05
「俺命知らずだった…」
『うん、通りで魚異常に暴れてるなあと思ったら。
とりあえず被害が出る前に早くイノセンス回収しちゃおう』
「おぅ」
まあまあ動けるようになってきたし、神田くんと一緒に池に向かった。
「ここだ」
『なんじゃこれーっ!くせえ!』
どどめ色に濁る匂いを伴う汚い池。表面は分厚い氷で覆われており、所々流線形の桃色が泳ぐ。
一ヶ所だけ、恐らく神田が一度割って落ちたんで在ろう穴が空いている。
そしてその池の真ん中に、
『……なんで六幻刺さってるの?』
「振り回してたら刺さったんだよ」
『なに当然のような口調で言ってんのさ』
「んで六幻拾おうとしたら氷割れて落ちて魚見つけたんだよ。すげえ冷てえの!!」
『当たり前だよ!』
この池はどうして凍ってるというのに臭いを発しているのか。これが一番の難題じゃないのか。
……あの魚拾った神田くん、今すっごい臭いんだろうなあ。
神田くんは凍った池の上を滑らないように慎重に歩いてゆく。
「…とってきた」
こらこら、ぶんぶん振り回すなよ、水が飛んでくるじゃないか。
『……神田臭い』
「なんとでも言え!!」
そして神田くんは魔王のように低く笑うと鬼の形相でこちらへ近付き、
「必殺!細菌感染」
『のひゃーっ!!』
私の手を一気に引き、神田くんの胸の中に閉じ込められた。今はどきどきするというよりも史上最強の嫌がらせに笑えない。普段は艶やかな神田の髪がぺたりと私の頬に張り付いて不快感を与える。
そして何より、団服が冷たい臭い!!
『ぅおえぇっ!!』
「汚ねえっ!!」
思わずえづくと神田がにやりと腹底から楽しそうな笑みを浮かべた。
『でもさあ、今からこの魚全部一旦捕獲して池探索しなきゃいけないんだよ』
「嫌だ、俺はもう行かねえ。寒い!」
必死の形相で訴える神田の唇はもう病人化粧かと思えるくらい青かった。
『……じゃあ私が行こうか?』
神田くんがあまりにも形相を青白くさせ歯を鳴らしているので思わず私が聞くと、恐らく生命の危機を感じ脳が機能停止している頭を抱えてうーんと唸り、
「いや、女性にそんなことさせるわけにはいかねえ。
捕まえにいってくる」
……なんというイケメン紳士!
君のご恩は一生忘れないよ、神田くん。
つるつると滑る足下を慎重に一歩ずつ進み、まじまじと穴を覗き、溜め息こぼした。
そして深呼吸し、先程落ちた穴に再び潜る。
うわ、ぜったい寒いよね!?寒い、みてるこっちが寒い!
神田の怒号と魚の獰猛な歯が一歩も譲らず争い、ほんの数分で魚は白眼を剥いて陸に上げられていた。
『これ死んでるの?なんかひくついてるよ』
「いや、秘孔を突いただけだ」
『お前何者だよ』
そのさっき神田くんに投げられたのより遥かに派手なその魚は、目に悪いんじゃないかと思われるくらいに眩しいピンク色。
そして何故か、
『……鱗がスパンコールっていう、ね』
「うわあ……なんかもうなんも言えねえ」
本当に申し訳ないのだが、イノセンスが入ってるかどうか確認の為にスパンコール魚に刃を入れる。
まるで鋼をぎりぎりと削るような感覚で、なかなか入りそうにない。
無理矢理力任せに刃を突き立てれば、ようやく刺さった感覚。
『中はいたって普通だよ。イノセンスも入ってないし』
「そうか、じゃあそれ寄越せ」
なんで、と後ろを向けば彼はそこらの細木を折ってきて石を叩き、摩擦で火を起こそうとしていた。
『器用だね、もうそろそろ野生に帰ってもいい時期だよ』
「生きる為に必要な知識だ」
彼は一体どこでこれからの余生を過ごすつもりなのだろうか。
「あと骨は取り除いてくれ」
『ぜったい食べる気だろ。それより風邪引くから一旦風呂に入ってきなよ』
それと臭くて私ももたないからだよ、神田くん。ごめんね。
神田くんはその骨抜きにされたスパンコール魚を名残惜しそうに見つめながら宿へと小走りしていった。
こりゃあ寒いよ、冬だし寒い地域だし!!
凍ってるってことは0℃以下だからね。あれそうだっけ?……まあ良い良い。
とりあえず神田くんが落ちた穴へと慎重に向かう。
下で悠々と泳ぐ魚が妬ましい!
『……あー嫌だ!』
しかしやらねばならぬときもある。
私は腹をくくると、池に肩まで手を入れた。
これ以上無い不快感と寒さでありえない量のさぶイボが全身を覆う。
この肉を喰らいに来いよ、魚め。
がちがちと歯を鳴らし、獲物を狙うギラついた視線が突き刺さるのが分かる。
全ての神経をそちらに注いだ。
氷ごしでも分かる、魚が一気にこちらに襲いかかる。
暫時、息をする暇すら与えず尾を捉え引っ掴むと一気に陸に投げた。……ら、べちょりという音を立てて神田くんの顔面にヒット!!
暫時の重い沈黙が降りる。
どうやって声って発するんだっけ?
『……か、神田ぁ…ご機嫌麗しゅう?』
「最悪だ」
ああ!野生神田くんの再来よ!
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