krk-text | ナノ


▼ 彼氏と紹介したくはない


※またしても架空家族話で、黄瀬姉ねつ造してます。美人だけど性格悪い設定のやつ。
※好きかもって思うけど、両想い感はないです。青黄未満SSです。


***




「おはよ、青峰っち。一昨日はどーもっス!」
「……」
「あれ?ご機嫌ナナメっスか?…聞こえてるー?青峰っちー、青峰っちー、あおみ、…大ちゃぁーん?」
「うるせぇ!聞こえてるし、ドサクサに紛れて変な呼び方すんじゃねぇ!」

週明けの朝練で見かけた後姿に声を掛けると反応がイマイチだったので、しつこく名前を呼んでみた。そしたらこの通り、振り向きざまにキレられた。
つかつかとこっちに歩み寄ってきて、ゴツンと頭頂部をげんこつで叩かれる。笑いながら痛いっスーって言う。青峰は呆れたみたいな顔をして、ため息をついた。
「で、今日は何が原因でキレてんスか?朝飯食いっぱぐれた?桃っちに置いてかれた?それとも…」
「…お前のせいだ」
「へ?オレ…っスか?」
「つーか、お前の姉ちゃんな」

そう言われてはっとする。
ああ、そうだ。そう言えば、一昨日オレは青峰を自宅にお持ち帰りしたんだっけ。



土曜日の練習試合の会場がオレの自宅の近くで、帰り泊めてあげるから近くの公園で練習付き合えって青峰を引き止めた。
お陰で結構長い時間練習に付き合って貰えて、あとちょっとで青峰ブチ抜くってとこまで行けた。二人とも息が上がって、汗だくになって、おまけに雨まで降られたけど。青峰はともかく、オレはかなり有意義な時間を過ごせた気分で帰宅を果たす。
ほんと、あとちょっとなんだよな。青峰はまだまだ足元にも及ばないなんて言ってっけど、これは強がりだ。最後のほうとかすげーヒヤヒヤしてたのバレてないとでも思ってんのかな。雨が降らなきゃきっとオレはこいつを。

「お前なんかにオレを止められるわけねーだろ。調子乗んな」
「いてっ!な、何でオレが考えてること分かったんスか?!」
家に辿り付いて、玄関で青峰を待たせ、バスタオルを取りに行った帰り。差し出したタオルを受け取ったその手でゴツンと額を叩かれ、青峰の読心術に驚いて聞くと青峰は呆れ顔で答える。
「…逆に何でそんなニヤけたツラしてオレのこと見てて別のこと考えてると思うんだよ。最後のは、アレだ。雨で指が滑っただけだ」
「つるーんって行ったよね。あれは外すと思ったけど…決めちゃうんだよなー、アンタは。…いやでもオレがいま考えてたのは別のことっスー。最後の一本前、オレがオフェンスの時!あれ正直ビビったっしょ?」
「ハァ?ナメんじゃねーよ、お前なんかにオレが抜けるかよ。100年早ぇよ」
「まーた強がってー。上のお口は素直じゃないっスねー?」
「下の口で言ってやってもいーぜ?」
「あはは、遠慮しとくっスー。…黄瀬家では軽々しく下ネタ振ると万倍返し食らう可能性が高いんで」

自分から振っといて何だけど、視線を青峰の足元に落としてその確率が今夜は本当に高いことを認識する。姉ちゃんのヒールサンダルが、そこにある。
今日は土曜日だからいないと思ってた。油断した。でももう割と遅い時間だし、今更姉ちゃんいるから青峰っち帰ってとか言うに言えない。引き攣った顔で青峰からタオルを受け取り、上がる様に促す。

「お前んち、そんな格調高ぇの?」
ニヤニヤしながら青峰が言う。さっきの話だ。
「逆っスよ。中二男子も顔負けのエロトーク好きなのがいるんス」
「へぇ?お前の親父?」
「……の方がまーだ話し易いかなー?」
「何だよ。お前兄ちゃんいたっけ?」
「生憎オレが長男っスね」
「誰だよ。まさか、母ちゃんか?」
「母ちゃんもなかなかズケズケ言う人っスけど、それよりももっと強敵っス。…ただいまぁ」
話しながら奥へと進み、リビングのドアを開けながら挨拶をする。中には母さんがいて、今日は帰らないかと思ったって言われた。でも夕飯はあるらしい。
友達連れて来たって言うとちょっと驚かれた。彼女かって聞かれたから男だって答えた。二人分のメシはって聞く。父さんがまだ帰って来てないから大丈夫よって言われた。
と言うわけで父さんの夕飯分が青峰の胃袋に収まることが確定し、そこで漸くオレは青峰を母さんに紹介する。意外にも青峰は夜分遅くにスイマセンなんて似合わない言葉を口にした。


