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リンと鈴がなる。


物理的な音を聞いたわけではない。ただ頭の片隅で、過去の音が再生されたのだ。
心が空っぽになった時、響く音。
しかしそれは存外小気味良く耳に残った。

夜だった。
星はそれほど多くなく、ただただ月が明るくて、そのおかげで横の男の顔もハッキリと見ることができた。
それが良いことかは分からないけれど、悪くはない。

「来週末かな。」

ポツリと呟くように男が言った。
一瞬何の事が分からなかったが、すぐに目の前の桜のことだと気付く。
来週末に満開になる。そう言いたいのだ。

「散るのはいつだ。」

この男との距離は未だに掴めてない。
掴もうとしても掴めない。まるで手に取ることのできない水のように流れ落ちていく。
全ての人が掴めない水を理解しているのと同じように私も掴めない距離感を理解していた。理解したところで現状は変わらないのだということも含めて理解していた。

シカマルは首を傾げた。
先ほどの質問に対する答えを考えあぐねているようだ。しばらくして、小さく、さぁな、と聞こえた。
この男でも分からないこと。
少し楽しくなって笑ってしまう。

「何笑ってんだよ。」
「気にするな。」
「…。」

開きかけた花びらが一枚風に舞う。
初めての風に吹かれて仲間のもとから去っていく。
目を細めた。
月が引き寄せているかのようになかなか落ちることのない花びらはとても、小さく見えたのだ。
そしてそれが落ちるとき、何かが変わるとそう思った。

変な話だ。

隣の男が間を詰めてくる。
桜に飽きたかのように私に触れる手は最初の頃のような不安がない。
迷いもない。
でも、とても優しい。

それでも私はあの花びらが落ちるまで見ていたかった。変わる瞬間を目にしたかった。

頬を撫でる指がもどかしげに唇に触れる。こっちを見ろとばかりにほんの少し添えられた手に力が籠もる。
熱っぽい視線を感じて仕方なしに視線を向けた。
漆黒の瞳に映る自分が小さく見えて先ほどの花びらと重なる。

落ちていく。

重なる唇。離れて、触れて、深くなる。もっと、欲しくなる。
彼の首に手を回したところでその肩越しに花びらが見えた。
そっと揺れたそれは、ふわりと地面に舞い降りる。

すぐに角度を変えられ、口内に入ってきた舌に惑わされ、何も考えられなくなっていくけど。

ふわりと。

そして、一気に。

落ちていく。変わってく。

離された唇を銀の糸が繋ぐ。
荒くなった息をそのままに口を開く。

「春だ。」

男の眉が寄った。
その顔、嫌いじゃない。

「春?」
「そう、春。」

開いた花が増えたような気がした。
満開は来週末と言ったがそれよりも早くなるに違いない。
小さな花びらが春に変えた。

「次は、散るころに来る。」

そう呟いて今度は自分からその唇に己のものを重ねた。
理解していたものが分からなくなる。
ただ、互いが求め合っているだけでこんなにも気持ちよくなれる。
まるで久しぶりに開いた本のあらすじにように、本能が舞い戻るのだ。

嫌いじゃ、ない。
温もりを離さぬように回した手に力を込めた。
抱えられ、縁側から部屋へ、そして襖が閉められる。
桜はもう、見えなかった。



心が空っぽになる。

過去の音が再生される。

リンと、鈴がなる。








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