08

あんなに渇望していた筈の彼の愛は突然私に一気に重くのしかかった。
彼の束縛の檻から逃げ出したいわけではない。愛しい人から求められるというのはこんなに良いものなのか、なんてちょっとだけ幸せを感じてしまっているのも事実。
だけど。


「なまえ、今日も約束は守ったか?」

『…うん』



約束。

取り分け行動が制限されているわけではないし軟禁、監禁なんてものもない。
ただひとつの約束。
アレンとの接触は完全に断ち切り。及び異性との交流すべて禁止。


確かに幸せかもしれない。こんなに深い愛で包んでくれるのだから。
でも私が好きだった凛とした艶麗な彼は消えてしまった。



「お前は俺だけ見てれば良いんだ」

『…………』


耳朶を甘噛みされ、自分のモノじゃないような嬌声がこぼれた。
は、恥ずかしい!
思わず両手で顔を隠せば優しくほどかれる。暗がりから解かれた視界には私だけの優しい笑顔。



「……隠すな」

『だって、』

「いいから」


瞼に、頬に、額にキスの雨が降り注いだ。
端正な顔にふたつならぶ鋭光に捉えられとろけそうになる。

アレンの付けた紅い痕を消すように神田の唇が首筋を這う。自然と震える身体を抱きしめられ、「怖いのか?」と優しく髪を解かれた。
するすると流れる指先に無意識に神経が集中する。


怖い?
確かに怖いかもしれない。
行為がとかそういうのじゃなくて。
もう自分じゃどうしようもならないほどの罪悪感が私を責め立てて、時に漆黒の闇が私を飲み込み叱咤する。

怖い、そうだ怖い。


どうやっても償うことの出来ない罪が。愚かな私を責めない彼が。

確かにアレンと逢瀬したのを初めて見つかったとき、彼は怒りを激しくぶつけたけど、結局彼は優しさでぬるく叱責しただけ。
現にこうして今も私をこんなにも大切に思ってくれている。


『…なんで許すの、』

「なにがだ?」

『なんで私を怒らないの!?
もう捨てたらいいのに!こんな最低な女!……んんっ、』



唇を塞がれた。
かちん、歯がぶつかったけど彼は気に留める様子も無く私の後頭部を抑える。話してる途中だったが為足りなくなった酸素を求め薄く唇を開けば狙っていたかのように舌をねじ込まれ深い深い接吻に溺れてゆく。

やっと離されれば一気に酸素を送り込む為肩で息をすれば、再び彼の厚い胸に抱き寄せられた。



「まだ苛まれているのか、お前は」

『…………』

「別に好きにすればいい。自らの手で死のうがそのままのうのうと生きようがお前の勝手だ」


ああ。
やっと彼の優しさから切り離されるんだ。
裏切りを責め立てられ咎められる刻が来たんだ。


しかし彼は私の予想と裏腹に、


「だが最低とか言うな。なまえは俺の大切なモンだ」

『……か、んだ』



顔を上げれば凜とした瞳にぶつかる。
あ、少し耳赤い。



「もうそんなくだらねえこと考えられねえくらい俺だけ見れば良い」

『……はい』



ついに我慢が出来なくなったのかふいと顔を逸らして紅潮した頬をみせた。


ああ、彼は優しすぎるんだ。幼い私は彼にまだまだ甘えてしまう。


やっぱり君が好き。



御伽噺のようにめでたしめでたしで終われれるほど危険なゲームは甘くはないというのに気付いているはず、なのに。
愚かな私はその事実から瞳を逸らすのです。



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