「母さん、姉ちゃんいんの?」
「部屋にいるんじゃない?」
「ふーん…」
「あー、お前、姉ちゃんいるっつってたな。そーだそーだ」
メシ食いながら母さんに敵の所在を確認する。それを聞いてた青峰が一人で納得してる。それどこ情報?って決まってる。桃っちは何でも知ってるからな。
「青峰っち、食ったらソッコー部屋行くっスよ」
「は?なんで?」
「だって見つかりたくないっしょ?」
「べつに。なんでだよ?お前の姉ちゃんだろ」
「…オレは友達の姉ちゃんとかあんま顔合わせたくないっスよ。特にオレの姉ちゃんみたいなのは…」

友達に姉ちゃんを会わせたくない理由は二つほどある。
一つはガキの頃から叩き込まれた、オレと姉ちゃんの上下関係を見られたくないからだ。生まれたときから姉と弟の立場が決定していて、上にいるのはいつも姉。これが兄だったら男同士でそんなに気にしてなかったかも知れないけど、オレに、肉親とはいえ頭が上がらない女がいるってのを他人にはあまり知られたくない。
もう一つの理由は、姉ちゃん自体にある。
顔は、弟のオレが見ても美人だと思える。身長も女にしては高いほうで、スタイルもいい。何カップあるのかは知らないけど胸も無駄にでかい。見た目だけなら、オレが知る限り結構ランクの高い女だと思う。
だけどこの女、性格がめちゃくちゃ悪い。
オレに対しては特になのかもしれないけれど、人が嫌がることを笑ってするタイプの性悪女だ。こないだも、リビングで寝てるオレの顔を盗撮して勝手にファンの子に流してたし、アドレスを何度流出されたかは分からない。アド変するのも追いつかなくなって、今じゃファンからのメールもばんばんオレの携帯に直で届きまくる状況を受け入れてしまってる。
さらに言えば、結構やな絡み方をしてくる。見たいなんて一言も言ってないのに下着姿でうろついてるし、平気でオレの背中に胸を押し付けてくるし、すぐ下半身に手を伸ばす。
幸いオレの下半身は姉ちゃんのハダカを見て勃つほど飢えてないから安心だけど、これを友達にやられたら、と考えると気が気じゃない。

ちらりと青峰の顔を見て、ため息をはく。
姉ちゃんに絡まれておたおたする青峰の姿ってのも、あまり見たくはない。
美人の幼馴染がいるとは言え、彼女もいない青峰には姉ちゃんの存在は毒だと思う。絶対に会わせたくない。なんとしても、二人の接触を避けたい。そう思いながら食事を済ませた。



そんなオレの決意も空しく、姉ちゃんは現れた。
食事の後、ソッコーで青峰を部屋へ連行して、ソッコーでシャワー浴びさせて、交代でオレが風呂場へ行こうとしたところ。ドアを開けたら、そこにいた。

「涼太ぁー、友達連れ込んでるってホント?何よ、紹介しなさいよ!」
「…ダメっス。姉ちゃん、せめて服着てきて」
「は?いーじゃない、自分の家なんだから。お母さんから聞いたよー?友達、涼太よりも背が高くて色黒でイケメンだって言うじゃない。ほらほら、そこ退きなさい!」

案の定下着姿で登場した姉ちゃんは、すっぴんなのに化粧済みみたいな派手な顔をニヤつかせながらオレに命令して来る。オレは全身でドアを塞いで姉ちゃんの侵入を妨げた。青峰をこの女の毒牙にかけるわけには、絶対いかない。

「ここは通さないっスよ!」
「…アタシに逆らうの?いい度胸してんじゃない、涼太」
「…ッ!」
「…見て、これ。涼太の一番可愛い時期、見つけちゃったー」
「え?…ッ!!」

石のような固い決意の元に戦うつもりでいた。だけど、姉ちゃんはニヤリと笑って手にした携帯の画面をオレに見せつける。そこには、フリフリの白ワンピースを着た子供の画像が。…姉ちゃんの顔によく似ているけれど、残念ながらこの画像の子供の性別がワンピースを着れない方であることをオレは知っていた。

