14
かぽ、蓋を開けば一層強くなる香り。
急になんでプレゼントなんかするの?
まるで、
これで関係を断ち切ってくれ
って言ってるみたいじゃない。
でもね神田、香りというのは人間の記憶を一番呼び起こしやすい感覚なんだよ、知ってた?
どうしてこんなのくれるの?
こんなんじゃ忘れられないよ。どれだけ私を苦しめたら気が済むの。
君が居ない間に君への気持ちが大きくなっていくんだよ。
あの日から1日経てども結局神田は来てくれなかった。
私を呪縛する贈り物だけを置き去りにしたまま。
情けなくも眠れなかったぼんやりとした脳で指先に力込めればしゅ、と軽い音をたて霧状になった甘い香りがゆっくりシーツに舞い降りる。
頭がくらくらするくらいの甘さ。
本当仏頂面で買いにいったんだったら笑えるくらい、甘美な香り。
あーあ、こんな所で吹いたらシーツに香りついちゃったよね。
でもそんなことどうでも良かった。
ぱたん、ぱたんと布に水玉模様ぽつりぽつり。
涙なんてもう枯れたと思ったのにな。
泣きたくなんかないのに、なんで泣いちゃうのかな。
泣いたら帰ってきてくれるかもなんて馬鹿な考えをしている自分が何処かに居て、それがまた無性に腹が立つ。
もう誰も涙を拭ってはくれないんだよ、馬鹿。
手が震える。
声を抑えども哀咽が喉から漏れる。
ねえ、そんなに気持ちって薄かったんだ。
独りよがりで君に惚れて、何度も好きって言って、君だけを愛してた。
愛してくれてると勝手に思ってた。
なーんだ。
滑稽だよね、馬鹿みたいじゃん。
愚かな私はずっと君の手のひらで転がってたのか。
私があんなに愛してると言ったときも、肌を重ねているときだって、君は本当の想い人を私に重ねてたんだ。
「絶対、忘れてやんないから」
独り言が甘い香りと共に空気に溶け込んだ。
はっきりしてくれないと君との鮮やかな思い出から逃げれない。
その口で言葉で、終止符を打って。
曖昧な終わりは嫌なの。
きゅ、香水の蓋を閉めて枕元の小さなテーブルに置いた。
ごしごしと涙を乱暴に擦ってシーツにくるまれば、タイミング悪く掛かるノックの声。
「……あー、」
やっぱり。泣いたから声が震えてる。恥ずかしい。
しかし扉の向こうの誰かは待っているのだろう、震える声を無理矢理抑えて「どうぞ」と告げると、
「……やっぱり。泣いてると思った」
「あれ、ん」
かちゃり苦笑いを浮かべて入るはアレン。
「タイミング悪すぎ」
「王子様としてはグッドタイミングでしたけど?」
「……流石王子様」
本当まるで王子様みたい。
でもこれはもし私が姫だったら、の話でしょう?
今の私は王子様も傷付けたただの罪人。
そして報いを受ける愚か者だ。
「……なまえ、まだ泣いたらどうですか?」
「もう泣きたくな、」
「黙って」
「!」
ぐいと無理矢理引き込まれたのは彼の腕の中。
待って、声にならない反抗をするも王子様の腕の力は変わらず。
でも傷に触れないような優しさが伝わってきて、自然と頬に涙が伝った。
「こうやったら見えないでしょう?」
「……馬鹿」
本当優しすぎて苦しいよ王子様。
少し過呼吸になる私の背中をさする。
アレンはまだ私のこと、想っていてくれてるの?
「……あれ、なんか甘い香りがする。香水ですか?」
「ん、……貰った、の」
「……そうですか」
空気が一気に変わった。
思わずその雰囲気に生唾を飲む。
少し腕の力が強くなったと思いきや震える身体。
「なまえ、神田は……」
ああ、そうなんだ。
「知ってるよ」
なんだ。
みーんな知ってたのか。
私だけ気付かずに神田のこと好きだったのか、馬鹿みたい。
でもね、不思議。
彼を憎む気持ちよりもなんでかな、大切に想う気持ちのほうが大きくて、また彼の笑顔がみたいって思ってしまうの。
ほら、馬鹿みたいって笑ってよ。
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