捧げ物 | ナノ
その日は、ひどく天気が不安定だった。
カラッとした秋風が木々を揺らしたと思ったら次の瞬間には雨が窓を叩く。
次々と様子を変わる天気に街行く人は折り畳み傘などを携帯しているようだった。

久しぶりに何も無い日を優雅に読書で過ごした新一は、休憩にと大きく伸びをした。栞を挟み丁寧に本を閉じると立ち上がり空のマグカップを片手にキッチンへと向かう。
珈琲もきれてしまい、固まっていた体を動かすためほんの少しの移動。
事件もなく、のんびりと過ぎる時間を存分に楽しんでいた。


籠っていた書斎から出て初めて、その天気に対面した。
強い風と雨。集中していたせいか読書中は全く気付かなかったが、ひどい天気だ。
朝起きた時には、雨の気配などなかったのに。
そう思いながらコーヒーメーカーのスイッチを入れ外の様子を見ようと玄関へ向かう。
洗濯物は確か快斗が干して行った。確か外に。
この分だと明日纏めて、再び洗濯機に入れたほうがいいだろう。
相変わらず主夫か家政婦ように働く彼は今外出していて懇意にしている手品師に会うとか、言っていたような気もする。
記憶が曖昧なのは小言と混ぜてしつこく話しかけられていたそのときは既に手元の本に夢中だったからだ。
忙しくて買い溜めしていたこともあり、読みたい本が沢山ある。時間が惜しかった彼は迷わず快斗より読書を選んだ。
めげずに快斗は何か言っていたようだがそこから先は記憶にない。
どうも最近犬のように見えてきて、恋人といえるのか微妙になっている気がする。
勿論恋人として、とても頼りになる存在ではあるのだけど。

「?」

何事にも抜かりなく。マジシャンとして普段の立ち振る舞いにもどこか凛とした雰囲気を纏う彼だが、今新一の目の前に置かれたのは二本の傘。
必要以上に物を増やしたくないからこの家には新一と快斗、二つの傘しかない。
一本は、自分のだ、家から出ていないのだから。だがもう一本は、つまり。

「あいつ……」

嘘だろ、外どしゃ降りじゃねえか。
降ったり止んだりしていることなど今数時間振りに外を見たばかりの新一は知らず。
ぽつんと持ち主を待って佇む青の傘と玄関の扉を見比べて、深く溜息を吐いた。




一方快斗はというと、仲間と気さくにテンポの良い会話を楽しんだ後真っ直ぐに米花町へ帰って来た。だが突然の雨に駅構内で待ちぼうけを食らっていた。
今日一日、降ったり止んだりと忙しい天気だからこうして足を止めることも少なくない。
だからといって傘を買う気にもなれず、ただ止むのを待つばかりだった。
先ほどの駅ではあまりに暇だったのでポケットに常備している手品を手慰めにしていると学校帰りの女子高生や塾帰りだと思われる小学生に囲まれ、雨が止んでも動けないなんて状況に見舞われた。
喜んでもらえるのは嬉しいが、ちょっと騒ぎが大きくなると駅員さんや駅前の警察官に見咎められるだろう。
人気者はつらいぜ、なんて考えながら重く垂れる雲に視線をやる。
遠くは晴れているのに、ここだけどしゃ降り。
風が強いから雲はどうせすぐどこかに行くだろう、ほんの少しだけの辛抱、と今晩の献立を考え冷蔵庫にある食材を思い浮かべていた。

「快斗」

そう、全てはそうやって不器用ながらも嫌々そうでも仏頂面でも全くデレが無くても、こうして不機嫌そうに名前を呼んでくれる新一のため……。

「ってあれ新ちゃん!?なにこれ夢なの」

「ついにボケが始まったか」

「ちがう」

頭に浮かんだ野菜とお肉はさっぱりと消え去り、思考も全て目の前で青の傘を差す新一しか認識しない。
体中の細胞が彼しか求めないのか、いつになってもドキドキと手を伸ばしてしまう。
傘を軽く後ろにやり近付く新一は服がところどころ濡れていて、この嵐のような天気の中来たのだと物語っていた。

「え、なに、どうしたの?」

「その、お前が、傘忘れたから」

「うん、」

「だから仕方ねぇから、持ってきてやろうと、思っただけだ」

「うん……!」

なんてことだろう。明日雷でも雹が降っても、異常気象で雪が降ってもおかしくない。
あの意地っ張りな彼が、快斗のためにどしゃ降りの中迎えに来てくれたのだ。
脳内で天使がファンファーレを鳴らす。まさかこんな日に、あの新一が、と中々に本人が聞いたら激怒の末家に入れさせてくれなさそうな言葉が並ぶが普段の彼を考えると仕方のないことで。
嬉しくて涙が出そう。だが忙しなく回転する思考をひとつでも漏らせば新一は帰ってしまうだろう、と向き合い快斗は幸せだと隠さず満面の笑みを浮かべる。

「ありがとう、新一!」

「……おう」

記念日にしようかな、とぽわぽわする頭で考えていると先ほどまで音を立て降っていた雨がさあっと去っていく。
あ、雨上がった。なんて思って彼を見ると突然変わった景色に呆気に取られきょろきょろと辺りを見回す。
そんな新一も可愛い、と幸せオーラ全開な快斗はそんなことしか思い浮かばないが対照的に彼は小さく唸り声を上げしゃがんでしまった。

「え、どうしたの」

「んなことになるなら、来なくて良かったじゃねえか……」

開いたままの傘を未だに差しながら、拗ねたようにそれをくるくる回す。
確かに、丁度雨は上がってしまった。
元々朝から気紛れな空模様に付き合っている快斗にとってはあがってラッキーというところだが、濡れてまで来てくれた新一は決まりが悪いのだろう。

やけに可愛らしい彼にハートマークが飛ぶのを抑えきれない。すごく、可愛い。
俯いてしまった新一の顔が見たくて、思わず快斗もしゃがみ込むが真っ赤になった耳とシャツから覗く首元しか見せてくれない。
どうしようもなく愛しくて、溢れる気持ちのまま新一の額にキスを落とした。
その感触に気付いたのかぱっと顔をあげる彼の目は驚きと恥ずかしさと混乱とで潤んでいて、快斗は心臓が走るままに片手で傘を寄せて今度は唇を掠めて。
ちゅ、とわざとリップ音を立てるとぶわわと効果音がしそうなほど赤く染まる新一は口に手を当てて勢いよく立ちあがり、その拍子に傘を取り落とす。
落とされた衝撃で傘に溜まっていた雨粒がしゃがんだままの快斗を襲うが、そんなもの気にしてはいられない。

「お、おま、こんなとこで」

「誰も見てないよ」

そういう問題じゃ、ともごもご口を動かす新一は戸惑ったように快斗から視線を逸らす。
真っ赤に染めてそんなこと言われたら、誘ってるようにしか見えない。
むくむくと欲求が増してくるがそれを抑え込んで、照れている新一の手を引く。

「帰ろっか」

「……」

黙りこんで踵を帰る新一に慌てて立ちあがり、放置された傘を拾い閉じて駆け足で彼に並ぶ。
顔を見られたくないのか次第に歩く速度が速まる新一に鼓動は高鳴るばかり。

そんな可愛いことばかりされて、逃がすわけないでしょう?
見られないことを幸いに、快斗はにやりと口端をあげて水溜りの上を跳んだ。


わざと傘を忘れたのは、もちろん秘密。







H24.9.20 藤崎ミナ noricoさんはぴば!
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