「な、何スか?!そんなもの、どこで…っ」
「今日彼氏が来てて、昔のアルバム見たいって言うからさぁ。一緒に見てたらこんなの出てきたから思わず写メっちゃった」
「ふざけんなっ!それ消せ!写真ごとオレに寄越せ!」
「へぇ。アンタ、アタシにそんな口の効き方していいと思ってんの?」

唐突に目を光らせた姉ちゃんの表情と強い眼差しに、オレははっと息を飲む。ダメだ。やっぱりガキの頃から叩き込まれたこの人に対する恐怖心ってのは今もばっちり健在であり。
「ね、涼太。アタシにイケメンのお友達、紹介してくれるよねぇ?」
「……分かった。分かったっスから…、せめてこれだけでも羽織って」
自分が着ていたシャツを脱ぎ、姉ちゃんの肩にかぶせる。細い肩には不釣合いなサイズのオレのシャツが、余計に姉ちゃんを不健全な姿にしていることを、ニヤニヤして上目遣いでオレを見上げる姉ちゃんはたぶん知っていたのだろう。


かくして、R指定と言っても過言ではない状態の姉を見た青峰は両眼をかっぴらいて硬直した。
「はじめましてぇー、涼太の姉です!いつも涼太がお世話になってまーす!」
キャバ嬢的なノリでオレの部屋に侵入した姉ちゃんは、ずかずかと奥へ進み。オレのベッドに座っている青峰の横に、遠慮なく腰を下ろした。妙に間隔が近い。
当然青峰は戸惑った様子で、何も言えずに姉ちゃんを凝視し。それからオレの方へ、何コレ的な視線を投げてきた。

「…噂のオレの姉ちゃんっス。顔だけは結構似てるっしょ?」
「は?あ、あぁ…。言われてみれば、」
と、青峰は再び姉ちゃんの顔に視線を戻す。途端に姉ちゃんは、媚を売るようにニコリと微笑んだ。
「昔はもっと似てたんだよ?涼太が女の子っぽくて…」
「わーわー!!何言ってんスか!!バラさないって約束…ッ」
「何お前、昔そんなだったの?」
「ち、ちが…っ」
「写真あるよー?見るー?」
「あー見る見る」
「見るな!やめろッ!」
携帯を取り出した姉ちゃんの手を両手で掴んで奪い取る。ついでに削除もしておく。後でアルバムから写真も抜き取っておこう。
オレの動揺っぷりを見て姉ちゃんが笑う。そして隣の青峰も。なんだ、こいつら、性格似てんのかな。

「でも、涼太が男友達を家に連れて来たのって久しぶりよねー。同性の友達一人もいないのかと思ってた!」
「オレ、こいつの友達ってわけじゃねぇけど」
「え?!」
姉ちゃんの発言に思わぬ回答をする青峰を、オレは信じられない気持ちで凝視する。何言ってんだ。さっきまではそこ否定してなかったのに。
「友達じゃないの?じゃあ何?同級生よね?」
「ああ、タメだけど」
「…涼太は青峰くんのことよく話すよー?出会った初日から、すごいカッコイイ男がいたからバスケ部入った!って。あの日はビックリしたなぁー」
「…オレ、姉ちゃんにその話したっけ?」
「お母さんから聞いたー。涼太が部活やるとは思わなかったもん。それも、いい男に釣られて…って、あれ?友達じゃないって…そういうこと?」
「…へ?」
自分で喋りながら何かに気付いた姉ちゃん。隣でニヤついてる青峰。なに、どういう展開になった?
「そっかぁー、涼太ってば!そういうことなのねー!」
「な、何スか…?何が分かったんスか?」
「青峰くんをアタシに紹介しなかった理由。アンタ、青峰くんがアタシに取られると思ってビビってたんでしょ」
「……はい?」

意味の分からないことを言われ、唖然とするオレの前で姉ちゃんは突然青峰の腕にしな垂れ掛かった。
何も言い返せないのは決して図星を言い当てられたからではない。あまりにも的外れな指摘だったからだ。
「やっぱ涼太ってそっちの気あったのねー。薄々感づいてはいたけど、ふぅん、そう。…涼太は青峰くんみたいな子がタイプかぁー」
「ちょ、ちょっと待て、アンタ、何の話…」
「女友達連れて来ても素っ気無いし、彼女もとっかえひっかえで安定しないし、それもあっちが勝手に彼女ヅラしてるーとか言うでしょ?心配してたのよ。アタシの弟は恋の一つもろくに出来ないのって」
「…姉ちゃん、あの、」
「でも良かったー。ちゃんと好きな人いたのね、アンタにも。…安心しなよ、アタシは弟がゲイでもバイでも気にしないわ。むしろ、こーんないい男に目を付けたアンタのこと、褒めてあげてもいいよ。…でもね、涼太」

