01
沈黙は耳に響く。
鼓膜を破って弾ける程に。

殺風景な部屋には最低限のものしか無い。

…ただ一つを残して。

睡蓮の花の飾り。

うっとりと見つめる神田を壊してしまいたいといつも思う。



『……神、田…?』



鋭光を放つ瞳がこちらを見据えた。



「あと少ししたら任務だ、すまねェ」



睡蓮の花から離れ大きな手で私の頭を撫でた。

今のこの瞬間は私のモノ。
身体も、心も。


……でも心の奥底では違う人のこと、考えてるんだよね?



あの人のコト。



ぽてり、と身体を神田に預ける。

引き締まった胸板は固くて安心感がわく。
どくり、どくりと少し早く心臓が脈打つ。

神田が私を抱きしめた。



「そろそろ行く」

『……うん、』



神田がなまえと同じ高さまで腰を屈め、ちゅっと唇にキスを運ぶ。

神田からそっと唇を離した。

いつもその漆黒の瞳に吸い込まれてしまいそうで、

怖い。

何か言いたげな悲しい顔をして神田は立ち上がった。



「……任務は長期になるかもしれねェ。
じゃあな」



神田の凜とした背中を見つめた。
静かにドアが閉まる。

再び静寂を取り戻した部屋。
神田のさっきの表情が反芻し何度も私の頭の中で浮かぶ。

なにが言いたかったんだろう。

ごろん、とベッドに体を埋め、天井の模様を目で追っていると、睡蓮の花に辿りついた。

ねぇ、私より大切な人ってダレ?

そっと指先で触れると、それはとてもひやりとし、心臓が一瞬止まった気がした。

ねぇ神田、私寂しいよ、神田が見えないよ。

深い深い渦に飲まれ足元が真っ黒になって堕ちてゆく。
また重い沈黙だ。

私は神田の部屋の鍵を閉めて出た。

コツコツとヒールの音が響く廊下。

足元だけを見つめ歩くと、誰かにダン!と肩をぶつけた。

ふらりとバランスを崩して壁に体当たりした。



「す、すいませんなまえ!!
……大丈夫ですか?」



そういい、座り込んだ私に手をかしたのはアレンだった。

『うん、大丈夫だよ。
ありがと』



神田なら舌打ちで済まされるんだろうな。
アレンが相手だったら楽だったろうな。

そんなことをもやもやと考えながらアレンの手をかりるとその考えが読めたのか、



「なまえ、僕らが付き合ってたらこんなにも苦しくなかったと思いませんか?」

『え、』

「神田と付き合いはじめてから苦しそうですよ」



はじめて気付いた。

不覚にも心がぐらりと揺れた。

アレンの寂しそうな横顔を見つめ、目が逸らせない私。
それに気付いてかアレンはそっとなまえの手に重ねた。



「ねぇ、ダメ……?」



流し目で見つめるアレンは艶っぽい表情をしていた。



『あ、ダメだっ……んっ!』



ゆっくりとなまえの腰に手をまわし、なまえを壁に詰め寄り近くする。
息をするアレンの息がなまえの頬をなでる。



「なまえ、気付いてなかったでしょ?
僕ねずっと、」



ふいに落とされたキス。
動揺を隠しきれないなまえにアレンは爽やかに笑う。



「アナタを好きだったんですよ」



ダメだ、これが、





恋に落ちる瞬間、だ。



いけないこととは分かっている。

だけど、



「なまえ、返事は……?」



顔が火照る。
近づいたアレンの唇はかすかに濡れていて、さっきのキスを思い出し、アレンから視線を外そうと顔を反らす。



『だ、だめだよ……あたしにはっ…「神田、ですよね?」



アレンはなまえの顔を無理矢理にこちらに向ける。



「でも心からそう思うなら、もっと強く反抗するでしょ?」

『っ!!』



にこり、と微笑み、



「ほら、図星だ」



天使のような白い少年は、まるで悪魔だとつくづく思う。



「僕の部屋で話しませんか?
ゆっくり、ね」



危ないとわかっていながら危険をおかしたがる子供のように、あたしは禁じられた遊びをするのです。



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