09


未だ罪の重さから逃れられないなまえを守るには、こうしてその天秤の均衡を保つ為にその分深い愛を与えるしか無かった。
しかし相変わらずその闇の中でたったひとりで足掻きもがき苦しむあいつを助けてやれることも出来なかった。

俺にしてやれんのはただひとつ、「なまえ自身を肯定する」ただそれだけ。

そして今徐々に恐怖に怯えた色をした瞳も、痩せすぎた身体も、血色の悪い唇も、俺の最後のメモリーに還っていく。


なまえがまた俺だけを見て、感じて、愛してくれるそれがすげえ心地良い。
付き合って最初はこんなに大切にしたいと考えるなんか思ってもみなかった。
しかし今は僅かでも永い時間を共有したいと望んじまうなんてな。自分に嘲笑を送る。

何時からこんな他人依存になってしまったのか。
もう誰にも彼女を触れて欲しくなかった。寧ろ俺以外の世界から隔離してしまいたいくらいに。


しかし世界が彼女を求める。傷を付けてまでも。


コムイから連絡が入り昼食そっちのけで騒がしくなった医療室に駆け込めば包帯に覆われた華奢な身体が痛々しくベッドに横たわる。



『神田……また怪我しちゃった』

「チッ、なんでだよ」

『怪我してる人がいてっ、それで……』



怪我をしてるのはどっちだ。
馬鹿なくらい正直で、平気で自己犠牲をしやがるなまえに神の師徒は不向きだとつくづく思う。

しかも今回は単独で短期任務。
一人で戦場へ赴き好きなように闘えば必ずと言っていい程怪我をする。んで今回も案の定なまえは怪我を負っていた。しかも今回はかなり深手。

正直そんな姿見たくなかった、小せえ身体を蝕む大きな怪我、愛しい奴の苦しむ姿なんか。



『でもそんなに痛くないしすぐ治るよ。神田程じゃないけどね』

「……」



実際こいつの怪我の治りは異常だった。
まあ俺らとは違うのだが、俗に言う回復力が人並みに外れているのだ。

婦長は「少年並に治りが早いわね」とくしゃりと笑って言ってのけた。
本当中途半端に誉めるなよ。

だから直ぐに自分を犠牲にする。お前のそういう所は本当に嫌いだ。

そんな無茶な闘い方をしていれば、いつ何時命を落とすか分からない。



「死んだら怪我なんか治らねえんだ、ちっとは自分もいたわれ」

『でももし私が怪我してしまっても誰かの命が助かるんなら別に死んでもいいや』

「俺が困るんだよ!」



甘チャンなんだ、こいつの考え方は。
本当の命の重みを分かっちゃいねえ。
お前の周りの世界が、人間が、どれほど悲しむか知らねえんだ。

傷だらけの小さな顔を両手で包む。
畜生、痕が残ったらどうすんだよ馬鹿が。



「いいか、絶対に死ぬな。怪我もだ」

『……』

「お前が死んで悲しむ奴は目の前に居る」



なまえの瞳が大きく開かれ真っ直ぐに俺を見つめた。
身体中怪我だらけなのにそれだけは澄んでいて一層瞳の美しさが際立たされる。



「約束、だ」

『うん』

「じゃあな」



壊れてしまわないように抱きしめて行こうとすれば『待って、神田!』と弱々しく裾を掴み引き留められた。



「ンだよ」

『明日も来てくれる?』

「……ああ」



自然と綻ぶ頬をバレないように無理矢理戻し、なまえの頭をくしゃりと撫でて医療室を後にする。



ぱたりとドアを閉めた途端誰かに腕を引っ張られた。


「!……誰だ」



咄嗟に振り払って構えれば廊下の角からひょっこり現れたのは。



「神田ー、久しぶり!」

「リナリーか?」



俺の幼馴染み、リナリーだった。



「何ヶ月ぶりかな?神田のと私どっちもずれて長期任務だったから、」

「そうだな」



にこにこと話し掛けられるのを適当に流すも再び掴まれた腕は何時まで経っても離そうとしない。

まただ。


この頃こいつは何だかおかしい。というか妙なことをしやがる。

……何か、企んでやがるのか?



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