姉ちゃんのマシンガントークが続き、言葉を挟む隙も与えられないまま。突如、声色を切り替えた姉ちゃんはどこか挑発的な眼差しをオレに向け、青峰の肩に額を寄せる。
まずい、と思った。何がどうまずいのかは分からない。ただ、この先を姉ちゃんの口から言わせるのは阻止した方がいいと、ほとんど本能的に感じる。
だけどオレには成すすべもなく。姉ちゃんは、言った。

「やっぱアタシたち姉弟だね。男のシュミも似てんのかも。アタシ、青峰くんのこと気に入っちゃった」


姉ちゃんは勘違いをしている。
本気なのか冗談なのかは判断つかないけど、どっちでも、悪い。
オレは青峰のことをそんな風には思ってないし、自分を同性愛者だと思ったこともない。ない、のに。これは、ガキの頃から叩き込まれた習性みたいなものだ。
姉ちゃんがこれだけ自信満々に断言するのを聞くと、どことなく、そうなのかなって思ってしまう。
そう、なのか。
オレは、青峰を好きなのか。

ホモだから、姉ちゃんが連れてくる割と美人な女友達を見ても何とも思わないのか。
他人には可愛いと評価されてる女の子に告白されても、面倒くさいと思ってしまうのか。
自分から人を好きになったことがないのも、姉ちゃんのハダカを見ても勃たないのも、すべては、オレの性癖が。


真実を付きつけられて愕然としている。そんなオレの耳に聞こえたのは、かったるそうな青峰の低い声だ。

「…ウゼェ」
明らかに機嫌の悪いその声色にオレはビビって肩を跳ねさせる。顔をあげる。青峰の視線は、自分に寄りそう姉ちゃんの顔に向けられていた。
「さっきから何ベタベタくっついてきてんの?アンタ、香水くせぇんだけど」
「…え?」
「あ、青峰っち!」
突然の反抗的な青峰の発言に、オレも姉ちゃんもビックリする。青峰は構うことなく攻撃を続けた。
「ぱっと見は黄瀬と似たツラしてっけど、よく見ると全然違ぇな。性格ワリィのが滲み出てるっつーか。黄瀬のがいいツラしてるわ」
「な…っ!…ハァ?何よそれ…」
「黄瀬が女だったらって考えたことあっけど、アンタみてぇになるなら男で良かったわ。弟苛めて笑ってんじゃねーよ、ドブス。とっとと離れろ」
「…!!」

大嵐の前の積乱雲を見たような気分で、オレは絶句する。
何を、言っているんだあの男は。誰に、あんな口を聞いてるんだ。オレの姉ちゃんだぞ?
ブスって言った?何それ、どんな美的感覚してんだ、あいつは。あんな美人、そう滅多にお目に掛かれないし、姉ちゃんは顔だけじゃない。アンタの好きなふくらみも備えてる。腰も足も細けりゃ、腕に触れてるそのボディは柔らかいだろう。オレと違って、そいつは完璧な「女」なのに。

青峰は、何て言った?
そのパーフェクトな顔と身体の持ち主よりも、オレのが、いいって。いま、言った?

「…驚いた。ひょっとして、青峰くんも真性なの?」
「は?何それ」
「女の子に興味なしってタイプ?うっそ、もったいなーい!カッコイイのに!」
「…興味ねぇわけじゃねーけど。少なくともアンタみてぇなのは論外だな」
「……言うよねぇー?」

ズケズケと本音を言う青峰に、姉ちゃんの表情が強張るのを見る。あれ、結構まずい?
姉ちゃんはプライドの高い女だ。昔から容姿に関しては人一倍自信を持っていたし、それ以上に磨き上げることに余念がなかった。なのに青峰は。おそらく、姉ちゃんの人生ではじめて姉ちゃんをブスと言い放った男になっただろう。

