少女は再び恋に落ちる
そっけない金髪の几帳面で謹厳実直な彼の家に、今日もまた朝から手作り弁当まで添えてかしゃんかしゃんとぴかぴかの自転車を漕いでお迎えに行き、押し慣れたインターホンを連打する。ここのインターホンの押し易さや私の人差し指のフィット感なんかどう考えても連打専用じゃあないか。この制作者の意図を汲んでやる意義があると思う。私がやらなくて誰がするのだ。だから私は連打するのだ!
ぴんぽーん。ぴんぽんぴんぽん、ぴんぴんぴぴぴぴんぽーん!
「うるさいですよ!」
「あれは押す為にあるからね」
「数が多いんです!一回で気付きますよ」
朝(現在7時前)から叱咤され、ついでに彼の寝具を拝むのが私の日課だ。
こうやって私の朝が始まる。
「んふふ寝具可愛いねちんく」
「…………セクシュアルハラスメントですか、訴えますよ」
彼は綿密に1日のスケジュールをきっちりと組まれている為予定を崩されるのが嫌らしい。まあ私のことが予定に入ってないらしいのでそんなスケジュールは無意味、必要皆無なので破壊するのが任務だと思ってる!
「要りませんよその使命感!」
「さあ!後ろに乗りなさい!」
「嫌ですよ!というかこの自転車私のですよね!?」
「はは、40秒で支度しな!」
「君は少し自重というものを覚えるべきだ」
彼は額に幾つも青筋を立て不満を並べながら再び支度に戻った。
毎日毎日こんなにちょっかいかけるのも弁当作るのもリンクのことが好きだからなのに、彼は全く気付こうとしない。
どうせ私が来なくても彼の日常は円滑に過ごされ、寧ろ桎梏が無い良い日になるだけなんだろう。
だけど私は毎日迎えに行く!彼に変な虫がついちゃいけないから!
かちゃりと無事に支度を終えた彼は深い溜め息を付いて私から自転車を強奪しようと仕掛けた。いや語弊か、自転車を催促した。
しかしやらない。私の役目は彼の擁護!
「いやそんなの必要無いです。寧ろ必要なのは君でしょう」
「なんで?」
「……君は、何にも分かってない」
「は?」
彼は少し頬を赤らめ視線反らすも直ぐにまたあの冷淡な透き通った瞳を向けた。
なんですかその態度は。可愛いんですけども。私を殺す気ですか本当。
後ろに乗るように促すと今日何度目になるだろうか溜め息をついて、「直ぐ交代しますから」と灸を据えられるも渋々彼は荷台に腰を下ろした。
んん、全体重を右ペダルに込めてゆっくりと前に進める。
息を止めて力を入れると次第に車輪がからからと軽い音を立て始めた。
「毎日御苦労ですね。というかいい加減私の自転車返して下さい。自転車を盗むのは「窃盗罪、でしょ!」
「違います占有離脱物横領保護罪です」
「…………。
べ、弁当頑張ったんだけどどうかな!」
「あ、逸らした」
「卵焼き焦げないように注意したんだ!力作!」
「君の刮目すべき場所はそこじゃないですがね」
だってこうでもしないと君に気付いてくれないでしょう?
でも彼は全く振り向かない。ああ、やっぱりだめなのかなー、なんて今更少し弱気になる。
ぎい、力込めれども進まない二輪車。
はあ、と後ろで溜め息を付かれなんだか少し涙零れそうになった。
私だって、やれば、出来るんだから、な!
渾身の力を込めて漕げばだんだんと安定して進み出した。
「やったー!どうだちんく!褒めなさい敬いなさい敬服しなさい!」
「煩いですよ、到着予定時刻より2分遅れてる」
「もーいいじゃん、サボろう」
「は!?意味が分からないですよなまえ!」
「進路変更ばびゅーん」
「ちょっと!」
学校とは反対方向に曲折して行く宛も無いままひたすらペダルを漕ぎ進めた。
彼は相変わらず憤慨しているけど、そんなに速度の出ていない自転車を降りるなんかリンクにとっては容易なことなのにしないというのはやはり肯定?
だんだんと彼が静かになり、次第に落ち着いた声音でぽつぽつと言葉漏らした。
「大体、君は無防備過ぎる」
「はい?」
「心配です、私は。誰にでもこんなことしてるのかと思うと」
「…………」
不意に振り返れば彼はネクタイを緩めながらもほんのり頬を赤く染めた彼がまた溜め息をついた。
なに其れ。心配ってどういうこと?
「……変わってください、運転」
「帰るの?」
「いえ、気が変わりましたので、」
「うお!?」
ちん、と勝手にスタンドを立てられそのままひょいと持ち上げられた。乗せられるは先程彼が座っていた荷台。
優しい瞳に心臓がきゅうと小さくなった。
わわ、なにこれなにこれ!どうしたのリンク君!
「これからはこんな朝早くこなくて良いですよ」
「……はい」
「毎日迎えに行きますから。この自転車、で」
「ほう!」
くるりと彼が振り返り、にこりと目を細めた。
わ、笑うのかちんくは!
そして先程から私はなんでこんなに異常に恥ずかしがってるんだ!
少女は再び恋に落ちる
fin
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