13
神田の顔を見た瞬間再びあの光景のフラッシュバックする。
でも訊ける筈なんて無かった、私の予想通りの答えだったらもう終わってしまうだろうから。いや、何より肯定されるのが怖かった。あの愛が嘘と否定されるのが怖かった。
やっとこそ繋がった気持ちが、消えてしまうのが怖かった。
勝手だよね、だけどこれだけは失いたくない。
『か、んだ……』
「おい何してんだよモヤシ」
「じゃあ僕は失礼しますね、お大事になまえ」
ぱたん、静かに扉が閉まり、ふたりきりの沈黙が降りた。
『……ごめんね』
「何してたんだよ全く」
『…………』
本音を言えば貴方に一番に見つけて欲しかった。
心配したって言って、強く強く抱きしめて欲しかった。
でも私の願望と相反し神田の眉間の皺が深く刻まれてゆくばかり。
「これからはあんまり来れねえだろうから先に渡しておく」
『な、に?』
ことんと手のひらに置かれたのは桃色の小瓶。
綺麗なガラス製のそれから甘い香りが鼻孔に逃げた。
「……香水」
『ありがと』
神田がこんなの買うわけ無い、なんて一番に疑う私は最低だ。
誰と買いに行ったの?
こんなのに絶対疎い彼が香水なんかプレゼントするなんて。
被害妄想でぐちゃぐちゃに頭の中がもつれる。
絶対無いよ、私が信じないなんてひどすぎるよね、神田はあんなに私に愛を注いでくれたんだもの。
君を信じたいよ。
だからね、
否定して。
安心させて。
昨日のは全部嘘って言って。愛してるって囁いて私を溶かして。
自然融解を求める指先は彼に触れることなく宙を切って無機質なシーツに落ちた。
こないだまであんなに近かった距離はだんだんと広がってゆく。
引き留めたい、駆け出して君の温度に包まれたい。
だけど傷が、私を繋ぐ忌々しい線が邪魔して動けないよ。
「……じゃあな」
『待って!』
ぎろりと睨みつけるような鋭光を突き刺す視線が心臓を貫通。
痛い。自然と瞳が潤み掴んだシーツの皺が増えてゆく。
でもここで泣いたら絶対駄目だ、溜まる涙を拭い自分に言い聞かす。
今泣いたら絶対もう来てくれなくなる、何故かわからないけどこれは事実。
『次は、何時来てくれ、る……?』
「さぁな」
冷たい一言がこれ以上の言葉全てを遮った。
なんでこれからはあまり来れないの。
なんで急にプレゼントくれるの。
昨日のは何。
なんで見つけてくれなかったの。
全てを拒絶された。
宙ぶらりんの気持ちが悲鳴をあげる、
彼の背中が遠ざかってゆく、でも引き止められることなんて出来なかった。
もう声が、出なかった。
ゆっくりと扉が閉まる。
彼の後ろ姿を引き止める術を知らない自分が疎ましい。
ねえ、泣いたらもう少し一緒に居てくれた?
今更泣くなんてずるいよね、でも止まらないの。君が止めてくれなきゃ、私駄目みたい。
冷たい香水だけが手のひらで揺れた。
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