12
どきり、大きく心臓が脈打った。
アレン……。
あの日のままの優しさ、体温、瞳。
「本当に久しぶりですね、お見舞いだって神田が鬱陶しくて行けませんでしたから」
約束とはいえあれほど逢わないというのは不思議だったけどもやはり彼か。
でも彼は……。
自然とちらつくあの心臓を突き刺すような光景を振り解き、銀灰色の瞳を見つめた。
『なんで此処って分かったの?』
「……まあー、」
彼は間延びした声を上げて顎に指を置きやってうーん、と唸った後、
「好きだからですかね?」
『!』
ふにゃりと笑う無垢な笑顔に心臓をえぐられるような錯覚に陥る。
なんでそんなこと言えるの?
私に、あんなに裏切られたのに。ただ自分の寂しさを埋めることでしか近付いていないということくらい、分かってたよね?
なんてことをしてしまったんだろう、激しい後悔が再び苛む。
「とりあえず帰りましょう。婦長さんがすごい心配してましたよ?」
『……帰り、たいんだけどね、その…』
「ほら、だから背中に」
『…ありがと、う』
「……よいしょ」
彼はなるべく傷に触れないように優しく私を背負う。
彼の温かい背中で揺れながら流れる白髪を眺めた。
ああ、君の優しさが強く強く私の首を絞める。
息が出来ない、お願いだからいっそ冷たく突き放して。
「なんでこんなところに居たんですか全く」
『い、色々あって』
はあ、とわざとらしい溜め息を漏らした。
でも一番に迎えに来てくれたのは婦長でも医療班でも、神田でもない。
アレンだったんだ。
(好きだからですかね?)
彼の笑顔が再反芻。
恒久の愛とはこのことなのだろうか。至純の愛とは、このことなのだろうか。
ちくりちくりと胸が痛む。
アレンの優しさが。
昨日の鮮明な光景が。
「…ほら、着きましたよ」
『あ、ありがとう…』
そっとベッドの前で降ろされた。本当に紳士。優しすぎて目の前の人傷付けちゃうくらい紳士。
だんだんと疎らに普段よく世話になる医療班の方が集まり、心配した、探したぞ、とばらばらに注意がされ頭が下がるばかり。
スミマセン、誠に遺憾に思います、を交互に出現させていれば。
「なまえ!アンタは!!」
『ふふ婦長!!』
医療室の大ボス、お局様、婦長さま!
あからさまにお怒りのオーラを纏わせてつかつかと此方に歩み寄る。
逃げれない!否逃げたら死ぬ!
「本当に反省しているの!?」
『だから誠に遺憾に思っております』
「それはもう150回は聞きましたよ!
もう二度としないかと聞いてるの!」
『……しません』
「ならば宜しい」
そう言い彼女に鉄槌を食らわされた。
宜しいは嘘だったのかー、なんて言える筈もないが、ごちんとその拳が突き刺さった瞬間私の目の前には確かにはっきりと花火が打ち上がった。
忙しいのに、と婦長が憎まれ口を叩きながら私の点滴を変えたりよくわからない機械を器用につけてゆく。
指先を、震わせながら。
次やったら分かってるわね!?と太い釘を刺されて婦長は部屋から退室した。
ああ、こんなにも心配してくれたのかなんてきゅうと胸が狭くなる。
「なまえ、僕だってに心配したんですからね」
『すみません』
「婦長が今の怪我ならなまえは立てる筈無いのに夜中に何処かに行って帰ってこないとか言うから……本当に良かった」
『わっ!』
アレンに優しく抱き寄せられ胸の中に収まった。
彼が息をする度に胸が大きく収縮する。心臓が。
生きてるんだ、なんて当たり前のことを再確認。
私も同様に、生きてる。
(…あ、汗)
綺麗な首筋に玉のような汗が流れてゆく。
ああ、こんなになるまで探し回ってくれていたんだ、なんて心がいっぱいになった。
病院服の裾で汗を拭い、ふわりとその広くなった背中に腕を回せば彼はうわ、と驚き私を見つめ寂しくも身体を離した。
ああ、汗拭いたの怒ったかな?
「すみません汗掻いてるのに僕、」
『ううん本当にありがとう』
「…………」
『…………』
……なんか初々しい恋人同士みたい。
思わず噴き出すと彼もにこりと笑った。
彼と付き合ったら今頃もやもやしなくてよかったのになんて、デジャヴ。
暫時、ふいにばたん!という大きな音を立てて入ったのは、私の悩みの種。
「……モヤシ、なにしてんだよ」
「ああ神田、邪魔しに来たんですか?」
一番逢いたくない、私の恋人。
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