だけどそれでショックを受けて泣きだすほど、オレの姉ちゃんは殊勝な女じゃなかった。

「見込み違いだったみたい。アタシの価値が分からないなんて、アンタ大した男じゃないね」
「お前レベルの女、道歩いてりゃごろごろいるよ。自惚れんなブス」
「…あー、これだからガキってヤなのよ。何にも分かってないくせに威勢だけは良くて。大体さっきからブスブスって、語彙少な過ぎじゃない?他に言えないの?」
「ブス以外に当てはまる感想がねぇんだよ、アンタは」
「…へー分かった。涼太!」
「へ?!あ、な、何スか?!」
「いますぐコイツ外に放り出しなさい。二度とうちに上げるの禁止。こんな最低な男、アンタには合わないわ!」
「……はいぃ?」

さっきと言ってることが全然違う。まるで暴君のような振る舞いに、何も反論できずに固まってしまったのは、姉ちゃんがオレを鋭い目付きで睨んできたから。
マジ怖い。他の相手ならば睨まれたところで屁でもないけど、この人に関しては洗脳教育みたいなのがオレの全身に行き届いている。小さい頃から逆らえなかった女の命令に、オレは。

「…だが、お断りするっス。で、出てくのは、アンタのほうっスよ、姉ちゃん!」
「…はあ?アンタ何言って…」
「ここはオレの部屋っス!そんでもって青峰っちはオレのダチっス!アンタに追い出される筋合いはないし、オレは…」
キッと目尻を釣り上げ、姉ちゃんを睨み返し。普段なら言えない言葉を言い放つ。
「アンタみたいなビッチの言うこと、絶対に聞かないっスから!!」



言った。
言ってしまった。
室内には重たい沈黙が流れる。きっとオレは姉ちゃんに殴られる。それは覚悟している。いい。殴られたって、姉ちゃんの腕は細いしそんなに痛くはないはずだ。あ、でも顔はやめて欲しいかもしれない。一応これは商売道具だし、あとが残ったら多大な損害が出る。モデルのバイトを勧めてきたのは姉ちゃんだし、大丈夫だとは思うけど。あー。でも痛いのはヤだなー…、

「…アンタ、そんなにこの男がいいの?」
「……へ?」
だけど想像していた拳は飛んでくることがなく。代わりに届けられたのは、押し殺した低い声。
「…っ、冗談じゃないわよ、涼太のくせに!アタシに逆らうなんて…ッ」
「ね、姉ちゃ…」
「…青峰ッ!」
「あ?」
激昂して立ち上がった姉ちゃんは、オレじゃなく青峰を指名した。それに対し青峰は嫌そうに顔を上げ。
「アンタのせいよ!アタシの涼太が…、こんなこと言うなんて…っ!アンタが涼太に悪い影響与えたんでしょ?!ふざけんじゃないわよ、アンタみたいなガングロ男に…!」
「バカじゃねーの?オレは何もしてねーよ。つーか良く言ったな、黄瀬。もっと言ってやれよ、このクソビッチに」
「あ、いや、オレは…」
一度は啖呵を切ったものの、ヒステリックに喚く姉ちゃんを見ていたら意気が消沈してきた。冷静になってく意識に、青峰の余裕げな表情がやたらとかっこよく印象付けられる。
「…涼太」
「へ?!あ、す、すいませ…ッ」
と思いきや、冷え切った姉ちゃんの声がぼんやりしたオレを現実に引き戻し、つい条件反射で謝罪の言葉が漏れた。
こっちを向いた姉ちゃんは、さっきまでの険しい表情を引っ込めていて。どっちかって言うと悲しそうな目をしてオレを見ていたからオレはまた惑わされる。
「あ、う…」
「…お願い、涼太。アタシの言うことを聞いて。他の誰を選んでもいいから、青峰だけはやめなさい。男がいいならアタシが見繕ってきてあげる。アンタは末っ子なんだし、こんな失礼極まりないクソガキよりも年上のちゃんとした人の方が合ってるわ。ね、涼太。いい子だからお姉ちゃんの言うこと聞いて?」
「……」
「おい、黄瀬。騙されんなよ。この女が選んだ男なんざどうせロクでもねぇヤリチンだ」
「アンタは黙ってろ!」
「うっせぇ、テメェこそ黙れクソアマ!」
「……」


勢いに圧倒され無言になるオレの前で壮絶な口喧嘩が繰り広げられる。
あれ、おかしいな。青峰って巨乳でスタイルいい美人が好きなんじゃなかったっけ。姉ちゃんも、青峰のこと気に入ってる感じだったのに。何で二人はムキになって言い合いしてんだろ。
根本的に姉ちゃんと青峰は似てるとこがあるのかもしれない。自己中でプライド高くて、むちゃくちゃ強気で譲ることを知らない。ああ、そうだ。この二人は笑っちゃうくらいそっくりだ。
同属嫌悪って四文字がオレの脳裏に浮かぶ。オレよりも、青峰のが姉ちゃんの真の弟みたいだな、なんて。
それはそれで、ちょっとだけやきもち妬いちゃうけど。

