどくせぇ。そう思いながら、こっちから赤司の側へ近づいた。
「…何だ?」
「いつまでもここにいていーよ。何もしなくてもいい。気が済むまで、逃げ回ってろ」
「……」
「ただここにいる限り、お前はオレに、猫扱いされることになるけどな」

人間としての赤司に、こんなことをするつもりはない。オレは赤司という人間が、嫌いだ。
だがひとつ意識を変えれば。掴んだ腕は、頼りなく。
これが猫なら。そう思えた。

触れた頬の皮膚は、猫と違って柔らかくもあたたかくもない。
それでも、さらりとした滑らかな感触は悪くないと思えた。

抱き締めたのには、特別理由があったわけではない。
猫と同じにされて、ムキになる赤司が面白かったってだけだ。



「明日はメシ食わずに待ってろよ」
「なぜだ?」
「買ってきてやる。一緒に食おうぜ」
「…嫌だよ。いつ戻るか分からない相手に食事時間を合わせるつもりはない」
「早く帰るよ。お前のハラが減る頃までには」
「…飢え死にさせたら、許さないよ」

態度も図体もデカい猫を飼い始めた。
そう思えばこの偉そうな居候も、オレの快適な生活空間に組み込まれるのは時間の問題だろう。









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