正しい涙の味わい方

「ねえ今どんな気持ちで私の隣でお菓子食べてるの?」

「いや良い肴だな、と」

「死ね妖怪ハラヘラシが!」



5日も寝ずに調べ纏めた調査書をさっきの列車に忘れた上、連絡をとったところ「そんな茶封筒無かった」と事実損失してしまったらしい。もう自分の馬鹿が悔しいやら恥ずかしいやらで人通りの少ない廊下で一人めそめそと泣いて哀愁を噛み締めていたというのにいつの間にか隣に居座っていた白髪のばりばりむしゃむしゃという下品な咀嚼音にセンチメンタルも哀感も見事粉砕された。
どこから沸いたんだこの白髪モヤシは。しかも彼女の涙をさっきまで「うえっへっへっへ!」と全力で腹抱えて笑っていたという最悪さ。うっかり列車に任務報告書忘れろ。



「慰めに来てくれたと思ったのに」

「えっ僕が?なまえを?ハハッありえない」

「帰れ胃袋」



もう消えてくれないかなこの白髪。というか誰か摘み出してくれないかな。てかいっそアレン自身列車乗り過ごせ。んで終点まで涎垂らして寝過ごせ。



「僕はなまえみたいに馬鹿はやりません」

「前の任務地で迷子になって泣きべそでゴーレムから連絡して来たのは誰かなー?」

「面貸しなさい、鼻にカシューナッツ詰め込んでやる」

「ちょっ、やめろお!」



何処の世界で泣きじゃくる愛しい彼女の鼻に本気で豆を詰めようとする彼氏がいるだろうか。
ありえない、なんかもう調査書といいアレンといい私の脆い心はもう粒子状に粉塵だ。

あ、なんかまた涙出て来た。もう泣くの飽きたのにアレンの所為で粉薬より細かい私の心臓が苦しい。

ぽろぽろと瞳から溢れ落ちて膝を濡らす忌々しい涙は拭えど治まることを知らないよう。睫毛に乗っかった幼い涙が私を覗き込むアレンをゆらゆらと歪に揺らす。



「馬鹿、ちょっともうそっとしてて。直ぐ元気になるから」

「嫌ですよ」

「どうせまた笑うクセに」

「ええまあ」

「鬼畜!」



なんだよ嘘でも「君が心配だから」とか言えや。畜生もう借金に埋もれて爆発しろ。
この粉々な私の心は幾らお金を積まれても足りないくらいの価値があるんだぞ全く。

大粒の涙が頬を伝う間も無くぱたんぱたんと落ちていく。
アレンは漸く人が入りそうなくらい大きいお菓子袋を置いて、情けなく子供みたいに慟哭する私の涙を指先で拭い取った。そのまま肩を引き寄せられて少し大きくなったアレンの中に預けられる。温かい世界でアレンの呼吸音と脈拍だけが私の鼓膜をゆりかごのように優しく揺らす。



「まだ泣くんですか。顔ぐちゃぐちゃですよ」

「だってアレンが調査書がぁ!」

「どうもなまえが泣いてるの見たら可愛くて虐めたくなるんです。分かるでしょう?」

「分かるか!」



ぽんぽんと頭を撫でられてもそんな甘いこと言われてもちょっとしか許さないんだから!私の傷は深いんだぞ!



「ほら、もう泣き止んで」

「っ、治まるまでもう少し居るからっ、…先帰ってて」

「いや良いよ」

「いやなんで」

「折角だしもう少し拝んでおこうかと」

「帰れ」

「いやなんで」

「帰れ」



この白髪は鬼畜変態か。それとも小学生ともいうのだろうか。



「それなら涙が止まる魔法教えてあげます」

「要らない帰れ」

「じゃあもう良い」

「!」



うっそとうとうアレン怒ったか!?

ばっと顔を上げてアレンの表情を伺うや否や彼の手が私の両頬をむにと捕まえられてぼそりと一言「無理矢理するから」と引き寄せられた瞬間、唇が重なった。

何時人が来るか分からない羞恥にアレンの胸を叩けど、当然離されるわけなんかなくて私の意思と相反しどんどん深くなってゆく。ちゅ、ちゅと何度も啄むようなキスが唇の上で繰り返し、呼吸を求め開いた隙間に舌が捻り込まれ、涙が引いてゆくくらい身体が熱く火照る。
ちゅくとやらしい音と共にどちらのものか分からない液が私の顎を妖艶に伝い流れた。
頭がくらくらするようなキスに意識がトびそうになったとき、ようやく満足したのかやっと離された唇。アレンの舌からつうと粘着に伸びたものが私に繋がりどうしようも無いくらいに恥ずかしくなって目を伏せて肩で息して酸素を肺いっぱいに詰めていればアレンの細い指が私の口元を拭った。



「ほら泣き止んだ」

「な、」

「さっき言ったでしょう、泣き顔見たら虐めたくなるって。それでつい」

「つい、じゃないよ!」

「ほらあんま怒ったら皺増えますよー」

「んぐっ!」



抗議しようと口を開いた瞬間カシューナッツを放り込まれた。ちなみにさっきうっかり私の鼻に詰め込まれそうになった代物だ。一応言っておくが決して入っては無い。未遂で済んだ。



「怒るより泣いた方が良いですよ」

「…………」

「なんかぞくぞくするんで」

「帰れ」



私はアレンにまだまだ泣かされる気がする。これは勘じゃない、確信だ。






(困らせたくなるんですよ)