Where is LUCCA now…?
「サンタさん困っちゃうね」
穴の空いたストッキングを拾い上げながら彼女は笑った。
ホテルの床にはそれ以外にも、くしゃくしゃになった白い下着や滑らかな生地をしたモスグリーンのドレスなどが散らばっている。
べつに無理矢理ヤッたわけじゃない。ただちょっと乱暴だったかなとは思う。
「ストッキングを伝線させずに脱がせるのが、俺は得意だったはずなんだけどなァ」
「クリスマスだからって、盛ってたんじゃないの」
シーツを胸の前に手繰りよせ床に手を伸ばす彼女は、後ろから見たら丸見えだってことを解ってるんだろうか。
気になったが良い眺めだったので忠告せずに俺は煙草に火を付けた。
「まぁ眠らずにこんなことしてる悪い子のところに、サンタさんなんて来ないか」
「ハハ、違いねぇ」
「そもそも、もう子供でもないし」
「まぁ大人には大人の楽しみ方があるってこった。サンタさんよりイイモンやったろ?」
「…オヤジ」
呆れる女の腕を引き寄せもう一度押し倒す。手にしていたドレスはするりと再び床に落ちた。
しかしこの女。
昨日今日会ったような男に、全てを許しすぎじゃないだろうか。そう思いながら女の太股に手を這わす。
まぁ俺が損をすることでもないので、もちろんそんな忠告はしてやらないが。女が無防備で男が困ることなんて一つもない。一向に構わない。
くたっと力を抜いている女の胸に噛み付いた。はぁ、と熱い息を吐いたその顔を見て、昨夜道端で白い息を吐いていたコイツのことを思い出した。
「お兄さん、聖夜に一人?」
誘うような目つきにまんまと誘われて、諸事情により興奮していた俺は深く考えずに近くのホテルで彼女を抱いた。
クリスマスに男に捨てられて自棄になってる馬鹿な女とでも思っていたが、本当のところどうなんだろう。
「なぁ、お前名前は?」
「…気になるの?そんなこと」
「イヤ、まぁ微妙に」
疲れきった体を横たえる彼女に、尋ねる。相手に興味を持った場合名前から聞くのがセオリーかな、と思ったが特別知りたいわけじゃなかった。
「名前は教えてあげない」
「ふーん」
「けど、職業なら」
「べつに職業は興味ねぇなあ」
「でも、あなたと私、おんなじ匂いがするわ」
「匂い?」
「比喩じゃなくてね。洗っても取れないのよ」
「………」
意味深な女の発言について少し考え、まさかまさかと打ち消す。
もしコイツが俺と同類なら、俺は今相当に危ない。
女の目をちらりと覗けば、ジワリと嫌な予感がしたのでごまかすように口角を上げると、彼女もくすくすと笑った。
あなたってめったに焦らないんでしょう。そういう人の慌てた顔、私セクシーで好きよ。
耳元で言われため息が出る。とんだ聖夜だ。人殺しと人殺しが偶然出逢ってアバンチュールだなんてギャクにもならない。
「でも、気に入ったから見逃してあげる。イイ思いもさせてもらったし」
「…そりゃ、どーも」
職業柄、殺気には敏感なはずなのに油断してしまったのは、コイツの笑顔があまりに朗らかだったからだろう。
まぁ実際に、世の中には殺気なんて微塵も出さずに人を殺すクレイジーな野郎がわりといる。一つのベッドに二人いることはあまりないが。
「それにあなた、お金持ってなさそうだし」
「金目当てかよ」
「言ったじゃない、職業だって」
「はァ、商売上がったりだな」
同業者のイイ笑顔を見ながら、俺は空になったラッキーストライクの箱をくしゃりと潰した。
空に向かって競り上がる高速道路を眺めていた。
流れるライトと瞬くランプが都会色の夜空の下に輝いている。
クリスマスの夜から大分たったというのに、俺はなかなかあの女を忘れられず、ついアイツがしゃがみ込んでいたインターチェンジに来てしまった。
摩天楼を映しこんだ低い雲は、夜中だというのにぼんやりとオレンジ色に光っていて気味が悪い。
人も眠らなきゃおかしくなるが、街も同じだろうと思った。東京は今夜も少しずつ狂っていく。
ふと、遠くの空から近くのビルへと視線を移す。見上げたシティホテルの窓に、モスグリーンのドレスが揺れた気がした。
俺は非常階段に足をかける。
行き着いた部屋のカギは案の定開いていて、バスルームの扉を押せば当然のように男が一人死んでいた。
洗面台から落ちたのだろうグラスの破片が、バスルームの白い光に照らされダイヤモンドのように光っている。男の死を祝福しているようだ。よかったな。
そして足を踏み入れて、俺は声を上げて笑ってしまった。壁一面に残された派手なメッセージ。嬉しくなってそれを指でなぞる。
“G.E.T OUT HERE!”
赤い血の文字 あの娘消えちまった
元気そうでなによりだ。
俺もなんとかやってるよ。
LUCCA/The Birthday
小さな恋のメロディー提出