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▼ 8




直前まで妄想だったはずの光景が、いまオレの視界に広がっている。
床に押し倒した相手は、虹彩色素の薄い瞳を見開き。何が起きているのだろうといった表情で、オレを見上げていた。

「あれ?…火神っち?どしたんスか?」
「…どうしたもこうしたも…。お前、その…」

どうしたのか。それはこっちが問いたい。
急にどうしたんだ、お前は。一人で勝手に酔っ払って肌色を赤く染め、無防備にへらへら笑って挙句の果てにはあんなこと。
どうやって真意を聞き出せばいいのか、分からない。意味などないのかもしれない。酔ったはずみでただオレをからかってみただけかもしれない。そうだとしても、オレはもう。

「…あ、あのさ、黄瀬」
「何?」
「オレ、お前のこと…」

出した腕を、引っ込めることはもう出来ない。
妄想を現実に変えることは出来ても、その反対は成し得ない。
だから、進むしかない。

黄瀬が、好きだと。
過去に認めた感情を。伝えるには今しかない。

「す、…ッぶ?!」
「ストップ!言わせねっスよ!!」
「は…っ?!な、な…っ」
覚悟を決め、言葉を繰り出そうとしたその時。突然下から伸びてきた黄瀬の手のひらがオレの口を塞ぎ、黄瀬はオレの発言を禁じてきた。
驚いて黄瀬の顔を凝視する。目を細め、やや厳しい顔つきをした黄瀬はゆるゆると首を振り。
「…それは、言ったら、ダメっス」
「……?」
「…アンタに好きだって言われたら、オレ、マジで犯罪に走る。これ以上、大人の責任守れる気がしない。だから、…もう、勘弁してくれよ」

その告白を聞き、一瞬オレの意識はすうっと失われかけた。
だらだらと背中に冷や汗が伝う。黄瀬に口を塞がれたまま。動くことも喋ることも出来ずに、黄瀬の上に乗っかって黄瀬の話を聞かされる。

「アンタほど、手を出しちゃいけない相手っていないんだ。だって、アンタはまだ高校生で、上司の大事な息子サンで、かっこよくて超優しい。そんな将来有望な奴がさ、女の子も知らずに、こんな年上の、30近いオッサンに手ぇ出されたりしたら、もう…」
「……」
「オレ、絶対に責任取れないから。だから、頼むっス。…これ以上、オレを甘やかさないでくれ」

支離滅裂な願い事を告げ終え、黄瀬のくちびるが結ばれた瞬間にオレは動いた。
オレの口を塞いでいる手首を掴み、強引に取り外し。まず息を吸い。第一声を、努めてきっぱり、告げてやる。
「…そんならお前は、何もすんな」
「…え?」
「オレに手ぇ出せねぇっつーならそれでいいよ。出すな。オレに触るな。…でもな、黄瀬。そのルールが適用されんのは、成人してるお前だけだ」
「か、火神っち…?」

掴んだ手首を黄瀬の顔の横に持ってって、体重を掛ける。ややもがく様な素振りを見せるが、解放してやる気はさらさらない。
「ワリィな、黄瀬。お前は大人でも、こっちは…、まだ16のガキだからな。責任とか、我慢とか、習っちゃいねぇし、…やりてぇことは、構わずするぜ」
欲求に従い、顔を下ろす。瞬きも出来ずにオレの顔を凝視している黄瀬へ。鼻先が触れるほどの近距離で。

「オレ、お前のことが好きだ」


見開かれた黄瀬の両目が潤み、細まる瞬間に零れ落ちた。
まずいと思ったし、困らせている自覚もある。好きな奴を泣かせるのはこっちだって辛い。それでもこいつには分からせたい。大人の責任感とか常識とか。そんな見えもしない壁を固めて作ってガードしている、こんなものを崩すのはオレの片腕一本で充分だ。

