捧げ物 | ナノ






多分これは必然で。
知り合いばかりの大学、魚料理の少なさにほっとした学食も、それを見て大笑いしたあいつと仲良くなったのも、全部仕組まれていた。
そうして、ドッキリ大成功なんて看板が来るのを待ちながら泥沼に立ちつくすオレは成すがままハマって。
もう抜けだせないくらい、君が好きになっていた。
きっかけなんてわからない、隣で笑っていた笑顔に満たされたのはいつだったか。
どこか非現実のような、ふわふわと宙を漂っていた自分はいつのまにか打ち抜かれ地に落ちていたらしい。

「快斗」

素っ気ない声。呼ばれただけで嬉しくなるなんて重病か飼い主に懐く犬のよう。いっその事、犬になればもっと傍にいられるのかとくだらないことまで考えた。
講義後のざわつく部屋でも聞き取りやすいよく通る声。
まさか恋愛はしても男を好きになるだなんて思わなかった。
ただ抵抗もせず、ずぶずぶと受け入れた結果がこれだ。さすがに驚く。

「なあに新ちゃん。どうしたの」

ちゃん付けすんなと後頭部を叩かれ痛くもないのに声が出た。狙われた頭を摩りながら恨めしそうに快斗は振り返る。
シンプルなシャツにジーンズという至って彼らしい服装で、新一がやる気のなさそうに立っていた。
早々と帰り支度を済ませたらしい彼は鞄を提げて、見る人によっては不機嫌に見えるような顔で快斗を見下ろす。

「この後暇か」

「ん? んん? デートのお誘いかな?」

仏頂面の新一と対照的に語尾に星が飛ぶ音がしそうなくらい顔を輝かせて口を弾ませる。
冗談を言わなければいいのに、再び快斗の頭からはスパンと良い音が鳴った。



そう言えば新一の旦那、平次は大阪に行ってると思いだしたのは眉を顰めた彼に引き摺られ外に出た後だった。
確か向こうの事件が、前平次が関わった事件と酷似している連続殺人で、その模倣犯なのではと目星を付けた警察が平次を呼び出したとかなんとか。
詳しくは教えてくれなかったがそれほど興味は沸かない。そもそも人が傷付いている事件なんて、話を聞くだけで悲しくなる。
平次がいないからお声が掛かったわけね、と何も言わず快斗の腕をつかみ歩き続ける新一を見て思わず苦笑する。
どんな理由であれ彼と一緒に遊べるのは好きだ。頭の回転が速く、どこか似ている新一の隣はとても居心地がいい。
少し苛ついてるとも思える横顔を盗み見ながら歩く速度を合わせるとようやく新一は快斗を見た。

「なあどこ行くんだよ」

「本屋」

「……」

まあ、予想通りといえば予想通り。
デートなのに色気ねえなとも思ったがまた叩かれそうなので黙っておく。
新一は簡潔に答えるとまた前を向き歩く速度を速める。無表情に近いのに、よく見ると浮足立っているようで、微かに雰囲気が変わった。
流石白馬に工藤くんのストーカーと呼ばれるだけある快斗はその僅かな変化も見逃さず、頬が緩む。
恐らく、好きな推理物の新刊が出たのだろう。焦れているように早足になっていく彼に飄々と快斗は歩幅を合わせた。

全く、自分の好きなものにはとことんなんだから。
妙に子供っぽいところを残す新一は、だからこそ人に好かれるのだろう。
気付かないまま溢れる魅力に絡め取られて、そのまま身を任せて沈むだけ。




目の前にはチョコレートパフェ。苦そうな珈琲を挟んでキラキラした顔を隠そうともしない彼。
眼福、と一言小さく呟いても新一は買ったばかりの本を包む包装を撫でるだけで今は何も聞こえないのだろう。
どうせ目の前に珈琲が置かれたことも可愛いウェイトレスが頬を赤く染めていたのもわかっていない。そんなに嬉しそうにしている彼を見てると快斗にも思わず笑みがうつる。
大切な子が目の前で笑っていたら、否応がなしにこっちも嬉しいでしょ。
誰にとも言わず脳内で言い訳のように繰り返す快斗は甘い思考のままパフェをすくう。
カフェに来たことはさすがに覚えてるよね。無防備すぎてちょっと心配になった快斗はチョコの甘さと幸せにうっとりしつつも新一を探る。
このタイミングで彼に声を掛けると、語りだす。
新一と本屋に行くたび、家に遊びに行くたびに積み重なった彼への対応のし方のひとつだ。
でもいい加減、新一の声も聞きたい。
異なる思いがぐるぐると頭を回るが自分の欲求には勝てない。そう思って咥えてた長いスプーンを外しパフェへ突き刺し新ちゃん、と声を掛けた。

