くたくただ。
爪先から髪の毛の先まで、均等にくたくただ。酷使しているせいで疲れてるわりにクールダウンしてくれない脳みそと、反対に着々と機能を低下させていく身体を引きずりながら家路へとつく。
長い一日が終わる頃、残されている体力といえば家に辿り着くための脚力だけだ。今地震とか起きたら私は確実に死ぬだろう。
そもそも生きるために働いてるのか、働くために生きてるのか。そんなメビウスの輪みたいな不毛でありきたりな疑問を頭に浮かべてしまう時点で、私は相当に疲れてる。
フラフラという音がしそうな足取りで最寄の駅から自分の家へと向かっていると、暗い夜道をそこだけぼんやりと照らしているコンビニの角に、一つの人影が見えた。スラッとした長い影は見覚えのある形をしている。もしかして、と、いやまさか、が交錯して胸が跳ねた。
逆光で判別できなかった男の衣服は、近付くにつれ白と黒のコントラストを浮き立たせる。白い光に照らされた髪の毛が夜の中できらりと光った。
「よ」
「静雄さん…。どうしたんですか」
「…いや、元気にしてるかと思ってよ。お前最近ぜんぜん連絡よこさないだろ」
「げ、元気ですよ。便りがないのは良い便りって言うじゃないですか」
「そうか?ならいいんだけど。お前変に無理する癖あるからな」
そう言って優しく細められたサングラスの奥の目に、疲れきった頭がくらくらと思考を停止する。
私はテクテクテクと素早く三歩彼に近寄り、その胸にてむ、と頭を寄せた。
「…!オイ?」
吸い寄せられるように寄り掛かってしまったのは、本能が理性を上回ってしまったからで、つまり私は心底静雄さんを求めていて、心底疲れてるということだ。
頭上で彼が動揺してるのが解ったけれど、もはや退くつもりもない私はそのままの体勢ですみません、と小さく呟いた。
「……お前がこんな弱るなんて、やっぱ相当参ってんじゃねーか」
そう言ってため息をついた静雄さんの手が、ポンと頭を叩く。大きな掌の重さが心地良い。
「参ってますよ…。だからこれ以上優しくしないで下さい。惚れちゃいます」
目をつむり、疲れを吐き出すように私もハァと深くため息をつく。
頬に感じる彼の胸のボタンの感触と、シャツ越しに伝わる体温に自分の中の何かが浄化されていくような気がした。それと同時に、胸に別の何かが溢れてくる。
自分から擦り寄っておいて無意味な牽制をする私はずるい女だな、なんて思いながらそろそろ離れようかと足を後ろへ退こうとする。
しかしそれより前に静雄さんの掌が頭の上から首の後ろへとズレたので、私は動けなくなってしまった。
「静雄さん…?」
「…馬鹿、そりゃ付け込まない手はねえだろう」
「え…っ!」
彼らしからぬ言葉に驚いてる間に、今度は左腕が腰に回り、私は身じろぎすら出来なくなる。
降って湧いた幸福のせいで、我慢の出来ない子供のようになってしまった私は、宙ぶらりんになっていた腕を彼の背中に回しギュウギュウと抱きしめた。へとへととか言いながらこんな力が残ってたんだな、なんて自分に飽きれながら残された力の全部を使って彼にしがみつく。
その膂力のわりに彼の体は細いから、これじゃ背中に寄ったベストがシワになっちゃうなぁ、なんてぼんやり思った。
長い指がさらさらと髪を梳く。
付け込むとか言いつつ、頭を撫でるだけでその先をしない彼が、とても彼らしいと思った。
「なぁ、もう少しこうしてていいか」
「しててくれなきゃ、嫌です」
ぴったりとくっついた身体に彼の早い鼓動がトクトクと響くたび、疲れがどこかへ遠退いていくのを感じる。
今度の休みは彼と一緒に居たいと思った。
プラトニックエクスタシー
100609
いつもお仕事頑張ってるハヤノンへ。