オレにとって何より険しい防護壁は、お前が見ている相手がオレじゃなかったことだった。
だがそれも、先ほどの発言を受ければボロボロと崩れ去る。

「なあ、黄瀬」
「……」
「…酔っ払って何も覚えてないとか、後で言っていーよ。オレが無茶言うから仕方なく相手してやったとか、そんなんでもいい。適当に言い訳しろよ。だけど、一つだけ確認させろ。お前、親父よりもオレのがいいっつったよな?」
「え?火神サン…っスか?」
「ああそうだ。そこだけはハッキリしろ。お前は、」
「…尊敬してるよ、火神サンのこと。感謝もしてる。過去にオレが出会った男の中でもワンツー争ういい男っス」
「ホレてた?」
「…踏み込むねぇ?…これが、若さゆえの勢いって奴なんスかね。まあいいよ、その青臭さに免じて教えたげる。火神サンのことは尊敬してるし憧れてもいる。でもこういうのは恋愛感情には発展しえないものっスよ。…大人になるとね、恋をするのも凄く慎重になるんス。昔の手痛い経験とか、傷付いた記憶とか、そういうのを身につけて自己防衛してくんだ。だからね、火神っち。……それを知らないアンタのその目が、オレにとってはむちゃくちゃ眩しっス」
「…バカにしてんのか?」
「してねーよ。…耐えてんの。だってなんかもう、…焼き尽くされそー」

視界の隅で、押さえつけていない側の黄瀬の手が動くのを認める。それはゆっくりとこっちへ伸びてきて。オレの頬をぺたんと撫で付け、そうして黄瀬はふ、と笑う。
「…触っちゃった。これ、犯罪なんスよ?知ってた?」
「触ったくれぇで?」
「心身未成熟な青少年を性的対象として見て、誘惑してるんス」
触れた指先が顔の輪郭をなぞり、唇へ到達する。そこに指を当てたまま。黄瀬は言う。溶けそうな目つきをして。

「アンタの勝ちっス、火神っち。もうオレ、アンタにキスされたくてたまんない。してよ。むちゃくちゃ情熱的で、オレの理性ふっ飛ばすようなやつ」



脳内で、何かがはじけるような音がした。
オレはこの男を甘く見ていたかもしれない。そうだ、こいつは自分で言うとおり、30を目前に控えた恋愛経験も豊富な色男。
今までの黄瀬は全然本気じゃなかった。そうだ、いまオレの真下にいて、赤い舌で唇をたっぷり濡らしながらオレを見詰める扇情的なこの目つき。これこそが、黄瀬涼太の持つ本気の表情。

28才の男が全面解放した色気は、生半可なものじゃなく。
ごくりと喉を鳴らしたオレは、黄瀬の顔面に魅入られたまま。見えない力で引っ張られるみたいに、緊張した唇をそこへ落とした。




