16
アレンから告げられた事実が身体中に突き刺さった。
ごめん、上手に笑えない。
「本当にごめんね」
「うるさい!」
突然アレンの語調が強くなる。
思わずびくりと震えれば一気に引き寄せられた。
彼の端正な顔が一気に目の前に。
吸い込まれそうな銀灰色の瞳が涙でぐちゃぐちゃの私を映し出す。
はあ、と吐いた艶っぽい彼の溜め息が頬を撫でて消えた。
「なんで、」
「え?」
「……僕なら、こんなに不安にしないのに。もっと幸せにするのに」
ぐいと彼の腕の中に収まった。
きゅうと胸が狭くなる。
苦しいよ、王子様。
「……何度言ったら、わかるんですか。
何時も何時も神田って。
ムカつくんですよそういうところ」
「…………」
温かい王子様の腕の中は本当に幸せで、私がもし本当のお姫様だったら良かったのにとたくさん涙した。
なんでアレンじゃダメなんだろう。
こんなに素敵な王子様、もう出逢えないかもしれないのに。
君の腕の中、ありえないくらい幸せなのに。
でもね。
なんでだろう、脳裏にちらつくのは王子様とは到底言えないようなむすっとした仏頂面の彼。
「泣かないで下さい。
……ごめん、困らせて」
アレンは困ったように笑って私の涙を拭った。
「違うの、こんなに愛されてるのに、私……」
「ありがとう、僕の我が儘聞いてくれて」
ありがとう、王子様。
君には本当に幸せになってほしいんだ。
だから早く、私なんか忘れてください。
「アレンが居なかったら、私死んじゃってたかもしんなかったよ。
ありがとう、本当に」
「あはは、じゃあね」
彼の少し切ない笑顔を見送った。
さよなら、私の大切な人。
君が居なきゃ私本当に駄目だったかもしれない。
優しすぎる君は私を何度も苦しめたけど、今でもあの日は楽しかったと言える、私の大切な思い出。
ぱたん、扉が静かに閉まった。
ああ、ふたりの関係もこれで全て終わり。
あの温かい腕にももう帰れないんだ。
生けられた花が泣いてるように少し、俯いた。
あの忌々しい傷が完全に完治した日、私はとうとう退院が決まった。
医療班の人たちにはありえないくらい迷惑を掛けてしまったけど、なんだかんだで退院見舞いをくれたりして同じ教団の中の筈なのに卒業くらい、盛大なお見送り。
「なまえ!」
「……アレン」
振り返れば、優しく笑ったアレンが今日もまた花束を抱えていた。
最後の、花束。
白髪の少年が花束を持つ姿は本当に似合っていた、思わず見とれてしまう程に。
「一番大きい花束です。
退院おめでとう」
「アレンだって皆勤賞おめでとう」
「あはは、ありがとう」
ふにゃりとした笑顔をむけて私に花束を渡した。
ふわりと花の香りが鼻孔に逃げる。
自然と毎日過ごした病室を瞼の裏に浮かべたその瞬間、思わず息を飲んだ。
毎日アレンが花を持ってきてくれたのって、ひょっとして、
「良い香りするでしょう?
あの香りも消える、くらいに」
「……全部、知ってたの?」
私が毎日減らそうと努力していた香水。
でもどれだけ吹いたって全然無くならなくって、シーツについた香りがする度あの日の記憶が反芻し泣いてたのも、全部。
「知ってました、よ」
「……馬鹿」
「どっちがですか」
ぽん、頭を優しく撫でられ目を細めればアレンは少し大人びた微笑みを浮かべ少し腰を屈めて、
「愛してましたよ、なまえ。
退院おめでとう」
「……ありがとう。
幸せになってね、絶対」
「……なまえも」
不意に彼の胸に飛び込みたくなったのをぐっと堪えた。
ああそうだ、もうあの胸には帰れない。
少し遠くに感じた彼に心がいっぱいになる。
違う、私は王子様からも、卒業したんだ。
本当に、さよなら私の王子様。
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