「目当ての本、買えてよかったね」

「ん? おう、2年振りの新刊だったんだ」

新しい玩具を与えられた子供のように無邪気に笑い語り出す新一が可愛くて微笑ましくて、うんうんと頷きながらパフェを攻略していく。
白馬ならもっといい返しが出来て盛り上がれるだろうし、平次は賑やかに話題を逸らして自分のペースに巻き込むのだろう。
趣味も合わず、新一は知らないとはいえ元敵対していた同士だ。快斗にはもう、そんな気はないのだけど話が合うかと言えば否だ。だけど何故か、新一の話には引き込まれる。
マジックをしても純粋に喜んでくれない。見抜けず悔しそうな顔はするが。でもそれが快斗は好きだった。自分でもわけがわからない。
怒られることすら嬉しい。被虐趣味など無いが新一の表情が変わる、それだけで自然に笑えるくらいあたたかくなれる。
こんなのはじめてだよ、と少女漫画のようなことを言うつもりはないがキラキラ語る彼を前にすると気障な言葉だってすらすら出てしまいそう。

「……ところでお前好きなヤツっていねえの」

「……え?」

つらつらと考え込んでいると不意打ちにそう、確かに新一の口から飛び出す言葉。
驚いて目をぱちぱちとさせている快斗を全く見ず、本人は気恥ずかしげに珈琲を啜っていた。
話の脈絡がわからない、本当に。一体どうしたっていうんだ。
普段自分からそんな話をする人でもなく、振ってもすごい勢いでガン飛ばされるだけだというのに。
買った新刊の話をしていたんだよね、ねえ新ちゃん?
あまりに突然すぎて混乱する快斗だが喉に詰まり掛けたパフェのゼリーを飲み込み、一呼吸置く。

「とつぜんなんのはなしなの……?」

「そのままだが」

「いやなんでそんな!急な男らしさとかいらないから!」

体温が一気に上がったから顔が火照っている自覚はある。
冗談で流してしまいたいが、不機嫌な顔を赤く染めてどこか俺様な態度を崩さない彼の本意がわからない。
ドキドキなんて可愛らしい音ではなく、ドクドクと頭を血が巡る音が響く。

「その、お前のそういった話聞かないと思って」

「……そうですか」

これは、どうしたら。
自慢のポーカーフェイスだってすでに見破られている名探偵相手に誤魔化しが通じるとは思えない。
でも、この思いを伝えるつもりなんてない。
気持ち悪がられるとかではない、第一、新一には平次がいる。
困った、と思いつつもこの顔じゃ今からいないなんて言えないだろう。
答え合わせを待っているような、でも恥ずかしそうに視線をそらしている新一に喉が鳴るがそんなことを微塵も感じさせないよう、ほんの少しだけ冗談と嘘を混ぜて。

「どうだと思う?」

「……同じ大学か?」

「もう、敵わないなあ。そうだよ」

ほんとばかだね、新一。
相変わらず自分に向けられた好意には疎いんだから。





結局そのままぐだぐだとその話を打ち切り、新一の気紛れに翻弄されつつも本を片手にそわそわしている彼に負けて一時間足らずでカフェを出た。
随分日が沈む時間が早くなった。
時計を見て、新一と一緒にいられたのが一時間と少しと気付きしゅんとなる。
分かれ道まで肩を並べて歩く。彼は先ほどまでの照った顔をどこかに置いて来たように爽やかに笑い話をぽつぽつとする。
大阪にいる平次の話や、妙に仲良くなっている白馬。
それにこの前新一の幼馴染である蘭ちゃんと会ったと言うとぶすっとした顔で何もしてないだろうなと睨まれて。
慌てたように返事をするとお互いに間ができ、跳ねる笑い声。
気軽に話せるこの距離が、丁度いい。

「やっぱ、お前といるのが一番楽しい」

ほら。だからそういうことを、簡単に言うんじゃないの。
上手い返しも浮かばず、なんとなくお礼だけ言ってわざと肩をぶつけてみる。
なにも気にした様子もなく、複雑な気持ちを抱えて何事もなく静かに、一歩分離れた。




じゃあまた、明日。

片手をあげて左へ曲がる彼に笑顔で手を振って、完全に新一が歩き出した時点で元気で無邪気な快斗は終演。
腕をぐるりと回して、自分も家路を真っ直ぐ歩きだす。

「……新一が幸せなら、俺は嬉しいから」

夕暮れがこの隙間を埋めてくれたらいいのに。
そうして快斗は肩に触れ、満足そうに吐いた息は空気に雲散した。










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