ぎこちなく黄瀬のシャツをたくしあげ、熱を持った皮膚を撫で回し。触れる度にテンションが高まって、下手すりゃ今にも鼻血ふいてぶっ倒れそうな興奮状態を保ちながらオレは黄瀬の言うことを聞く。
「…ね、火神っち。そろそろアンタも、服脱げよ」
「は?あ、いや、…脱げって、どこまで」
「決まってるっしょ、全裸っス。上も下もすっぽんぽんになって、オレに見せてよ、火神っちの…、コレ」
「ッ!」
敢えて下半身が黄瀬の体に触れないよう、腕を突っ張って腰を浮かせた体勢で耐えていた。それなのに黄瀬は何のためらいもなくオレの下腹部に手を伸ばしてきて、するするとパンツの中へ侵入してきた。
そこの状態は、まあ、いつでも掛かって来いって具合だ。黄瀬の両目がはっと見開く。その直後、やらしい笑みを浮かべながら余計なことを言い出す。
「…ホント、若いってうらやましいっス。もぉバリバリじゃん」
「う、うっせぇな…!お前のせいだろッ」
「オレいま初めて触ったよ?オレの何がアンタの股間をそうさせたんスか?ほら火神っち、言ってみ?」
「だ、黙れバカ!…笑うなっ!」
「ごめんごめん、馬鹿にしてるわけじゃないんスよ。…オレの体触っただけでこんなになっちゃう火神っちのコレが純粋に愛おしくなってきて。…出してもいっスか?」
「…好きにしろよ」
諦めて身を後方へ起こすと、追いかけるように黄瀬も向かい合わせの座位に転じる。そのまま両手をオレのパンツのゴムに引っ掛けずらし、中から、取り出す。
「あはっ、超元気っスね!」
「……」
黄瀬の感想は正解だ。勢い良く飛び出したそいつはもはや、オレの意思ではコントロール不可であり。恥ずかしさのあまり目線を逸らすと、黄瀬は躊躇いもせずに揃えた二本の指で先端を撫で始めた。
「ッ!へ、変な触り方すんな…ッ!」
「愛情表現っスよ、受け取って。それとも…、ちゃんとした刺激与えたほうが、こいつは喜んでくれるんスか?」
「う…ッ!」
ニヤけた表情を浮かべながら黄瀬は、棒をくるむ持ち方に変えた途端に力を込めて擦り上げた。
じかに強い刺激を、それも唐突に与えたことでオレは息を飲み、視線を黄瀬の顔面に戻す。黄瀬はと言えば、オレの股間を見詰めたままこっちの視線にも気付いていない。先ほどよりも強く親指の腹で先端を押し込んだ後、ごくりと黄瀬の喉が鳴るのが、聞こえた。
「…火神っち、…ちょっと、オレ、目覚めてきたかもしんないっス」
「は?」
「これ、咥えてみてもいい?」
「え?あ、…うわっ?!」
がっちり股間を凝視したまま、黄瀬が頭を動かした。信じられない発言と共に。
先端がなまぬるい感触に包まれ、最初にきたのは驚愕だ。だがそれもすぐに冷め、次にオレの身に発生した感覚は。
「…ッ、ぁ、…黄瀬…ッ、ば、か…っ、吸ってんじゃ、…ッ!!」
竿を指で擦りながら咥えられた先端。その穴からはカウパー液が漏れてんのは自分でも分かる。そいつを、黄瀬は。半ば強制的に絞りだすように吸いついて、いる。
「ッ!?」
そこでまた視線を黄瀬の顔に落とした、オレが馬鹿だった。
視界に映ったのはオレの息子を口いっぱいに頬張っている黄瀬の顔。見下ろすこの角度で、黄瀬の睫が異様に長いことを知り。それが影を落とす黄瀬の頬は、純白な陶器と表現出来そうなくらいにきめこまかく、きれいな色だ。それなのに。薄い唇がずるずるとオレに近づき、息子の半分を咥内に収めることで、いびつに窪んだ頬の形が。

ここまでオレの下半身の成長に拍車を掛けるとは。

「…、ッ!!」
「ん?!ぐ…ッ!!」

この挑発的な光景から逃れるスキルも経験も、オレに備わっているわけがない。
唇を力ませながら顎を引いた黄瀬がまた先端を吸った。そのタイミングで。どぷんと弾けた液体は、黄瀬の口や顔はもちろんのこと、服や床、そしてオレの腕辺りにまで盛大に飛び散ることとなる。

「……」
「……」

それから数秒の沈黙がオレたちの間に流れた。やばい、やばすぎる。茫然とした様子で床を見詰めている黄瀬の反応が、恐ろしい。
マジ、有り得ねぇだろ、オレ。何やってんだよ。何でこんな早いっつーか、前触れもなく出してんだよ。せめて一言声掛けてからとか、そんくらいの余裕があってもいいだろ。いくらオレがガキだからって、これはあまりにも。

「…ふ、…っ、あははッ!すっげ、火神っち、やっば、まじ…!」
「?!」
言い訳を必死に考えるオレの脳内に、突如として黄瀬の笑い声が響き渡る。何事かと目を剥く。けらけら笑い転げながら黄瀬は自分の頬に飛んだ精液を指で掬い。
「…人生初のフェラでこんな濃いモノ発射されるとは。ホント、わかんないもんっスね。…でもやっぱ、一番わけわかんないのはさぁ、…火神っち」
「な、なんだよ…」
「こんなのぶっ掛けられて超興奮してる、自分のアタマっスね」

ねとねとに汚れた指を動かしながら、まじヤベェわと呟いた黄瀬を見て。
冷めたはずの理性が簡単に熱を取り戻すのには、オレも、正直ヤベェわと思った。










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