「…もぉオレ、フロ行って来ていっスか?」

二人の口喧嘩は終息しそうにない。諦め混じりのため息を吐き、オレはそっとその場を後にした。



シャワー浴びて戻ると、青峰はオレのベッドで眠ってた。
客用にと用意して貰った床の布団で寝ない辺りがすごく青峰らしい。姉ちゃんとはちゃんと和解出来たかなって思ったけど、確認する勇気は翌朝になっても沸いてこずに。あのまま青峰を見送ったんだっけ。

「途中であいつの彼氏から電話掛かってきて出てったよ。…何なんだよお前の姉ちゃん。マジムカつく女だな」
「あはは…、…何かスイマセンっス、身内が迷惑掛けて」
「お前が謝ることじゃねーけど。…むしろ、あの女見たらお前がすげぇ可愛く思えてきたわ」
「へ?」
「お前絶対あいつみてぇになんなよ。そのままでいろ。マジお前可愛いから」
「……」

アホな青峰のことだ。この「可愛い」は、相対的な物の見方による発言で、頭には「姉ちゃんよりは」ってつくのは分かっている。
それでも。真顔でそんなことを言われて、思わずオレは昨日姉ちゃんに指摘されたことを思いだす。
オレが青峰を好き、とかっていう。
「…うー…」
唸りながら顔を覆い、そしたら顔面がすごく熱くなってて驚いた。

まったくおかしな現象だ。
目を醒ませ、オレ。オレが青峰を好きだなんて、そんなのは。

姉ちゃんに青峰を取られたくないと思ったのも。オレの身内と青峰が仲良くして欲しいなんて思ったのも、ぜんぶ。
子供の頃から徹底された、姉ちゃんの洗脳教育によるものに決まってる。









その日、家に帰ると姉ちゃんが玄関で仁王立ちしていた。
「おかえり、涼太」
オレの顔を見てニッコリ笑い、嫌な予感を持たせて来る。
「な、何スか…?」
「あれから考えたんだけど、やっぱり青峰はアンタには相応しくないわ。ってことで、他の男見繕ってきたから。ってゆーか、あっちから涼太に会わせろ会わせろ言って来てぇー。いい奴だからさ、一回会ってみない?」
「…は?いや、アンタ何言って…、つーか誰だよそれ」
「アタシの元彼」
「……はい?」
あまりにも予測外な回答に、オレは間抜けな声を出す。なんだ、この女、いったい何を考えて。
「しかも昨日までアタシの現役彼氏だった人ー。あのさ、涼太の子供の頃の写真見せたって言ったじゃない?あれからあいつ、涼太のことが頭から離れないんだって!」
「……まさかの?」
「そう、まさかの。悪くない話だと思うよ?アタシが付き合った男だもん。顔はいいし、身長も…涼太と同じくらいかなぁ?エッチも上手いし、アレも立派だし。それに何といってもあの人金も車も持ってんの。絶対いいよ、涼太。とりあえず家に呼んどいたから、今晩一回寝てみな?」
「……ば、」

バカじゃねーのって。本当は青峰みたくガツンと言いたかった。
だけど身内のよしみでオレは冷静に感情を押し留め。
かといって黙っていると多分とんでもないことになる。だからオレは、こう言うしかなかった。

「姉ちゃんの気持ちは嬉しいっスけど、オレ、初めては絶対好きな人に捧げたいから。今回はお断りして欲しいっス」


姉ちゃんが自分のお下がりをオレに宛がおうとしてるのは、青峰にフラついているオレの心境を見越して制するためにって、何となく分かる。青峰に渡すくらいなら、自分が信頼している相手を据えとこうって。
男癖悪くて自己中で、弟を顎で使うような最低の女だけど。自分の考えが正しいと一本気に思いこんで、だからこんなズレた奇行を取ったのだってことはオレにもちゃんと伝わってる。
一応は、弟の幸せを願っての言動、なんだろう。

だけど残念ながら、オレはオレの気持ちを自覚しつつあるので。
長年オレを思いどおりに動かしてた姉ちゃんへの反抗ついでに、青峰に告白でもしてみようか。





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