たゆたう心臓
何してやがる。

やっと任務が終了し、食堂へ向かえば、なまえと糞兎モヤシのバカトリオがきゃいきゃいと黄色い声を上げて必要以上に触れ合ってじゃれていた。
途端に自分の心の奥でぎりぎりと何か悪い欲が俺の意思と相反して蠢く。



「あ、神田!おかえり」

「ユウこっちさー!」

「…………」



なまえは笑顔で向かいの席を指差しどす黒い俺に手を振った。
なんでそんな胸糞悪い図を見ながら飯を食わなきゃいけねえんだよ、有り得ねえ。
つか大体なにそんな簡単にべたべた触らせてんだよ、お前は。

ムカつく。
勝手に触るな、そいつの綺麗な髪も愛しい瞳も麗しく艶やかな唇も、全部残さず俺のモノだってのに。



「神田見て!ラビが髪結ってくれたー」



何時もさらさらと自由に揺れていた髪が可愛らしくリボンで結われていた。それも他の男の手で。

褒め言葉よりも先にイライラと悪態がどんどん膨らむ。

お前本当馬鹿だな。あんな万年発情兎にやすやすと後ろを預けるんじゃねえよ。
なんでそんな無防備なんだ、大体此処は危険な男ばっかなんだぞ。そんなんじゃ何時か襲われるっての。

激しい苛立ちと一刻も早く触れたい抱き締めたいと枯渇した気持ちが相俟って絡まった。



「なまえ、ちょっと来い」

「え?…っぎゃ、」



なまえの二の腕を掴み立ち上がらせてずるずると引き摺る。
座っていた椅子が倒れようが覚束ない足取りが何度も掬われようが俺は見ないフリして人通りの少ない廊下を歩いた。



「いっ、痛い!やめてよ神田」

「…………」



どん、と自室に投げ入れて直ぐに鍵を閉める。かちゃんという完全な閉鎖音に察しの良いなまえは一気に不安に煽られるようにゆらゆらと彷徨する瞳で俺に焦点を合わせた。



「埋め合わせ、しろよ。逢えなかった日の分」

「んんっ、」



壁際に追いやって両腕を檻としてなまえの自由を奪い、長らくやわらかく愛しい体温を感じれずになまえを渇望し続け枯渇した身体を潤すようになまえのぷくりと膨らんだ唇を塞ぐ。

微かに漏らす二酸化炭素もいじらしくて絡め取り、
曖昧に砕けた理性も活動を止めてしまうような中毒性に嵌ってゆく。
なまえの細い腕が俺の首に回って、鼓膜から溶かされるような甘美な嬌声すら焦れったい、全部俺のものにしてしまいたい。

ああ、なんつう嫉妬深さ。自分の尽きない欲どおしさや理性の脆さに苦笑を噛み砕く。
何度も角度を変えて甘い唇を求めて貪ると、苦しそうに肩を叩かれて名残惜しくもようやく離して自由を与えれば、なまえは膝の力が一気に抜けたように崩れ落ちた。
咄嗟に腰に腕を回して支えてやるも、濡れた唇や肩で息をして紅潮させた頬がなんとも艶っぽくて、また熱が込み上げて欲情し再び接吻を繰り返す。

俺の手に身体を委ねるなまえに悪戯心が芽生えないはずがなくて、細い腰の曲線から内腿まで手のひらでなぶるように撫で上げる。傀儡のように力無くうなだれていたが手を滑らす毎に逐一びくびくと丁寧に反応してゆくなまえの身体。熱を持つなまえに指先を辿らす度、脳がばちんと縺れ込んでしまうような電撃が落ちる。
これは俺の方が危ないかもしれない。



「っあ、かん、だ!ダメ、だよ」

「喜んでるじゃねえか」

「ちが、っ!」



大体他の汚い男に触らせた分だってまだ足りていないというのに。

恐らくこのままじゃ歯止めも効かなくなりそうだ。
仕方無くちょっとエンジンの掛かり出した加虐心を鎮めるも、知らしめにわざと目立つよう何ヶ所も首筋に所有印をつける。赤く、華開く俺のものという絶対的な証拠。
それに優越感が込み上げて赤い痕に今度は軽く触れるように唇を落とした。

なまえは一瞬びくり身体を震わせ長い睫毛に縁取られた瞳に生理的な涙を溜め込んでいた。
零れそうになったそれを人差し指で拭う。



「痛いよユウ、怒ってるの?」

「ああ、すげえ怒ってる」

「えっ!な、なんで?」



お前に怒ったことなんか一度もねえのに、恐る恐る俺の表情を伺うなまえが酷く愛おしい。小さくって、まるで愛の形容そのものなのではと錯覚するくらいに。
しかし糞兎がこさえた髪型そのままは癪なのでリボンを解いて癖の無い髪に指を通して梳いた。



「あんまラビとかモヤシに近付くな。てか男には常に細心の注意を払え」

「……神田?」

「あ?」



くるりとした大きな双眸が俺を映し出した。さっきよりも頬を熟れた林檎にしているような。そしてとろけるような甘い声が戸惑いがちにゆっくりと言葉を紡いだ。



「ひ、ひょっとして……嫉妬した、の?」

「な!」



バレていた、それはもうあっさりと。

自分の情けなさや愚かさにうなだれてしまいたいが、天然馬鹿にははっきり言わないと理解しないのだからまあ良いといえばそれまでだ。
が、……なんか今の俺すげえダサい。

咄嗟に動揺して狼狽する口元を隠すも、「えへへ」と嬉しそうに瞳を細めて微笑む姿とか、高騰した身体をちっこい手でぱたぱたと扇ぐ姿が可愛いとか、どうも自分が思っているよりもずっとコイツを溺愛しているらしく、なんかもうどうでも良くなってしまった、



「っ、悪かったな!……余裕無くて、」

「ううん、すごく嬉しいや」



どうせコイツ馬鹿だからまた同じ過ち繰り返すだろうし分かるまで何度も言ってやる。







(他の奴になんか渡すもんか)