04

どしーん、どしーん。

大きな音を立ててビームを吐きながら怪獣が此方へ歩く。周りの木々がどんどんと意図も簡単に踏みにじられ薙ぎ倒されていく。

うっわ、なんかぬめぬめで気持ち悪。

此方に来るな!!来るなーっ!!



『……だ、かんだ、かんだぁっ!!』

「うーん……」



ああ、夢だったのか。しかし幼稚な夢だったな。気分悪い。
薄目でゆっくり景色を確認。爽やかな朝、鳥の囀り。
そして、



『おはようかんだー』

「おはよくねえよ」

『なにそれー』



ああそうだった。俺は夢よりも現実味が薄い(とまではいかないが)不幸が降り注いでいることを思い出した。捨て猫よりもタチの悪い、いや悪すぎる餓鬼が俺のベッドを跳ねていた。
隣に寝ているのが女だったらどんだけ良いか。
なんて淡い妄想をする。



『昨日の夜が激しくて眠れなかったわ』

「な!!何処で覚えたんだよ!」

『ラビが教えてくれたのー』



……一瞬俺の思考がこんな餓鬼に読まれたのかと思った。
とりあえず糞兎はシメる。あいつはぜったい頭沸いてやがる。教育に悪いのはどっちだよ馬鹿兎が。

暫くすればなまえのお腹がそれにそぐわないくらいの大きな音でぐるぐると鳴いた。



『お腹減った!』

「食堂行くか」



顔を洗い、適当な服に着替えて、餓鬼の髪をとかしたり用意する。

いつものように餓鬼は『だっこ』を示唆する。これが当たり前になっていること自体が俺の気を滅入らせた。



『今日は何食べる?蕎麦?天麩羅?それとも私?』

「その情報源も、」

『ラビ!』

「殺す」



あいつの教育方針にはやっていけない。
というかぜったいに斬る。寧ろ刻む。

食堂へつくと先に飯を頼み、席を探していると朝からがっつりと焼肉定食を胃にかき込むラビが居た。
餓鬼がまだー?と催促するのを他所に俺は焼肉定食の盆の真ん中に六幻をがん!!と立てる。
ラビの肩が「うおっ!!」と大きく揺れた後、変な所に入ったのか思いっきりむせた。



「な、なにさユウ!!げっほごほ」

「お前なに変なこと教えてるんだよ」

「……ああ、なまえね、あれは源氏物語計画さ」

「きめぇ死ね」

「嘘!嘘さっ!!出来心です本当に」



……今冗談ってバラされたけどもサブいぼが止まらねえ。
一瞬目が本気だったろ、お前ぜったいする気だっただろ。
キモすぎる。いっぺんやり直せ。その人生生まれたてからやり直せ。
ていうか昨日散々禁忌ネタしてたんどっちだよ、お前のそれは既に犯罪だろ。
変態の芽は一刻も早く潰しておいたほうがいいだろう。



「とりあえず死ね」

「ちょっと待つさ?やだ、ユウちゃん物騒だよ?ねえ?」

『ラビ、こういうときは<私が慰めてあげる>でしょ!?』

「……糞兎、刻む」

「助けてーっ!!」



ラビはさかさかと逃げてなまえを此方向きにして抱いた。セコい。禿げろ。
餓鬼は頬をこれでもかと膨らませ、『かんだ、めっ!!』と一言言うも後ろの兎がまた茶化してくるので今度こそ斬ってやろうかとしたときにやっと飯が届いた。
糞兎は安堵の息を漏らしたがお前はただもう少し寿命が延びただけだからな。


餓鬼はまたオムライス。
俺もまた蕎麦。

美味しいと歓喜しながら食べるその姿はまさに子供そのものだ。

また糞兎がロクなことを教えやしないかと監視していれば、科学班から呼び出しをくらった。



『なにー任務って?』

「仕事だ」

『仕事?
貴方の仕事の疲れは私が癒し「わ!!ちょっと待つさなまえ!」



ラビが急いで餓鬼の口を拭うふりをしてその自分が吹き込んだ悪戯を止めた。
任務次いでに刻んでやろうか。いや、確定だ。


俺は致し方無く糞兎に餓鬼を預けてコムイの元へと向かった。



「ごめんねー神田くん。今回の任務は至急だから食事が済み次第直ぐに向かってもらえるかな?」

「……面倒くせえ」



資料を渡され餓鬼の元へとんぼ返りする。

……って、なんでこんなに必死なんだよ俺。
別に餓鬼になに吹き込まれようが勝手だろ。
……いや、朝のあの惨事はもう繰り返したくなど無い。
つかつかと早足で向かえば糞兎が餓鬼にあーんとスプーンで与えていた。
脊椎反射で糞兎の頭を叩く。



「痛い!!なんで殴るんさっ!?」

「手が勝手に」

『ラビ!もうしなくていいからスプーンちょうだいよーっ!』

「おい餓鬼、俺は今から任務行く」

『えっ!!じゃあなまえも行くよっ』

「は?…無理だ」

『嫌だ!!行くのー』



ぼすん!という音が聞こえてきそうな位の勢いで俺に飛び込んで来やがった。
今度は無理矢理引き剥がす。
子供も力なんてたかが知れるのだ、然し何故俺はずっと餓鬼の我が侭に付き合っていたのだろうか。
我ながら情けねえ。

拳骨の一発ほどでも食らわせてやろうと拳を天井へあげるもその見上げるふたつの輝く瞳が俺を映せば自然とその凶器がだらりと項垂れた。



『だめ?』

「駄目だ、阿呆か」

『……』


……あ、言い過ぎたか?と後悔するも時既に遅し、餓鬼の真っ黒な瞳いっぱいに塩水を溜め、真っ赤な顔をして小さくふるふると震えていた。
咄嗟にふいと抱き上げる。



「な、泣くな。
危険だから此処で居ろっつうことだ」

『ー……泣い、てないっ…もん』



必死で我慢しているだろうその唇には深く深く歯が食い込んでいた。


餓鬼を降ろしてやり、ぐりぐりと頭を撫でてやれば餓鬼はまたぎゅうと抱き着く。



『行ってらっしゃい、気をつけてね』

「…ああ」

『あ!かんだ、こっち来て?』



小さな掌の手招きに導かれ、顔を近付けるとちゅっというリップ音と共に頬にキスされた。
思わず驚愕し体を仰け反ると餓鬼はにかっと笑い、『早く帰って来れるおまじないー』と言った。



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