10
また神田に怒られてしまった。
左肩から右脇腹を横断する大きな怪我。
どうやら予想よりも深く幾つか臓器もやられたらしい。いつも単独任務後は医療班の厄介者になるけどこんなに怒られたのも初めてだし、こんなに厳重に検査されたのもチューブに繋がれたのも初めて。
そんなにやんや言わなくても恐らく2、3ヶ月もすれば完全に治癒するだろう。
異常な怪我の治りだけが唯一他人に誉められるところなのだから。
周りを囲う難しい機械が一定間隔の波を表示し無機質な音を発していた。
ぱたりぱたりと点滴の中で滴る液を見つめながらドアのアクションを求める。
ああ、それにしても暇。
時刻は正午、みんなお昼時だ。私の栄養は勿論点滴だけど!
『あー、暇だ』
早く神田ご飯食べ終わらないかな。いやでもあの神田だよ、そんな何度も来てくれるわけがない。それにまた明日って言っちゃったし。
どうせまた蕎麦食べて鍛錬鍛錬だろうな!
兎に角誰かが来て気を紛らわしてくれないと身体中が痛くて痛くて仕方ない、眠ることすら妨げるくらいに。
神田……来ないかな。
天井の模様の数でも数えようか、なんて無理矢理な暇潰しを始めた途端、こんこんと規則正しいノックが二回。
どきりと大きく胸が弾み、『どうぞ』と促せばゆっくり開かれる扉。
「久しぶり、なまえ」
私の予想していた仏頂面とは裏腹、にこりとした笑顔の。
『リナリー!久しぶりー!』
「本当に!ずっと長期だったから」
『元気だった?怪我とかしてない?』
「今のなまえに言われたくないわ」
くすり、と艶然を浮かべた。本当に懐かしい。
リナリーとは長らくの付き合いで、神田と付き合う前、色々と相談を聞いてくれたりしてくれた本当に大切な私の友達。
「なまえこそまた怪我?
もっと自分をいたわらなきゃだめよ」
『あ痛て』
つんと指先で額を小突かれた。
リナリーは私が怪我をすればいつもこうやって制裁する。
多分だんだんと力が強くなってきてる気がする、いや絶対そうだ。最初は注意してつつくくらいだったのに今秘孔突かれたと思ったくらい痛かった!
私はこっそりそのうち額に穴が空くんじゃないかと考えるも言ったら絶対怒られる……!
『ごめ、もう怪我しないから』
「絶対よ?」
また笑顔を浮かべる。
うわ可愛い!私が男だったら絶対に落ちると思う。
リナリーは「お大事に」とだけ言い残し静かに部屋の扉を閉めた。
再び静寂を取り戻す。
ああ安心した。彼女はずっとラビと長期任務だったから。元気でなにより。
彼女の優しい声が耳裏でそっと反響する。
だんだんと眠気が襲いそれに伴い重くなった瞼を閉じた……。
はたと目が覚める。
上体を起こせば身体中がじくじくと痛み思わず眉根を寄せる。
窓の外は既に真っ暗で、もうすでにしんとしていた。
結構寝ていたらしい、サイドテーブルには切られた林檎がぽつり。
婦長かな、なんて思いしゃくりと一口。少し黄ばんだ蜜が優しく溶けた。
急に喉を通る異物に身体が正常起動する。
脳が、肺が、細胞が犇めくような錯覚。ああ、私の身体が生きようとしているんだ。
(……トイレ、行きたい)
とりあえず連れて行けないような器具を外し、点滴が掛かったローラーを付いたものだけを手押しし立ち上がった。
ああ膝痛い。しかし生理反応はどうしようも出来ない。
誰にも気付かれぬようにドアを開き、ゆっくりと歩き出した。
ぺたぺたと自分のスリッパの情けない声だけが閑散とした廊下に響く。
「……でしょ!?」
「…!……、…」
男女の言い合う声がする。
こんな深夜にもご苦労様なんて思いながらも、じゃじゃ馬精神が駆られちらりと覗き見する。
(……あ!!)
其処にいたのは。
「……ねえ、神田?」
神田と、リナリーだ……!
流石美男美女、廊下の僅かな光に照らされるふたりはすごい絵になる。
なんでこんな時間に逢っているのだろうか。
今とてつもなく見てはいけないものを見てしまったようなもやもやとした気持ちが胸を覆う。
しかしその目がふたりから逸らせないのだ。
ああ、だめ。
本能が叫ぶ。
何故かも分からない危険信号が頭に叫び散らすも足が動かない。瞳逸らせない。
(!!)
そして私の本能はやっぱりね、と馬鹿な私に溜め息を漏らすのだ。
嘘……う、そ…
なにも考えられない頭にはただ一つ。
(神田と、リナリーが、キス、した)
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